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3章 第1部 姫のもとへ
122話 通い妻那由他ちゃん?
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久遠レイジが目を開けると、見慣れたマンションの天井が目に映る。カーテンの隙間からは朝陽が入り込み、外では小鳥のさえずりが。
「――朝か……」
いつもの起きる時間になったので、レイジは立ち上がり洗面所へと向かった。
「あ! おっはようございまーす!」
なにやら元気な声が聞こえてきたが、気にせず洗面所へ行って着替えなど朝の身支度を。レイジは一人暮らしなので、このマンションの一室にはだれもいないはずなのだ。
身支度を一通りおわらせ、鏡に映る自身の姿を見ながらぼやいた。
「カノンの連絡からはや一日。――はぁ……、これからどうするかだな……」
カノンからエデン協会アイギスの除名の話をされたのが昨日の朝。あれから彼女と話ができないまま、すでに次の日になってしまっていた。昨日は突然のことだったのでなにもできないままだったが、そろそろ現状をどうにかするため動かないといけないのである。
これからのことを考えながらリビングに戻り、テーブルの席に着いた。するとすでに出来立ての朝食が二人分。焼きたてのトーストに、目玉焼きとベーコン。さらにはサラダまで。あと飲み物にはコーヒーが用意されていた。
「誰もいるはずがないのに、朝食の用意が出来てるとは。見えない妖精でも住み着いてるのかな。まあ、せっかく用意されてることだし、とりあえずいただくとするか」
「はい! 召し上がれ!」
手を合わせいただこうとすると、向かいの席からまたもや声が。
「ふう、最近疲れてるせいか、変な幻聴が。うーん、これは一度、ゆっくり休んだほうがいいのかもしれないな」
こめかみを押さえながら、一息つく。
実際、ここ数日間はかなりのハードスケジュール。さらに激しい戦闘を何度もくり広げてきたので、そうとう疲労がたまっているはずだ。
「って!? いつまでいない人扱いしてるんですかー! こんなにカワイイ、カワイイ那由他ちゃんが目に入らないとでも!」
現実逃避していると、那由他が机をバシバシたたいてくる。そして身を乗り出しながら自身を指さし、猛アピールしてきた。
「うわ、不法侵入者がいた。今すぐ警察に通報しないと」
「もー! なに朝から寝ぼけたことを! どこからどう見てもあなたの通い妻、那由他ちゃんでしょ! 朝早くにもかかわらず、お世話のため来てくれる女の子になんたる仕打ち!」
腕をブンブン振り、ほおを膨らませる那由他。
「だまれ、不法侵入者。毎度毎度鍵を渡してないのに、どうやって電子ロックを解除してるんだよ」
ちなみに那由他がレイジのマンションに、朝いるのは珍しいことではない。朝食を作り一緒に食べ、二人でアイギスの事務所に向かうのはわりと見慣れた光景。最近は忙しかったせいかあまり見かけなかったが、前までは結構な頻度で上がり込んでいたのだ。もちろん彼女には合鍵のような類は、一切渡していない。レイジの許可を取らないまま、どうやってか勝手に入ってきているのだ。
「ふっふっふっ! そんなのいくらでも方法があります! 大家さんや業者を買収すれば一発ですし、なによりこのくらいのセキュリティなら、那由他ちゃんのエージェントとしてのウデでちょちょいのちょいですよ!」
那由他は不敵な笑みで恐ろしいことを口にする。
彼女は執行機関の中でも凄腕のエージェントなので、それぐらいのスキルを身に付けていてもおかしくはない。これではホテルや誰かの家にいても、急に上がり込んでくる可能が。
「やべぇ。つまりどこで寝ようと、那由他が隣にいる可能性が。ある意味ホラーだ……」
「――あはは……、どこに逃げようと調べ上げ、おそばに向かいますよー! ええ、愛するレイジがいるならどこだろうと……、フフフ……」
那由他は不気味に口元をゆるめ、レイジをじっと見つめてくる。はたしてその瞳に光が灯っていないように見えるのは、気のせいだろうか。
「あれ? なんか寒けが……」
「と、いうか! そもそもの話、レイジが同居を認めてくれればなにもかも問題がなくなるんです! ですからそろそろいい加減、認めてくださいってばー!」
那由他は机をバシバシたたきながら、毎度のごとくねだってくる。
そう、那由他は今、絶賛レイジとの同居を希望しているのだ。彼女いわく通い妻でなく、住み込みでレイジのお世話をしたいと。さすがに那由他みたいな美少女と同じ屋根の下で暮らすのは、精神衛生上よろしくない。なので断り続けているのであった。
「毎度毎度、なんて恐ろしいことを。却下に決まってるだろ!」
「ぶーぶー、レイジのケチー。――あ! もしかしてあまりにも美少女である那由他ちゃんを夜、襲ってしまわないか心配なんですねー! もー、レイジからの夜這いならむしろ大歓迎! 既成事実バンザイというわけで、心置きなく同居の件を!」
那由他はすべて察したと、いつものはじけたテンションで言い寄ってきた。
彼女はいいかもしれないが、レイジにしてみればあとあと大問題になるのは明白。そんな危険な可能性は絶(た)っておかなければ。
「――いや、この場合逆にオレの身の危険の方が心配なんだが」
レイジは少し動揺しながらも、言い返しておく。
「って、そっちなんですか!?」
これには目を丸くしツッコミを入れてくる那由他。
「ほら、バカなこと言ってないで、冷めないうちに食うぞ」
「逃げましたねー、もー、レイジってばー」
こうして無理やりこの話題をおわらせ、二人で朝食を取り始めるのであった。
朝食をおえゆっくりしていると、那由他が後片付けをおえて席に戻ってきた。
なので気になっていたことをたずねてみる。
「で、那由他、こんなところでいつまでも油を売ってていいのか? 今アポルオンはざわついてるらしいし、アイギスの仕事にさっさと戻った方がいいだろ」
「あはは、それならなにも心配ありません! 那由他ちゃんは絶賛ストライキ中なので、アイギスの業務はお休みです!」
那由他は胸をポンっとたたき、堂々と宣言してきた。
「いや、心配どころの話じゃないだろ! なにやってるんだあんたは?」
あまりの予想外の言葉に、身を乗り出しながらツッコミを。
「那由他ちゃんはわるくないですよーだ。頑くななカノンがわるいんです! いくら説得しても、レイジの除名の件について聞く耳を持ってくれないので、こうやって反抗の意志をですね!」
すると腕を組みながら、そっぽを向く那由他。
「いいから、戻ってやれ。那由他がいなくなったら、アイギスそのものが機能しなくなってカノンが困るだろ」
アイギスの運営は社長の那由他にかかっているのだ。そんな彼女がいなくなれば、アイギスのすべての業務が途絶えてしまう。今のアポルオンの状勢的にやることはいくらでもあるはずなので、それはいくらなんでもマズイはず。
「嫌ですってばー。お忘れですか? 柊那由他の最優先事項はカノンではなく、久遠レイジ! だからレイジがいないアイギスに、居続ける理由なんてありません! もしカノンが前言撤回しなければ、このままレイジについていく所存です!」
那由他はレイジに手を差し出しながら、万感の思いを込めて告げてくる。
「――那由他……」
そんな彼女のまっすぐな想いの前に、レイジは言いよどんでしまう。
そう、柊那由他が本当に力になってあげたいのは久遠レイジ。ゆえに彼女の言葉は冗談ではなくまぎれもない事実。今まで築き上げてきたすべてなど簡単に捨て、レイジについてくるだろう。理由が理由なだけに言い聞かせるのは難しそうだ。
もはやどうしたものかと悩んでいると。
「ということで! 二人で愛の逃避行をしちゃいましょう! 新たにエデン協会や狩猟兵団を創設してもいいし、いっそのこと世界中を旅するのもいいかもですねー。もっちろん! 二人で静かに暮らして、幸せな家庭を築くのもありですよー! 小さな喫茶店とかを、切りもりしていくとかあこがれません? それとも、それとも、二人で!」
祈るように手を組み、ぱぁぁっと顔をほころばせながら力説してくる那由他。
「あー、はいはい、暴走もそこまでだ。那由他には引き続きアイギスに残り、カノンの力になってもらう」
うっとりしながら熱くかたる那由他の話を中断させ、少し強めの口調で伝える。
「――あはは……、あのー、レイジ、話を聞いていましたかー?」
那由他はほおに指を当て、困った笑みを浮かべながら首をかしげてくる。
今までの話の流れ的に、レイジのそばから離れたくないと主張していたのだ。だというのにレイジがいないアイギスに残れと言い渡されたのだから、困惑するのもしかたないだろう。
「ようはオレがアイギスに戻ればいい話だろ。さすがにこのままサヨナラなんてできないし、もう一度カノンと会って話をつけてくる」
そう、まだアイギスを完全にやめなければならないと、決まったわけではないのだ。あきらめるのはすべて手を尽くした後。もしかするとカノンを説得できるかもしれないのだから。
「レイジはまだ、あきらめてないんですね」
「ああ、カノンとの誓いはもう果たせそうにないから、せめて力だけにはなってやりたいんだ。だからもう少しだけ、あがいてみるさ」
手をぐっとにぎりしめ、気合いを入れる。
今までずっとカノンのことを、陰ながら想っていたのだ。彼女の力になり、誓いを果たしたいと。もはや生きる意味となりうるぐらいに。そんな久遠レイジに根づいた目的を、そうやすやすと変えられるはずがない。ゆえにレイジはハイそうですかと、簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。たとえ彼女と交わした誓いがもう叶わなくなってしまった今であろうと、この想いはまったく変わらなかった。
「説得できなければどうします?」
(――もしカノンがオレの変わり果てた姿を拒絶した場合、大人しく手を引くべきなんだろうな……。すべては誓いを守れなかったオレがわるいんだから……」
カノンがレイジのアイギス残留を認めなければ、潔く受け入れるしかないだろう。そうならなかったのはきっとレイジのせい。彼女への道を寄り道し、あげくの果てに正反対の道に行ってしまったがために。そこはまぎれもない事実なので、なにも言う資格はないといっていい。
「――ま、その時はその時だ。アイギスにいなくても、最悪残ってくれてる那由他を通して、陰ながら力になるってこともできるだろ? なにかあったらこっそり呼んでもらう形でさ」
彼女に意味ありげに目くばせする。
アイギスを追い出され、カノンとの直接のつながりが絶たれようともできることはあった。彼女が動くなら、その手助けになるように立ち回ればいいだけの話。那由他やレーシスに情報を流してもらえば、なんとかなるはずだ。
むしろ誓いを破っておいて、まだ彼女のもとに居続けること自体おこがましいというもの。カノンの前から去り、陰ながら力を貸す方がお似合いなのかもしれない。
「ぶー、ぶー、それだとレイジとほとんど一緒に、いられないじゃないですかー。那由他ちゃん的には気乗りがしませんよー」
「頼む、那由他。こんなこと頼めるのはあんただけなんだ」
不服そうにする那由他に、頭を下げ頼み込んだ。
あまりこの手は使いたくないのだが、ほかに方法がないため彼女に頼るしかなかった。
「もー、そんなかしこまらなくても、レイジの頼みとあれば喜んでやりますよ! それがあなたの心からの願いなら、なおさら! 那由他ちゃんがばっちりこなしてみせるので、大船に乗った気でいてくださいね!」
すると那由他は胸をドンっとたたきながら、陽だまりのようなほほえみを向けてくれる。
そのあまりの懇親の想いに、心が打たれるしかない。柊那由他は久遠レイジの願いなら、自身の命をかえりみず喜んで叶えようとするだろう。それが彼女のなによりもの幸せと言ってだ。
「では名残惜しいですが、そろそろ戻ってレイジのオーダー通り、アイギスの業務に戻るとしますかねー。那由他ちゃん、ファイト! オー!」
那由他気合いを入れ、立ち上がった。そして部屋から出ようとするが、振り返りレイジにかわいらしいお願いを。
「でも、できるだけ早く戻ってこれるよう頑張ってくださいね! でないと那由他ちゃんさみしくて、泣いちゃうんですからー」
「ああ、善処するよ。それまでアイギスのことは任せた」
「ふっふっふっ、この那由他ちゃんに、お任せあれ!」
那由他は最後に心強い返事をし、出ていくのであった。
「――朝か……」
いつもの起きる時間になったので、レイジは立ち上がり洗面所へと向かった。
「あ! おっはようございまーす!」
なにやら元気な声が聞こえてきたが、気にせず洗面所へ行って着替えなど朝の身支度を。レイジは一人暮らしなので、このマンションの一室にはだれもいないはずなのだ。
身支度を一通りおわらせ、鏡に映る自身の姿を見ながらぼやいた。
「カノンの連絡からはや一日。――はぁ……、これからどうするかだな……」
カノンからエデン協会アイギスの除名の話をされたのが昨日の朝。あれから彼女と話ができないまま、すでに次の日になってしまっていた。昨日は突然のことだったのでなにもできないままだったが、そろそろ現状をどうにかするため動かないといけないのである。
これからのことを考えながらリビングに戻り、テーブルの席に着いた。するとすでに出来立ての朝食が二人分。焼きたてのトーストに、目玉焼きとベーコン。さらにはサラダまで。あと飲み物にはコーヒーが用意されていた。
「誰もいるはずがないのに、朝食の用意が出来てるとは。見えない妖精でも住み着いてるのかな。まあ、せっかく用意されてることだし、とりあえずいただくとするか」
「はい! 召し上がれ!」
手を合わせいただこうとすると、向かいの席からまたもや声が。
「ふう、最近疲れてるせいか、変な幻聴が。うーん、これは一度、ゆっくり休んだほうがいいのかもしれないな」
こめかみを押さえながら、一息つく。
実際、ここ数日間はかなりのハードスケジュール。さらに激しい戦闘を何度もくり広げてきたので、そうとう疲労がたまっているはずだ。
「って!? いつまでいない人扱いしてるんですかー! こんなにカワイイ、カワイイ那由他ちゃんが目に入らないとでも!」
現実逃避していると、那由他が机をバシバシたたいてくる。そして身を乗り出しながら自身を指さし、猛アピールしてきた。
「うわ、不法侵入者がいた。今すぐ警察に通報しないと」
「もー! なに朝から寝ぼけたことを! どこからどう見てもあなたの通い妻、那由他ちゃんでしょ! 朝早くにもかかわらず、お世話のため来てくれる女の子になんたる仕打ち!」
腕をブンブン振り、ほおを膨らませる那由他。
「だまれ、不法侵入者。毎度毎度鍵を渡してないのに、どうやって電子ロックを解除してるんだよ」
ちなみに那由他がレイジのマンションに、朝いるのは珍しいことではない。朝食を作り一緒に食べ、二人でアイギスの事務所に向かうのはわりと見慣れた光景。最近は忙しかったせいかあまり見かけなかったが、前までは結構な頻度で上がり込んでいたのだ。もちろん彼女には合鍵のような類は、一切渡していない。レイジの許可を取らないまま、どうやってか勝手に入ってきているのだ。
「ふっふっふっ! そんなのいくらでも方法があります! 大家さんや業者を買収すれば一発ですし、なによりこのくらいのセキュリティなら、那由他ちゃんのエージェントとしてのウデでちょちょいのちょいですよ!」
那由他は不敵な笑みで恐ろしいことを口にする。
彼女は執行機関の中でも凄腕のエージェントなので、それぐらいのスキルを身に付けていてもおかしくはない。これではホテルや誰かの家にいても、急に上がり込んでくる可能が。
「やべぇ。つまりどこで寝ようと、那由他が隣にいる可能性が。ある意味ホラーだ……」
「――あはは……、どこに逃げようと調べ上げ、おそばに向かいますよー! ええ、愛するレイジがいるならどこだろうと……、フフフ……」
那由他は不気味に口元をゆるめ、レイジをじっと見つめてくる。はたしてその瞳に光が灯っていないように見えるのは、気のせいだろうか。
「あれ? なんか寒けが……」
「と、いうか! そもそもの話、レイジが同居を認めてくれればなにもかも問題がなくなるんです! ですからそろそろいい加減、認めてくださいってばー!」
那由他は机をバシバシたたきながら、毎度のごとくねだってくる。
そう、那由他は今、絶賛レイジとの同居を希望しているのだ。彼女いわく通い妻でなく、住み込みでレイジのお世話をしたいと。さすがに那由他みたいな美少女と同じ屋根の下で暮らすのは、精神衛生上よろしくない。なので断り続けているのであった。
「毎度毎度、なんて恐ろしいことを。却下に決まってるだろ!」
「ぶーぶー、レイジのケチー。――あ! もしかしてあまりにも美少女である那由他ちゃんを夜、襲ってしまわないか心配なんですねー! もー、レイジからの夜這いならむしろ大歓迎! 既成事実バンザイというわけで、心置きなく同居の件を!」
那由他はすべて察したと、いつものはじけたテンションで言い寄ってきた。
彼女はいいかもしれないが、レイジにしてみればあとあと大問題になるのは明白。そんな危険な可能性は絶(た)っておかなければ。
「――いや、この場合逆にオレの身の危険の方が心配なんだが」
レイジは少し動揺しながらも、言い返しておく。
「って、そっちなんですか!?」
これには目を丸くしツッコミを入れてくる那由他。
「ほら、バカなこと言ってないで、冷めないうちに食うぞ」
「逃げましたねー、もー、レイジってばー」
こうして無理やりこの話題をおわらせ、二人で朝食を取り始めるのであった。
朝食をおえゆっくりしていると、那由他が後片付けをおえて席に戻ってきた。
なので気になっていたことをたずねてみる。
「で、那由他、こんなところでいつまでも油を売ってていいのか? 今アポルオンはざわついてるらしいし、アイギスの仕事にさっさと戻った方がいいだろ」
「あはは、それならなにも心配ありません! 那由他ちゃんは絶賛ストライキ中なので、アイギスの業務はお休みです!」
那由他は胸をポンっとたたき、堂々と宣言してきた。
「いや、心配どころの話じゃないだろ! なにやってるんだあんたは?」
あまりの予想外の言葉に、身を乗り出しながらツッコミを。
「那由他ちゃんはわるくないですよーだ。頑くななカノンがわるいんです! いくら説得しても、レイジの除名の件について聞く耳を持ってくれないので、こうやって反抗の意志をですね!」
すると腕を組みながら、そっぽを向く那由他。
「いいから、戻ってやれ。那由他がいなくなったら、アイギスそのものが機能しなくなってカノンが困るだろ」
アイギスの運営は社長の那由他にかかっているのだ。そんな彼女がいなくなれば、アイギスのすべての業務が途絶えてしまう。今のアポルオンの状勢的にやることはいくらでもあるはずなので、それはいくらなんでもマズイはず。
「嫌ですってばー。お忘れですか? 柊那由他の最優先事項はカノンではなく、久遠レイジ! だからレイジがいないアイギスに、居続ける理由なんてありません! もしカノンが前言撤回しなければ、このままレイジについていく所存です!」
那由他はレイジに手を差し出しながら、万感の思いを込めて告げてくる。
「――那由他……」
そんな彼女のまっすぐな想いの前に、レイジは言いよどんでしまう。
そう、柊那由他が本当に力になってあげたいのは久遠レイジ。ゆえに彼女の言葉は冗談ではなくまぎれもない事実。今まで築き上げてきたすべてなど簡単に捨て、レイジについてくるだろう。理由が理由なだけに言い聞かせるのは難しそうだ。
もはやどうしたものかと悩んでいると。
「ということで! 二人で愛の逃避行をしちゃいましょう! 新たにエデン協会や狩猟兵団を創設してもいいし、いっそのこと世界中を旅するのもいいかもですねー。もっちろん! 二人で静かに暮らして、幸せな家庭を築くのもありですよー! 小さな喫茶店とかを、切りもりしていくとかあこがれません? それとも、それとも、二人で!」
祈るように手を組み、ぱぁぁっと顔をほころばせながら力説してくる那由他。
「あー、はいはい、暴走もそこまでだ。那由他には引き続きアイギスに残り、カノンの力になってもらう」
うっとりしながら熱くかたる那由他の話を中断させ、少し強めの口調で伝える。
「――あはは……、あのー、レイジ、話を聞いていましたかー?」
那由他はほおに指を当て、困った笑みを浮かべながら首をかしげてくる。
今までの話の流れ的に、レイジのそばから離れたくないと主張していたのだ。だというのにレイジがいないアイギスに残れと言い渡されたのだから、困惑するのもしかたないだろう。
「ようはオレがアイギスに戻ればいい話だろ。さすがにこのままサヨナラなんてできないし、もう一度カノンと会って話をつけてくる」
そう、まだアイギスを完全にやめなければならないと、決まったわけではないのだ。あきらめるのはすべて手を尽くした後。もしかするとカノンを説得できるかもしれないのだから。
「レイジはまだ、あきらめてないんですね」
「ああ、カノンとの誓いはもう果たせそうにないから、せめて力だけにはなってやりたいんだ。だからもう少しだけ、あがいてみるさ」
手をぐっとにぎりしめ、気合いを入れる。
今までずっとカノンのことを、陰ながら想っていたのだ。彼女の力になり、誓いを果たしたいと。もはや生きる意味となりうるぐらいに。そんな久遠レイジに根づいた目的を、そうやすやすと変えられるはずがない。ゆえにレイジはハイそうですかと、簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。たとえ彼女と交わした誓いがもう叶わなくなってしまった今であろうと、この想いはまったく変わらなかった。
「説得できなければどうします?」
(――もしカノンがオレの変わり果てた姿を拒絶した場合、大人しく手を引くべきなんだろうな……。すべては誓いを守れなかったオレがわるいんだから……」
カノンがレイジのアイギス残留を認めなければ、潔く受け入れるしかないだろう。そうならなかったのはきっとレイジのせい。彼女への道を寄り道し、あげくの果てに正反対の道に行ってしまったがために。そこはまぎれもない事実なので、なにも言う資格はないといっていい。
「――ま、その時はその時だ。アイギスにいなくても、最悪残ってくれてる那由他を通して、陰ながら力になるってこともできるだろ? なにかあったらこっそり呼んでもらう形でさ」
彼女に意味ありげに目くばせする。
アイギスを追い出され、カノンとの直接のつながりが絶たれようともできることはあった。彼女が動くなら、その手助けになるように立ち回ればいいだけの話。那由他やレーシスに情報を流してもらえば、なんとかなるはずだ。
むしろ誓いを破っておいて、まだ彼女のもとに居続けること自体おこがましいというもの。カノンの前から去り、陰ながら力を貸す方がお似合いなのかもしれない。
「ぶー、ぶー、それだとレイジとほとんど一緒に、いられないじゃないですかー。那由他ちゃん的には気乗りがしませんよー」
「頼む、那由他。こんなこと頼めるのはあんただけなんだ」
不服そうにする那由他に、頭を下げ頼み込んだ。
あまりこの手は使いたくないのだが、ほかに方法がないため彼女に頼るしかなかった。
「もー、そんなかしこまらなくても、レイジの頼みとあれば喜んでやりますよ! それがあなたの心からの願いなら、なおさら! 那由他ちゃんがばっちりこなしてみせるので、大船に乗った気でいてくださいね!」
すると那由他は胸をドンっとたたきながら、陽だまりのようなほほえみを向けてくれる。
そのあまりの懇親の想いに、心が打たれるしかない。柊那由他は久遠レイジの願いなら、自身の命をかえりみず喜んで叶えようとするだろう。それが彼女のなによりもの幸せと言ってだ。
「では名残惜しいですが、そろそろ戻ってレイジのオーダー通り、アイギスの業務に戻るとしますかねー。那由他ちゃん、ファイト! オー!」
那由他気合いを入れ、立ち上がった。そして部屋から出ようとするが、振り返りレイジにかわいらしいお願いを。
「でも、できるだけ早く戻ってこれるよう頑張ってくださいね! でないと那由他ちゃんさみしくて、泣いちゃうんですからー」
「ああ、善処するよ。それまでアイギスのことは任せた」
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