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序章 女神と世界を統べる者たち
5話 姫と騎士の誓い
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レイジは冬華と別れてからというもの、今だその場を動いていない。晴れ渡っていた空はすでに夕暮れであったが、座り込みながらひたすら海をながめて途方に暮れていた。
とりあえずはこのあたり一帯から離れたいので空港に行こうと思うのだが、問題はどこへ向かうか。さっきからずっとそのことを考えているが今のところ、まったくアイディアが浮かんでこないという状況。
「――はぁ……、まずはこれからどこで、なにをするかだよな……」
先のことを考えると、もはや自嘲の笑みしかでてこない。
勢い任せで狩猟兵団レイヴンを辞めたのはいいが、その後のことを一切考えていなかったからだ。金の方は今まで稼いだ分があるのでしばらくは不憫なく暮らせるが、いつまでもこうしているわけにはいかない。なぜならレイジは答えを探すために、自分の居場所さえも捨ててきたのだから。
いつまでもこうしているわけにもいかないので、とりあえず街に行こうと立ちあがる。
空を見上げると、かすかな星の輝きが目につく。レイジは思わずその輝きに右手を伸ばした。まるで決して届かない輝きをつかみ取るかのようにと。だが当然のごとくその手はなにもつかめず、空振りにおわってしまう。
今レイジの心を支配するのはかつて、ある少女と誓いを交わした光景であった。
久遠レイジの目の前には一人の少女がいた。彼女は七歳のレイジと同い年であり、ちょうど今向かい合っている状態だ。
透き通るような銀色の髪をして、年齢の割に少し大人びた雰囲気を持っている少女。その清楚でどこかはかなげな感じは、お城に住まうお姫様といっていいほど。実のところレイジは彼女のことについてなにも知らされていない。ただ名前がカノンであるというだけで、彼女が何者で、どうしてこの場所に閉じ込められているのかもわからない。ただはっきりしていることは、カノンにもう会えないということ。
二人がいるのは森の奥深くにある、どれだけ資金をかけられて作られたのか想像できないほどの立派な三階建ての洋館。その広さはかなりのものでありいくつもの客室から、住み込みで働いている使用人の部屋、さらには簡易的な図書施設までも完備されていた。そしてレイジたちがいるのは、洋館内の解放感あふれる玄関ホール。この空間内には現在レイジと彼女の二人だけ。外には父親がいて、レイジが別れを済ますのを待っている状況だ。
「――必ずカノンが言った通り、力を手に入れて戻ってくるから!」
拳をグッとにぎり、力強く宣言する。
それはさっきなんとかカノンから聞き出した、彼女に再び会うための唯一の方法。エデンでの力を手に入れられたならば、会えるかもしれないと。ただかなり可能性が低いらしく正直お勧めしないという口ぶりであったが、彼女に再び会えることができるならそれだけで十分だった。
なぜなら父親にこの場所へ連れられてから約二週間。短い時間であったがカノンはレイジにとって、すでに大切な存在になっていたのだから。
「――え? 人の話を聞いていたのかな……? 私のことはあきらめて、レージくんは普通の日々を生きるべきなんだよ。キミが幸せになってくれたら私もうれしいから、ね?」
そんな無謀なことはやめて自分のために生きてほしいと、カノンは優しくほほえみながらさとしてくる。
それも当然のことだろう。彼女の言い方だと並み大抵の力では到底足りないということ。きっとそこにいたるまで、久遠レイジのほとんどの時間を捧げる必要があるのは明白。そうなればレイジは普通の日々を捨て、力を求めて奔走し続けなければならない。このようなことを、心の優しいカノンが許してくれないのはわかっていた。でもレイジはこの気持ちをあきらめたくなかったのだ。
「もう決めたことだから、いくら止められても聞かないさ!」
「――あのね、これは私の血族に課せられた使命みたいなもの。だから仕方のないことなんだよ……」
カノンは自身の片方の腕をぎゅっとつかみながら、目をふせる。
「カノンが何者かなんて関係ない! これはオレがキミにしてあげたいことだ!」
胸をドンっとたたき、精一杯主張する。
「――レ、レージくんはなかなか強情だね……。――ねえ、一つ気になっているんだけど、どうしてそこまで私にこだわるのかな……? 確かに私とレージくんは友達だけど、そこまでしてくれるほどの関係でもないよね……?」
するとカノンはほおを赤からめながら、困惑した表情を。そしてアゴに指を当て、ちょこんと小首をかしげてきた。
「――そ、それは……。――ほら、あれだ! カノンがこの前かたってた夢を手伝いたいと思ったんだ!」
カノンの当然の疑問に、レイジは必死に思考をフル回転させて答える。
あまりの予想外の問いに内心穏やかではなく、テンパっていたからだ。さすがにカノンのことが気になっているからなんてことを口が裂けても言えないので、なんとか代わりの答えを探したのである。
「えーと……、あれのことかな……。私が世界中のみんなのためにってやつ?」
「それ。あの時の自分の夢をかたるカノンの姿が、オレにはすごく輝いて見えたんだ。――いや、あまりのきれいすぎる理想に心を奪われたというか……。――とにかく! カノンの夢を叶えるために、オレはずっとそばで支えていたい!」
今かたっている言葉には一切の嘘偽りはない。確かに代わりに出てきた言葉だったかもしれないが、これもレイジがカノンに抱いていた気持ちの一つ。彼女の理想を貫こうとするあまりにもまぶしい姿に、惹かれたといってもいいのだから。ゆえに胸を張って宣言できることであった。
「――ほら、カノンって頼れる人がいないだろ? だからオレがその役を買ってでるよ! カノンだって気心が知れた相手が近くにいた方がいろいろと都合がいいはずだし、なによりさびしくないと思うから!」
だがレイジはすぐさま言いわけをする。どう考えてもこれはこれで、はずかしい事を言ってしまったと後悔したからだ。
しかしそんな言い訳も、さっきの言葉のインパクトがあまりに強すぎたのだろう。カノンにはそれどころではなく、聞こえていなかったみたいで。
「――あ、あわわ……、れ、レージくん、キミってすごいこと言うんだね……。……こ、これだとまるで……、私にプロポーズしているみたいじゃないかなぁ……」
カノンは顔を両手でおおい隠し、指の隙間からチラチラとレイジの方を見てくる。
「――しかもその話は私がものすごくどや顔で、かたり聞かせていた話でしょ……。もう二重の意味ではずかしいよぉ……」
そして真っ赤にしながら目をふせ、ギュッとスカートのすそを両手でつかむカノン。
「――ん? そんなにはずかしがることか? カノンの夢は胸を張って宣言できるほど、立派なものだと思うけど」
「――それは……、うん、私も本気で実現しようとしていることだけど……。――いや、そうじゃないんだよ……。そうじゃなくて……、あー、もう! レージくんがわるいんだからね! そんな私がうれしくなっちゃうようなこと言いだすから! ――だから舞い上がらせた責任をとってもらうんだよぉ!」
カノンは胸元近くで両腕をブンブン振り、なにやら悶えだす。それからこっちに来てというように、指を床の方へと向けた。
「――ああ、なんかよくわからないけどわかったよ」
おそらく彼女の前でひざまずけという意味らしい。なのでその言葉通り、レイジはカノンの前にひざまずいた。
「本当はこんなことするつもりはなかったんだけど、このままじゃ私の気が収まらないからわがままに付き合ってもらうね! そう、本当に仕方なくなんだもん!」
カノン視線をそらしながらも、手を差し出してくる。
それでようやく彼女がしたいことがわかってきた。確かに再開を果たすための約束としては申し分のないことなので、喜んで彼女に付き合ってやることにする。
レイジはカノンの手を取った。それはまるで姫と騎士が主従の契りを結ぶ時のように。
「――えへへ、ありがとう。じゃあ、いくね……。――私はこの今の世界のあり方を変えたいんだよ。誰かに押し付けられた平穏ではなく、みんなが自由に生きられるそんな世界に……。きっとこの道のりは夢物語でおわってしまうような険しいもの。でも私はがんばってみせる。――だから、ね……」
カノンはそのみずからの夢を、万感の想いを込めてかたる。
そして最後にはにかんだほほえみを向け、レイジに告げた。
「――もしレージくんが力を手に入れて再び会いに来てくれた時、私の騎士として力を貸してくれないかな?」
レイジの答えはすでに決まっていた。そう、すべてはカノンの力になるために、彼女の剣になるということを。なのでその問いに答えようとする。
だが思い返すかつての光景の自分は、その先の言葉を口にできない。なぜならこの誓いは、もう果たされることがないと知っているから。気付けば自嘲気味に笑ってしまっていた。するとレイジの意識はすぐさま現実に戻される。そう、カノンとの誓いを果たせず、なにもかも失ってしまった現実の自分へと。
目を覚ますと、空は夕焼け模様が広がっており海面はオレンジ色に煌めいている。
あれから浜辺にあった岩にもたれながら考え事をしていたのだが、どうやら眠ってしまっていたらしい。しかも考えている内容が内容のため、あんな懐かしい夢を見るとは。
ちなみに周囲は先程と同じく、人っ子一人いない。相変わらず波の音しか聞こえなかった。
「――オレが手に入れた力では、やっぱりキミにたどり着けないのかな……」
立ち上がり、少し波ぎわのところへと歩いていく。そして夕陽の色に染まった水平線に手を伸ばし、ぽつりとつぶやいた。
カノンと別れて、狩猟兵団レイヴンの社長であるアリスの父親に引き取られたレイジ。そこでひたすら力を求め続ける日々を過ごした。そしてレイヴンの幹部に、黒い双翼の刃と恐れられるまでの力を手に入れるまでにいたったが、彼女にはまったくたどり着けなかったのだ。その原因はアリスとの関係だったのかもしれないが、そもそもカノンが言っていた力とは、本当に今のレイジが手に入れた純粋な破壊の力だったのだろうか。
(――一度は叶えられない夢だと納得させ、この想いを押し殺すしかなかったけど、やっぱりオレはカノンとの誓いを無かったことになんてできないよ……)
一度はどれだけ力を手に入れてもカノンにたどり着けないと絶望し、アリスの願いである混沌の道を選ぼうとした。だが、わかってしまった。カノンへの想いがある限り、アリスが願う道の果てまでともに進むことができないと。レイジはきっと、最後の最後で立ち止まってしまう。なぜならその混沌の道の果てに行くということは、カノンの平和を目指す夢を完全に否定することになるのだから。そう、結局のところレイジはカノンとの誓いをどうしてもあきらめきれないのだ。
ただその逆もしかり。もしカノンの道を選んだとしても、きっと最後はアリスの誓いをあきらめきれない。どちらも叶えたい大切な誓いであるがゆえに。これが今のレイジのどうしようもない現状であった。
(だからもう一度キミに会わないといけない。そしてこの想いになんらかの決着をつけないと、オレはこの先の答えを見つけることができないんだ……)
カノンかアリスか。すべてはどちらの道を選ぶのかを決めるために。
そんなことを心の中で噛み締めていると、レイジはある異変に気付く。なんとレイジの後ろの方で、誰かが気配を消しながら徐々に近づいていたのだ。
とりあえずはこのあたり一帯から離れたいので空港に行こうと思うのだが、問題はどこへ向かうか。さっきからずっとそのことを考えているが今のところ、まったくアイディアが浮かんでこないという状況。
「――はぁ……、まずはこれからどこで、なにをするかだよな……」
先のことを考えると、もはや自嘲の笑みしかでてこない。
勢い任せで狩猟兵団レイヴンを辞めたのはいいが、その後のことを一切考えていなかったからだ。金の方は今まで稼いだ分があるのでしばらくは不憫なく暮らせるが、いつまでもこうしているわけにはいかない。なぜならレイジは答えを探すために、自分の居場所さえも捨ててきたのだから。
いつまでもこうしているわけにもいかないので、とりあえず街に行こうと立ちあがる。
空を見上げると、かすかな星の輝きが目につく。レイジは思わずその輝きに右手を伸ばした。まるで決して届かない輝きをつかみ取るかのようにと。だが当然のごとくその手はなにもつかめず、空振りにおわってしまう。
今レイジの心を支配するのはかつて、ある少女と誓いを交わした光景であった。
久遠レイジの目の前には一人の少女がいた。彼女は七歳のレイジと同い年であり、ちょうど今向かい合っている状態だ。
透き通るような銀色の髪をして、年齢の割に少し大人びた雰囲気を持っている少女。その清楚でどこかはかなげな感じは、お城に住まうお姫様といっていいほど。実のところレイジは彼女のことについてなにも知らされていない。ただ名前がカノンであるというだけで、彼女が何者で、どうしてこの場所に閉じ込められているのかもわからない。ただはっきりしていることは、カノンにもう会えないということ。
二人がいるのは森の奥深くにある、どれだけ資金をかけられて作られたのか想像できないほどの立派な三階建ての洋館。その広さはかなりのものでありいくつもの客室から、住み込みで働いている使用人の部屋、さらには簡易的な図書施設までも完備されていた。そしてレイジたちがいるのは、洋館内の解放感あふれる玄関ホール。この空間内には現在レイジと彼女の二人だけ。外には父親がいて、レイジが別れを済ますのを待っている状況だ。
「――必ずカノンが言った通り、力を手に入れて戻ってくるから!」
拳をグッとにぎり、力強く宣言する。
それはさっきなんとかカノンから聞き出した、彼女に再び会うための唯一の方法。エデンでの力を手に入れられたならば、会えるかもしれないと。ただかなり可能性が低いらしく正直お勧めしないという口ぶりであったが、彼女に再び会えることができるならそれだけで十分だった。
なぜなら父親にこの場所へ連れられてから約二週間。短い時間であったがカノンはレイジにとって、すでに大切な存在になっていたのだから。
「――え? 人の話を聞いていたのかな……? 私のことはあきらめて、レージくんは普通の日々を生きるべきなんだよ。キミが幸せになってくれたら私もうれしいから、ね?」
そんな無謀なことはやめて自分のために生きてほしいと、カノンは優しくほほえみながらさとしてくる。
それも当然のことだろう。彼女の言い方だと並み大抵の力では到底足りないということ。きっとそこにいたるまで、久遠レイジのほとんどの時間を捧げる必要があるのは明白。そうなればレイジは普通の日々を捨て、力を求めて奔走し続けなければならない。このようなことを、心の優しいカノンが許してくれないのはわかっていた。でもレイジはこの気持ちをあきらめたくなかったのだ。
「もう決めたことだから、いくら止められても聞かないさ!」
「――あのね、これは私の血族に課せられた使命みたいなもの。だから仕方のないことなんだよ……」
カノンは自身の片方の腕をぎゅっとつかみながら、目をふせる。
「カノンが何者かなんて関係ない! これはオレがキミにしてあげたいことだ!」
胸をドンっとたたき、精一杯主張する。
「――レ、レージくんはなかなか強情だね……。――ねえ、一つ気になっているんだけど、どうしてそこまで私にこだわるのかな……? 確かに私とレージくんは友達だけど、そこまでしてくれるほどの関係でもないよね……?」
するとカノンはほおを赤からめながら、困惑した表情を。そしてアゴに指を当て、ちょこんと小首をかしげてきた。
「――そ、それは……。――ほら、あれだ! カノンがこの前かたってた夢を手伝いたいと思ったんだ!」
カノンの当然の疑問に、レイジは必死に思考をフル回転させて答える。
あまりの予想外の問いに内心穏やかではなく、テンパっていたからだ。さすがにカノンのことが気になっているからなんてことを口が裂けても言えないので、なんとか代わりの答えを探したのである。
「えーと……、あれのことかな……。私が世界中のみんなのためにってやつ?」
「それ。あの時の自分の夢をかたるカノンの姿が、オレにはすごく輝いて見えたんだ。――いや、あまりのきれいすぎる理想に心を奪われたというか……。――とにかく! カノンの夢を叶えるために、オレはずっとそばで支えていたい!」
今かたっている言葉には一切の嘘偽りはない。確かに代わりに出てきた言葉だったかもしれないが、これもレイジがカノンに抱いていた気持ちの一つ。彼女の理想を貫こうとするあまりにもまぶしい姿に、惹かれたといってもいいのだから。ゆえに胸を張って宣言できることであった。
「――ほら、カノンって頼れる人がいないだろ? だからオレがその役を買ってでるよ! カノンだって気心が知れた相手が近くにいた方がいろいろと都合がいいはずだし、なによりさびしくないと思うから!」
だがレイジはすぐさま言いわけをする。どう考えてもこれはこれで、はずかしい事を言ってしまったと後悔したからだ。
しかしそんな言い訳も、さっきの言葉のインパクトがあまりに強すぎたのだろう。カノンにはそれどころではなく、聞こえていなかったみたいで。
「――あ、あわわ……、れ、レージくん、キミってすごいこと言うんだね……。……こ、これだとまるで……、私にプロポーズしているみたいじゃないかなぁ……」
カノンは顔を両手でおおい隠し、指の隙間からチラチラとレイジの方を見てくる。
「――しかもその話は私がものすごくどや顔で、かたり聞かせていた話でしょ……。もう二重の意味ではずかしいよぉ……」
そして真っ赤にしながら目をふせ、ギュッとスカートのすそを両手でつかむカノン。
「――ん? そんなにはずかしがることか? カノンの夢は胸を張って宣言できるほど、立派なものだと思うけど」
「――それは……、うん、私も本気で実現しようとしていることだけど……。――いや、そうじゃないんだよ……。そうじゃなくて……、あー、もう! レージくんがわるいんだからね! そんな私がうれしくなっちゃうようなこと言いだすから! ――だから舞い上がらせた責任をとってもらうんだよぉ!」
カノンは胸元近くで両腕をブンブン振り、なにやら悶えだす。それからこっちに来てというように、指を床の方へと向けた。
「――ああ、なんかよくわからないけどわかったよ」
おそらく彼女の前でひざまずけという意味らしい。なのでその言葉通り、レイジはカノンの前にひざまずいた。
「本当はこんなことするつもりはなかったんだけど、このままじゃ私の気が収まらないからわがままに付き合ってもらうね! そう、本当に仕方なくなんだもん!」
カノン視線をそらしながらも、手を差し出してくる。
それでようやく彼女がしたいことがわかってきた。確かに再開を果たすための約束としては申し分のないことなので、喜んで彼女に付き合ってやることにする。
レイジはカノンの手を取った。それはまるで姫と騎士が主従の契りを結ぶ時のように。
「――えへへ、ありがとう。じゃあ、いくね……。――私はこの今の世界のあり方を変えたいんだよ。誰かに押し付けられた平穏ではなく、みんなが自由に生きられるそんな世界に……。きっとこの道のりは夢物語でおわってしまうような険しいもの。でも私はがんばってみせる。――だから、ね……」
カノンはそのみずからの夢を、万感の想いを込めてかたる。
そして最後にはにかんだほほえみを向け、レイジに告げた。
「――もしレージくんが力を手に入れて再び会いに来てくれた時、私の騎士として力を貸してくれないかな?」
レイジの答えはすでに決まっていた。そう、すべてはカノンの力になるために、彼女の剣になるということを。なのでその問いに答えようとする。
だが思い返すかつての光景の自分は、その先の言葉を口にできない。なぜならこの誓いは、もう果たされることがないと知っているから。気付けば自嘲気味に笑ってしまっていた。するとレイジの意識はすぐさま現実に戻される。そう、カノンとの誓いを果たせず、なにもかも失ってしまった現実の自分へと。
目を覚ますと、空は夕焼け模様が広がっており海面はオレンジ色に煌めいている。
あれから浜辺にあった岩にもたれながら考え事をしていたのだが、どうやら眠ってしまっていたらしい。しかも考えている内容が内容のため、あんな懐かしい夢を見るとは。
ちなみに周囲は先程と同じく、人っ子一人いない。相変わらず波の音しか聞こえなかった。
「――オレが手に入れた力では、やっぱりキミにたどり着けないのかな……」
立ち上がり、少し波ぎわのところへと歩いていく。そして夕陽の色に染まった水平線に手を伸ばし、ぽつりとつぶやいた。
カノンと別れて、狩猟兵団レイヴンの社長であるアリスの父親に引き取られたレイジ。そこでひたすら力を求め続ける日々を過ごした。そしてレイヴンの幹部に、黒い双翼の刃と恐れられるまでの力を手に入れるまでにいたったが、彼女にはまったくたどり着けなかったのだ。その原因はアリスとの関係だったのかもしれないが、そもそもカノンが言っていた力とは、本当に今のレイジが手に入れた純粋な破壊の力だったのだろうか。
(――一度は叶えられない夢だと納得させ、この想いを押し殺すしかなかったけど、やっぱりオレはカノンとの誓いを無かったことになんてできないよ……)
一度はどれだけ力を手に入れてもカノンにたどり着けないと絶望し、アリスの願いである混沌の道を選ぼうとした。だが、わかってしまった。カノンへの想いがある限り、アリスが願う道の果てまでともに進むことができないと。レイジはきっと、最後の最後で立ち止まってしまう。なぜならその混沌の道の果てに行くということは、カノンの平和を目指す夢を完全に否定することになるのだから。そう、結局のところレイジはカノンとの誓いをどうしてもあきらめきれないのだ。
ただその逆もしかり。もしカノンの道を選んだとしても、きっと最後はアリスの誓いをあきらめきれない。どちらも叶えたい大切な誓いであるがゆえに。これが今のレイジのどうしようもない現状であった。
(だからもう一度キミに会わないといけない。そしてこの想いになんらかの決着をつけないと、オレはこの先の答えを見つけることができないんだ……)
カノンかアリスか。すべてはどちらの道を選ぶのかを決めるために。
そんなことを心の中で噛み締めていると、レイジはある異変に気付く。なんとレイジの後ろの方で、誰かが気配を消しながら徐々に近づいていたのだ。
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