偽装没落貴族の令嬢は、密偵王太子に溺愛される

保志見祐花

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ヴァルクレア王家の画策は、笑顔の花に飾られる

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「マークさま。どうか、わたくしめに理由を教えてくださいますか?」
「理由?」

「お前のような財産目当ての詐欺女を妻に迎えるわけにはいかん!」
「詐欺、ですか。」


 サリアは少しだけ首を傾げた。
 
 昨日まで、マークはそんなことを言っていなかった。
 怪訝な態度はいつも通りだったし、その微細な変化まではつかめなかったが、マークが「詐欺だ」と思うような素振りはしてこなかったはずである。


 鍵のありかを探りはしたが、……それがそうと取られたのだろうか?

「……マークさま、ええと、困ります。詐欺、などと言われましても」

「黙れ!」マークが声を荒げる。
その剣幕に一瞬押されるサリアに、彼は声も高らかに言った。


「お前がワタシの財産を狙って近づいたことなど、すべてお見通しだ! お前は慎み深い女だと思っていたが、とんだ化け物だったとはな!」


 ある者は驚いたように目を見開き、ある者は眉をひそめて互いに囁き合う。特に高位の貴族たちは、マークの一方的な糾弾に対し、品位のない振る舞いだと感じているのか、冷ややかな視線を向けていた。

 そんな群衆の隅で。
 マークの遊女が、堪えきれないといった様子で口元を覆い、笑いを堪えている。


 サリアはその様子を一瞥し、少しだけ肩をすくめた。
 

 ああ、なるほど。
 決してなびかぬ私に、汚名を着せて恥をかかせようとしているのですね? なんて浅慮で浅はかなのかしら。……こうでもすれば、私があなたに縋り、貴方に溺れるとでも思ったのかしら。


 そんな思惑を、一筋の息で流して。
 サリアはマークに述べるのだ。


「マークさま。おやめください。このような公衆の面前でそのような行いをなさるのは、貴族候補の行いにふさわしくありませんわ」


 凛と述べるサリアの声が、開場に静寂を落とした。
 サリアの冷静な態度と、確信を持った口調に、周囲の貴族たちが再び彼女に注目する。


「マークさま? 貴方は今、王家ヴァルクレアより『男爵』という身分を頂けるかどうかの、瀬戸際にいらっしゃいます。どうか、そのような軽率な行いを慎んでくださいませ」

 その言葉に、マークの顔が一瞬引きつった。
 彼の肩がピクリと動いたのを、サリアは見逃さなかった。

「そこが気に食わないのだサリア! 侮辱しやがって!」
「侮辱のつもりはありません。ただ、貴族である以上、公の場で行う言動には相応の品格が必要です」
「品格だと!? 偉そうな口を叩くな!」


 マークが怒声を上げるたびに、場内の空気が張り詰めていく。
 しかしサリアは微笑を浮かべ、冷ややかに返すのだ。
 視界の隅に映った──見覚えのある男性の姿を確認し、静かに言い放つ。


「……では、マークさまが仰る”詐欺”の証拠を、どうぞお見せください」
「これだ!」

 マークは懐から一枚の羊皮紙を取り出すと、無造作にサリアへ投げつけた。紙は空中を舞い、サリアの足元に落ちる。

「お前が書いた手紙だ! ワタシの財産を狙った計画が、ここにはっきりと記されている!」



 彼の怒声が場を震わせる中、サリアは冷静に屈み、その手紙を拾い上げた。
 視線だけで内容を追い、その場で読み取る。そして――彼女は静かに顔を上げると、柔らかな微笑を浮かべると、


「……よくできていますね。これを書いたのは誰ですか? 物書きとしての才能があるかたですね」
「ふざけるな!  詐欺師が! 貴様が屋敷内部を嗅ぎまわっていたことは知っているのだぞ!」

「マークさま。この手紙が証拠だとするなら、それを書いた方の名誉のためにも、ぜひ作者をお教えいただきたいものです」


「名誉だと?!」
「ええ。よく書けています。特にこの文字運びは、とても私らしい・・・。書いたのはどちらの方でしょう? 私のことをよくご存じの方かしら……」

 サリアが柔らかに告げるたび、マークの顔色がさらに変わっていく。真っ赤に熟れた果実のように。


「あああああああああああああ気に食わない!」


 彼はついに限界を迎えたようだった。
 髪を掻きまくり顔を歪め、サリアに向けて指を指す!


「お前はいったいなんなのだ! 婚約者候補として名乗り出たくせに、愛嬌も寄越さなければ身体も赦さない! おまえは! ワタシの! 婚約者候補なのだろう!! 可愛げぐらい見せたらどうだ!」

 その言葉に、場内の空気が凍りついた。
 ざわめいていた貴族たちも、次第に言葉を失い始める。
 だが、サリアは涼しい顔を崩さない。

 もう隠す必要もない。
 舞台は整った。


「潜り込むのに、可愛げなど必要ありませんわ、マークさま」
「……なに……!?」

「貴女を騙していたことは事実です。私は、あなたを愛してなどいない。好いてなどおりません。私は確かめに・・・・来たのです・・・・・


「……は、はあ……!?」
「──貴方に、『王家を支える素養があるかどうか』」

 サリアが冷静に告げるその言葉は、夜会場全体をさらに静寂に包んだ。密やかな動揺が走り抜ける。疑いと、答えを求める視線が錯綜する。

 それらを「バカにされた」と取ったマークは、怒りに任せて腰の剣に手をかけた!


「生意気なぁぁぁぁ! もう我慢ならん! 報いを与えてやるッ!」


 一瞬の出来事。
 マークの鋭い剣先がサリアに向かう。
 ざわめく群衆が悲鳴を上げる。
 
 鈍い灰色の刀身が空を裂き、音を立てて振り下ろされたその──瞬間。
 
 甲高い金属音が響き渡った。
 群衆から飛び出してきた男が、マークの斬撃を受けたのだ。
 鮮やかに煌めく銀の刃と、鈍い灰色の刃がぶつかり、”ぎぢり”と嫌な音を立てる。

 
「貴様、誰だ!」
「……酷いな。使用人の顔も覚えていないとは」

 声は酷く落ち着き、侮蔑を孕んでいた。

 その声に、マークははっと気づいた。
 こいつは「ヴァル」だ。
 サリアの付き人で、自分に反抗的な目をしていた男──!


 使用人が使用人が使用人が使用人が使用人が使用人が使用人が使用人が、ワタシに牙を向けた! しかもなんだその笑いは! 揃ってバカにしやがって!

「おい使用人……! 貴様……! ワタシに刃を向けて無事で済むと思っているんじゃないだろうな!?」
「……ただの使用人じゃないと言ったらどうする?」
「──は…………??」

 ──妙に、余裕と怒りの籠ったその声に、マークは背中に冷たいものを感じ、黙った。


 なぜか、瞬時に蘇る。
 『王家のレオポルドは内偵を送りこむ』『貴族にふさわしいか王子自ら調査するらしい』『お前も気を付けろよ、マーク』──

 そんな、誰かの言葉を証明するかのように。
 『ヴァル』と呼ばれた男は男は軽く剣を構え直し、不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりと手を伸ばし、顔を覆っていた仮面のような化粧を剥がしていく──。



 終わりだ。
 終わったのだ。



 その顔の下に現れたのは、見る者全てが知る貴公子の顔──レオポルド・ヴァルクレア。ヴァルクレア王国第一王子、その人だ。




◇◇◇◇





「レオポルド公……!?」
 
 マークの顔色がみるみるうちに蒼白になった。
 レオポルドは剣先を軽く下げながら低い声で告げる。


 「刃を納めろ、マーク男爵候補」


 マークは動けないまま、震える手で剣を下ろす。その間にレオポルドはサリアを軽く抱き寄せ、穏やかな声で尋ねた。


「サリア、怖かったろう?  大丈夫か?」
「信じていましたから。ありがとうございます、レオポルドさま」

「まったく、君の変装技術は大したものだよ、サリア。ここまで気づかれないなんて」
「ふふ。腕によりをかけました。素敵です、レオポルド様」


 そのやり取りを見たマークが、愕然とした表情で叫んだ。
「ど、どういうことだ! サリア!な、なぜ、どうして!」

「……どうしても何もない。彼女は俺の・・婚約者・・・だ」

「……は、はぁ???」



 マークの顔は、蒼白から赤黒い怒りへと変わっていく。しかし、その目に宿るのは理解の及ばない混乱だ。


「散々申し上げたはずですよ、マーク男爵候補。『貴族としての振る舞いをなさってください』と」


 サリアは静かに語り出す。
 その一言一言が、場に緊張を張り巡らせた。


「私は、“没落貴族の娘”などではありません。それはすべて、作戦のために作られた虚構です。王城に仕える者たちの協力を得て、貴方のような者を見極めるために用意されたものに過ぎません」
「……な、なに……?」

 マークの顔がさらに歪む。
 その震える声を無視し、サリアは続けた。


「この私が王家直属の調査官であることも、貴方には隠しておりましたね。それも、貴方が過度に警戒心が強く、真実を見せるにはこうするしかなかったからです」
「バカな……そんな……!」

「マーク。お前が女性を囲い集め、性欲の処理として部屋に閉じ込め飼いならしていたという噂はすでに掴んでいる。そして、証拠もだ」


 マークの顔色がさらに悪化する。
 だが、口を開く隙を与えず、レオポルドは続けた。


「王家は爵位を任命するにあたり、その者が『王国を支える素養』を備えているかどうかを見極める。それが俺の役目だ。お前のような輩を男爵として迎えるつもりはない」
「ありえないんだけどぉ~! はぁああ!? だからって自分の妻を放り込んだの!? あんた頭おかしいんじゃないのぉ!? 信じらんなーい!」
「──…………黙れ。誰だお前は」



 突如として響いた女性の甲高い声に、場内の視線が集まる。
 叫んだのは、マークが囲っていた遊女の一人、ベルだ。
 彼女は明らかな悪態をつきながら、涙を拭うふりをして叫び続ける。


「こんな冷血な王子なんて信じられない! サリアって女も最低だわ! マークちゃんをこんな目に合わせるなんて、絶対に許さない!」


 だが、その声を遮るように、レオポルドが低く、しかし強く言い放つ。


「──……愛する婚約者を、こいつのような色情魔の巣に送り込むしか方法の無かった俺の気持ちがわかってたまるか……ッ!」


 その声には、怒りと共に言いようのない悔しさ、不甲斐なさが滲んでいた。レオポルドの拳は固く握り締められ、明らかに感情を抑えている。


「お前が無駄に『警戒心の高い色情魔』だったがゆえに、俺はサリアの提案を呑まざるを得なかった。お前は婚約者候補でなければ口を割らない。婚約者候補でなければ、お前は口を割らない。使用人ですら心を開かない。俺ではいくら化けても屋敷の奥には近づけなかった」
「だからって……!」

「だから、常に殺気を叩き込んでいたのさ。マーク・ランデルス。
俺はお前の首を堕とすつもりでここにいた。だが、サリアは見事にやり遂げた。お前の悪行を暴き、俺に証拠を掴ませてくれた」


 レオポルドは冷ややかな目でマークを見下ろしながら、会場全体に告げた。


「これにより、マーク・ランデルスの爵位授与は取り消される。そして、私が持つすべての証拠を王家に提出し、厳正な裁きを求める」
「そ、そんな……!」


 その言葉に、マークは顔を青ざめさせたまま声を失った。
 場内の貴族たちは冷たい視線を浴びせ、ひそひそと囁き合う。

 滑稽に滑稽を重ねた男が、滑稽の極みに落ちた瞬間であった。


 最後に、サリアが静かに一歩前に進み、ひとこと。
「マークさま。あなたに貴族の素養があるかどうか、確かめに参りましたが……残念です。王家が求める器ではありませんでした」

 その場に、冷たく声を落として。
 鮮やかに退出するサリア・レオポルド両名を見送る気力も起きず。

 抜け殻となったマークは、呆然と。
 その場に座り込んで、立つことはなかった。




◇◇◇◇

◇◇◇◇



 マークの屋敷が遠くなる。
 城へ戻る馬車の中、彼はサリアの顔を見つめていた。

 ああ、やっとだ。
 やっと取り戻した。
 別に彼女を譲ったわけではないが、レオポルドの胸はそんな気持ちでいっぱいだった。

 サリアの穏やかな顔にほっとする。
 疲労の影も少し見えるが、それでも「やり遂げた」という満足と誇りが感じられる。だが、それよりも――彼女が無事に戻ってきた。その事実だけで胸が満たされるのを抑えきれなかった。


「サリア。おまえが虐げられていると思うと、胸が苦しくて……いてもたっても居られなかった」

 思わず口をついて出た言葉に、サリアが見上げる。
 その瞳が問いかけているように見えて、レオポルドは言葉を続けた。


「俺は、どれだけおまえが傷ついているかを想像することしかできなかった。おまえをあんな奴のもとに送り込むなんて、本当なら許されることじゃない」

 拳が自然と固くなる。あの場で、サリアが耐え忍び続けていた日々を思うと、自分の選択を後悔せずにはいられなかった。しかし、

「レオポルド様」

 サリアの声が優しく彼をの意識を引き戻す。
 そこに宿るのは、確かな想いと喜びの色だった。


「貴方が後ろにいてくださったから、私は最後までやり遂げられました。それに、貴方の手がなければこの作戦は成功しなかったでしょう」
「……それでも、俺がもっと別の方法を探せばよかった」


 言いながら首を振る。
 固く握りしめた拳の上に、そっと置かれた彼女の暖かな手が、じんわりと彼の胸を溶かしていく。

 ──後悔が、変わっていく。
 サリアのいない時間が彼に知らせる。
 サリアはかけがえのない存在だと。


「俺はお前がいないと、生きていけない」

 喉から漏れるようにして出た。
 
「俺はただ、剣を振るうだけで良かった。それなのに、俺はお前に苦しい思いをさせる道を選んだ……!」


 漏らす声は自分でも驚くほど震えていた。
 しかし、彼女の声は、強く優しく、レオポルドを包み込むのである。


「レオポルド様、後悔する必要はありません。これで、王国はひとつ綺麗になりました。私も、貴方と共にそれを成し遂げたことが誇らしいのです」
「……お前は、やっぱり強いな」


 言うが早いか、思うが早いか。
 レオポルドはサリアの肩を引き寄せ、その華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。

 ああ、暖かい。
 彼女の温もりにホッとする。
 気持ちが沸き上がる。
 止まらない。
 抑えるつもりも、無かった。




「サリア……もう二度と、こんな真似はするな。愛しているんだ、とても」

 彼女の髪に顔を埋めながら、囁くように告げる。

「お前を失うことを考えただけで、俺は狂いそうになる」

 サリアが小さく息を呑むのが分かった。
 それでも、言葉は止まらない。


「お前が笑っていないと、俺はこの国を治める意味すら見出せない」

 静かに、噛みしめるようにそう言うと、彼はすっと頭を上げた。目の前に飛び込んできたのは、サリアの赤らんだ頬と、熱に揺らめく瞳。

 彼女が笑う。
 花が咲くように。


「……では、これからも私を笑わせてください、レオポルド様」


 引き寄せられるように唇を重ねた。


 互いの想いを
 愛情を
 存在を確かめるように────

 ────────深く。




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