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第7話 腹ぺこエルフ、ドワーフに憧れる。
しおりを挟む『きゅぴぃ……』
上半分が割れた卵の中で、白いふわモコの兎がこちらを覗き上げている。体躯の割に大きなその赤い瞳は、なにかを俺たちに訴えているようにも見える。俺は恐る恐るその子に手を伸ばしてみると、『きゅう?』と小首を傾げながらも素直に受け入れてくれた。
「ちょっと!? いきなりそんなことをしたら危ないわよ!」
「大丈夫だ……ほら、怖がることはないぞ~」
そのまま優しく抱きかかえてあげると、「きゅぴっ♪」と嬉しそうな声を上げて、スリスリと身体を擦り付けてくる。その姿はとても愛くるしくて可愛らしいのだが――。
「ダージュ……その子、なんだか震えてない?…………あっ」
セリナの声に顔を上げると、腕の中の子ウサギはカタカタと体を震わせていた。そして視線を上げた先には、巨大な影があった。
「あれは――土影!?」
『グオォオオオッ!』
里では目にしたらまず逃げろと言われるほどの、狂暴な四つ足のモンスター。その漆黒の鱗に覆われた体躯は、成人男性の三人分を優に超えており、鋭い牙を生やした口元からは蒼い炎がチラついていた。
「見た目はデカいトカゲね……強いの?」
「アイツは別名『精霊食い』と呼ばれるこのモンスターだ。とんでもない悪食で、動くモノならなんでも食べてしまう。もちろん、強い」
土の壁に貼り付きながら銀色の瞳でこちらをジッと見ていた。そう、それはまるで、ようやく餌を見付けた飢えた獣のように。
「まさか、この子を狙っているの!?」
「……というより、俺たち全員を喰うつもりだろうな。きっと卵から孵って油断する瞬間を待っていたんだろう」
俺たちは今、聖域の中心部にいる。本来ならこの場所は、モンスターなどは近寄れないはずなのだが……。それほどまでに空腹だったんだろうか。まぁ、理由はともあれ――。
「ねぇダージュ」
「……あぁ、これはどうするか話し合うまでもねぇな」
セリナと顔を見合わせて、互いにニィッと笑みを交わす。
「倒しましょう!」
「今日の晩メシはコイツで決定だ!」
俺たちを喰い殺すつもりなら、逆に喰われても文句は言えねぇよなぁ?
「まずはアイツを地面に誘き出すぞ」
「了解っ!」
まずは間合いを取るために即座に踵を返して走り出す。すると、背後でドスンと何かが着地する気配がした。そして数秒後には「ガァアアッ!」と怒号のような鳴き声が聖域に響き渡った。餌の癖に逃げるなって文句を言っているのか?
「なっ、デカい図体の癖に動きが速いぞ!? もう追い付かれる!」
「このまま戦うしかないわよ!」
「ちっ……仕方ねぇな。それじゃあ俺がエルフの精霊魔法ってやつを見せてやるよ」
「私に任せてっ、それまで時間を稼ぐわ」
セリナは立ち止まって振り返ると、左右に装備していた籠手をガツンと打ち鳴らした。
「なんだ? それで殴るのか?」
「誰かを傷つける剣はもう持たないって決めたの。だからコレが今の私にとって防具であり、最大の武器よ」
そう話している間にも銀色の籠手に青白い光のラインが広がり、複雑な紋様を形作っていく。そしてセリナは両手を前方に突き出すと、なにかの詠唱を始めた。
「偉大なる大地の力よ、我が呼びかけに応えよ! 今こそ姿を現し、敵から我を守り給え!」
呪文に反応したのか籠手が更に光り輝き、ガシャンガシャンと音を立てながら高速で変形していく。
一部を残してみるみるうちに籠手は分解され、代わりに彼女の全身をカバーできる大きさの金属盾が出現した。
「魔法が使えないドワーフ族が編み出した、最強の防御技術――『鉄壁の守護者』!」
「おぉおお、凄ぇ! なんかカッコイイ!」
「えへへ、そうでしょう?」
視線は土影に向けたまま、セリナは自慢げに答えた。盾に隠れたその顔はドヤっているに違いない。だがその気持ちは分かる、だって俺もあの変形する籠手が欲しい。
「どんな仕組みかは全然分かんねぇけど、呪文で独自の現象を起こしたんだろ? ドワーフ族ってすげぇんだな!」
ふわモコ兎を抱えながら、俺は素直に賞賛する。だが、セリナの反応は予想とは違ったものだった。
「じゅ、呪文は飾りよ」
「え?」
「ただの憧れっていうか、なにか唱えた方が雰囲気が出るじゃない?」
……つまり呪文に意味は無かったってことかよ!?
俺の心の声が届いたのか、「きゅぴぃ……」と腕の中に抱かれたふわモコも悲しげに鳴いた気がする……。
「そ、それよりアイツが来るわよ! ダージュは魔法を準備して!」
「お、おう……」
「私が正面から抑え込むから、ダージュは側面から攻撃して!」
「分かった!」
作戦が決まったところでタイミング良く地面が大きく揺れ始めた。どうやら俺たちの茶番を見て怒りのボルテージが限界に達したらしく、巨大な尻尾を振り回しながら突進してきたようだ。
そしてそのままセリナの張ったシールドに衝突し、激しい衝撃音が洞窟内に木霊した。
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