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2章 第1部 水無瀬灯里
58話 灯里の意地
しおりを挟む「実はね、この答えがリルを手放したくない、本当の理由でもあるんだ。リルは私にとって大切な友達であり、見守ってくれるお姉ちゃんみたいな存在。そんなあの子を、再び絶望しかない破滅の道に進ませたくないの」
灯里がぽつりと自身の抱く想いを告げてくる。
「再び? どういうことだ?」
「リルって今はゆるふわだけど、初めの方はあまり笑わない魔道一筋の女の子だったんだー。よく熱心に、灯里の素質なら誰もたどり着けない最果てまで行けるって勧誘されまくってさー。姿も誘う時しか現さなかったし、今みたいにじゃれ合うなんて到底だった」
「――リルにそんな時が……」
今のリルの無邪気な子供のように笑う姿から、なかなか想像できない事実に驚いてしまう。
「あはは、今のリルがあるのは、灯里さんががんばったからなのだよ! あの時は苦労したねー! リルを無理やり呼び出し、強引に連れまわしてさー! そしたら少しずつ笑うようになって、一緒の時間を過ごしてくれだした。そしてご覧の通り、今では仲のいい姉妹みたいな関係になれたの!」
灯里はほんと苦労したんだよと、クスクス笑いながらなつかしそうに話してくれる。そのどこか幸せそうな表情を見るに、彼女にとってかけがえのない日々だったのだろう。
「たぶんリルは心の奥底で、なにげない陽だまりの日々にあこがれてたんだと思う。これまでは魔道の求道で、ずっとその気持ちを抑え込んでいた。でも私との日々であふれ出し、今のかわいらしい見た目相応の女の子に変われたんだ……」
その考えには賛成だった。あのあふれんばかりの無邪気さは、これまでできなかったことへの裏返し。今のリルは心の底から、普通の日々を満喫しているように思えるのだ。
「――ねえ、陣くん。もしここでリルが誰かと契約したらどうなると思う?」
「昔のように戻ってしまう可能性があると、いいたいのか?」
「うん、今はフリーだから魔道の執着が薄れてきてる。でも、本来の役目に戻った時、リルは再び魔道へ堕ちてしまう気がする……。そうなったら今のリルの夢のような時間が、おわりを告げちゃう! そんなの嫌なの! リルにはこれまで味わえなかった陽だまりの日々を、もっと謳歌してほしい!」
まるでそれは自分のことのように。切実にうったえてくる灯里。
彼女の危惧は正しいのかもしれない。今はいわば、役目を果たすまでの羽休み。本来の役目に戻れば、かつてのリル・フォルトゥーナのように魔道の道へ堕ちていくだろう。なぜならいくらリル自身がそれを拒んでも、彼女は擬似恒星なのだ。おそらくその特性に縛られてしまうはず。
「だからなんとしてでも、この擬似恒星を手放すわけにはいかないの! 力を渇望した先なんて、絶望しかない! そんなもののせいで、リルの今の幸せが奪われるなんて我慢ならないよ!」
灯里は拳をきしむほどにぎりしめ、その未来に対する怒りをあらわにさけぶ。
彼女からしてみれば、大切な人が絶望の道へみずから進んで行ってしまうのだ。その相手が本当の姉妹のように仲がいいリルゆえ、よけいに認められるはずがないのだろう。
「――あはは……、こんなにも強く想うのは、リルが私のあったかもしれない未来の姿だからかもね……。もしあのまま魔道を肯定して突き進んでいたら、どうなっていたか……。うん、だから私はよけいにリルを放っておけないんだと思う……」
遠い目をして、しみじみと納得する灯里。
どうやら陣だけでなく、リルにもシンパシーのようなものを感じているようだ。きっと二人の間には、何かしらの共通点があるのだろう。それゆえ他人事とは思えず、必要以上にリルへ執着してしまっているらしい。
「――灯里……」
「これはもう水無瀬灯里の意地! たとえどれだけ危険でも、引き下がるつもりはないから! たとえ陣くんとぶつかることになっても!」
灯里は手をバッと前に出し、声高らかに覚悟を宣言する。その瞳には揺るがない強い意志がこもっていた。
「それがリルを手放したくない、本当の理由か……。――ははは……、これだとオレがリルの所有者になるって説得をしたとしても、聞き入れてくれないよな」
「もちろん! それだけは絶対に認められないよ! 陣くんだけにはなにがあっても渡すわけにはいかないの……。もし、リルほどの擬似恒星と陣くんが契約したら、もう魔道の最果てコースまっしぐら。どこまでも堕ちていって、二人とも正気でいられ続けるかどうか……。うん、まさに私にとって最悪のケースになりかねない。リルだけじゃなく、陣くんまで失うことになるんだから……。それならほかの人に渡った方が、数倍ましだね!」
陣の案を、灯里はきっぱりと否定する。そしてその結果引き起こされる未来に対し、悲痛げに目をふせた。
「正論すぎて、なにも言い返せないな」
「あはは、こっちの事情を話しおえたところで、そろそろ本題に入ろう! 陣くん、勝負しようよ。私が勝ったらリルのことはあきらめて」
灯里はビシッと指を突き付け、いつもの明るい感じで提案してきた。
「なるほど、そうくるか」
「リルのことをあきらめてもらうには、これが一番手っ取り早いでしょ?」
「確かに。じゃあ、オレが勝った場合はどうなるんだ?」
「――うっ、その時は……、もう一度考えてみてあげてもいいかななんて……? あはは……」
純粋な疑問に、目を逸らしながら笑ってごまかしてくる灯里。
「おい、それずるくないか? 灯里の条件だと、オレが勝ったらリルを手放すぐらいでないとダメだろ?」
「いいの! ハンデよ! ハンデ! 陣くんはただでさえ戦闘慣れしてるっぽいし、それぐらい多めに見てくれてもいいよね? さあ、つべこべ言わず始めよう! リルを懸けた戦いを!」
痛いところを突かれた灯里は、強引に話をまとめだす。そして臨戦態勢をとり開戦の合図を宣言した。
「ハァァァァッ!」
「まだまだーーーー!」
二人の間には炎や水、風や雷といった様々な魔法が目まぐるしく飛び交う。
もはや常人がこの戦場の光景を見れば、自身の目を疑うだろう。普通魔法使い同士の戦いは、一度放てば次の攻撃に数十秒間隔があくもの。だというのにこの戦いには、そんな生易しい間などない。もはや連撃など当たり前。お互い止めどなく魔法を繰り出し、攻防を繰り広げているのだ。
もはや何度目かわからない魔法のぶつけ合い。両者一歩も退かず、ただただ魔法の応酬を。
(――くっ、ここまでくらいついてくるなんて。灯里もこちらの魔法を、先読みしてやがるな)
魔法が無数に繰り出される中、両者対応できているのには秘密が。
それは相手が放とうとする魔法の先読み。陣たちほどの才をもってすれば、相手が形成する魔法の核。その属性や形などを即座に把握することが可能なのだ。そのおかげで相手の出方を事前に察知し、効果的な対処を行えているのである。
こうなってくると相手を出し抜くのは至難の業。魔法を使う以上出方がばれるため、対応策をとられてしまい決定打を決められない。結果、幾度となく魔法でしのぎを削ることに。
(このままだとらちがあかない。一気に距離を!)
このままやり合っていても決定打に欠ける。なので陣は魔法の連続行使のさなか、灯里に接近戦を仕掛ける。相手の攻撃を相殺して生まれた道筋を見さだめ、身体強化の魔法で特攻を。魔法がダメなら、陣の得意な接近戦の出番。さすがの灯里も武術の技術までは持っていないはず。陣の格闘で無力化できれば、勝負をつけることが。
しかし。
「わわわ!? 逃げろー!?」
なんとか灯里のいた場所まで距離を詰められたが、陣の攻撃は空振りにおわってしまう。
というのも灯里はいち早く陣の策を読み、後方へと下がったからだ。身体強化の魔法はもちろん、風の魔法も合わせた緊急回避で。一応逃がすまいと追うことはできたが、灯里は魔法で迎撃する用意をしていたためあきらめるしかなかった。
「あはは、陣くん、女の子に暴力を振ろうとするのは、いただけませんなー!」
灯里はほおに指を当てながら、笑いかけてくる。
「チッ、やっぱり接近戦には持ち込ませてくれないか」
そう、彼女は陣の接近にかなり警戒していた。おそらく夕方の戦闘を見て、陣のバトルスタイルを把握したのだろう。接近を許せば、格闘が飛んでくると。ゆえに間合いを詰めさせず、距離を保ったままでの戦闘を心掛けているようだ。
「――ははは……、このままじゃ、本当にらちが明かないな」
「あれ? どったの陣くん? もしかして負けを認めてくれるとか?」
苦笑しながら態勢を立て直す陣に、灯里は不思議そうにたずねてくる。
「ははは、まさか。せっかくの説得のチャンスを、あきらめるわけにはいかないさ。だから灯里、そろそろ勝負を決めようぜ。もう、小細工はなしだ。互いの全力で決着をつけよう」
「まあ、このままだと勝負がつきそうにないしね。いいよ。その話、乗ってあげる!」
灯里もこのままでは勝負がつかないと判断したのだろう。陣の提案に、覚悟を決め応えた。
「そうこなくっちゃな。リルを守りたいなら、オレを倒して納得させてみろ!」
「いわれなくても、そうしてあげるよ!」
そして両者、次の魔法に己が全力を込める。互いに形成するはただ純粋な力。属性に転換せず、すべてを破壊という名の一点に当てはめた一撃。マナを限界まで注ぎ、力を圧縮していく。もはや二人の形成するあまりの力の塊に、大気が震えるほどだ。
「ジンくん!? さすがにこれは、シャレになってないんじゃないかな?」
するとリルがあわわてて陣のすぐ隣に現れる。
どうやら事態があまりにも深刻とみなし、止めに来たのだろう。
「ははは、今回ばかりは、わりと本気だからな」
「――え? なんでなのかな?」
「灯里が退けないように、こっちにも退けない理由があるんだよ」
「それって?」
「なあに、灯里がリルを守りたいのと同じように、オレもあいつの陽だまりの日常とやらを守りたい、そう思っただけさ」
灯里を見つめ、リルに自身の想いを告げる。
「――ジンくん……」
(なんたって灯里が目指す未来は、オレの本来あるべき姿の一つかもしれないもんな……。魔道を捨て、みんなと陽だまりの日々を……。――ははは……、まあ、オレは無理だけど……、せめて灯里だけは!)
四条陣と水無瀬灯里は同じ境遇をもつ、いわば同類。だからだろうか。彼女が求める陽だまりの世界が、陣にも好ましく見えてしまうのだ。もし自分がそこにたどり着いていたら、案外わるくないかもしれないと。ただ魔道を否定しきれない陣は、その道に進めそうにない。だからこそ自分の分も、灯里には陽だまりの世界で幸せになってほしい。そんな願いを、いつの間にか抱いてしまっていたのだ。それはまるで灯里がリルを想うように。
ゆえに灯里にはわるいが、リルを手放してもらわなければならなかった。彼女に降りかかるであろう災厄を、見のがせないがために。
「灯里、これでおわりだ!」
「陣くん! いくよ!」
リルが見守る中、陣と灯里は己が想いを胸に最後の一撃を。
そして互いの渾身の一撃が激突。視界が真っ白になっていき、二人の戦いに決着の時が。
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