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3/4話
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「……そろそろ潮時ね」
小さく呟いたその声は、かつての私よりも遥かに力強かった。
病床に伏していたこの数年、私はただ寝ていたわけではない。本を読み漁り、薬草学、経済、法律、そして領地経営の仕組みを、徹底的に学び続けていた。
毒を盛られていた? ええ、もちろん気づいていたわ。
そしてもう一つ——あの医師も、私の計画の一部だった。
彼は元々、私の主治医でありながら、エドガーの命令で知らぬうちに私に毒を盛っていた。罪の意識に苛まれていた彼に、私はある提案を持ちかけたの。
『このままでは、あなたもただの加害者。でも、私を助けることで救われるとしたら?』
その言葉に、彼はすぐに頷いた。
それ以来、彼はエドガーにこう告げる役割を担うこととなった。「奥様はもう長くはありません」——私が仕組んだ“偽りの余命宣告”を。
私はあえて病弱なふりを続けた。すべては、逆襲の準備を整えるために。
最初こそ熱や倦怠感に悩まされたけれど、日を追うごとに耐性がつき、今ではむしろ以前よりも体調が良いほど。
「むしろ高価で遠方の貴重な毒草を、タダで提供してくれて感謝しておりますわ」
誰に聞かせるでもなく、私はくすりと笑った。
机の引き出しを開ける。中には分厚い帳簿と、証拠書類の束が収められている。
私が表に出ることは少なかったが、領地の財政はすべて私が裏から動かしてきた。農業改革の進行状況、商人との契約書、収支バランスの報告書——
それらすべてが、エドガーの“空虚な実績”を否定する動かぬ証拠となる。
そして私は、一人の男の顔を思い浮かべた。
——レオン。
幼い頃から私の傍にいた、無骨で不器用、だけど誰よりも誠実な騎士。
彼ならきっと、私のこの“逆襲”に力を貸してくれる。
私は身支度を整え、夜の冷たい外気に身を晒す。屋敷の裏門を抜け、城下町の一角にある小さな屋敷へと向かった。
扉を叩くと、無造作に髪を乱したままの男が現れる。
「……ようやくその気になったか、お姫様」
◇
御前会議の朝は、重苦しい雲に覆われていた。
王都の王宮にある玉座の間——そこは、国政に関わる重臣や有力貴族たちが一堂に会する、最も格式高い会議の場だ。威厳と静けさに包まれたその空間は、普段であれば国家の重要な決定が下される場として機能する。しかし今日、その空間はひとつの家を裁くために開かれた。
公爵家の内部問題であろうと、王家の威信と関わる以上、ここで裁かれるべきと私は判断した。
だが、私の心は澄み渡っていた。恐れも迷いもなかった。
玉座の間に並ぶ貴族たちの視線が、一斉に扉へと向けられる。
私が姿を現すと、その場の空気が明らかに変わった。
エドガーが目を見開き、口元を引きつらせた。
「セ……セシリア!? どうしてお前がここに……?」
驚くのも当然よね、死にかけの女が現れたのだから。
彼の狼狽する声を背に、私は静かに壇上へ歩を進めた。
「公爵夫人――いえ、現公爵にふさわしき者として、本日ここに参上いたしました」
ざわめきが一気に広がる中、私はゆっくりと場の中心に立った。
「本日このような場にて発言の機会をいただいたこと、感謝申し上げます。まずは一つ、皆様にお詫びと報告がございます」
朗々とした声で告げながら、私は一冊の帳簿を卓上に広げた。
「長らく病に伏していたふりをしておりましたが、それもすべて、証拠を掴むための布石でございました」
玉座の間にいた誰もが息を呑み、次の瞬間、エドガーがわななく声で何かを言いかけたが、それは誰にも届かなかった。
続いて、私は医師の診断記録、薬草の調合表、そして毒草の摂取履歴を提示する。
「この毒は、夫エドガー・アルフォートによって継続的に盛られていたものです」
さらに、私が記録していた全財政資料を順に開いてみせる。
「そしてこちらが、わたくしが裏で領地経営を行っていた証拠になります。農業改革の報告書、商業ギルドとの取引契約書、税収の運用記録すべて——公爵家を支えていたのは、彼ではなく、この私です」
玉座の間に集った貴族たちは、目を見開いて私を見つめていた。
――――――――
最終話は19:30ごろを予定しております。
小さく呟いたその声は、かつての私よりも遥かに力強かった。
病床に伏していたこの数年、私はただ寝ていたわけではない。本を読み漁り、薬草学、経済、法律、そして領地経営の仕組みを、徹底的に学び続けていた。
毒を盛られていた? ええ、もちろん気づいていたわ。
そしてもう一つ——あの医師も、私の計画の一部だった。
彼は元々、私の主治医でありながら、エドガーの命令で知らぬうちに私に毒を盛っていた。罪の意識に苛まれていた彼に、私はある提案を持ちかけたの。
『このままでは、あなたもただの加害者。でも、私を助けることで救われるとしたら?』
その言葉に、彼はすぐに頷いた。
それ以来、彼はエドガーにこう告げる役割を担うこととなった。「奥様はもう長くはありません」——私が仕組んだ“偽りの余命宣告”を。
私はあえて病弱なふりを続けた。すべては、逆襲の準備を整えるために。
最初こそ熱や倦怠感に悩まされたけれど、日を追うごとに耐性がつき、今ではむしろ以前よりも体調が良いほど。
「むしろ高価で遠方の貴重な毒草を、タダで提供してくれて感謝しておりますわ」
誰に聞かせるでもなく、私はくすりと笑った。
机の引き出しを開ける。中には分厚い帳簿と、証拠書類の束が収められている。
私が表に出ることは少なかったが、領地の財政はすべて私が裏から動かしてきた。農業改革の進行状況、商人との契約書、収支バランスの報告書——
それらすべてが、エドガーの“空虚な実績”を否定する動かぬ証拠となる。
そして私は、一人の男の顔を思い浮かべた。
——レオン。
幼い頃から私の傍にいた、無骨で不器用、だけど誰よりも誠実な騎士。
彼ならきっと、私のこの“逆襲”に力を貸してくれる。
私は身支度を整え、夜の冷たい外気に身を晒す。屋敷の裏門を抜け、城下町の一角にある小さな屋敷へと向かった。
扉を叩くと、無造作に髪を乱したままの男が現れる。
「……ようやくその気になったか、お姫様」
◇
御前会議の朝は、重苦しい雲に覆われていた。
王都の王宮にある玉座の間——そこは、国政に関わる重臣や有力貴族たちが一堂に会する、最も格式高い会議の場だ。威厳と静けさに包まれたその空間は、普段であれば国家の重要な決定が下される場として機能する。しかし今日、その空間はひとつの家を裁くために開かれた。
公爵家の内部問題であろうと、王家の威信と関わる以上、ここで裁かれるべきと私は判断した。
だが、私の心は澄み渡っていた。恐れも迷いもなかった。
玉座の間に並ぶ貴族たちの視線が、一斉に扉へと向けられる。
私が姿を現すと、その場の空気が明らかに変わった。
エドガーが目を見開き、口元を引きつらせた。
「セ……セシリア!? どうしてお前がここに……?」
驚くのも当然よね、死にかけの女が現れたのだから。
彼の狼狽する声を背に、私は静かに壇上へ歩を進めた。
「公爵夫人――いえ、現公爵にふさわしき者として、本日ここに参上いたしました」
ざわめきが一気に広がる中、私はゆっくりと場の中心に立った。
「本日このような場にて発言の機会をいただいたこと、感謝申し上げます。まずは一つ、皆様にお詫びと報告がございます」
朗々とした声で告げながら、私は一冊の帳簿を卓上に広げた。
「長らく病に伏していたふりをしておりましたが、それもすべて、証拠を掴むための布石でございました」
玉座の間にいた誰もが息を呑み、次の瞬間、エドガーがわななく声で何かを言いかけたが、それは誰にも届かなかった。
続いて、私は医師の診断記録、薬草の調合表、そして毒草の摂取履歴を提示する。
「この毒は、夫エドガー・アルフォートによって継続的に盛られていたものです」
さらに、私が記録していた全財政資料を順に開いてみせる。
「そしてこちらが、わたくしが裏で領地経営を行っていた証拠になります。農業改革の報告書、商業ギルドとの取引契約書、税収の運用記録すべて——公爵家を支えていたのは、彼ではなく、この私です」
玉座の間に集った貴族たちは、目を見開いて私を見つめていた。
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最終話は19:30ごろを予定しております。
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