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2章 第3部 陣の選択
71話 アンドレーの忠告
しおりを挟むグレゴリオに案内されたのは、古びた談話室のような部屋。中はろうそくの淡い光に照らされ、少しよさげなソファーやテーブル。棚には本だけでなく高そうな酒がいくつも入れられている、なかなか立派な室内である。ただあまり使われていなかったのか、いたる所にほこりが積もっていた。
奥に進むと、ソファーに座っているアンドレーの姿が。テーブルにはいくつものウィスキーのビンが置かれており、先程から飲んでいたようだ。ちなみにグレゴリオは陣を案内しおえたあと、一緒に入らずどこかに行ってしまったのである。
「アンドレー・ローラント」
「クハハ、そう警戒すんな。さすがにこんな狭い場所でやり合う気はねーよ。それよりつきあえよ」
身構える陣に対し、アンドレーは戦う気がないのかテーブルにあるウィスキーを勧めてくる。
「未成年だから酒は飲めないな」
「そりゃー、残念だ。さっきまでグレゴリオと飲んでたんだが、最後ということでしんみりしちまってな。その分、若い奴と飲んでパーっとやろうと思ったんだが、未成年とは……、ゴクゴク」
アンドレーは気をまぎらわせるためか、豪快にウィスキーを飲みほす。
そして彼は感慨深そうにみずからの想いをかたりだした。
「ぷはー、ああ、まったく……。グレゴリオとあんな感じに飲む日がくるとは、思ってなかったぜ。あるとしても、あっちが先にくたばる時だと思ってたのによ」
「その反応。グレゴリオ大司教もそうだが、あんたら相当仲がよかったんだな」
グレゴリオのことをかたるアンドレーの口調からは、深い絆のようなものを感じられた。グレゴリオの時も思ったが、よほど親密な関係らしい。
「クハハ、星詠みを求める人間と、サポートしてくれる星魔教信者の関係は、まさに二人三脚だからな。一方は求道に専念し、もう片方は万全の環境を整える。その繰り返しだから、嫌でも仲はよくなるもんだぜ」
世界中には星詠みを求道する者と、それをサポートする信者のコンビが無数にいるのだ。そして今も彼らは共に強力し合い、星詠みの最果てにたどり着こうと奮闘しているのであった。
「お前さんもこの道に来るなら、ぜひ世話になるといいぜ。同調時のバックアップはもちろん、ロストポイントへの遠征の手はずから、必要な資材の準備まで。そいつが手練れだったら、戦力になってくれるときた。クハハ、おまけに生活面もサポートしてくれるしな」
星魔教信者のサポートは、魔道を求道する者にとって役に立つことばかり。魔道関係だけでなく生活面でも面倒を見てくれるため、気がねなく求道に没頭できるらしい。よって陣もポリシーを捨て、ルシアの従者の件を受け入れる方がいいのかもしれない。実際彼女はかなり優秀そうなので、いい働きを期待できそうであった。
「ふう、今思い返してみると、ずいぶん世話になったもんだ。まあ、そのグレゴリオあての案件を片付けたり、レーヴェンガルト側の戦力として働いてやったから、借りはそれなりに返したはずだ。――って、こんな話しをしてもつまらねーな。さっさと本題に入るか。お前さんの狙いは、このサイファス・フォルトナーの擬似恒星だったよな?」
「ッ!?」
アンドレーはサイファス・フォルトナーの擬似恒星である、紅色の宝石を見せてきた。
以前ビルの屋上で見たときと同じ、ドス黒い星の余波を放っている。そのあまりの規格外の輝きに脳が知覚したがらず、直視するのもためらわれるほど。だが陣はその擬似恒星から、目が離せない。深淵に飲み込まれるかのように、ただ見入ってしまう。
「クハハ、やっぱり見惚れちまうもんだよな。俺さまもこいつと初めて出会った時、興奮を抑えきれなかったぜ。これこそ求めていた理想の輝きってな」
そんな陣の反応に、アンドレーはおかしそうに笑う。
「お前さんもどうやら同じのようだな。あまりに力に執着しすぎて、そこらの星の輝きじゃ満足いかなかったって口だろ。なんだが昔の俺さまを見てるみたいで、親近感がわいちまうな」
陣に手のひらを向け、親しげなまなざしを向けてくるアンドレー。
「なら、一つそれを譲ってくれないか? もうすぐいなくなるあんたには、必要のないもんだろ?」
「クハハ、言うねー。だが見た感じ、お前さんもやベー擬似恒星を持ってるみたいじゃねーか」
アンドレーは豪快に笑い、意味ありげな視線を向けてきた。
どうやら陣の持つリル・フォルトナーの疑似恒星の余波を感じとったみたいだ。
「これは借りものだ。あんたを倒せば、元の持ち主に返すよ。第一オレ的には、そっちの方がほしいしな」
リル・フォルトナーの擬似恒星であるロケット式のペンダントを取り出し、見せてやる。
リルの擬似恒星も十分すごいが、やはり向こうの方がヤバさは上。初めは灯里の日常を守るために来たが、こうしてじかに見ているとだんだんあの擬似恒星がほしくなってしまう。
「前にも言ったが、止めといた方がいいぜ。これはお前さんが思ってるほど、やわなもんじゃない。契約すれば、破滅の道まっしぐら。普通に制御するのさえ命がけの、じゃじゃ馬だ。オレ自身よくここまでもったと、驚くほどだぜ。ほれ、一回触って軽く同調してみろよ」
アンドレーはさとしながら、サイファス・フォルトナーの擬似恒星を差し出してくる。
口で言ってもわからないだろうと判断したのだろう。実際に同調し、そのやばさを実感しろと。
「いいのか? じゃあ、遠慮なく……」
サイファス・フォルトナーの擬似恒星には興味深々だったため、喜んで同調させてもらいにいく。
その間にもアンドレーは忠告を。その言葉は自身の実体験からなのか、重みがあった。
「これを手に入れたが最後、お前さんの人生はめちゃくちゃになる。今まで過ごしてきた日常、親しい者との関係性、守りたかったものその全てを失う。それを心して同調しろよ」
「ッ!?」
触れる瞬間、陣の手が止まってしまった。
(――うん、ずっと待ってるから。陣くんが来てくれるのを、リルと一緒に……)
脳裏に浮かぶのは、灯里が祈るように手を組み慈愛に満ちたほほえみを向ける姿。
もしここでこの擬似恒星に触れたら、灯里が目指す陽だまりの道に行けなくなる。その事実が、ここに来て急に重くのしかかってきたのだ。
「うん? もしかして……。――ハッ、やめだ、やめだ」
アンドレーはなにかに気付いたのか、サイファス・フォルトナーの擬似恒星をしまった。
「おい、同調させてくれるんじゃなかったのか?」
「お前さん今、踏みとどまっただろ。この擬似恒星の誘惑を前に止まれるなんて、そこいらの想いじゃ不可能だ。つまり魔道への執着と同じぐらい、強い想いがあったってことだろ?」
「――それは……」
あまりの正論になにも言い返せなかった。
陣の魔道への執着は計り知れないほど。もはや魂から湧き出る衝動といっていい代物ゆえ、求めずにはいられないはず。だというのに止まるということは、その想いに匹敵するなにかがあるということに。灯里が目指す陽だまりが、今の陣にとってそれほど大事なものになっているのだろうか。
「お前さんにはまだ帰りたい場所があるとみた。クハハ、いいじゃねーか。いっそのこと魔道への道を絶って、そっちの道に行ってみたらどうだ? この輝きに触れて壊れるぐらいなら、そっちの方が絶対幸せになれるはずだぜ」
わるいこと言わないからやめておけと、陣のことを思ってさとしてくれるアンドレー。
(魔道を捨て、灯里との陽だまりの道へ……)
これまでの陣ならありえないと切り捨てていただろうが、灯里と出会った今は違った。彼女の陽だまりの想いに感化されてしまったせいか、それもいいかもしれないと思ってしまうのだ。
「まったく、とんだお節介野郎だな、俺さまは。死を間近にして、相当感慨に浸っちまってるようだ」
戸惑っていると、アンドレーは苦笑しながら立ち上がり部屋を出ようとする。
「待て、話しはまだ!」
「今一度よく考えるこった。そしてまだこっちの道に進む気があるなら、このビルの屋上に来い。相手をしてやるよ。じゃーな」
アンドレーはそう言い残し、今度こそ部屋を出ていってしまう。
「オレはどっちの道をとれば……」
とり残された陣はせめぎ合う二つの想いに、しばらく途方に暮れるしかなかった。
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