87 / 106

第87話 魔王様、混浴(?)です

しおりを挟む

『それで我のところに逃げてきたンゴか? 情けない領主ンゴねぇ~』

 男性用の露天風呂には、高いところから滝のようにドバドバと流れ落ちる打たせ湯がある。

 そこを半ば自分専用のように占拠している聖獣のミラ様が、岩風呂で鼻まで深く浸かっていた俺に、やれやれと呆れた視線を向けていた。

「しょうがないだろ。あの状況で彼女たちに断れる男がいたら、教えてほしいくらいだよ」

『それもそうか……まぁ我もプリンは好きだから、むしろ歓迎するンゴねぇ……」

 ミラ様と言えど、女性陣に甘味のことで歯向かうのは恐ろしいと理解しているらしい。

 しばらく互いに無言となり、温泉の滝がドドドと落ちる音だけが空間を占めた。


「……で? わざわざ我のところに来たのは、他に何か理由があるンゴ?』

「あぁ、そうそう。今度王城へ行くときに、ミラ様にも付いてきてほしいんだけど」

『無理ンゴ』

 即答である。まぁ嫌がられるとは思っていたけど、考慮の余地も無いのはどうかと思う。

「せめて理由だけでも聞いてくれないか?」

『はぁ……どうせあれじゃろ? 我がこのプルア村を守護するから、余計な手出しはするなって話ンゴよね?』

「そうそう」

 実は先日の盗賊騒動に、進展があった。なんと奴らはローウン王国の元騎士団に所属していた兵士だったのだ。

 おそらくは中枢の誰かに雇われて、プルア村の内情を探っていたか……あるいは俺やリディカの命を奪って村の崩壊を望んでいたんだろう。

 王国の重要人物がここ辺境の地で死ねば、それを理由に人族は魔族の国へ侵攻できるからだ。

 まさかあの王様が、自分の娘を犠牲にしてまで戦争を再開しようとしているとは思いたくないが……。


『やだ、めんどい』

「本当にぶっちゃけるなぁ……」

 さすがに守護聖獣を神の遣いと崇める国なら、ミラ様の言うことは問答無用で聞いてくれるかなって思ったんだけど。

 そんな俺の考えを見透かしたのか、ミラ様はスっと立ち上がってこちらを見下ろしている。そして一言、お小言を下さった。

『おぬしも魔族を治めた経験があるなら、我が言わずとも分かっておるじゃろうが。大義名分を持って誰かを動かそうというのなら、己の手で旗を振らねばならぬ。結果としてそれが過ちに終わった時、おぬしは我を言い訳に逃げるのか? 神の遣いを戦犯扱いか? あまりにも無礼千万じゃぞ』

 うぐっ、痛いところを突くな。

「いや、それは分かってるけどさ……」

 正直、自分の能力に自信を持っている。勇者が居なくなった今、力だけならこの世の誰にも負ける気はしない。

 いや、まぁ一部のバケモノじみた奴ら(クリムやシャルン、ティターニアなど)もいるが、少なくとも引き分けにはできる。

 だが現実として、これからは暴力だけじゃ俺が望む目的を達成できないんだ。


「俺は自分のことを、ある程度は分かっているつもりだ。それはやれることと、やれないことも含めて。俺一人の力じゃ、守りたい奴らを全員守るなんてできない……それは魔族と人族との戦争で痛いほど分かったんだ」

『おぬし……』

 俺がどう頑張ったって、戦争は止められなかった。

 そりゃ俺が人族を皆殺しにすれば終わったかもしれないけれど、そんな結末は望んじゃいない。所詮ひとりの力で世界を変えようだなんて、蟻が象に立ち向かうくらいに無謀な考えだったんだ。

「だから俺は、仲間に頼ることにしたんだ。ひとりじゃ無理でも、ふたりになれば……一緒に協力してくれる人が集まれば集まるほど、差し伸べられる手は増えるだろ? この辺境の地にそんな仲間を集めて……ここから世界を変えたいんだ、俺は」

 自分でも傲慢な考えだってことは分かっている。

 だけど、だからって最初から諦めたくなんかないんだ。もう、大事な人を喪わないためにも。

「実際、人族の獣人に対する迫害の感情は根強くてさ。フシたちを守るためにも、やっぱりミラ様の助けが欲しいなって」

『はぁ……まぁ、おぬしの言うことも一理あるか。仕方ない』

 あぁ良かった。どうにか交渉成立だ。これでもし断られたら、最後の切り札を使わなくちゃいけないところだった。


『ただし条件があるぞ』

「え?」

 じいっと兎特有の血のように赤い瞳で俺の顔を覗くミラ様。

 いったい何を要求されるのか……俺が得た安堵は、一瞬で吹き飛ばされたのだった――。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

処理中です...