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3章 第1部 姫のもとへ
119話 救いの手
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時刻は深夜。辺りは真っ暗な闇に包まれ、静寂に包まれている。
そんな中、十歳の少年、如月透は橋の上から投げ飛ばされ川へと落下していた。
川から橋までの高さは約十二メートルほどなので、おそらく死にはしないだろう。透自身普通の子供ではなく、様々な訓練を受けエデンではデュエルアバターで幾百もの戦場を渡り歩いてきた人間。衝撃を最小限に抑えようと、無意識でも身体が勝手に反応できるぐらいなのだ。
だが今の透には橋の上から落ちることなど、どうでもよかった。なぜなら瞳に映るのは透を投げ飛ばした張本人、妹の如月咲の姿があったのだから。
彼女は透を背負い投げの要領で川へと投げ飛ばし、今は橋から透を愛おしげに見下ろしていた。
「透にい、わたしの分も自由になってね」
咲は優しくほほえみながら、別れの言葉を口にする。
「咲!」
そんな彼女に手を伸ばすが、落下しているため当然届くはずがない。もう決して手が届かないというように、二人の距離はどんどん離れていく。
橋の上には透たちを確保しようと動いていた追手がおり、このままでは咲はつかまってしまうだろう。本来なら透が追手の相手をし、その隙に咲が逃げ出す算段を立てていた。だが彼女はその計画を破り、透を川へと投げ飛ばしたのだ。すべては兄を逃がすために。
叶わないとわかっていても、手を伸ばし必死にもがく透。だがその手はなにもとらえることができず、無情にも川へと落ちていった。
「クッ!?」
最後の最後で身体が防衛反応をし、被害を最小限に抑えようと動いてくれたらしい。強い衝撃が透を襲ったが、意識はまだうっすらと保てていた。
(――なんてざまだ……。妹一人、守れないなんて……)
水の中で妹を守れなかったことに対して、絶望に浸るしかない。せめて彼女だけでもとあがいたが、その結果はこのざま。逆に咲に助けられてしまったのだ。自身の無力さをただただ痛感するしかない。もし自分にもう少し力があれば、彼女を救えたかもしれないと。
もはやこのまま川の底へと沈んでいきたいほどだが、身体は生きるためにもがき水面へと出ていってしまう。息を吸い呼吸を整えることに成功。だが意識は今だ朦朧とし、堤防沿いの川に流されていった。すでにだいぶ流されてしまったのか、妹がいた橋は遠くに見えてしまっている。
なぜこんなことになってしまったのかというと、透たち第三世代計画の被験者の一部が脱走を企てたから。このままエデン財団の実験体として生きていれば、未来はない。ゆえに自由を求めて一か八か逃げ出そうと、透たちの隊長格だった少年が計画したのだ。そして計画はうまくいき、研究施設の地下から逃げ出すことに成功。まとまって動けば目立ち捕まるリスクが高まると、みなちりじりになったのである。
当然エデン財団側としては、せっかくの被験者を逃がすわけにはいかない。捕獲するため多くの人員が割かれた。そして運悪く透と咲が追跡の網にかかってしまい、今にいたったのであった。
「――ッ!? まだこんなところで死んでたまるか!」
息をするのが精一杯な状況でもはやあきらめてしまおうと一瞬弱気になっていたが、なんとか我に返る。途切れる意識をつなぎ止め、すぐそばで一緒に流されていた倒木につかまった。
ここで死ねば咲の犠牲が無駄になるのだ。それに生きていれば、またいつか出会えるチャンスがあるかもしれない。ならばこんなところであきらめているヒマはない。なんとかこの場を生き延び、今度こそ彼女を自由にせねば。
「咲、待っててくれ。ボクが必ず助けにいくから!」
咲がいる橋を見つめながら、今一度足あがくことを固く決心する透なのであった。
「しっかりしてください! お気を確かに!」
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。透の意識はとある少女の声によって、再び呼び戻された。透がいるのは川の浅瀬の部分。あれからどうにか岸の方まで流れ着けたらしい。
今は声の主である少女に引っ張られている最中。どうやら彼女は透を水辺から引き揚げてくれているようだ。
「――こ、ここは……」
「よかった、意識はあるみたいですね。本当にびっくりしましたよ。ここを通りかかったら、男の子が岸に流れ着いていたんですから」
少女は透の意識が戻ったことに、胸をなでおろす。
たが気が付いたといっても、身体が動かず意識があいまいな状況。なので助けてくれた少女の顔はぼやけており、声も聞こえずらい。ただ透と同い年ぐらいの少女ということはわかった。現状透は仰向けに倒れており、少女が座ってこちらをのぞき込んでいるといっていい。
「今、救急車を呼びますので、もう少しの辛抱ですよ」
少女はターミナルデバイスを取り出し、連絡しようとする。
だがそんな彼女の手をなんとかしてつかみ、止めさせた。
「ダメだ。正規の医療機関だと身元がばれて、またあそこに連れ戻されてしまう」
もしここで病院に運ばれれば、治療は受けられるだろう。しかしエデン財団の人間が回収しに来るに決まっている。ただでさえ透には身分がないのに、見つかるのは時間の問題なのだ。
これではせっかく咲を犠牲に自由になれたのに、研究所に逆戻りになってしまう。
「なにやら事情があるみたいですね。わかりました。私がなんとかしてみせますので、安心してください」
少女は透の手を両手でつつむようにぎり、慈愛に満ちたほほえみを向けてくれる。
その言葉はとても優しく、彼女にならこの後のことを任せても大丈夫だろうと思わず判断してしまった。これにより透の緊張は解け、安心から身体が勝手に眠りつこうとしてしまう。
「ありがとう。ところでキミの名前は……」
精一杯の感謝の言葉を口にし、最後に途切れゆく意識の中、命の恩人かもしれない少女の名前を問うた。
「私ですか? 私の名前は……」
しかし彼女の名前を聞き取る前に、透の意識は闇に落ちてしまうのであった。
そんな中、十歳の少年、如月透は橋の上から投げ飛ばされ川へと落下していた。
川から橋までの高さは約十二メートルほどなので、おそらく死にはしないだろう。透自身普通の子供ではなく、様々な訓練を受けエデンではデュエルアバターで幾百もの戦場を渡り歩いてきた人間。衝撃を最小限に抑えようと、無意識でも身体が勝手に反応できるぐらいなのだ。
だが今の透には橋の上から落ちることなど、どうでもよかった。なぜなら瞳に映るのは透を投げ飛ばした張本人、妹の如月咲の姿があったのだから。
彼女は透を背負い投げの要領で川へと投げ飛ばし、今は橋から透を愛おしげに見下ろしていた。
「透にい、わたしの分も自由になってね」
咲は優しくほほえみながら、別れの言葉を口にする。
「咲!」
そんな彼女に手を伸ばすが、落下しているため当然届くはずがない。もう決して手が届かないというように、二人の距離はどんどん離れていく。
橋の上には透たちを確保しようと動いていた追手がおり、このままでは咲はつかまってしまうだろう。本来なら透が追手の相手をし、その隙に咲が逃げ出す算段を立てていた。だが彼女はその計画を破り、透を川へと投げ飛ばしたのだ。すべては兄を逃がすために。
叶わないとわかっていても、手を伸ばし必死にもがく透。だがその手はなにもとらえることができず、無情にも川へと落ちていった。
「クッ!?」
最後の最後で身体が防衛反応をし、被害を最小限に抑えようと動いてくれたらしい。強い衝撃が透を襲ったが、意識はまだうっすらと保てていた。
(――なんてざまだ……。妹一人、守れないなんて……)
水の中で妹を守れなかったことに対して、絶望に浸るしかない。せめて彼女だけでもとあがいたが、その結果はこのざま。逆に咲に助けられてしまったのだ。自身の無力さをただただ痛感するしかない。もし自分にもう少し力があれば、彼女を救えたかもしれないと。
もはやこのまま川の底へと沈んでいきたいほどだが、身体は生きるためにもがき水面へと出ていってしまう。息を吸い呼吸を整えることに成功。だが意識は今だ朦朧とし、堤防沿いの川に流されていった。すでにだいぶ流されてしまったのか、妹がいた橋は遠くに見えてしまっている。
なぜこんなことになってしまったのかというと、透たち第三世代計画の被験者の一部が脱走を企てたから。このままエデン財団の実験体として生きていれば、未来はない。ゆえに自由を求めて一か八か逃げ出そうと、透たちの隊長格だった少年が計画したのだ。そして計画はうまくいき、研究施設の地下から逃げ出すことに成功。まとまって動けば目立ち捕まるリスクが高まると、みなちりじりになったのである。
当然エデン財団側としては、せっかくの被験者を逃がすわけにはいかない。捕獲するため多くの人員が割かれた。そして運悪く透と咲が追跡の網にかかってしまい、今にいたったのであった。
「――ッ!? まだこんなところで死んでたまるか!」
息をするのが精一杯な状況でもはやあきらめてしまおうと一瞬弱気になっていたが、なんとか我に返る。途切れる意識をつなぎ止め、すぐそばで一緒に流されていた倒木につかまった。
ここで死ねば咲の犠牲が無駄になるのだ。それに生きていれば、またいつか出会えるチャンスがあるかもしれない。ならばこんなところであきらめているヒマはない。なんとかこの場を生き延び、今度こそ彼女を自由にせねば。
「咲、待っててくれ。ボクが必ず助けにいくから!」
咲がいる橋を見つめながら、今一度足あがくことを固く決心する透なのであった。
「しっかりしてください! お気を確かに!」
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。透の意識はとある少女の声によって、再び呼び戻された。透がいるのは川の浅瀬の部分。あれからどうにか岸の方まで流れ着けたらしい。
今は声の主である少女に引っ張られている最中。どうやら彼女は透を水辺から引き揚げてくれているようだ。
「――こ、ここは……」
「よかった、意識はあるみたいですね。本当にびっくりしましたよ。ここを通りかかったら、男の子が岸に流れ着いていたんですから」
少女は透の意識が戻ったことに、胸をなでおろす。
たが気が付いたといっても、身体が動かず意識があいまいな状況。なので助けてくれた少女の顔はぼやけており、声も聞こえずらい。ただ透と同い年ぐらいの少女ということはわかった。現状透は仰向けに倒れており、少女が座ってこちらをのぞき込んでいるといっていい。
「今、救急車を呼びますので、もう少しの辛抱ですよ」
少女はターミナルデバイスを取り出し、連絡しようとする。
だがそんな彼女の手をなんとかしてつかみ、止めさせた。
「ダメだ。正規の医療機関だと身元がばれて、またあそこに連れ戻されてしまう」
もしここで病院に運ばれれば、治療は受けられるだろう。しかしエデン財団の人間が回収しに来るに決まっている。ただでさえ透には身分がないのに、見つかるのは時間の問題なのだ。
これではせっかく咲を犠牲に自由になれたのに、研究所に逆戻りになってしまう。
「なにやら事情があるみたいですね。わかりました。私がなんとかしてみせますので、安心してください」
少女は透の手を両手でつつむようにぎり、慈愛に満ちたほほえみを向けてくれる。
その言葉はとても優しく、彼女にならこの後のことを任せても大丈夫だろうと思わず判断してしまった。これにより透の緊張は解け、安心から身体が勝手に眠りつこうとしてしまう。
「ありがとう。ところでキミの名前は……」
精一杯の感謝の言葉を口にし、最後に途切れゆく意識の中、命の恩人かもしれない少女の名前を問うた。
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しかし彼女の名前を聞き取る前に、透の意識は闇に落ちてしまうのであった。
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