40 / 106
第40話 王女リディカの勇者観察日記①
しおりを挟む
~リディカ姫視点~
私が5歳になった誕生日のこと。
お母様は私に、一冊の日記帳をプレゼントしてくれた。
何を書けばいいのか分からなかった私に、お母様は「楽しかったこと、嬉しかったことを書けばいいのよ」と仰った。そして素敵な出来事をたくさん集めて、貴方の宝物にしてね――と。
だけどお母様がその年に亡くなってから、私の日記帳は白紙のままだった。
王城での日々は、その日記帳と同じで……まっさらで何も書かれていない、無味乾燥な日々だった。お姉様たちばかり社交界でもてはやされ、低位貴族の母から生まれた私は馬鹿にされる。
姫とは名ばかりで、誰からも放置された私は王城に棲みつく亡霊のように過ごしていた。
「このまま、何者にもなれないまま死んじゃうのかな……」
勉強や魔法を頑張ってみても、誰も見てくれない。毎日が同じことの繰り返しで、退屈な日々を過ごすだけ。
そんな私にとって唯一の希望は、幼い頃に命を救ってくれた魔王ウィルクス様だった。
自分の国と戦争をしている相手に憧れているって言ったら、きっと怒られるだけじゃ済まされないけれど。それでもあの人みたいに、誰かを助けられる存在になりたいって思った。
……でも、あの人は勇者に殺された。
目の前が真っ暗になった。
当代の勇者は味方ですら恐れるほどの怪物だって聞いていたから、いつかそんな日が訪れてしまうかもしれない。そう覚悟はしていたけれど――魔王討伐の報告で皆が嬉し涙を流す中、私は人知れずに別の涙をこぼした。
自分が頑張ったことを見せたい人も、私の名を呼んでくれる人も――もう居ない。
魔王様、私ね……もう一度、あなたに逢いたかった。
俯いてそんなことを考えていたら、不意に私の名を呼ばれた。世界を恐怖に陥れた魔王を勇者様が倒した、その報告の場でのことだった。
「……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」
「えっ?」
突然の言葉に、私は耳を疑った。
でも私の名を呼んだのは間違いなく、魔王様を殺した勇者だった。
「……どうして、私を妻に選んだのですか」
勇者と姫の結婚は、おとぎ話では良くある話だ。邪竜や魔王討伐の褒美に与えられる、みたいな。
私たち姫のことを、トロフィーか何かと勘違いしているのかと怒りたくなる――のはさておき。この人が、どうして私を選んだのかが知りたかった。
お姉様を始め、私よりも美しいご令嬢はたくさんいるはずなのだ。誰だって、石ころよりも金ぴかのトロフィーの方が嬉しいに決まっている。
「なんでそんなこと気にしてんの?」
私の家柄が悪いことをまるで気にした様子のない勇者は、あっけらかんとそう言った。
「そんなん関係ないだろ、俺はあんたが良いって思ったんだし」
出会ったばかりの私に、彼は脂肪でたるんだ顔を震わせながら笑いかけてきた。
しかも「リディカ姫だって美人じゃん。ミレーユ姫とはまた違ったタイプの」なんて褒め殺しまでしてくる。
……正直、悪い気分はしなかった。
でも油断なんて、するものですか。私の大事な人を殺めたことは、何があっても絶対に許さない。
それに巷での勇者の評判は、最低最悪。魔物に襲われた子供を見捨ててその場を立ち去ったとか、味方ごと魔法で魔物を焼き尽くしたとか。
目の前の男性は、そんな人でなしなのだ。気を許せば私なんて、すぐボロボロにされて魔物のエサにされてしまう。
だけど……。
これはもしかしたら、神様が私に与えてくれた復讐のチャンスかもしれないわ。勇者の近くにいれば、ひ弱な私でも彼を仕留める隙が生まれるかも。
外道な存在をこの世から排除することを、この世では正義と呼ぶ。そうよ、勇者が魔王様に対してやったことと同じじゃない。
「……なんだか、以前に聞いていた貴方の印象とはだいぶ違いますね」
まずは勇者の懐に入って油断を誘いましょう。人の少ない辺境の村に行けば、きっと機会は巡ってくるはず。
天国で見ていてくださいね、魔王ウィルクス様。
必ずや私が、貴方の仇を取ってみせますから。
そう、思っていたはずなのに――。
私が5歳になった誕生日のこと。
お母様は私に、一冊の日記帳をプレゼントしてくれた。
何を書けばいいのか分からなかった私に、お母様は「楽しかったこと、嬉しかったことを書けばいいのよ」と仰った。そして素敵な出来事をたくさん集めて、貴方の宝物にしてね――と。
だけどお母様がその年に亡くなってから、私の日記帳は白紙のままだった。
王城での日々は、その日記帳と同じで……まっさらで何も書かれていない、無味乾燥な日々だった。お姉様たちばかり社交界でもてはやされ、低位貴族の母から生まれた私は馬鹿にされる。
姫とは名ばかりで、誰からも放置された私は王城に棲みつく亡霊のように過ごしていた。
「このまま、何者にもなれないまま死んじゃうのかな……」
勉強や魔法を頑張ってみても、誰も見てくれない。毎日が同じことの繰り返しで、退屈な日々を過ごすだけ。
そんな私にとって唯一の希望は、幼い頃に命を救ってくれた魔王ウィルクス様だった。
自分の国と戦争をしている相手に憧れているって言ったら、きっと怒られるだけじゃ済まされないけれど。それでもあの人みたいに、誰かを助けられる存在になりたいって思った。
……でも、あの人は勇者に殺された。
目の前が真っ暗になった。
当代の勇者は味方ですら恐れるほどの怪物だって聞いていたから、いつかそんな日が訪れてしまうかもしれない。そう覚悟はしていたけれど――魔王討伐の報告で皆が嬉し涙を流す中、私は人知れずに別の涙をこぼした。
自分が頑張ったことを見せたい人も、私の名を呼んでくれる人も――もう居ない。
魔王様、私ね……もう一度、あなたに逢いたかった。
俯いてそんなことを考えていたら、不意に私の名を呼ばれた。世界を恐怖に陥れた魔王を勇者様が倒した、その報告の場でのことだった。
「……そちらのリディカ様と、結婚させてもらえないでしょうか」
「えっ?」
突然の言葉に、私は耳を疑った。
でも私の名を呼んだのは間違いなく、魔王様を殺した勇者だった。
「……どうして、私を妻に選んだのですか」
勇者と姫の結婚は、おとぎ話では良くある話だ。邪竜や魔王討伐の褒美に与えられる、みたいな。
私たち姫のことを、トロフィーか何かと勘違いしているのかと怒りたくなる――のはさておき。この人が、どうして私を選んだのかが知りたかった。
お姉様を始め、私よりも美しいご令嬢はたくさんいるはずなのだ。誰だって、石ころよりも金ぴかのトロフィーの方が嬉しいに決まっている。
「なんでそんなこと気にしてんの?」
私の家柄が悪いことをまるで気にした様子のない勇者は、あっけらかんとそう言った。
「そんなん関係ないだろ、俺はあんたが良いって思ったんだし」
出会ったばかりの私に、彼は脂肪でたるんだ顔を震わせながら笑いかけてきた。
しかも「リディカ姫だって美人じゃん。ミレーユ姫とはまた違ったタイプの」なんて褒め殺しまでしてくる。
……正直、悪い気分はしなかった。
でも油断なんて、するものですか。私の大事な人を殺めたことは、何があっても絶対に許さない。
それに巷での勇者の評判は、最低最悪。魔物に襲われた子供を見捨ててその場を立ち去ったとか、味方ごと魔法で魔物を焼き尽くしたとか。
目の前の男性は、そんな人でなしなのだ。気を許せば私なんて、すぐボロボロにされて魔物のエサにされてしまう。
だけど……。
これはもしかしたら、神様が私に与えてくれた復讐のチャンスかもしれないわ。勇者の近くにいれば、ひ弱な私でも彼を仕留める隙が生まれるかも。
外道な存在をこの世から排除することを、この世では正義と呼ぶ。そうよ、勇者が魔王様に対してやったことと同じじゃない。
「……なんだか、以前に聞いていた貴方の印象とはだいぶ違いますね」
まずは勇者の懐に入って油断を誘いましょう。人の少ない辺境の村に行けば、きっと機会は巡ってくるはず。
天国で見ていてくださいね、魔王ウィルクス様。
必ずや私が、貴方の仇を取ってみせますから。
そう、思っていたはずなのに――。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる