電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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2章  第1部 十六夜学園

73話 生徒会室

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「実はいい茶葉が手に入ったところなんです。今入れますから少し待っていてくださいね」

 給湯室にいたルナがティーポットを手に持ちながら顔を出し、上品にほほえみかけてくる。
 ここはなんと十六夜学園高等部の生徒会室。広々とした部屋の中心に長テーブルが置かれ、奥のほうには生徒会長用の立派な机が。そんな各席や棚といった家具、機材などここにあるもどれもが一級品。給湯室まで完備され、もはや学園の生徒会室としては最上級の一室といってよかった。
 そんな中レイジと結月はこの場に圧倒されながらも、長テーブルの席に座っている状況である。

「おかまいなく!? ――わー!? どうしよう、久遠くん。あのルナ様とこうやって一緒にお茶ができるなんて! なにを話せばいいの!? 学園のこと? それともここは社会情勢? と、とにかく失礼のないようにしないと!?」

 結月はレイジの上着のそでを揺さぶりながら、あわあわとたずねてくる。まるで有名人と出会った時のように興奮していた。

「結月もアポルオンメンバーだから、サージェンフォードさんと面識があるんだよな?」
「一応ね。でもアポルオン内でのパーティーで、少し面識があるぐらいよ。ルナ様のあいさつは片桐家次期当主である妹がするから、私は美月のお付きとしてたまに会話に混ざるぐらいなの。だからルナ様自身、私のことを片桐家の長女ぐらいしか覚えていらっしゃらないはず」
「じゃあ、面と向かって話すのは初めてレベルか。それなら緊張するのも無理ないな」

 納得していると、生徒会室の扉が開き一人の少女が入ってきた。

「うん、客人か? ほぉ? その顔、見覚えがあるな。元狩猟兵団レイヴンの黒い双翼のやいばの一人で、ここ最近あの那由他と行動を共にしている名前は……、久遠くおんレイジだったか?」

 キリッとしたいかにもまじめそうな少女が、アゴに手を当てながらレイジの方に視線を向けてくる。

「ああ、そうだ。でもまさか顔だけじゃなく、素性まで知られてるとは」
「クク、職業がらそういった情報にはくわしいのでな」

 レイジの素直な感想に、不敵な笑みを浮かべる少女。
 そして彼女は結月の方を向き、うやうやしい態度であいさつを。

「そちらは例のパーティで何度か顔を合わせたことがあったな。片桐家当主の長女、片桐結月殿とお見受けする」
「そうよ。あなたはいつもスーツを着て、ルナ様の護衛をしてる人だよね」
「ああ、とある組織のエージェント、長瀬伊吹ながせいぶきだ」

 伊吹は素性を隠しながら、凛としたおもむきで自己紹介をする。
 彼女は見るからに生真面目そうな少女で、その眼光には普通の学生には持ちえない鋭さが。きっとエージェントとしての様々な修羅場を、くぐり抜けてきたがゆえだろう。

「ってことは執行しっこう機関の」
「ほう、アポルオンの事情は大体理解しているようだな、久遠レイジ」
「まあ、大体は。だから隠さなくても大丈夫だ」
「こちら側の人間だったか。なら話がしやすくて助かる。で、二人はルナのお茶待ちか。クク、光栄に思えよ。あのルナが入れた茶を飲めるなんて、学園の誰もがうらやむイベントだぞ」

 伊吹も席に着き、クスクスと意味ありげな視線を向けてくる。
 確かにあの世界で名高いサージェンフォード家のご令嬢のお茶を飲めるなど、そうそうあったものではない。しかもルナは圧倒的美貌びぼうをもつ美少女。そんな少女が入れてくれるお茶となると、男子としてはかなり心が惹(ひ)かれてしまう。

「伊吹、なにデタラメを吹き込んでいるんですか? たかがお茶を入れるぐらで大げさすぎますよ」

 そうこうしているとルナが給湯室から、ティーカップを乗せたお盆を持ち戻って来た。そして少しほおを赤らめながら、伊吹にツッコミを入れる。

「デタラメなわけないだろ? なあ、久遠レイジ。特に男としてグッとくるところがあるんじゃないか?」
「ははは、確かに。なんたってサージェンフォードさんみたいな、ものすごい美人さんが入れてくれるお茶だ。もう毎日でも生徒会に通いたくなるほどだよ」

 笑いかけてくる伊吹に、頭の後ろに手をやりながら本音を口に。

「もう、久遠さんもからかわないでください。そんなにおだてられると、普通の女の子なら変な勘違いをしてしまうかもしれませんよ。ですのでほどほどにね」

 ルナは少しテレながらも、レイジを優しくたしなめウィンクしてくる。同い年のはずなのだが、なんだか年上のお姉さんに注意されたような感覚が。

「――あ、はい……」
「それではみなさんどうぞ」

 そしてルナは紅茶をレイジたちに配ってくれる。
 その一つ一つの洗練された動作から、育ちの良さがすぐにわかる。彼女は決して気取ることなく誰に対してもほがらかで、あたたかい抱擁ほうよう感を感じさせる少女。さらに気品に満ち溢れた立ち振る舞いと、誰もが絶賛するほどの美貌を持つまさに完全無欠の姫君ひめぎみといってよかった。

「どうも」
「あ、ありがとうございます。ルナ様」
「くす、そんな固くならないで大丈夫ですよ。同い年ですし、気軽に接してくれたらいいですよ。結月さん。もちろん久遠さんも」

 緊張している結月に、ルナはあたたかいほほえみで笑いかける。

「――そ、そうですか? ではルナさんで……」
「わかった。そうさせてもらうよ、ルナさん」
「伊吹、そろそろ来ると思い、あなたのもいれておきましたよ」
「おっ、気が利くな。さすがルナだ」

 そしてルナは伊吹の方にも紅茶を置き、自身も席に着いた。
 いい香りがする高級そうな紅茶が全員に配られ、みな手をつけ始める。

「わぁー! す、すごくおいしいです! ルナさん!」
「ほんとだ。今まで飲んでた市販のやつが、かすむぐらいうまい」

 芳醇ほうじゅんな香りに、一口飲んだだけで口いっぱいに広がる深い味わい。
 これほどのおいしい紅茶となるといい茶葉を使っただけではなく、彼女の入れる腕も大きく関係しているはず。

「ふふ、お口にあってよかったです。――では改めまして。アポルオン序列二位サージェンフォード家次期当主、ルナ・サージェンフォードです。みなさんと同じく四月から二年生で、今はこの学園の生徒会長を務めさせてもらっています」

 入れてくれた紅茶に結月と感動していると、ルナが胸に手を当て粛然しゅくぜんと自己紹介を。
 さすがはサージェンフォード家の次期当主。そのにじみ出るオーラは本物だ。

「ということは一年で生徒会長?」

 まだ一年生と聞いていたので普通の生徒会役員だと思っていたが、まさか生徒会長だったとは。通常こういった役職は今の次期二年生が就任しているはずなのに、どうして彼女がその位置についているのだろうか。

「そうよ。ルナさんは高等部に入ってすぐ副会長に任命されて、秋からは生徒会長になったすごい人なの」

 すると結月がまるで自分のことかのように、誇らしげに説明する。

「クク、あれは笑えたな。ルナが生徒会に入った途端、会長以外全員辞めていったんだからさ。あのルナ様と一緒に仕事するなんて、あまりに光栄すぎて身に余るとか言ってな」
「はぁ、笑い事じゃありませんよ。おかげでどれだけ苦労したことか」

 伊吹の思い出し笑いに、ルナは当時相当苦労したのかがっくり肩を落とす。
 ほかの役員が見当たらないと思っていたら、会長以外全員辞めていたなんて。確かに高貴なお嬢様オーラが半端ない彼女と一緒に仕事をするのは、少し気後れしてしまうかもしれない。それにもし粗相そそうでもしてしまえば、ルナの家柄上あとが怖すぎるといってよかった。きっと任期を終えた三年の生徒会長も、気が滅入っていたに違いない。

「だよな。秋からはこの自分が副会長にさせられたわけだし、毎日が大変だった。生徒会メンバーを募集しても、誰も入ってこないし」
「ええ、ですのでどうですか? 結月さん。久遠さん。生徒会に入って、一緒に十六夜学園を盛り上げるというのは? 今ならポストが空いているので大歓迎ですよ」

 ルナが手を差し出し、歓迎ムードで生徒会に誘ってくれる。
 もしここで生徒会に入ったなら、生徒会役員として奔走ほんそうすることになるのだろう。その結果あのルナ様とお近づきになれるかもしれないが、アイギスのことがあるレイジには無理な話であった。
 結月も同じ考えだったのか、申し訳なさそうに断る。

「――えっと、すみません、ルナさん。手伝いたいのは山々なんですが、私アイギスの仕事があるのでたぶん無理かと……」
「オレも同じく。それに生徒会の仕事を黙々とこなせる自信がないですし」
「クク、見事に振られたな、ルナ」
「仕方ありませんね。こうなれば今度入ってくる一年生に期待しましょう。――それではここからは込み入った話をさせてもらいます。結月さん、久遠さん、あなた方アイギスは今回の騒動について、なにか情報を得ていますか?」

 ほおに手を当て、残念そうに目をふせるルナ。それもつかの間、気を取り直し粛然しゅくぜんとした態度で話を進めだす。
 これで世間話はおわりらしい。彼女はアポルオン側の人間としてたずねてきた。
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