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第3話 骨を切らせて肉を絶つ
しおりを挟む「……クソッ! させるかよ!」
「きゃっ!?」
頭部への攻撃で体勢を崩したヒルダに、サソリの軍勢が飛び掛かろうとしたその瞬間。
ギリギリで駆け付けた俺が金属バットで横に薙ぎ払った。
「立て、ヒルダ! お前はヴァニラと一緒に、このフロアから脱出しろ!」
「む、無理です。今ので、わたくしの視覚部に異常が……」
「落ち着け! お前なら目ぇつぶってでも走れるだろ!」
こんな状況じゃ、これ以上の戦闘は不可能だ。だったら生き残れる奴だけでも撤退させなけりゃならない。
「ナオト、貴方も逃げなさい……」
「大丈夫だ! こういう時のための肉壁なんだろ!」
「でも……」
「ヴァニラが死んだら俺の家族はどうなる! いいからさっさと行け!」
震えた声を出すヴァニラにそう答え、俺は周囲を警戒しながら武器を構える。
サソリたちは、こちらの様子を静かに観察していた。まるで“時間稼ぎ”をしているかのような雰囲気である。
(おかしい……何を考えている? だが、今がチャンスだ!)
サソリたちの意図は分からないが、俺はただ素直に好機と受け取った。
「ヒルダッ!」
「……っ! すみません」
グッタリした主を両手で抱え、ヒルダがよろめきながらも走り出す。
そんな二人を背に、俺は奴らの注意を引きつけるため、わざと金属バットを振り回して挑発した。
「おいおい、さっきまでの勢いはどうした? 来いよ、ほら」
サソリたちがその挑発に乗ったのかは不明だが、直後に毒液が飛んでくる。数こそ少ないものの、それは俺を殺すには十分な威力だった。だが――。
「あいにくと俺は、化け物と戦い慣れているんでな」
目で見える程度の攻撃なんて、脅威にならないぜ。鬼のようなシゴキを思い返しつつ、リラックスした状態で躱していく。
(よしっ!)
これでヤツらを十分に引き付けたぞ。
時間稼ぎは成功だ――。
「おいおい、今度は何をするつもりだ……?」
安心したのも束の間。攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、奴らは別の方法を取り始めたようだ。
数えるのも億劫なほど大量にいたサソリたちが、もぞもぞと一つに集まっていく。そして一定の大きさにまとまると、一気に融合して巨大なスライムとなった。
「ちっ、これがお前の正体ってことかよ……」
俺の問いに、巨大なスライムはゴボゴボと音を立てて答えた。
つまりコイツが最初に見せていたサソリの姿は、フェイクだったというわけだ。あっさり倒されたフリをして、こちらが油断したところを捕食するつもりだったんだろう。
さすがはボスモンスター、まんまと騙されたぜ。さしずめコイツの能力は、擬態ってところか。
今まで俺が戦ってきたどの敵よりも、ずっと強い。しかも頭まで回るときた。
(数が減った今なら逃げられるか?)
だが、そうは問屋が卸さないらしい。
俺の周りにある地面から、大量のサソリたちが湧いてきた。
「おいおいおい、そんなのアリかよ?」
このフロア全体が奴の腹の中。
自由に分身体を生み出せるってことらしい。
対する俺に仲間はいない。
武器はバットと、ヴァニラが残した戦鎚だけ。圧倒的不利。
「……はは」
もう笑うしかないね。マジでどうしようもねぇや、これ!
「まったく、啖呵を切っておいて情けない」
「え?」
途方に暮れていた俺の耳に、聞き慣れた声が響いた。
「ヒルダ……?」
振り返れば、ここに居ないはずのヒルダが立っていた。
「おい、逃げろって言っただろ! 何で戻って来たんだよ!」
「お嬢様は安全なところに移動させました。あとは貴方を回収するだけです」
でもコイツ、頭の負傷でまだ目が見えてないんじゃ――。
「マップとセンサー機能で視界を補完したので、戦闘には支障ありません。なにより、貴方に借りを作ったまま死なれたら、夢見が悪いですから」
毒舌を吐きながら、彼女は俺を庇うように前に出る。そして片腕を前に突き出すと――その腕から凄まじい熱量の火炎が放出された。
「グォオオオオッ!」
巨大なスライムは悶え苦しみ、周囲にいた分身体が次々と消滅していく。
まるで地獄絵図だ。あまりの熱さに顔が火傷してしまいそう。
「夢見が悪いって、アンドロイドは夢を見ないだろうに」
まったくコイツも素直じゃない。……しかしこの有り様じゃ、俺も近寄れないな。
近接武器しかない俺が突撃しても、一瞬で黒焦げだ。せめてもの援護に、足元に転がっているヴァニラの戦鎚でも投げ込んでみるか?
「……なぁ、ヒルダ。このまま倒せそうか?」
「残念ながら、今のわたくしでは無理そうですね。抑えられているうちに、さっさと逃げ――危ない!」
ヒルダがこちらを振り返り、そう言いかけた時だった。
「――え?」
突然俺の体は横に突き飛ばされ、視界からヒルダの姿が消えた。
「ヒルダッ!?」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
だが、彼女が俺を庇ったのだとすぐに理解する。
ヒルダは数メートル先まで吹き飛ばされていた。力なく四肢を床に投げ出して、グッタリとしてしまっている。
「う……ぐっ」
腹にはサソリの尻尾が突き刺さっていた。何かのオイルを吐きながら、苦悶の声を漏らす。それでも彼女は、震える腕で立ち上がろうとしている。
「ヒルダ、おい! しっかりしろ!」
「……ご、ご心配なく」
俺の呼びかけに反応し、彼女は弱々しい声で答えた。
「不覚、ですね……」
気付けば床に転がっていたはずのヴァニラの戦鎚が無くなっている。
おそらくスライムの分身体が擬態していたんだ。
「くそ、小癪な真似を……」
このタイミングを狙っていたかのように、ヒルダが減らした数を超えるスライムたちが俺たちを囲み始めていた。
「貴方だけでも……逃げてください……」
「んな馬鹿なこと言ってんじゃねぇ! お前を置いて行けるか!」
俺の悲痛な叫びに、ヒルダは力なく首を振る。
「その気持ちだけで十分です。わたくしはもう、手遅れでしょうから」
それは彼女の体を見れば、すぐに分かることだった。
服はボロボロに破け、素肌が露出している。しかも傷口から見える機械の部品らしきものからは、オイルのようなものが漏れていた。
そして何よりも目を引いたのは、右腕が肘のあたりから千切れかけていることだ。
そんな有り様のヒルダを見て、俺は思わず言葉を失った。
「……そんな悲しそうな顔をするのでしたら、どうかわたくしを使ってください」
「え?」
彼女は残る力を振り絞って、俺の頬に左手をそっと伸ばした。
「貴方の持つ異能で、わたくしと融合するのです。そうすれば逃げるぐらいの力を得られるかもしれません」
「だけどそれじゃあ……」
「貴方に使われるのは屈辱ですが……お嬢様が独りぼっちで悲しむのは、もっと嫌ですので」
こんな状況だというのに、ヒルダは不敵な笑みで皮肉を吐いた。
あとは任せましたよ、ナオトさん――それが彼女の最後の言葉だった。
俺の頬にあった手は崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
(……やってやるさ)
そして俺は、ヒルダに言われた通りの行動を実行に移す。
(俺の力は大したことがないが……お前が力を貸してくれるなら)
本来ならば倒したモンスター相手に使う能力だ。効果は僅かに身体能力を上げる程度しかない。
しかも体を作り変えるため、使用時には相当な苦痛を伴う。
(だけど今はやるしかないだろ!)
意を決し、俺はヒルダの体に触れた。
(うお……熱っちい!)
右腕に激しい熱を伴う痛みが走る。
沸騰したお湯の中に手を突っ込むような熱さだ。
ヒルダの部品が俺の腕へと同化していくのが分かる。機械が全身を侵食し、俺の体を造り変えていく。
人間らしい肌の色が黒へと変色し、そこに鎧のような装甲が現れる。顔にも何か別のものが貼り付き始め、目蓋の部分が開き――。
「う、あ……がっ……」
意識が朦朧とする。体の中を異物が暴れまわっているような感覚だ。
だがそんな痛みなどどうでもいいと思えるほどの力が、体の内側から漲ってくるのが分かった。
(コイツはすげぇな……)
そんな感想を漏らした瞬間、俺の視界がクリアになり――俺は再びスライムたちと対峙した。
そこからは、もはやただの蹂躙だった。
逃げる?
そんなことはしない。
近寄るスライムを右手の火炎放射器で燃やしながら、左手のバットでサソリ共を潰して回る。そして倒した相手の体を、俺がキメラ化で吸収していく。
数を減らすたびに相手も補充してくるが、片っ端から喰ってやった。
逆に俺の眷属として生み出し、反撃に移る。
やがてフロア中が味方のサソリだらけになり、敵は小さなスライム一体となった。
どうやらこれが最後の個体らしい。半透明な銀色ボディの中心には、ルビーのような赤い結晶がぷかぷかと浮いている。
(心臓? もしかしてアレが本体か?)
これでフィニッシュだ。重たいヒルダの戦鎚を拾い上げる。そしてそれを頭上に掲げ――思いっきり振り下ろした。
「うおりゃああああ!」
地面ごと粉砕する一撃に、巨大なスライムは跡形もなく消え去った。
「よっしゃ、これで俺の勝ちだ――」
頭の中でやかましいファンファーレが鳴り響く。幻聴じゃなければ、これがダンジョン制覇の証なんだろう。
「ヒルダ、やったぞ! 念願だったボスを倒し……あれ?」
待てよ? この流れって俺がダンジョンマスターになるってこと?
何かを考えようにも限界が来たのか、急に疲れがやってきて頭が回らない。
もう何も見えない。音もしない。
俺はこのまま死ぬのか?
何も分からない……意識が朦朧としてきた。
(でも勝ったから、もういいか……)
そして俺の意識は、深い闇の中へと落ちていった。
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