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第87話 魔王様、混浴(?)です
しおりを挟む『それで我のところに逃げてきたンゴか? 情けない領主ンゴねぇ~』
男性用の露天風呂には、高いところから滝のようにドバドバと流れ落ちる打たせ湯がある。
そこを半ば自分専用のように占拠している聖獣のミラ様が、岩風呂で鼻まで深く浸かっていた俺に、やれやれと呆れた視線を向けていた。
「しょうがないだろ。あの状況で彼女たちに断れる男がいたら、教えてほしいくらいだよ」
『それもそうか……まぁ我もプリンは好きだから、むしろ歓迎するンゴねぇ……」
ミラ様と言えど、女性陣に甘味のことで歯向かうのは恐ろしいと理解しているらしい。
しばらく互いに無言となり、温泉の滝がドドドと落ちる音だけが空間を占めた。
「……で? わざわざ我のところに来たのは、他に何か理由があるンゴ?』
「あぁ、そうそう。今度王城へ行くときに、ミラ様にも付いてきてほしいんだけど」
『無理ンゴ』
即答である。まぁ嫌がられるとは思っていたけど、考慮の余地も無いのはどうかと思う。
「せめて理由だけでも聞いてくれないか?」
『はぁ……どうせあれじゃろ? 我がこのプルア村を守護するから、余計な手出しはするなって話ンゴよね?』
「そうそう」
実は先日の盗賊騒動に、進展があった。なんと奴らはローウン王国の元騎士団に所属していた兵士だったのだ。
おそらくは中枢の誰かに雇われて、プルア村の内情を探っていたか……あるいは俺やリディカの命を奪って村の崩壊を望んでいたんだろう。
王国の重要人物がここ辺境の地で死ねば、それを理由に人族は魔族の国へ侵攻できるからだ。
まさかあの王様が、自分の娘を犠牲にしてまで戦争を再開しようとしているとは思いたくないが……。
『やだ、めんどい』
「本当にぶっちゃけるなぁ……」
さすがに守護聖獣を神の遣いと崇める国なら、ミラ様の言うことは問答無用で聞いてくれるかなって思ったんだけど。
そんな俺の考えを見透かしたのか、ミラ様はスっと立ち上がってこちらを見下ろしている。そして一言、お小言を下さった。
『おぬしも魔族を治めた経験があるなら、我が言わずとも分かっておるじゃろうが。大義名分を持って誰かを動かそうというのなら、己の手で旗を振らねばならぬ。結果としてそれが過ちに終わった時、おぬしは我を言い訳に逃げるのか? 神の遣いを戦犯扱いか? あまりにも無礼千万じゃぞ』
うぐっ、痛いところを突くな。
「いや、それは分かってるけどさ……」
正直、自分の能力に自信を持っている。勇者が居なくなった今、力だけならこの世の誰にも負ける気はしない。
いや、まぁ一部のバケモノじみた奴ら(クリムやシャルン、ティターニアなど)もいるが、少なくとも引き分けにはできる。
だが現実として、これからは暴力だけじゃ俺が望む目的を達成できないんだ。
「俺は自分のことを、ある程度は分かっているつもりだ。それはやれることと、やれないことも含めて。俺一人の力じゃ、守りたい奴らを全員守るなんてできない……それは魔族と人族との戦争で痛いほど分かったんだ」
『おぬし……』
俺がどう頑張ったって、戦争は止められなかった。
そりゃ俺が人族を皆殺しにすれば終わったかもしれないけれど、そんな結末は望んじゃいない。所詮ひとりの力で世界を変えようだなんて、蟻が象に立ち向かうくらいに無謀な考えだったんだ。
「だから俺は、仲間に頼ることにしたんだ。ひとりじゃ無理でも、ふたりになれば……一緒に協力してくれる人が集まれば集まるほど、差し伸べられる手は増えるだろ? この辺境の地にそんな仲間を集めて……ここから世界を変えたいんだ、俺は」
自分でも傲慢な考えだってことは分かっている。
だけど、だからって最初から諦めたくなんかないんだ。もう、大事な人を喪わないためにも。
「実際、人族の獣人に対する迫害の感情は根強くてさ。フシたちを守るためにも、やっぱりミラ様の助けが欲しいなって」
『はぁ……まぁ、おぬしの言うことも一理あるか。仕方ない』
あぁ良かった。どうにか交渉成立だ。これでもし断られたら、最後の切り札を使わなくちゃいけないところだった。
『ただし条件があるぞ』
「え?」
じいっと兎特有の血のように赤い瞳で俺の顔を覗くミラ様。
いったい何を要求されるのか……俺が得た安堵は、一瞬で吹き飛ばされたのだった――。
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