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杖の章

♧17 自虐気味な男

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 地下へと下りた日々子は困惑していた。
 一度地上へ引き返そうかと思った。

 その原因は、思わず鼻をそぎ落としたくなる程の異臭だった。
 ボットントイレの中へ迷い込んだのかと錯覚するほどの刺激臭が、辺り一面に充満していたのだ。

 だがここで諦めて帰るわけにもいかない。いくら悪臭に塗れようと、本だけは必ず手に入れなければならない。

 そう思えば、匂いなどなんてこともない。
 この苦行もあの方に会うためだと思えば愛しく思える。


「~♪」

 お気に入りのハレルヤを歌いながら、スロープになっている道をスキップで下りていく。

「~♪」

 すぐに一番下までたどり着いた。やはり愛の力は偉大なのだ。
 納屋で手に入れたクワを引き摺りながら、もう一度辺りを見渡す。


 コンクリート打ちの、小さな部屋だった。

 採光されて明るかった向こうの家とは違い、部屋全体が薄暗い。
 照明はオレンジ色の裸電球がぶら下がっているだけだ。

 ぼんやりと照らされている壁を見れば、写真が何枚もピンで止められていた。
 大人と子供がそれぞれ二人。どうやら家族写真のようだ。映っている人間はみな、笑顔だった。


 日々子は視線を部屋の奥に戻す。

 そこには小さな仏壇があった。
 位牌と写真立てが中央にあり、その前に立てられた線香からゆらゆらと煙が上っていた。

 そして仏壇の前に、直樹は居た。


「……来たか」

 彼は仏壇の前にある椅子に座っていた。

 ボサボサの髪で、服は真っ黒な喪服。
 そして悪臭の原因は彼と、その周りにあるペットボトルだった。


「足……」

 直樹が座っていたのは、ただの椅子ではなく、傷病者が使う車椅子だった。

 骨折では無いようだ。
 ズボンの膝から下の部分がプラプラとしている。

「これか? 学生時代に遭った事故で失ったんだよ」

 彼は残っている太腿を撫でながら、自虐を籠めてそう笑った。
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