電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

文字の大きさ
146 / 253
3章 第3部 鳥かごの中の少女

141話 カノンとルナ

しおりを挟む
 レイジとカノンはあれから十六夜いざよい学園生徒会室に来ていた。
 広々とした部屋の中心に長テーブルが置かれ、奥のほうには生徒会長用の立派な机が。そんな各席や棚(たな)といった家具、機材などここにあるもどれもが一級品。給湯室まで完備され、もはや学園の生徒会室としては最上級の一室である。
 そして出迎えてくれたのは十六夜学園高等部生徒会長であり、サージェンフォード家次期当主であるルナ・サージェンフォード。さらには如月きさらぎとおるという軍人の少年である。透に関してはルナの協力者らしく、戦力として招いたのだそうだ。ちなみにルナの護衛の長瀬伊吹ながせいぶきは、今執行機関の件で席をはずしているとのこと。
 現状四人は軽く自己紹介をしたあと、席に座りルナが入れてくれた紅茶を飲んでいる最中であった。

「それにしてもこんな形でカノン様とお話できるだなんて。フフフ、なんだか夢のような時間ですね」

 ルナは紅茶を飲みながら、うれしそうにほほえむ。
 彼女は以前巫女のでも一応カノンと会って話をしたみたいだが、その時は革新派のことばかりでプライベートの会話がまったくできなかったらしい。なのでこうして落ち着いて話せるのは初めてとのこと。

「カノン様はルナにとって、あこがれの人なのかい?」
「そうですよ、透。カノン様といえばアポルオン創設者の血を引き、幼少からアポルオンの巫女という大役をになわれているお方。私にとってはまさに雲の上のお方といっても、過言ではありません」

 透の質問に、ルナはカノンに手を向けながらどこか誇らしげにかたる。
 その口調には尊敬の念が込められており、心酔しんすいしているといってもいいほど。どうやらルナにとってカノンはかなり特別な存在のようだ。

「序列二位サージェンフォード家次期当主のルナがそこまで言うなんて。これは失礼のないようにしないとね」
「――あはは……、美化されすぎてないかな? 私ルナさんにそこまであこがれられるほど、すごくないんだよ?」

 あまりの心酔の言葉に、カノンは困った笑みを浮かべツッコミを。
「いえいえ、ご謙遜けんそんを。あなた様のことはお父様から聞かされています。子供ながらも非常にできた人格者であり、常にアポルオンの幾末を気にかけている素晴らしいお方だと。だから小さいころから、カノン様にずっと憧れていたんですよ!」

 だがルナはカノンの否定をもろともせず、目を輝かせ自身の想いを口に。

「そして実際に会ってみると、私の思っていた通りのお方でした! その神々しさはもちろんのこと、あふれんばかりの慈愛に満ちたオーラまでお持ちだなんて! 私も社交場で数多くの方々を目にしてきましたが、これほどあり方がきれいなお方を私は存じあげません!」 
「レイジくん、どうしよう!? ほめ殺しなんだよ!?」

 もはや止まらない褒め言葉の数々に耐え切れず、レイジの肩を揺さぶりながら助けを求めてくるカノン。

「うーん、ルナさんの言いたいことはわかるんだが、小さいころのカノンを知ってる身としては違和感がちょっと。カノンはこう見えて、ポンコツ属性を兼ねそなえて……」
「それひどくないかな!? 確かに昔はそうだったかもしれないけど、今はけっこうしっかりしてるんだよ! ――いや、それよりも。――ゴホン、あのね、ルナさんのことルナって呼んでいいかな?」

 両腕をぶんぶん振りながら抗議するカノンであったが、今はそれよりもとルナに向き直りたずねた。

「はい、もちろん、かまいませんよ」
「ありがとうなんだよ。じゃあ、私のことをカノンって呼んでくれるかな? あと同年代なんだから、普通に接してね! もちろん、透くんもだよ!」

 カノンは自身の胸に手を当て、二人へにっこりほほえみかける。

「――いえ、さすがにアポルオンの巫女であるカノン様を、呼び捨てにするわけには……」
「ハイハイ、そういう堅苦しいのはいいんだよ。直してくれないと私もルナを様付けで、超仰々ぎょうぎょうしく接するけどいいのかな?」

 恐縮してしまうルナに対し、カノンはいたずらっぽい笑みを向けた。

「――うぅ……、わかりました。では、カノンと呼ばせてもらいます」

 ルナは自分も身分が高い人間ゆえ、カノンの気持ちがわかったらしい。カノンの案をしぶしぶ受け入れたようだ。
 透もルナに続き了承の言葉を。

「わかったよ、カノンさん」
「ふう、これですっきりだね。さあ、身分なんて忘れて楽しくいこう!」

 カノンは腕を上げ、満面の笑顔を。
 彼女によって場の空気をたちまち和やかなものに。

「ふふ、やはりカノンはすてきな方ですね。内面の良さがこうして一緒にいるだけで伝わってきて、すがすがしい気分にさせられます。私、すっかりとりこになってしまいました」

 どうやらルナも彼女が持つ魅力にはまってしまったようだ。
 もはや人をきつけるカノンの圧倒的カリスマ力に、感心せざるを得ない。

「ルナー、あまり褒められると、居心地いごこちがわるくなってしまうんだよぉ」

 また気恥ずかし空気になってしまうと、机に突っ伏しまがらルナにジト目を向けるカノン。

「ふふ、すみません。ではカノン、あまり楽しい話題ではないのですが、一つ聞いてもよろしいでしょうか? 一度アポルオンの巫女であるあなたに、たずねたかったことがあるんです」
「おっ、なんでも聞いてほしいんだよ」

 カノンは顔をバッと上げ、胸をどんっとたたく

「ありがとうございます。カノンは今の革新派の暴挙ぼうきょに対して、どうお考えなのですか?」
「そうだね。革新派がなにを思って、アポルオンそのものに反旗はんきをひるがえしたのかはわからない。そこにはきっと私が納得できる言い分も、多々ふくまれているんだとは思うけど……。うん、ただ一つ言えることは、なにもかも争いで解決しようとするのはいただけないんだよ」

 カノンは瞳を閉じ、みずからの考えをかたっていく。
 やはり彼女は革新派のやり方に賛同できないようだ。確かに彼らの言い分には人々の自由もふくまれている。よって今の行き過ぎた管理をあまり快く思っていないカノンも、思わずうなづいてしまう考えが多々あるのだろう。しかし問題はそれを叶える手段だ。革新派は文字通り力で無理やり事を成しげようとしている。それは平和を願うカノンにとって、もはやあいいれないもの。ゆえに彼女は革新派たちを認めるわけにはいかないのだ。
「彼らのかかげる信念がいくら正しくても、その起こした争いの果てに多くの混乱を招くはず。そうなると今までたもってきた世界のバランスが崩れ、滅茶苦茶になってしまうかもしれないんだよ。さすがにそれは見過ごせない。なんとしてでも止めないとだね」

「はい、カノンの言う通りだと思います。最悪世界中にアポルオンの全容が露見ろけんし、我々の活動が困難になる恐れもありますからね」
「それともう一つ。本来みなをまとめみちびくべきはずの、アポルオンの巫女としての問題なんだよ。私の力がおよばないせいで、こんな事態になるまで発展させてしまったんだもん。言ってしまえばこの出来事は私の落ち度。だからなんとしてでもこの手で、アポルオンの内乱を止めないといけない。それがアルスレイン家の代表である者の責務……。ここに宣言するよ。私カノン・アルスレインはこの事態の収拾に全力を尽くすと!」

 胸に手を当て、申しわけなさそうに目をふせるカノン。しかしそれもつかの間、手をバッと前にだし、信念のこもったまなざしで声高らかに宣言を。
 彼女は自身のふがいなさにくじけず、前を見すえていた。その現実をただ受け止めるだけでなく、変えようとしてだ。そう、カノンは無力なままでおわらす気はないのだ。たとえどれほど困難であろうと、自身に課せられた役目を果たそうとしている。これこそレイジが力になってあげたい、カノン・アルスレインという少女。自らの信念をなにがなんでもつらぬき通す、凛々りりしき姫君ひめぎみ。そんなカノンだからこそ、那由他や結月も彼女について行くことを選んだのだろう。

「――すばらしい……」

 するとルナがうっとりとしながら、賞賛の拍手はくしゅを。

「うん? ルナ、どうしたのかな?」
「私、感服いたしました! まさかそこまでの想いをいだいていらっしゃるとは! ええ、あなたこそアポルオンの巫女にふさわしいお方です!」

 ルナは机をバンとたたきながら、勢いよく席から立ち上がる。そして祈るように手を組み、カノンをあがめだした。
 その勢いはさっき以上で、あまりの感激に瞳をうるませるほど。完全にカノンに心を奪われていたといっていい。

「――えっへへ……、大げさすぎるよ、ルナ……」
「いえいえ、カノンほどの人格者がアポルオンの巫女であらせられて、私ほこらしく思います!」  
「あわわ、またほめ殺しタイムが始まったんだよ!? 助けて、レージくん、透くん!?」

 またもや絶賛の嵐に、カノンはあわあわと助けを求めてくる。

「ははは、今度はルナさんの意見にまったくもって同意だな。それでこそカノンだ」
「ボクも今のカノンさんの覚悟に感銘かんめいを受けたよ。ぜひ応援させてほしい」

 だが助けを求めた先にも賞賛の言葉が。

「二人まで!? もぉ、気恥ずかしくて仕方ないんだよぉ!?」

 腕をぶんぶん振りながら、もだえるカノン。こうして生徒会室に、彼女のあたふたする声がこだまするのであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...