追放された宝石王女ですが、選ばれないのは慣れっこです。「地味石ミリーは選ばれない」

保志見祐花

文字の大きさ
11 / 28
立場の気配

第9話 生き抜いて

しおりを挟む





 食料確保の、魚釣りの最中。
 不意に思い出したのは、少し前にエリックさんが話してくれたことだった。

  「《化生けしょう世廻よめぐり》。死霊の蓋から這い出た彼らは、まず周辺大地の生気を喰らう。より新鮮な生気を求め、草花や木々から枯らしていく」。


 その話を聞いた時は、まだ他人事。自分の身に降りかかるなんて思いもしないし、わたしはただ、悲観的に物語・・を眺めているだけの感覚だったと思う。
 
 そのあと、毛の生えた生き物……(キツネというらしい)から出た化生けしょうに遭遇した時も、「怖い」とは感じたが逃げようとは思わず、血相を変えたエリックさんが退治してくれたことで事なきを得た。

 あの時は流れてしまったけれど。
 いつ聞こうかと迷っていた質問は、わたしの口から滑り出していた。
 



「あれに当たったらどうなるんだろうって……生気を奪うって言ってたよね? どうなっちゃうの?」


 ファルダ付近の小川のほとり。
 引き続き餌を付け、川面に糸を垂らすわたしの目くばせに、エリックさんはこちらに気づいたように目を向けると、すぐに自分の竿を持ち直した。その表情は読みにくいが──言葉を探しているように取れて、わたしは更に続けてみた。



「「生気奪われてどうなるか」、想像つかなくて困ってる。痩せる? 痩せるの?」
「…………それは、その個体の体力や気力にもよるだろう」


 
 矢継ぎ早ぎみの質問に、彼はひとつ咳払い。
 適当な虫を針に刺し、辺りを伺うように瞳を滑らせ──ふわっと竿を動かし糸を投げると、

 
「奴らの詳しい生態については明らかになっていないが、瘴気を纏いし奴らに触れたものは、徐々に気力を失い生きる屍になると聞く。……ただし、それも不明瞭なんだ」


 エリックさんの声は重い。
 わたしは軽めのトーンで聞き返した。


「スレイン王国が頑張って押さえてるから?」
「ん? まあ、そう捉えてもいいのかもな。冥府対策・死神の番人として、奴らが暴れるのを防いでいるから、逆に・・、人体への被害が挙げられない状況にある」


「……なるほどー? 被害サンプルが見つからない、と……? でもさ、「スレインが国を挙げて押さえなきゃいけないぐらいの災害」なら、被害報告とか残ってるはずだよね?」
「100年以上前のものなら」
「ひゃ?」
「あるらしいぞ、聞いた話だけど。加えて、当時の文字と今の文字は大きく変わっていて、読み解ける人間がいないらしい」

「……うわ……」
「しかしそれらは「世廻りの被害」だ。小さなものについては、全然」
「なのにあのとき守ってくれたんだ?」

「……体に良いわけがないだろ漆黒の魂なんて あ ん な の 。どうなるか分かったモノじゃないから、ほふった」

「ほふった」
「”やっつけた”って意味だよ。……まあ、小さな化生ものに対する明瞭な被害記録は残されていない……が」



 そこまで言うと、エリックさんは一呼吸。
 「聞いた話、だけど」と前置きをして、



「急に老け込むらしいな。最悪その場で死に至る場合もあるらしい」
「………………それなら死ぬ方選びたい」

「安易に死を選ぶな」
「……──!」



 怒らせた……!

 一瞬で分かった。空気が変わった。やってしまった。
 今まで聞いてきたどんな声より鋭かった。
 背中が冷たい。
 彼は今、怒っている。
 
 どうしようが渦を巻く。
 安易に言ったことを後悔した。
 彼のそれがなければ、「老け込んでまで生きたくない」と続けるところだった。
 さっきまで命についてぼんやり考えていたのに、自分に呆れる。

 冷感が指の先まで走りぬけて、すぐに謝ることすらできない。それこそ軽薄に思われそうで、なにを、言えばいいのか、分からない。

 黙って、口を塞いで、肩に力を込めて。
 ただただ、ごめんなさいを放つわたしの隣から、「すぅ」とひとつ。
 こらえ・諦め・緩めるような息遣いが響いた。


「……命は大切にしてくれ。……たとえそれが、衰えた体でも生き抜くんだ。生を選べるのなら」
「………軽率だった、ごめんなさい」

 
 気遣うような、自省するようなエリックさんの言葉に、謝罪の言葉を出した。
 目があげられない。
 彼は気を使って穏やかな声を意識してくれたのだろうが、こちらの自己嫌悪は止まらない。彼の顔を見れない。後悔しかない。時間を戻したい。でも時は戻らない。

 言わなかったことにはできない。
 何度も命を守ってくれた彼の前で、わたしは、もう……!

 目の前を流れていく水面に映る、歪んだ自分の顔を叩き割りたい。
 竿を握る手に力が籠る。
 
 ああ、どうしたらいいんだろう。
 ごめんなさいって言葉を尽くしても、彼が感じた不快は無くならないのに。

 
「……ミリア。冗談のつもりだったんだろ? わかってるよ、本気で返して悪かった」
 
 
 頭の上から声がした。
 やや穏やかで、先ほどより柔らかい溜息は、理解と許しを帯びており、自然と、顔が上がる。

 ………………声が、優しい………………
 
 見つめた先、彼は少々困った顔で笑いかけていて、わたしは、──首を振った。

 だめだ。
 甘えちゃだめだ。
 良くないことを言ったんだから。


「……ううん、軽率だったのは本当だし……」
「……これは、前にも伝えたと思うけれど」


 視線を反らして述べた言い訳に、様子を見るようなを取って、視界の端で彼が動く。

 土に竿を刺す音。
 服の擦れる音。
 こっちを向いた気配。

 頬に感じる穏やかな視線に引かれるように、そろりと顔を上げてみれば、そこには。「なあ、顔、上げて」と言わんばかりの彼が居た。


「ミリア。俺は……落ち込んでいる君より、元気な君がいいんだ。少々危なっかしいけれどね」


 真剣なトーンは滑らかに色を変え、最後は苦笑い。
 続けて、「情けないんだけど」と言わんばかりにほおを緩ませた彼は、カリカリと自分のうなじを掻くと、


「……ほら。俺は・・、『この性格』だろ? 騒いだりお道化てみたり、茶化すような振る舞いが苦手でさ。周りにも散々、「笑顔が怖い」だの「冗談に聞こえない」だの言われてきた。明るく見せようと冗談のつもりで言った言葉が、冗談と捉えて貰えず、トラブルになったこともある」
「…………なんかわかる…………」
「……わかるんだ? ううん、それも複雑だけど」


 くすくす笑う彼。
 そんな彼の様子に親近感を覚えて、小さく笑って実感する。

 この人も生きてるんだ。
 生きた彫刻みたいな顔立ちで、城の兵士にも物怖じしない度胸を持ち合わせた凄い人に感じるけれど「ただの人間」。むしろ、「子どものころに出会った彼女」を今も探している純粋な人。
 
 そんな心持ちで見つめた彼は、少年のようなあどけなさと照れくささを放っているような気がして──、わたしはくすりと頬を緩めた。

 笑うわたしに彼も笑う。
 さっきより、優しく、説得するような雰囲気で、彼は言う。


「……だから。君のような人はありがたい。俺が思い悩んでいる事柄なんて、砂粒のように吹き飛ばしてしまう、その勢いと明るさが。眩しいと感じるぐらい。だから……安易に死を口にして欲しくない」
「…………」


 それは、心の奥まで、ずんと落ちて行った。
 痛いわけじゃない。苦しいわけじゃない。
 言葉の裏にあるなにか・・・に、無意識の何かが打たれたんだと、咄嗟に理解した。

 「彼の言葉が響く理由」が解らず、呆けるわたしのその前で。
 彼は、ぐっと、わたしの瞳を覗き込むように距離を詰めると、


「…………『最後まで、生き抜いてくれ』」
「あ、はい。『最後まで生き抜きます』」
「……うん、そうして」


 
 まるで、訴えかけるような感じで言われて、間髪入れずに頷いた。



 なんか、わたし…………変だ。

 緊張する。
 そわそわする。
 ちょっと息がしづらい気もする。
 エリックさんが気になって、思わず目だけで見ちゃってるぐらい。


 わたし、こんなにぎこちない感じなのに、彼は……なんだか満足げで、竿を持ち直し釣りをし始めている。


 なんか変。


 わ、わたしだけ?
 これってわたしだけ?
 落ち着かない。
 なんか、視線がおにーさんの方に行く。


 なんで?
 ……あれ? この人、こんなに優しい顔する人だっけ?

 あれ? 

 えっと、ちょっと居心地悪いな、そわそわする。

 竿、強く握りすぎ、わたし。

 なんでこんなに強張ってるんだろう? あれ? あれ?



 ──と、混乱する自分の竿に、ちょん、と何かが触れた気配が伝わって、(えさ、まだ付いてるかな?)と竿をあげようとした、その時。


「──かかった!」
 

 興奮したおにーさんの声。
 瞬時、視界の隅で糸が張る。
 水面に走る糸をもろともせず、しなり震える竿を、躊躇いもなく引き上げて──


「────へーか!!」
「……へーか?」
「……!?」
 

 魚が上がったのが、まるで合図だったかのように。突如響いたその声に、繰り返すわたし、びくんと震えるおにーさん、ぼちゃんと水面を打つ派手な音。

 聞こえてきた「へーか」に目を見開くわたしの視界の隅で、力なく揺れる竿を立てるエリックさんが、みるみる怪訝に染まっていき──
 

「エリックへーい……ヘーイ、カレシ!!」
「……ヘンリー……」


 ヘンリーと呼ばれた彼は、引きつった声で手を振ったのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...