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第89話 魔王様、ピンチです
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「お、お初にお目にかかります、魔王陛下。私はこの辺境、プルア領を治めているウィ……ストラゼスです?」
温泉宿がプレオープンした翌日。
俺はいつも通り麦わら帽子を被って豚饅頭と一緒に畑仕事をしていると突然、足元に影が差した。
何事かと見上げれば、空から翼を生やした少女が下りてきた……というわけなのだが。
側
(えっと、俺はどうすればいい!? 思わず条件反射で跪いちまったけど、いちおう人族側の勇者だし、魔族の王にひれ伏すのもおかしいよな? そもそも俺は俺を殺した仇であって……)
恐る恐る視線を向けてみると、シャルンは無言のまま、ジッと俺のことを見下ろしている。
見た目は10歳をちょっと過ぎたぐらいで、身長は俺の半分くらいの小さな女の子。紫髪のボブカット頭からは、1本の真っ黒い角が生えている。そして竜族特有の青紫色をした鱗が、服の代わりに局部を覆っていた。
俺が最後に見た彼女の姿と何も変わっていないことに、少しだけ安堵の気持ちが胸を充たす。
「あ、あのぉ……陛下?」
俺の言葉に少しだけ眉をひそめた彼女は、次の瞬間にはニッコリと笑みを浮かべた。
「どうしているかと思えば、随分と元気そうだね――ウィル兄さま?」
「ひっ!?」
殺気の乗った大量の魔力を浴びせられ、俺は情けない声を上げてしまう。
いやそれよりも、どうしてバレた!?
聖獣様だって、こんな一発目から正体を見抜けなかったぞ!?
「このアタシが、兄さまの魔力を見逃すわけないじゃん」
「そ、そんな馬鹿な……っていうか、お前その瞳……!!」
よく見れば、シャルンの瞳が黒からアメジストのような紫色に変化していた。
「ああ、これ?」
俺が指摘した途端、彼女はまるで見せつけるかのように顔を寄せてきた。
すると魔力がさらに増幅されて俺に襲いかかる。その圧倒的な濃度に俺は意識を持っていかれそうになったが……どうにか踏みとどまった。
「ウィル兄さまが死んだ――そう聞かされたあの日。ただ守られるしか能のなかった、魔族の姫は死んだの。そしてその馬鹿な小娘は変わったわ。大事な人を奪ったニンゲンに、この手で復讐するために……ふふっ、パパのより綺麗な目でしょ?」
「まさか竜族の魔眼に覚醒したのか!?」
魔眼は竜族の中でも限られた実力者にしか顕現しない、強者の証だ。
その瞳の色は魔力の高さを示していて、俺を育ててくれた先々代の魔王は青のサファイア色だった。
たしか色の種類は虹と一緒。力の弱い方から赤、オレンジ、黄色、緑、青という順番だったはず。つまりシャルンの紫色の瞳は、歴代魔王の中でも最強クラスの魔力を所持すると示しているわけで……。
シャルンはニンマリと笑みを浮かべたまま、動揺して固まる俺の頬にそっと手で触れた。
「そう。でも兄さまがまさか、勇者の体を乗っ取って、人族を内部から崩壊させようと画策していたなんてね」
「え? ち、ちが……」
「大丈夫、アタシは分かってるよ。ウィル兄さまは平和が一番なんだもんね?」
「そ、そうだぞ? 争いは良くないんだ」
「うんうん。この世界から人族を一人残らず消し去っちゃえば、二度と戦争なんて起こらないもんね?」
感情のない淡々とした口調。そしてまるで何も映さない深淵のような紫の瞳で、俺を見つめるシャルン。
あ、駄目だコレ。何を言っても通じない。完全に闇堕ちしとる。
おかしいな。クリムたちもここまで酷いとは言ってなかったぞ?
完全に予測を見誤った。ここまで危ない思想を持つ前に、会っておくべきだった――。
「あれ? 今日もお客様ですか、ストラ」
「リディカ!?」
運悪くそこへ、クワを片手に人族の姫であるリディカが農作業を手伝いに来てしまった。マズイ。彼女はシャルンとは対極の存在であり、天敵でもあるわけで……。
「……へぇ? 兄さまを呼び捨てする人族の女、かぁ」
彼女の姿を見たシャルンの口が、ニィっと三日月のような弧を描いた。
温泉宿がプレオープンした翌日。
俺はいつも通り麦わら帽子を被って豚饅頭と一緒に畑仕事をしていると突然、足元に影が差した。
何事かと見上げれば、空から翼を生やした少女が下りてきた……というわけなのだが。
側
(えっと、俺はどうすればいい!? 思わず条件反射で跪いちまったけど、いちおう人族側の勇者だし、魔族の王にひれ伏すのもおかしいよな? そもそも俺は俺を殺した仇であって……)
恐る恐る視線を向けてみると、シャルンは無言のまま、ジッと俺のことを見下ろしている。
見た目は10歳をちょっと過ぎたぐらいで、身長は俺の半分くらいの小さな女の子。紫髪のボブカット頭からは、1本の真っ黒い角が生えている。そして竜族特有の青紫色をした鱗が、服の代わりに局部を覆っていた。
俺が最後に見た彼女の姿と何も変わっていないことに、少しだけ安堵の気持ちが胸を充たす。
「あ、あのぉ……陛下?」
俺の言葉に少しだけ眉をひそめた彼女は、次の瞬間にはニッコリと笑みを浮かべた。
「どうしているかと思えば、随分と元気そうだね――ウィル兄さま?」
「ひっ!?」
殺気の乗った大量の魔力を浴びせられ、俺は情けない声を上げてしまう。
いやそれよりも、どうしてバレた!?
聖獣様だって、こんな一発目から正体を見抜けなかったぞ!?
「このアタシが、兄さまの魔力を見逃すわけないじゃん」
「そ、そんな馬鹿な……っていうか、お前その瞳……!!」
よく見れば、シャルンの瞳が黒からアメジストのような紫色に変化していた。
「ああ、これ?」
俺が指摘した途端、彼女はまるで見せつけるかのように顔を寄せてきた。
すると魔力がさらに増幅されて俺に襲いかかる。その圧倒的な濃度に俺は意識を持っていかれそうになったが……どうにか踏みとどまった。
「ウィル兄さまが死んだ――そう聞かされたあの日。ただ守られるしか能のなかった、魔族の姫は死んだの。そしてその馬鹿な小娘は変わったわ。大事な人を奪ったニンゲンに、この手で復讐するために……ふふっ、パパのより綺麗な目でしょ?」
「まさか竜族の魔眼に覚醒したのか!?」
魔眼は竜族の中でも限られた実力者にしか顕現しない、強者の証だ。
その瞳の色は魔力の高さを示していて、俺を育ててくれた先々代の魔王は青のサファイア色だった。
たしか色の種類は虹と一緒。力の弱い方から赤、オレンジ、黄色、緑、青という順番だったはず。つまりシャルンの紫色の瞳は、歴代魔王の中でも最強クラスの魔力を所持すると示しているわけで……。
シャルンはニンマリと笑みを浮かべたまま、動揺して固まる俺の頬にそっと手で触れた。
「そう。でも兄さまがまさか、勇者の体を乗っ取って、人族を内部から崩壊させようと画策していたなんてね」
「え? ち、ちが……」
「大丈夫、アタシは分かってるよ。ウィル兄さまは平和が一番なんだもんね?」
「そ、そうだぞ? 争いは良くないんだ」
「うんうん。この世界から人族を一人残らず消し去っちゃえば、二度と戦争なんて起こらないもんね?」
感情のない淡々とした口調。そしてまるで何も映さない深淵のような紫の瞳で、俺を見つめるシャルン。
あ、駄目だコレ。何を言っても通じない。完全に闇堕ちしとる。
おかしいな。クリムたちもここまで酷いとは言ってなかったぞ?
完全に予測を見誤った。ここまで危ない思想を持つ前に、会っておくべきだった――。
「あれ? 今日もお客様ですか、ストラ」
「リディカ!?」
運悪くそこへ、クワを片手に人族の姫であるリディカが農作業を手伝いに来てしまった。マズイ。彼女はシャルンとは対極の存在であり、天敵でもあるわけで……。
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