89 / 106

第89話 魔王様、ピンチです

しおりを挟む
「お、お初にお目にかかります、魔王陛下。私はこの辺境、プルア領を治めているウィ……ストラゼスです?」

 温泉宿がプレオープンした翌日。
 俺はいつも通り麦わら帽子を被って豚饅頭と一緒に畑仕事をしていると突然、足元に影が差した。

 何事かと見上げれば、空から翼を生やした少女が下りてきた……というわけなのだが。

(えっと、俺はどうすればいい!? 思わず条件反射で跪いちまったけど、いちおう人族側の勇者だし、魔族の王にひれ伏すのもおかしいよな? そもそも俺は俺を殺した仇であって……)

 恐る恐る視線を向けてみると、シャルンは無言のまま、ジッと俺のことを見下ろしている。

 見た目は10歳をちょっと過ぎたぐらいで、身長は俺の半分くらいの小さな女の子。紫髪のボブカット頭からは、1本の真っ黒い角が生えている。そして竜族特有の青紫色をした鱗が、服の代わりに局部を覆っていた。

 俺が最後に見た彼女の姿と何も変わっていないことに、少しだけ安堵の気持ちが胸を充たす。


「あ、あのぉ……陛下?」

 俺の言葉に少しだけ眉をひそめた彼女は、次の瞬間にはニッコリと笑みを浮かべた。

「どうしているかと思えば、随分と元気そうだね――ウィル兄さま?」

「ひっ!?」

 殺気の乗った大量の魔力を浴びせられ、俺は情けない声を上げてしまう。

 いやそれよりも、どうしてバレた!?

 聖獣様だって、こんな一発目から正体を見抜けなかったぞ!?


「このアタシが、兄さまの魔力を見逃すわけないじゃん」

「そ、そんな馬鹿な……っていうか、お前その瞳……!!」

 よく見れば、シャルンの瞳が黒からアメジストのような紫色に変化していた。

「ああ、これ?」

 俺が指摘した途端、彼女はまるで見せつけるかのように顔を寄せてきた。

 すると魔力がさらに増幅されて俺に襲いかかる。その圧倒的な濃度に俺は意識を持っていかれそうになったが……どうにか踏みとどまった。


「ウィル兄さまが死んだ――そう聞かされたあの日。ただ守られるしか能のなかった、魔族の姫は死んだの。そしてその馬鹿な小娘は変わったわ。大事な人を奪ったニンゲンに、この手で復讐するために……ふふっ、パパのより綺麗な目でしょ?」

「まさか竜族の魔眼に覚醒したのか!?」

 魔眼は竜族の中でも限られた実力者にしか顕現しない、強者の証だ。
 その瞳の色は魔力の高さを示していて、俺を育ててくれた先々代の魔王は青のサファイア色だった。

 たしか色の種類は虹と一緒。力の弱い方から赤、オレンジ、黄色、緑、青という順番だったはず。つまりシャルンの紫色の瞳は、歴代魔王の中でも最強クラスの魔力を所持すると示しているわけで……。

 シャルンはニンマリと笑みを浮かべたまま、動揺して固まる俺の頬にそっと手で触れた。


「そう。でも兄さまがまさか、勇者の体を乗っ取って、人族を内部から崩壊させようと画策していたなんてね」

「え? ち、ちが……」

「大丈夫、アタシは分かってるよ。ウィル兄さまは平和が一番なんだもんね?」

「そ、そうだぞ? 争いは良くないんだ」

「うんうん。この世界から人族を一人残らず消し去っちゃえば、二度と戦争なんて起こらないもんね?」

 感情のない淡々とした口調。そしてまるで何も映さない深淵のような紫の瞳で、俺を見つめるシャルン。

 あ、駄目だコレ。何を言っても通じない。完全に闇堕ちしとる。

 おかしいな。クリムたちもここまで酷いとは言ってなかったぞ?
 完全に予測を見誤った。ここまで危ない思想を持つ前に、会っておくべきだった――。


「あれ? 今日もお客様ですか、ストラ」

「リディカ!?」

 運悪くそこへ、クワを片手に人族の姫であるリディカが農作業を手伝いに来てしまった。マズイ。彼女はシャルンとは対極の存在であり、天敵でもあるわけで……。


「……へぇ? 兄さまを呼び捨てする人族の女、かぁ」

 彼女の姿を見たシャルンの口が、ニィっと三日月のような弧を描いた。





しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

処理中です...