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3章 第3部 鳥かごの中の少女
137話 透とルナ
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時刻は十一時ごろ。晴れ渡る空の下、如月透は現実の十六夜市の街中を歩き、目的の場所へと向かっている途中。伊吹に連れられルナに会いに行ったのが一昨日であり、あれから二日が経過していた。
「執行機関に呼び出され一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうでよかったよ。まあ、問題はここからどうエデン財団に近づくかだね」
透は歩きながらも思考をめぐらせる。一昨日の生徒会室での一件を、ふと思いだしながらだ。
「ルナ・サージェンフォードに、長瀬伊吹か……。これからは彼女たちと行動を共にすることになるんだな……」
彼女たちの名前をつぶやき、感慨深く思い返す。
生徒会室でルナとの自己紹介がおわったあと、透は席にうながされ紅茶をご馳走してもらっていた。
「透、紅茶の味はいかがでしょう?」
「うん、すごくおいしいよ、ルナ。ボクみたいな一般人には、もったいないぐらいの代物だね」
どこか緊張したおもむきでたずねてくるルナに、心からの本音を口にする。
それほどまでにルナが入れてくれた紅茶はおいしく、これまで飲んできた紅茶が霞むほど。感激せざるを得なかったといっていい。
「ふふ、お口に会ってよかったです。それ実は、私のお気に入りの茶葉なんですよ。今日は透のために急きょ用意して、張り切って入れさせてもらいました。ささ、お茶菓子の方も。そちらのハーブ入りのクッキーは、私の自信作なんです!」
ルナは自慢の一杯をほめられたことで、ぱぁぁっと花が咲いたかのようにほほえむ。それからぐいぐいと、テーブルに置かれたお手製のお菓子を勧めてくれた。
「はは、なんだか恐れ多いほどもてなされて、恐縮きわまりないというか……」
まさかこれほどの歓迎を受けるとは思っていなかったため、頭の後ろを手をやりながら困惑ぎみに笑う。
「ふふ、お気になさらず。透にはいろいろ無理を言って来ていただいたんですから、これぐらいのもてなしはさせてもらわないと。あと力を貸してもらった借りはルナ・サージェンフォードの名にかけて、しっかり返させてもらいますよ。私のできる範囲であればなんでもしてみせるので、また考えておいてください」
ルナは胸に手をやり、まっすぐに宣言してくれる。
「ルナ、そんな気を使わなくていいよ。ボクは軍人だ。ここに来たのも任務の一環としてだから、報酬なんてもらえない。もちろん見返りがないからといって、手を抜く気もないから安心してくれ」
ここまで気遣ってくれるルナに、透は手で制しながらきちんと断りをいれておく。
いくら執行機関がらみの異例の業務内容でも、これは軍の仕事と変わりはしない。ゆえに軍人である透は、ルナからの報酬を受け取るわけにはいかないのだ。
だがルナもルナでこのままでは引き下がれないと主張を。
「それでは私の気が済みません。なにかおっしゃってもらわないと」
「――そんなこと言われても、困るんだけど……」
「なにかないんですか? お金でも、軍のポストでも」
ぐいっと身を乗り出し、いろいろと案を出してくれるルナ。
「――な、なんなら私の専属のデュエルアバター使いとして雇っても……」
それから彼女はどこかはずかしそうにうつむき、スカートの裾をぎゅっとにぎりしめる。そしてチラチラ透の顔を見ながら、おそるおそるとある案を。
「じゃあ、気が向いたらでいいから、また紅茶を入れてくれるかな。ルナの入れてくれる紅茶はすごくおいしいから、ぜひまた飲んでみたい」
どれも魅力的な話ではあるが、さすがに受け取るわけにはいかない。なので気持ちだけみたいな感じの報酬内容を、提示した。実際この報酬は透にとって満足いくものゆえ、これからの業務内容がどれほど厳しかろうと釣り合うはず。いい落としどころであろう。
「――ふふっ、それなら喜んで! これから毎日ずっと、透のそばで紅茶を入れましょう。もちろん今だけじゃなく、大人になってもずっとですよ。覚悟してくださいね?」
するとおかしそうに吹き出すルナ。そしていたずらっぽくほほえみ、有無も言わさない勢いで話を進めてきた。
「――いやいや、なにもそこまでしなくても!? というかそのニュアンスだといろいろ誤解を生みそうな!?」
「ふふ、冗談ですよ。――でも、無欲なのも困ったものですね。この件は無理やり透に送る形でいきましょう。まさか女の子からの贈り物を、無下になんてしませんよね? 透?」
透のツッコミに対し、ルナは意味ありげにウィンクしてくる。
「――ま、まあ、そうだね……、――はは……。――ええと、ところで、ルナ。ボクたちどこかで会ったことはないかな? キミとはどうも初対面という気がしないんだ
風向きがよくないみたいなので、頭をかきながら話を気になっていた別の方向へ。
なぜかルナには初めて会ったという気がしないのだ。遠い昔に会ったことがあるみたいな、懐かしい想いがこみあげてくるのである。
「――え、ええと、たぶん気のせいではないかと……。透とは同じ十六夜学園生ですから、顔を見合わせることがあっても不思議ではありません。特に私の場合は生徒会長をしてますし、なおさらね、――あはは……」
するとルナは目をそらしながら、どこか歯切れわるく答えてきた。
「勘違いか。ごめん、昔会った恩人の女の子に、声と雰囲気が似てる気がしたんだ。なんだか心から安心できるというか、身をすべてゆだねられるみたいな感じにさ」
確かに彼女とは同じ十六夜学園生。なんどか顔を見合わせていてもおかしくはない。
もしかすると六年前に助けてくれた少女が、ルナではないかと思ったが違ったようだ。というのもその少女とルナがどことなく似ていたのである。まるで昔の面影があるといっていいほどに。
「――と、透、なにやらすごいことをおっしゃってませんか……? そのような感想を私に抱いたということなのでしょう? そ、その女の子本人……、ではないのですが、さすがにテレてしまいますよ」
思わずこぼしてしまった本音に、ほおを染め手をもじもじさせるルナ。
「ごめん、ルナを困らせちゃったね」
「本当ですよ。まさか会ってそうそう、口説かれるとは……」
「ははは、その昔会った女の子じゃないとわかったから、つい気がゆるんで口をすべらせてしまったんだ。うん、今だから言えるけどあの子はすごくきれいな女の子だったのを、うっすらながら覚えてる。きっと成長したら超絶美少女になっていてもおかしくないなって、ずっと思っていたほどでね。そのボクの思い描いた理想像が、ちょうどキミと重なったというか……。もちろんルナの方が、ボクの想像と比べ物にならないぐらいきれいなんだけどね」
昔の記憶を振り返ったことで感慨深い気持ちになってしまい、ふと思ったことを口にしてしまう。如月透の本心を。
「――ああ、ここまであの子のことを気にかけるということは、やっぱりあれがボクの初恋だったのかな……。――って、なにを口走ってるんだボクは。どんだけ気がゆるんでいるんだよ……。はは、ルナにとってはつまらない話だろうし、忘れてくれ。――あれ、ルナ?」
あらためてあれが初恋だったのではと、かつての気持ちを再確認してしまっていた。だがふと我に返る。まさか無意識に自身の想いを独白してしまうとは。はずかしながらも、こんな話を聞かせてしまったことを彼女に謝るしかない。
だがそこで異変に気付いた。
「~~~~!?」
なんとルナが顔を真っ赤にしてうつむきながら、スカートの裾をぎゅっとにぎりしめていたのだ。まるでなにかをこらえているかのようにだ。
みずからの想いを告白してしまったため、透がはずかしくなるのはわかる。だがなぜか彼女の方が、透よりも取り乱しているのだろうか。
「――ええと……、ルナ、大丈夫かい?」
「――す、すみません、少しお時間を……。――はぁ、はぁ……、他の殿方にいくらほめられても取り乱さなかった私が、ここまで動揺するなんて……。というか透も透です。なぜここまでピンポインで、告白めいたことを? 私を悶え殺す気ですか、この人は……」
ルナは手で制しながら頼み込んだあと、ぶつぶつと聞こえないぐらいの声でつぶやきだす。透にうらめかしそうな視線を向けながらだ。
「よお、どうだ? 如月? ルナとはうまく話せているか?」
この状況をどうすればと戸惑っていると、生徒会室の扉が開き伊吹が入ってきた。
「伊吹! ちょうどいいところに来てくれました!」
ルナは救世主が現れたと、期待に満ちた声で彼女の名を呼ぶ。
「うん、なんだ? その助け船が来たみたいな感じは? ふむ、ルナの顔が少しばかり赤いな。もしかして如月、ルナを口説いたか? クク、気持ちはわからんでもないが、さすがに相手がサージェンフォード家次期当主様となると分が悪いぞ」
伊吹はこの部屋で起こった状況を推測し、透に向けて同情めいた言葉を投げかける。
「なによりルナには初恋の相手がいるらしいんだ。いくら聞いてもくわしく教えてくれないんだが、どうやらまだ好きらしい。一応止めはしないが、勝ち目のない戦いになるだろうからあきらめることをお勧めするぞ。な、ルナ」
「へえ、そうだったんだ。ルナ、その初恋、実るといいね」
いくら大財閥のお嬢さまといっても、普通の女の子。初恋の相手を想い続ける健気さに感動し、彼女に応援の言葉を。
「――ふふ……、伊吹、透、いくら温厚な私でも、さすがに怒りますよ?」
しかしルナはプルプルと震えながら、こちらの気も知らないでと怖い笑みを浮かべだす。
彼女は笑っているはずなのだが、よくわからない恐怖を感じてしまっていた。
「おい、如月、どうなっている? あの笑み、ルナの奴キレかけ寸前だぞ」
「――こ、心当たりはないんだけど……」
「――ふふ……、もう、伊吹。いくらなんでも、そこまで怒ってませんよ?」
ルナは伊吹ににっこりほほえみかける。もちろん怖い笑顔で圧をかけてだ。
「いや、笑顔がすでに怖いからな。クッ、ここはルナの怒りが鎮まるまで、そっとしておいたほうがよさそうだ。如月、一時離脱するぞ!」
「そうなのかい? なんだかよくわからないけど、了解!」
伊吹の指示にしたがい、透は彼女についていき生徒会室からさっと逃げるように出ていく。
「二人とも、話はおわってませんよ!」
去り際にルナのやはり怒っているような声が。
なにやら説教されそうな感じがするので、伊吹と止まらず逃走するのであった。
これが一昨日のルナたちとの日常の風景という。
「ははは、なんだか居心地がよさそうだから、当初の目的を忘れてしまいそうになるよ。でもこの先はさすがに気を引き締めていかないと。ルナたちの件と、エデン財団の件で忙しくなるんだから」
思い出し笑いをしながらも、この先のことに思いをはせる。
するとそうこうしているうちに目的の場所が見えてきた。
「と、目的地に着いたね。この喫茶店でエリーが待ってるはずだ。急ごう」
そして透は待ち合わせの場所である少し寂れた喫茶店の中へと、入っていくのであった。
「執行機関に呼び出され一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうでよかったよ。まあ、問題はここからどうエデン財団に近づくかだね」
透は歩きながらも思考をめぐらせる。一昨日の生徒会室での一件を、ふと思いだしながらだ。
「ルナ・サージェンフォードに、長瀬伊吹か……。これからは彼女たちと行動を共にすることになるんだな……」
彼女たちの名前をつぶやき、感慨深く思い返す。
生徒会室でルナとの自己紹介がおわったあと、透は席にうながされ紅茶をご馳走してもらっていた。
「透、紅茶の味はいかがでしょう?」
「うん、すごくおいしいよ、ルナ。ボクみたいな一般人には、もったいないぐらいの代物だね」
どこか緊張したおもむきでたずねてくるルナに、心からの本音を口にする。
それほどまでにルナが入れてくれた紅茶はおいしく、これまで飲んできた紅茶が霞むほど。感激せざるを得なかったといっていい。
「ふふ、お口に会ってよかったです。それ実は、私のお気に入りの茶葉なんですよ。今日は透のために急きょ用意して、張り切って入れさせてもらいました。ささ、お茶菓子の方も。そちらのハーブ入りのクッキーは、私の自信作なんです!」
ルナは自慢の一杯をほめられたことで、ぱぁぁっと花が咲いたかのようにほほえむ。それからぐいぐいと、テーブルに置かれたお手製のお菓子を勧めてくれた。
「はは、なんだか恐れ多いほどもてなされて、恐縮きわまりないというか……」
まさかこれほどの歓迎を受けるとは思っていなかったため、頭の後ろを手をやりながら困惑ぎみに笑う。
「ふふ、お気になさらず。透にはいろいろ無理を言って来ていただいたんですから、これぐらいのもてなしはさせてもらわないと。あと力を貸してもらった借りはルナ・サージェンフォードの名にかけて、しっかり返させてもらいますよ。私のできる範囲であればなんでもしてみせるので、また考えておいてください」
ルナは胸に手をやり、まっすぐに宣言してくれる。
「ルナ、そんな気を使わなくていいよ。ボクは軍人だ。ここに来たのも任務の一環としてだから、報酬なんてもらえない。もちろん見返りがないからといって、手を抜く気もないから安心してくれ」
ここまで気遣ってくれるルナに、透は手で制しながらきちんと断りをいれておく。
いくら執行機関がらみの異例の業務内容でも、これは軍の仕事と変わりはしない。ゆえに軍人である透は、ルナからの報酬を受け取るわけにはいかないのだ。
だがルナもルナでこのままでは引き下がれないと主張を。
「それでは私の気が済みません。なにかおっしゃってもらわないと」
「――そんなこと言われても、困るんだけど……」
「なにかないんですか? お金でも、軍のポストでも」
ぐいっと身を乗り出し、いろいろと案を出してくれるルナ。
「――な、なんなら私の専属のデュエルアバター使いとして雇っても……」
それから彼女はどこかはずかしそうにうつむき、スカートの裾をぎゅっとにぎりしめる。そしてチラチラ透の顔を見ながら、おそるおそるとある案を。
「じゃあ、気が向いたらでいいから、また紅茶を入れてくれるかな。ルナの入れてくれる紅茶はすごくおいしいから、ぜひまた飲んでみたい」
どれも魅力的な話ではあるが、さすがに受け取るわけにはいかない。なので気持ちだけみたいな感じの報酬内容を、提示した。実際この報酬は透にとって満足いくものゆえ、これからの業務内容がどれほど厳しかろうと釣り合うはず。いい落としどころであろう。
「――ふふっ、それなら喜んで! これから毎日ずっと、透のそばで紅茶を入れましょう。もちろん今だけじゃなく、大人になってもずっとですよ。覚悟してくださいね?」
するとおかしそうに吹き出すルナ。そしていたずらっぽくほほえみ、有無も言わさない勢いで話を進めてきた。
「――いやいや、なにもそこまでしなくても!? というかそのニュアンスだといろいろ誤解を生みそうな!?」
「ふふ、冗談ですよ。――でも、無欲なのも困ったものですね。この件は無理やり透に送る形でいきましょう。まさか女の子からの贈り物を、無下になんてしませんよね? 透?」
透のツッコミに対し、ルナは意味ありげにウィンクしてくる。
「――ま、まあ、そうだね……、――はは……。――ええと、ところで、ルナ。ボクたちどこかで会ったことはないかな? キミとはどうも初対面という気がしないんだ
風向きがよくないみたいなので、頭をかきながら話を気になっていた別の方向へ。
なぜかルナには初めて会ったという気がしないのだ。遠い昔に会ったことがあるみたいな、懐かしい想いがこみあげてくるのである。
「――え、ええと、たぶん気のせいではないかと……。透とは同じ十六夜学園生ですから、顔を見合わせることがあっても不思議ではありません。特に私の場合は生徒会長をしてますし、なおさらね、――あはは……」
するとルナは目をそらしながら、どこか歯切れわるく答えてきた。
「勘違いか。ごめん、昔会った恩人の女の子に、声と雰囲気が似てる気がしたんだ。なんだか心から安心できるというか、身をすべてゆだねられるみたいな感じにさ」
確かに彼女とは同じ十六夜学園生。なんどか顔を見合わせていてもおかしくはない。
もしかすると六年前に助けてくれた少女が、ルナではないかと思ったが違ったようだ。というのもその少女とルナがどことなく似ていたのである。まるで昔の面影があるといっていいほどに。
「――と、透、なにやらすごいことをおっしゃってませんか……? そのような感想を私に抱いたということなのでしょう? そ、その女の子本人……、ではないのですが、さすがにテレてしまいますよ」
思わずこぼしてしまった本音に、ほおを染め手をもじもじさせるルナ。
「ごめん、ルナを困らせちゃったね」
「本当ですよ。まさか会ってそうそう、口説かれるとは……」
「ははは、その昔会った女の子じゃないとわかったから、つい気がゆるんで口をすべらせてしまったんだ。うん、今だから言えるけどあの子はすごくきれいな女の子だったのを、うっすらながら覚えてる。きっと成長したら超絶美少女になっていてもおかしくないなって、ずっと思っていたほどでね。そのボクの思い描いた理想像が、ちょうどキミと重なったというか……。もちろんルナの方が、ボクの想像と比べ物にならないぐらいきれいなんだけどね」
昔の記憶を振り返ったことで感慨深い気持ちになってしまい、ふと思ったことを口にしてしまう。如月透の本心を。
「――ああ、ここまであの子のことを気にかけるということは、やっぱりあれがボクの初恋だったのかな……。――って、なにを口走ってるんだボクは。どんだけ気がゆるんでいるんだよ……。はは、ルナにとってはつまらない話だろうし、忘れてくれ。――あれ、ルナ?」
あらためてあれが初恋だったのではと、かつての気持ちを再確認してしまっていた。だがふと我に返る。まさか無意識に自身の想いを独白してしまうとは。はずかしながらも、こんな話を聞かせてしまったことを彼女に謝るしかない。
だがそこで異変に気付いた。
「~~~~!?」
なんとルナが顔を真っ赤にしてうつむきながら、スカートの裾をぎゅっとにぎりしめていたのだ。まるでなにかをこらえているかのようにだ。
みずからの想いを告白してしまったため、透がはずかしくなるのはわかる。だがなぜか彼女の方が、透よりも取り乱しているのだろうか。
「――ええと……、ルナ、大丈夫かい?」
「――す、すみません、少しお時間を……。――はぁ、はぁ……、他の殿方にいくらほめられても取り乱さなかった私が、ここまで動揺するなんて……。というか透も透です。なぜここまでピンポインで、告白めいたことを? 私を悶え殺す気ですか、この人は……」
ルナは手で制しながら頼み込んだあと、ぶつぶつと聞こえないぐらいの声でつぶやきだす。透にうらめかしそうな視線を向けながらだ。
「よお、どうだ? 如月? ルナとはうまく話せているか?」
この状況をどうすればと戸惑っていると、生徒会室の扉が開き伊吹が入ってきた。
「伊吹! ちょうどいいところに来てくれました!」
ルナは救世主が現れたと、期待に満ちた声で彼女の名を呼ぶ。
「うん、なんだ? その助け船が来たみたいな感じは? ふむ、ルナの顔が少しばかり赤いな。もしかして如月、ルナを口説いたか? クク、気持ちはわからんでもないが、さすがに相手がサージェンフォード家次期当主様となると分が悪いぞ」
伊吹はこの部屋で起こった状況を推測し、透に向けて同情めいた言葉を投げかける。
「なによりルナには初恋の相手がいるらしいんだ。いくら聞いてもくわしく教えてくれないんだが、どうやらまだ好きらしい。一応止めはしないが、勝ち目のない戦いになるだろうからあきらめることをお勧めするぞ。な、ルナ」
「へえ、そうだったんだ。ルナ、その初恋、実るといいね」
いくら大財閥のお嬢さまといっても、普通の女の子。初恋の相手を想い続ける健気さに感動し、彼女に応援の言葉を。
「――ふふ……、伊吹、透、いくら温厚な私でも、さすがに怒りますよ?」
しかしルナはプルプルと震えながら、こちらの気も知らないでと怖い笑みを浮かべだす。
彼女は笑っているはずなのだが、よくわからない恐怖を感じてしまっていた。
「おい、如月、どうなっている? あの笑み、ルナの奴キレかけ寸前だぞ」
「――こ、心当たりはないんだけど……」
「――ふふ……、もう、伊吹。いくらなんでも、そこまで怒ってませんよ?」
ルナは伊吹ににっこりほほえみかける。もちろん怖い笑顔で圧をかけてだ。
「いや、笑顔がすでに怖いからな。クッ、ここはルナの怒りが鎮まるまで、そっとしておいたほうがよさそうだ。如月、一時離脱するぞ!」
「そうなのかい? なんだかよくわからないけど、了解!」
伊吹の指示にしたがい、透は彼女についていき生徒会室からさっと逃げるように出ていく。
「二人とも、話はおわってませんよ!」
去り際にルナのやはり怒っているような声が。
なにやら説教されそうな感じがするので、伊吹と止まらず逃走するのであった。
これが一昨日のルナたちとの日常の風景という。
「ははは、なんだか居心地がよさそうだから、当初の目的を忘れてしまいそうになるよ。でもこの先はさすがに気を引き締めていかないと。ルナたちの件と、エデン財団の件で忙しくなるんだから」
思い出し笑いをしながらも、この先のことに思いをはせる。
するとそうこうしているうちに目的の場所が見えてきた。
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