上 下
9 / 15
第3章 桃尻と犬耳と鬼の子と

3-3 夜中の闖入者。

しおりを挟む
 むかぁし、むかし。
 ある田舎の村にて、食事と泊まる家を得た桃太郎。

 しかしホッとしたのも束の間――深夜にもかかわらず、村人から借りた家の中からはくぐもった声が聞こえていました。

 それは声を必死に押し殺すような、それでいて何かを耐えるような。
 若い女性の、悶え苦しんでいる喘ぎ声でした。



 ◇

「くっ……おい、ルナ。もっと早くイケねぇのかよ? 町の奴らに見つかっちまうぞ!?」
「はぁっはぁ……何回もなんて無理いっ……これでも頑張って……もう限界なのぉ……あっ……!!」


 おいおい、変な声を出すな……こんなのを町の人間に聞かれたら勘違いされるだろうが!?

 ちなみに、俺たちは別にイヤラシイことをしているワケではない。
 これは俺たちの命を守るために、とても重要な……


「ルナ、発見したぞ。アイツだ……どうだ、えるか?」


 時刻は既にどっぷりと日の暮れた夜更け。
 外は月明りしかなく、視界はほとんど取れない。

 とは言え、俺たちは時間をかけて暗闇に目を慣らし、獲物がやって来るのを待ち続けていた。さらにルナには特殊な魔法を使ってもらい、この村に潜む敵を捜し続けてもらっていたのだ。


 そして数時間後、標的はやっと訪れた。
 俺は借りうけた家の木戸の隙間から見えた人物を指でさし、隣に居るルナの視線を誘導する。


「んっ……アレね。分かった。ふぅ、もう一回サーチしてみるわ」
「あぁ、ここまで待ち続けた甲斐があったぜ。さぁ、天才魔法使いのお手並み拝見だ」


 狙いのアイツは外の家の物陰から動かない。
 仕掛けるなら今が狙い目だ。


「あと一回ぐらいなら任せて。じゃあいくわよ? 失言魔法ロストマジック――化身強化ビーストアップ『ヨッテセ=クハーラ』!!」


 ルナは瞑目どうもくしながら呪文を唱えると、黄金色の魔力を杖から煙の様に放出した。
 そしてその煙がルナの全身を覆い尽くしたあと、彼女はスウッと目を見開いた。


「魔力感知を強化。これで人間と魔のモノを識別できるようになったわ」
「あぁ、その能力であの男が人間か、それ以外なのかを視てくれ」


 そう、俺が違和感を感じていたのはこの家の現在の主。
 あの片腕の男から、どうにも血の匂いが匂っていたんだ。


「この村の住人の誰もが……アイツがいつ、どこから来たのかも分からねぇって言うんだ。俺らもこの辺りを野宿したからどれだけ危ないか身をもって分かっていると思うが、片腕の人間がそう簡単に一人旅でフラフラ出来るワケがねぇ」


 それに居るのはただのケモノだけじゃねぇ。柴熊や鬼人、盗賊だっているんだ。
 相当な腕利きだったら分かるが、奴は罠で小せぇ動物を獲って生活している程度だ。

 ――いや、奴はとんでもなく腕は立つはずだ。なぜなら……


「俺たちをメシに呼びにきた時、ヤツは俺らに全く気付かれずに声を掛けてきやがった。あれだけ野宿生活で索敵や気配察知を研ぎ澄ませてきた、その俺たちですら分からなかったんだ。……下手すりゃあの時に俺らは首を刈られていたかもしれねぇ」


 いくら安全な町の中だからって知らない土地で油断し過ぎたぜ。
 まったく、こんな体たらくじゃあの世のジジイに修行のやり直しだってドヤされちまう。


「テイロー、視えたわよっ!」


 おおっと、そうだった。今はともかく、あそこに隠れているこの家の家主が人間かどうかをルナに確かめてもらわなくては。


「どうだ、ルナ。アイツの魔力は……」
「……テイローの予想通りよ。アレは人間が持っていていい魔力の量じゃない。どう考えても鬼人が人間に化けているに違いないわ!!」


 チッ、やはりか。
 だがこれでこの町で起こっていた若者の失踪事件の真相も何となく掴めてきたな。
 きっとこのヒトに化けた鬼人が人間を唆して喰っていたのだろう。
 じゃなきゃこの家に染み付いた新しい血の匂いは説明しきれないはずだ。


「それにしても、ヒトに化ける鬼人が居るなんて……」
「あぁ、恐ろしいな。鬼人は喰ったものに変異する個体が居るってジジィに聞いたことがあるが……もしかしたら特殊能力持ちなのかもしれねぇな」
「特殊能力持ち……ネームドってやつね」


 杖を握る小さなこぶしが更にギュッと強く握られる。
 森の中で出遭った通常の個体よりも厄介なのは当然。
 気合を入れて当たらないと町の住人だけじゃなく俺たちの命も危ないかもしれない。


「よし、ルナはここで待機だ。俺が回り込んで即殺する。もし無理なら町の外まで逃げて誘き出すから、その時になったら援護してくれ」
「一人で大丈夫なの、テイロー? 私、貴方になにかあったら……」


 心配そうな瞳で俺を見つめるルナ。
 真っ黒な瞳に月が反射していて綺麗だ。

「――大丈夫だ。だからお前はここで待ってろ」

 ポフポフとルナの犬耳を撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じて俺の手に頭を擦り付けてくる。
 大人しくしていれば本当に犬みたいで可愛いなコイツ。
 なるべくなら危険な相手とは戦闘させたくはないんだよな……。


「よし、それじゃあ行ってくる」
「うん……気を付けてね!」


 あのモフモフを少し名残惜しく感じつつ、俺は気付かれないように足音を消してあの家主に化けた鬼人の背後に近付いていく。


 ゆっくりと慎重に裏から回り込んだので、どうやら俺には気付いてはおらず、ルナの居る家の方角をジッと見つめているようだ。


「コイツはいったい、何をしているんだ……?」


 特に武器も持たず、唯一ある右腕はハァハァと息を吐いている口を覆っている。
 さらに身体を奇妙な動きでウネウネとさせていて、気持ち悪いことこの上ない……。


 俺は静かに刀を抜き、そぉっと鬼人の後ろから奴の首元に刃先を向けてから言葉を掛けた。


「……動くな」
「……っ!?」
「おおっと、そのまま動くんじゃねぇぞ。少しでも変な真似をすれば、俺の刀がお前の頭と胴体を切り離しちまうからな」

 不意打ちに思わずビクリとさせた鬼人だったが、既に自分の命に王手がかけられていることを理解したのか、俺を振り返ることもなく大人しく従っていた。


「俺の言ってることが分かったってことは、ヒトの言葉も分かるってことだな?」


 まぁ普段から町人たちと会話していたんだ、それも当然なのだが一つずつ確認していこう。
 抵抗すればすぐに殺せばいいだけの話だしな……。


「なっ、なんのことだぎゃ? ボクはこん町のただの狩人ばい?」
「……お前、昼間はそんな喋り方じゃなかっただろ」
「グギャッ!? な、なななっ!? そんなことないだぎゃあ~?」


 ……なんかコイツ、ただのアホな気がしてきた。
 最大限まで警戒してきた俺が馬鹿みたいじゃねぇか。


「ちょっと!? こんなアブナイものをボクに向けないで欲しいんだけど! ボクは悪いヤツじゃないんだって!」
「じゃあなんでこんな夜更けに俺たちが居る家をコソコソと覗いていたんだよ?」
「そっ、それは……」
「あん? なんだよ、やましいことが無いんだったら言えるだろ?」
「ひいっ……!!」


 飛び上がありそうなほどの悲鳴を上げながら、ガタガタと震え始める鬼人。
 いや、コイツ本当に鬼人……か? いやでもルナの魔力探知では……。


「……ちょっと、なにやってるのよテイロー。まるで近所の子どもを虐める、ガラの悪い不良みたいな図になってるわよ?」


 そんなことをやっている間に、待機しているように言っておいたルナが様子を見にやってきてしまった。

「い、いや……だってよぉ」
「だってもなにも、これはちょっと流石に可哀想じゃない?」

「だ、だからよぉ、俺はただ「おっ、お姉ちゃん~!!」……お姉ちゃん? ってコイツ、変化したぞ!?」
「キャッ!? な、なによ!? ちょっ、来るなっ!! 抱きつくなぁああ!?」
「ボクは一生姉御についていきますぅううう~!!」


 ドロン、という間の抜けた音と共に、大人の人間がいきなり背丈の小さなガキの姿に変化した。
 そして突然のことに固まっていたルナに飛び込み、涙を振り撒きながら抱き着いている。目を凝らしてよく見れば額から1本の角が出ているし、コイツは明らかにヒトじゃないな。



 ――ともかく、コイツは鬼人だが、俺らを殺そうって敵意はなさそうだ。

 どうにか鬼人を引き剥がそうと必死になっているルナと、鼻の下をだらしなく伸ばして彼女の胸に頬を寄せているエロ餓鬼を眺めながら、俺は面倒ごとの予感に頭を抱えていた。


しおりを挟む

処理中です...