電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

文字の大きさ
59 / 253
1章 第4部 動き始めた運命

56話 忍び寄る魔の手

しおりを挟む
 ゆきが現在いるのはレイジたちが訪れた、アーカイブポイント。その中のばかでかい三階建ての洋館の、最上階の広々とした仕事部屋。あちこちに武器やガーディアン、メモリースフィアなどが散乱している室内で、作業ディスクに座りながら、依頼された作業をこなしていた。
 電子のみちびき手が仕事をするのは作業効率上、現実ではなくエデン。中でもクリフォトエリアにある自身のアーカイブポイントが一般的なのだ。理由はいくつもあげられるが、主に二つ。一つ目は武器やアイテム、デュエルアバターの製作問題について。クリフォトエリア以外でのエリア内だと、戦闘行為関連そのものができなくされている。そのため製作の行動自体がこの規定に引っかかってしまい、作ることができない。しかも依頼で用意したぶつの受け渡しも同じ理由で不可能であり、現実でやるのもダメとされていた。
 二つ目は改ざんを使って、クリフォトエリアのデータベースにアクセスすること。これにより座標移動で入ってきた場所の履歴りれきや地理データの収集といった分析はもちろん、電子の導き手の特殊回線やジャミング、索敵などのサポートができるのである。しかしデータベースのアクセスは、改ざんをする本人がクリフォトエリアにいる時しかできなかった。よって電子の導き手の仕事をするにあたり、クリフォトエリア内でいることはもはや必須なのである。

「状況の分析ぶんせきを頼むって言われてもなぁ。現状、判断材料が足りなさすぎてどうしようもないよねぇ」

 那由他たちアイギスからの依頼や、軍からの依頼。どちらもアラン・ライザバレット関連の状況分析を頼まれているのだ。
 なぜゆきなのかというと、高位ランクの電子の導き手の方がより多くの情報をデータベースから引き出せるため。もし普通ランクの電子の導き手であった場合、ただの地理データを持ってくるのが精一杯。だがSSランクのゆきならば、そこに様々な注文をせた事細かい地理データを用意できるのである。もはや得られる情報量がケタ違いなので、データ収集は高位ランクの電子の導き手に任せるのが一番であった。

「――あー、もぉ、もう一回調べてみるかぁ。クリフォトエリアのデータベースにアクセス!」

 クリフォトエリアのデータベースに改ざんを使ってアクセスし、自分が欲しい情報を集めていく。座標移動で入ってきた地点や、一日にその場所を訪れた人数、戦闘が起こった場所などさまざまな統計データが。あとはそれらを元に分析ぶんせきしていく流れだ。

「クリフォトエリアのデータベースに映像が記録されてたら、もっと楽なのになぁ。おかげで割り出したりとか大変だよぉ」

 ちまちまとした作業に、ゆきは愚痴をこぼす。
 このクリフォトエリアはかなりシビアな設定で作られており、楽な方法をとれなくされていた。その中の一つである映像の記録の禁止に関しては、セフィロト自身はもちろんこのエリアの利用者も一切できないように設定されているのだ。あと監視カメラのようなアイテムも存在していないのである。そもそもそんなことが可能ならば、誰も情報を集めるためにみずから動かず、戦いがなかなか始まらない。ゆえにセフィロトがデータの奪い合いを加速させるため、禁止したとのこと。
 ただ離れたところの映像を、ガーディアン限定で見れる方法はあった。精神的負担がかかるが、ガーディアンに意識をリンクさせ、その映しだしているであろう映像を見るという裏技が。ゆきがレイジたちのサポートをしていたのも、この方法をとっていたからできたといっていい。

「――うぅ、なんだか帽子がないことに、すごく違和感が。くおんに宣言した以上、また新しいのをかぶるわけには
いかないしなぁ……」

 頭を両手で押さえ、目をふせる。
 アレは一応雰囲気を出すために用意したものなので、さほど重要なものではない。だがずっとつけてきただけに、少し落ち着かなかった。

「まぁ、すぐ慣れるよねぇ。――てへへ、それにしても友達かぁ……」

 友達という言葉に思わず顔がにやけてしまう。
 ゆきは学園に通っておらず、一日中のほとんどをエデンで過ごしている。学園での勉学においてはすでに独学で身につけており、エデンに関する教習プログラムに関しては剣閃の魔女をやっている時点でもはや必要ない。
 家が家なだけになにをやっても許されるので、ずっと自分の部屋に引きこもっているというわけだ。そのため友達というものは今までおらず、エデンにいたとしても剣閃の魔女の仕事ばっかりで遊んだりもほとんどしていないという。
 なので友達という言葉に、感慨かんがい深い感情をいだかされてしまうのだ。

「――さてと……」

 しばらく物思いにふけって天井を眺めていたゆきは、作業用の席から唐突に立ち上がった。そして来客を迎えるために、作業部屋の中央まで歩いていく。

「くおんに頼んでおいたのに、まさかゆきみずから仕留しとめることになるとはぁ……。――まぁ、仕方ないかぁ。せっかくゆきのお屋敷に来てくれたんだもん。屋主として、たっぷり歓迎しないとねぇ。――そう思うでしょー。災禍さいかの魔女?」
「くす、気付いてたんだ。さすが剣閃の魔女ね」

 ゆきが堂々とした態度で問いかけると、扉が開きそこから赤い髪の少女が入ってきた。見た感じゆきの苦手な柊那由他と、同じような雰囲気の少女である。

「ふっふーん、そっちがこの屋敷に入ってきた時から、うすうす勘付いてたよぉ。それにしてもウワサ通りのチート。ゆきほどの優秀な電子の導き手じゃないと、気づかないほどだもん!」

 両腰に手を当て、胸を張りながら告げる。
 ゆきがこうも早く異変に気付けたのは、事前に注意していたから。
 災禍の魔女はセキュリュティなどを無視できるようなので、いくら厳重なゆきのアーカイブポイントだろうと簡単に侵入してくる恐れがある。ゆえにいつも使っているセキュリュティだけではなく、古典式なやつなど特殊なものをいくつか用意していたのだ。
 それもこれもアラン・ライザバレットの標的に、剣閃の魔女も入っていると予想していたから。軍と協力関係を結んでいるゆきをだまらせるのは、軍の動きをにぶらせるのに非常に効果的な作戦ゆえに。

「確かにあなたたち電子の導き手からしたら、チートでしょうね。エデンのさだめた秩序ちつじょさえもくつがえす力。どう、欲しい?」

 くすくすと口元を押さえ、不敵な笑みを浮かべる森羅しんら

「うん、すっごく! だから災禍の魔女を倒して、じっくりそのプログラムを分析させてもらうからぁ! 覚悟しろぉ!」

 手をぐっとにぎり、もう片方の指を彼女に突き付けながら宣言する。

「くす、ざんねん! この力は人を選ぶから、あなたでは使えないの。それにそもそも、あなたではこの森羅ちゃんを倒すのは不可能だから、諦めた方がいいよ」
「言うねぇ。ならひさしぶりに全力を出してあげるー! この剣閃の魔女と畏怖いふされたゆきの力、とくとその身に刻み込んでやるもん!」

 森羅の挑発めいた笑みに、手を横に振りかざしアイテムストレージから自身の武器を展開。現れたのはきれいに装飾された八本の細身の剣。八本の剣はゆきを取り囲むように地面へと突き刺さる。

「くす、少しは楽しめそうね。レイジくんにはわるいけど、せっかくだし森羅ちゃんも少しは本気をだしてあげようかな」

 やる気のゆきを見て、森羅も臨戦態勢を。そのかまえた手からは、ウワサ通りの黒い炎が立ち込めていた。まるですべてを黒く染めるといわんばかりの、禍々まがまがしい業火ごうかが。

(――ウワサは本当のようだねぇ……。あの黒い炎、普通の炎じゃない。当たったら絶対ヤバイやつだぁ……)
「さあ、始めましょうか、剣閃の魔女。あなたの電子の導き手の力は、こちらにとって厄介なの。だからしばらくの間、大人しくしといてもらうね」

 敵の狙いはゆきの強制ログアウトのペナルティと、ここにある剣閃の魔女のアーカイブスフィアらしい。強制ログアウトは約三日間で済むが、アーカイブスフィアの方を奪われたとなると非常にマズイ。ゆきの電子の導き手としてのすべてのデータが向こうに渡り、今後の活動に大きく支障が出てしまうだろう。最悪そのことを利用され、奴らの言いなりにならざる負えないかもしれない。

「ふーん、ゆきが邪魔ねぇ」

 剣閃の魔女の力が邪魔でわざわざ先に潰しに来たということは、彼らが行おうとしている計画はただ事じゃないということ。ゆえにゆきの返事は決まっていた。

「望むところだぁ! そんな楽しそうなお祭りに乗り遅れるわけにはいかないから、全力でお断りさせてもらうもん!」

 ゆきは地面に刺さった二本の剣をつかみ、引き抜きながら宣言を。

「あと、前々から災禍の魔女のこと気に入らなかったんだよねぇ! なんでよりにもよって、ゆきと同じ魔女の異名がついてるのかなってぇ! どっからどう見ても、かぶってるだろうがぁ!」

 そして心からの文句をぶちまけながら、森羅に突っ込んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...