4 / 21
第4話 メイドさんのお墨付き
しおりを挟む「ここは……?」
目を覚ますと、そこは清潔なベッドの上だった。
「丸一日も爆睡するなんて、随分と良い夢を見ていたようですね」
「あ……え!?」
俺を覗き込むように、カチューシャ付きの頭が視界に飛び込んできた。
驚いた俺は、痛む体を無視して飛び起きる。
「ヒルダ、無事だったのか!」
「えぇ、お陰様で」
間違いない。
この皮肉めいたセリフは、あのヒルダだ。
「良かった……でも、どうして無事だったんだ?」
「わたくしも詳しくは分かりません。ですが、おそらくは貴方の能力が要因かと」
彼女が言うには、ダンジョンボスを倒した直後、俺は無意識のうちにキメラ化を解除していたらしい。
基本的に俺の体から離れたキメラは、眷属として元の姿に戻る。……ってことは。
「つまり、ヒルダは俺の眷属として復活したってこと?」
そう尋ねると、彼女は心から嫌そうな表情を浮かべた。
(あ……やっぱり?)
何となくそんな気はしていたんだよ。
眷属化の効果で、何となく相手の考えていることが伝わってくるというか。見えないコードでヒルダと繋がっているような、不思議な感覚があった。
そんな事を考えていると、彼女は照れくさそうに頬を掻いた。
「とはいえ……誠に不本意ですが、今回の件では貴方に感謝しています」
「え?」
「お嬢様を悲しませずに済みましたので。それに――」
耳を澄まさなければ聞こえないほどの小声で、でもたしかに彼女は「死ぬのが怖かった」と言った。
震えた唇からこぼれたその言葉は、間違いなくヒルダの本心だろう。
「笑っちゃいますよね。作られた命であるわたくしが、死を恐れるなんて――」
最後まで言い切る前に、俺は彼女を抱き寄せた。
「な、何をするんですか! ベタベタと触らないでください!」
急に頬を赤くした彼女が、俺の体を必死に押し返そうとする。
そんな反応が可愛くて、自然と言葉が出た。
「……おかえり、ヒルダ」
それを聞いた彼女は一瞬固まった後、俺を掴む手を緩めて、
「ただいま戻りました、ナオトさん」
と微笑んだ。
「いててて……」
ホッとして気が緩んだのか、全身の痛みがズキズキとぶり返す。
キメラ化で全身を作り変えた反動は、成長痛や筋肉痛より何倍もキツかった。
「無茶のしすぎです。下手したら死んでいましたよ?」
「でもこうして生き残れたんだから、結果オーライだろ。それもこれも、ヒルダのおかげだな!」
「うっ……そ、そうですよ。もっとわたくしに感謝してください」
ん、どうしたんだろう。いつもの毒舌にキレがない。むしろ声のトーンに優しさすら感じられる。
(ま、優しい分には別にいいか)
それよりも俺には、いくつか確かめたいことがあった。
「なぁヒルダ。さっきから床を這い回っているそのスライムって、もしかして……」
床にはスライムが一匹、ぷるぷると震えながら俺を見上げていた。
それも何やら興奮しているようにも見える。
「貴方の眷属になった、元ダンジョンボスですよ」
「ってことはやっぱり、ダンジョンマスターになったのって……俺?」
俺の答えを聞いたヒルダは、深い溜め息を吐く。
「そうでしょうね。ボスを倒したのはナオトさんですし、ダンジョンマスターになる条件は揃っていますから」
「うわぁ、マジかよ……」
ようやく俺は自分の置かれている状況を理解した。
ダンジョンマスターとはモンスターを支配する者であり、資源回収のために運営をする管理者でもある。だがそれは本来、俺ではなくヴァニラがなるはずだった。
もちろん俺は、そんな面倒なことはしたくない。
「じゃあ今いるこの部屋って……」
「ボス部屋の先にある管理室ですよ。ナオトさんの記憶を元にリフォームされたようですが」
「あぁ、どうりで見たことがあると思った」
なにせ俺が昔住んでいた部屋に凄く似ている。テレビに本棚、勉強机。何だかどれも懐かしい。
ヒルダいわく、ダンマス(ダンジョンマスター)になれば自由にダンジョン内を変えられるらしい。
他にもモンスターを生み出したり、トラップを設置したりもできるんだとか。ここに住めるのは嬉しい。だけど……。
「……今から辞退ってできない?」
「なってしまったものは仕方がないでしょう。辞める方法は、別の者に殺されるしかありませんし」
ヒルダはあっさりと答えたが、俺も殺されるのは嫌だ。
でもダンジョンマスターなんて、なにをどうすれば……。
「わたくしも貴方の眷属として補佐しますので。ナオトさんは、運営のやり方を覚えてください」
「他に道はないか……でもヒルダはそれでいいのか?」
「野蛮な地球人の中でも、貴方は信用に値する者だと理解しましたので。現在の問題は、わたくしよりも――」
「うん? なんだ?」
ヒルダは左腕をタブレット端末に変形させると、その画面を俺に見せた。
「怒り狂ったヴァニラお嬢様が、仲間を連れてここへ突入しようとしています」
◇
不可抗力ながら俺の眷属となってしまったヒルダは、管理者権限の一部を利用できるようになったらしい。
それを活かして、ダンジョン内の様子をタブレット端末に映してくれた――までは良かったのだが。
『モンスターたちよ、道を開けなさい。私を阻めば“死”あるのみです』
映像を見ると、憤怒の形相を浮かべた鬼が映っていた。
戦鎚でモンスターを蹴散らしながら、一直線に最深部へと向かっている。
「ヴァニラのやつ、相当怒ってないか!?」
「あの御方は仲間想いですから。わたくしたちを助けようと必死なのでしょう」
「しかもその後ろにいる奴らってもしや……」
高速移動するヴァニラに追走する、二つの人影が見えた。
軍服を着た赤髪のボブカット女と、着物姿の長髪イケメン。どちらの顔も見覚えがある。
「お嬢様の従姉妹であるスカーレット様。そして相棒のユウキ様ですね」
やっぱりか。根が真面目なヴァニラと違って、あの赤髪女は頭のネジが吹っ飛んだ純粋な戦闘狂だ。
そして隣のユウキは地球人でありながら、そのヤバい奴に付き従っている物好きときたもんだ。
『はーはっはっは! 雑魚に雑魚、アーンド雑魚! どいつも雑魚過ぎる! このダンジョンには、アタシを満足させてくれるような強敵はいないのかい!?』
『98匹……99匹……100匹……』
両手に握られたハンドガンを連射しながら大声を上げるスカーレットと、確実に一体ずつ刀で両断していくユウキ。
二人とも、凶悪な笑みを浮かべながらモンスターを殲滅している。
そこへヴァニラも合わさると、並のモンスターでは足止めにもならない。
「おいヒルダ! なんでアイツらがいるんだよ?」
「わたくしだって知りませんよ。しかし、このままではマズいですね。地球人であるナオトさんがここの管理者だと、あの二人にバレてしまったら……」
俺を殺せばこのダンジョンが手に入る。
狂人スカーレットなら、喜んで俺を殺しにかかりそうだ。
どうする!?
今の俺に何ができる?
この様子じゃ、ダンジョンの最深部に辿り着くのも時間の問題だ。
もっと強力なモンスターを置いてみるか?
「……だめだ、敵うはずがない。こうなったらいっそ、エロトラップでも仕込んで無力化するしか……」
「何をアホなことを言っているんですか。戦闘の様子は配信されているんですから、そんなことをしたら大勢に危険視されますよ?」
「くっ、駄目か――」
軽蔑の視線を向けられながら、俺は悔し涙を流した。
くそぅ、どさくさに紛れて欲望を満たそうとしたのに……。
ヒルダに小声で「この人を信じたのは早まったかも」などと言われているが、俺の耳には届かない。
そうしている間にも、三人はボスと戦ったフロア前まで到達していた。
「何か方法はないのか!? このままじゃ俺、マジで殺されるぞ!?」
「ナオトさん……短い間でしたが、お世話になりました」
「うわぁぁぁん! 頼むから見捨てないでくれよぉぉぉ!」
画面の向こうでは、ヴァニラが扉に手を伸ばしている。あぁ、もうダメだ――。
『しかしこんな低レベルな輩に後れを取るなんて、ヴァニラ姉様は腕が落ちたのではないか!?』
『――!』
スカーレットの声に反応したのか、ヴァニラの手がピタリと止まる。
『スカーレット殿、道中のモンスターとボスでは比較にならないよ』
『黙れユウキ! 油断して毒を喰らった上に敵前逃亡など、一族としてのプライドはないのか!? 我が従姉ながら本当に情けない!』
『わ、私は……』
ヴァニラの声が震えている。
悔しさに耐えて、どうにか平静を装おうとしているのが伝わってきた。
『いくらなんでも言い過ぎだ。ヴァニラさんが可哀想だろう』
『ふんっ! 可哀想なのはヒルダとかいうメイドの方だ。姉様が無能じゃなければ、無駄死にさせずに済んだものを』
そんな会話を聞いていた時だった。
俺のすぐ隣から、強力な殺意がビリビリと伝わってきた。
「……あ?」
ヒルダの目の色が変わった。
地獄の底から響くような低い声に、俺もビクリと体を震わせる。
「この赤髪女、今なにか言いましたか? わたくしの聞き間違えでなければ『ヴァニラ様が無能』と仰ったように聞こえましたが?」
(おいおいおい!)
そんな喧嘩を売るようなことを言うから、ヒルダがガチでキレたぞ!?
「ナオトさん」
「は、はい……」
なんでしょうかヒルダ様。
隣で彼女は意地悪そうな笑みを浮かべ、俺にこう告げた。
「エロトラップ、やりましょう」
「え?」
「この礼儀知らずの侵入者には、お仕置きが必要です。わたくし、全力で協力いたしますので」
あぁ~。そ、そうですかぁ。
これはもう、俺には止められないな。
「は、はい……」
有無を言わさぬ圧力に押されながら、俺はただコクコクと頷くのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
雑魚で貧乏な俺にゲームの悪役貴族が憑依した結果、ゲームヒロインのモデルとパーティーを組むことになった
ぐうのすけ
ファンタジー
無才・貧乏・底辺高校生の稲生アキラ(イナセアキラ)にゲームの悪役貴族が憑依した。
悪役貴族がアキラに話しかける。
「そうか、お前、魂の片割れだな? はははははは!喜べ!魂が1つになれば強さも、女も、名声も思うがままだ!」
アキラは悪役貴族を警戒するがあらゆる事件を通してお互いの境遇を知り、魂が融合し力を手に入れていく。
ある時はモンスターを無双し、ある時は配信で人気を得て、ヒロインとパーティーを組み、アキラの人生は好転し、自分の人生を切り開いていく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる