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   2章4部 ミルゼ教

ランチとイオの行方

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 時刻は昼過ぎ。雲一つない快晴の空の下。ここはアルスタリアへ来た初日、レティシアに案内してもらった穴場スポットである、街はずれの高台。活気あふれるアルスタリアの街並みを見下ろせ、太陽の光を反射しキラキラと光っている海が見える、絶景が広がっていた。

「イオー、イオー、――ダメだ、全然、見つからない。どっかそこらへんで日向ひなたぼっことかして、のんびりしてると思ったんだが」

 念のため名前を呼びながら辺りを見回すが、イオの姿は見当たらない。
 アドルフに頼まれたときは、わりとすぐに見つかるだろうと思っていた。しかし居そうな場所を探しても、まったく見つかる気配がない。まさかこうも苦戦するとは。

「人が多いところにはそうにないのよね?」
「ああ、さわがしいところは、あまり好きじゃなさそうだった。静かで、落ち着けるような場所。あと自然を感じられる、景色がいいところとか」
「うーん、そういうところ、もうけっこう見回ったと思うんだけどなー。ほかにまだあったっけ?」

 レティシアが首をひねる。
 すでに条件に当てはまる場所は、一通り案内してもらっていた。
 どこかですれ違ってしまったのか、それともイオが普段とは違う行動をとっているのか。

「シンヤ、とりあえずいったん休憩して、ランチにしようよ! アタシもうお腹ペコペコ」

 レティシアがベンチに座り、手招きしてくる。

「そうだな。けっこう探し回って、オレも腹が減ってたところだ」

 ランチにはちょうどいい時間なので、彼女の隣に座り休憩することに。

「ふふっ、今日のお昼ごはんは! じゃじゃーん! さっきアタシおすすめのパン屋さんで買ってきた、特製サンドイッチよ!」

 レティシアが紙袋をはしゃぎながら開ける。
 そこにはおいしそうな分厚いサンドイッチが、4つ入っていたという。卵サンド、トマトが入った野菜サンド、厚切りのハムサンド。そして最後は見るからにいい素材をふんだんに使ってそうな、肉をメインとしたサンドイッチである。

「おぉ! すげーうまそうだ!」
「ここのサンドイッチはもう格別なんだから! 景色もいいし、よりいっそうおいしく感じられるはずよ!」
「ははは、ピクニックみたいで、テンション上がるな」
「さっ! 食べましょ! 食べましょ!」
「じゃあ、オレはこれを」
「アタシはもちろんこれで!」

 お互い欲しいサンドイッチに手を伸ばす。
 しかしそこで問題が。なんとシンヤとレティシアが取ろうとしたサンドイッチが、かぶってしまったのだ。それは明らかに手の込んでいそうな肉をメインとしたサンドイッチ。しかも両者ゆずろうとせず、そのサンドイッチをつかんだままで。

「ム、シンヤもこれ狙い?」
「ああ、一番うまそうだし、食べごたえもありそうだからな」
「これ、毎回数量限定で売られてる、すごいレアモノなんだけど?」

 レティシアが少し圧を込めた口調で主張を。

「ほう、それはますます食べたくなってきたな」
「買ってきたのアタシなんだけど?」
「ははは、レティシアは食べたことあるんだろ? なら、初めて食べるオレにゆずってくれてもいいんじゃないか?」

 対してシンヤは一歩も引かず、不敵な笑みで返す。
 もしこれがトワやリアなら、ゆずっていたかもしれない。だがレティシア相手だと、遠慮しなくてもいい気がしてくるのだ。これも彼女の親しみやすさから、くるものなのか。なんだか親友と接しているような、気分だったという。

「ふふっ、ムリな相談ね。いくら同じものでも、その食べるシチュエーションによって感じ方が変わるものでしょ? つまり今この瞬間でしか味わえない、おいしさがあるの! だからゆずるわけにはいかないよ!」

 レティシアがこぶしをぐっとにぎりしめながら、力説しだす。

「というかそんなにすごいものなら、二つ買っといてくれてもよかっただろ」
「奇跡的に残ってた最後の一つだったの! そもそもシンヤもアルスタリアにいるなら、いつでも買いに行けるでしょ?」
「オレの勘がいってるんだよな。今食べるのが一番うまいって」
「ふふっ、そう……。こうなったらじゃんけんで決めましょう! 買ったほうが、この限定サンドイッチを食べられる!」
「ははは、いいぜ、おもしろい。恨みっこなしの一発勝負だ!」

 実のところどちらもお目当てのサンドイッチが欲しい気持ちはもちろんあるが、この状況を楽しんでいたといっていい。ゆえにノリノリでじゃんけんを。

「いくよ!」
「こい!」

 そして勝負の結果。



「うーん! おいしい!」

 勝ったレティシアが、食べたかったサンドイッチを口いっぱいにほおばりうっとりする。

「くっ、負けてしまったか……」

 予知のスキルをフルに使えば、もしかすると確実に勝てたかもしれない。だがそれは明らかにズルであり、あまりに大人気がなさすぎる。ゆえに正々堂々勝負したのであった。

「でもこれも普通にうますぎる」

 厚切りのハムサンドを食べながら、感嘆の声をあげる。
 ふっくらとしたパンに、塩味の効いたうまみのあるハム。非常に美味であった。

「でしょー。ここのは全部いけるから、全種類食べることをおすすめするよ! 依頼のお供にも最適だしね!」
「これはしばらく通い詰めることになりそうだ」

 二人でわいわい楽しくランチを。
 だが途中でレティシアの食べる手が止まる。というのも彼女は、アルスタリアの街並みを感慨(かんがい)深く見つめていたのだ。

「うん? レティシア、どうしたんだ?」
「ふふっ、アルスタリアの街は、今日も平和だなーって思ってね。みんな生き生きしてて、街そのものに活気があふれてる! これぞまさにアタシが大好きな、アルスタリアの姿ね!」

 いとおしげにほほえむレティシア。
 彼女がアルスタリアの街をかたるときの、あのキラキラとした表情。どれだけこの街に愛着があるのか、容易にわかってしまう。

「ははは、よっぽどこの街が好きなんだな」
「当たり前じゃない! たくさんの思い出が詰まってる故郷なんだし、仲のいい守りたい人がたくさんいる! アタシにとってもはや、切っても切り離せない場所! だけど今そんなアルスタリアに危機がせまってる。邪神の眷属が復活したせいで、いつこの平穏が崩れ去るかわからない。だから絶対に守らないっとって、再確認してたの」

 レティシアは迷いのないまっすぐな瞳で、決心をあらたにする。

「もちろんアルスタリアだけじゃないよ。人々にとっての大切な場所、この世界全部そう! 邪神の思い通りになんて、させないんだから!」
「――レティシア……」

 トワと同じく、人々の平和を守ろうとするその崇高すうこうな想い。あまりにとうとくまぶしくて、感銘かんめいを受けずにはいられない。応援したい気持ちがどんどん湧き上がってくる。
 彼女はただしかたなくアドルフの代わりとして、邪神の眷属攻略のリーダーをやるのではない。そのむねの内には、確かな世界の平和を願うこころざしがあったのだ。

「――こ、これはあれだから! これから邪神の眷属攻略のリーダーとしてやっていくんだと思ったら、気持ちが高まって、つい熱くかたっちゃったというか……」

 彼女は自身の思いの告白に恥ずかしくなってしまったのか、あわあわしだす。
 気づけば、そんなレティシアの頭をやさしくなでていた。

「ちょっと!? また急になでてきて!?」

 これにはかぁーっと顔を真っ赤にさせ、目をまん丸にするレティシア。

「ははは、レティシアはえらいなーって思ってさ」
「――もう……」

 レティシアは瞳を閉じ、シンヤのナデナデを堪能たんのうしている様子。
 なにやら満足そうなので、しばらくなでてあげることに。

「――ねえ、シンヤ、トワだけじゃなく、アタシの補佐役にもなってよ……」

 するとレティシアがシンヤの上着のそでをぎゅっとつかみながら、聞こえるか聞こえないぐらいかの声でつぶやいてきた。

「え?」
「――な、なんでもない! それより早く食べちゃいましょう! イオってこの捜索はまだ終わってないんだからね!」

 レティシアは首をかぶり振ったあと、はずかしさをごまかすようにサンドイッチにかぶりつくのであった。




「それでこれからどうしよっか、シンヤ」

 ランチを終え、シンヤたちはこれからどうするかを考え始める。

「普通の探し方じゃ、だめなのかもな。そうだ! ここはネコ探しのプロ、レティシアの出番だ!」

 ふとひらめき、レティシアへ期待のまなざしを向ける。

「――いや、慣れてるだけで、プロとかそういうのじゃないから。あとなんでネコ?」
「イオはほんとに自由気ままで、好奇心旺盛な子ネコみたいな女の子だったからな! 案外そっちの方向で探したほうが、見つかるかもしれない!」
「相手は人間だし、さすがにそれは……」

 得意げに力説するシンヤへ、レティシアが困惑の表情を。

「日向ぼっこが好きすぎてライフスタイルにしてるぐらいだし、気になるものを見つけたらこれまでの行動を忘れて食いついてしまう。昨日なんて目を離した瞬間、ちょうを追いかけてどっかいきそうだったりとかで、連れて帰るのにどれだけ苦労したことか……」
「それは確かに子ネコっぽい。ほかにはどんな感じだった」
「マイペースここに極まりって感じで、いろいろズレてるというか独特な感性を持ってたな。いうならば不思議ちゃん?」
「なんか聞いてると、すごい問題児のような……」

 イオの特徴を聞いて、じゃっかん引き気味のレティシア。
 確かに言葉だけで聞くと、少し近寄りがたい印象を受けるのも無理はないだろう。このままではイオのイメージがだだ下がりなので、フォローを入れることに。

「でもほほえましくなるというか、いやされるというか。あまりに無防備すぎて守ってあげたくなるというか。あと、やたらかわいかったな」
「ふーん、ずいぶんその子の肩を持つのね。もしかして」

 腕を組みうんうんと力強くうなづくシンヤへ、レティシアがジト目を向けてきた。

「なんだよその目は」
「またいたいけな女の子を、はべらそうとしてるのかなと思ってね。そしてあわよくば手を出そうと……」

 レティシアが少し距離を取りながら、怪訝けげんそうな表情を浮かべる。
 これにはひたいに手を当てながら、心からのツッコミを入れざるをえない。

「――レティシアの中で、オレはどういう人間なんだ……」
「まあ、シンヤが女たらしなのは、今に始まったことじゃないし置いといて」
「オレとしては今すぐにでもその誤解を解いて、考えを改めさせたいところだけどな」
「ほかにイオって子の、具体的な手がかりはないの?」

 彼女はさらっと流して、たずねてくる。

「うーん、そういえば昨日の夜、フードをかぶった怪しげな男を追おうとしてたっけ」
「そのときなにか言ってなかった?」
「仕事をしに行くとか言ってたな」
「仕事を? その子がこの街に着たのは、邪神の眷属がらみよね。となるとその怪しげな男、ミルゼ教の人間だったんじゃ……」
「ミルゼ教だって? レティシア、ちなみにその集団って、どういうやからなんだ?」

 ミルゼの封印が解かれるとき、ミルゼ教の信者たちがいたのを思い出す。邪神の眷属の復活に手を貸すなど、もはや人として常軌をいっしているというしかない。一体彼らはどういう集団なのだろうか。

「アタシもくわしく知らないのよね。ただ最近世間を騒がせていて、邪神の眷属をあがめている危ない集団としか」
「邪神の眷属をあがめる? なんで人間が?」
「さあ? 狂信者の考えてることなんてわかんないよ」

 肩をすくめ、首を横に振るレティシア。

「そんないかにもヤバそうな連中に、一人で。くっ、やっぱりあのときついていくべきだったか……」

 これには後悔せずにはいられない。ついていっていたらきっとなにかしらの力になれたはずなのだから。

「シンヤは父さんの件で疲れてただろうし、しかたないって。後悔するよりも今は」
「ミルゼ教を追えば、イオにたどり着くかもしれないか」

 イオがミルゼ教を追っていったとなると、シンヤたちも彼らを追うことで彼女に近づけるかもしれない。有力な手がかりであった。

「ええ、ああいうやからが居そうな場所に、心当たりがあるの。さっそく行きましょう」
「おう」

 方針がまとまり、シンヤはレティシアは街はずれの高台をあとにするのであった。
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