電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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4章 第2部 それぞれの想い

169話 特別な存在

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 どこか薄暗い青空の下。とおるがいるのはクリフォトエリアのシティーゾーン。その人通りが少ない、とある路地裏である。街が廃墟はいきょふうの構造のためさらに物騒さが際立ち、あまり人がより付かない場所といっていい。そのためよく密談や受け渡しの場所に指定されることが多かった。

「エデン財団上層部についての情報は、やはり難しいよ。いくら探っても、実体すらつかむことができないね。はい、これ一応今、ワタシが持ってるデータ」

 フードをかぶったなじみの情報屋の少女が、肩をすくめる。
 彼女には現在、エデン財団の情報を探ってもらっていたのだ。そして今は彼女の仕事の合間にたずねて、くわしく話を聞いていたという。

「ふむ」

 透は彼女のアーカイブスフィアにアクセスし、現在取り扱っている情報に目を通していく。必要なものがあれば閲覧権を買うのだが、とくに欲しいものはなさそうだ。

「引き続き調査の方を頼めるかい?」

 見終えてから、さらなる調査の依頼をする。
 こうやって優秀そうな情報屋を雇い調べさせているのだが、成果は今のところほとんどない。エデン財団自体の情報はそれなりに手に入れられるのだが、上層部となるとそうはいかない。あまりの機密性に、どんな情報屋でもお手上げなのだ。

「オッケー、透には世話になってるし、金も積んでもらってるからね。情報屋の意地で必ず尻尾しっぽをつかんで見せるよ」
「頼んだよ」

 フードをかぶった少女は頼もしい宣言をし、路地裏を去っていった。

「さて、そろそろボクも危険を承知で、動くべきか。被験者時代の特殊工作員の経験を生かせば、それなりにぎまわれるかもしれない」

 アゴに手を当て思考をめぐらせる。
 当時、第三世代計画の研究者たちが欲していたのは、透たち被験者の高度なデータ。その実験過程で一番効率がよかったのが、デュエルアバターの操作だったのだ。というのもデュエルアバターを扱うには、日常で使う以上に高度な演算えんざんを多数行う必要が。その時の脳のデータほど、有益なものはなかったらしい。
 よって現実での実験より、クリフォトエリアでのデータ収集が優先に。よく特殊工作員じみた指令を、日々こなしまくっていたのである。おかげで透たち第三世代計画被験者は、凄腕のエージェントとしてのウデを持っているのだ。戦闘はもちろん、尾行びこう追跡ついせき、潜入や暗殺といった様々な技術を習得していた。

「一番手堅いのは内部からだけど、思ったより手が出しにくいのが難点だ。ばれたらタダじゃすまないのはもちろん、最悪ルナにも責任が及ぶ恐れがある。ボク一人だけならどうってことないけど、さすがに彼女を巻き込むわけには……」

 しかしルナのことが頭をよぎった瞬間、思いとどまってしまった。

「――はは……、始めはさきのため利用する気だったのに、今ではその相手の身を優先しそうになってるだなんてね。どうやらボクにとってルナは、特別な存在になりつつあるようだ。まったく、どうしてこうなってしまったのやら……」

 そして自身の心変わりに思わず苦笑してしまう。
 透の目的は、妹の咲を自由にすること。これは被験者時代はもちろん、咲に助けられてからもずっとである。もはや如月きさらぎ透はこのために生きているといっても、過言ではないほどだ。だというのになぜルナ・サージェンフォードという少女のことを、咲と同じぐらい気にかけているのだろうか。本来ならルナのことをうまく利用し、咲のことを調べればいいはずなのに。

「それもこれもルナが六年前、助けてくれた少女に似てるからなのかな……」

 ふとそんな答えが思い浮かんだ。
 そう、六年前助けてくれた少女の姿と、ルナの姿が少し重なって見えてしまうのだ。六年前の少女の姿は、意識が朦朧もうろうとしていたため非常におぼろげ。ゆえに自信を持って似ているとは言えないのだが。だからこそ彼女が他人とは思えず、どうしても気にかけてしまっているのである。

「それにルナのかかえる悩みを聞いて、力になってあげたい自分がいる。咲をしばられた運命から自由にしてあげたかったように、ルナも……」

 さらに思い浮かぶのは、ルナのがみずからの悩みをかたったとき。
 第三世代計画の被験者として、自分の思い通りに生きられなかった咲。サージェンフォード家次期当主としての責務にしばられ、したがい続ける人生だったルナ。その二人の自由に生きられない境遇きょうぐうが少し似ているのだ。それゆえルナも放っておくことができないのであった。

「そうか、六年前の少女がそうしてくれたように、今度はボクが助けたいと思ってるのかもしれない。あの少女の姿を重ねてしまってるルナを」

 そして透はある結論に達する。如月透は助けてくれた六年前の少女に恩を返したいのだと。そう、彼女のおかげで透はエデン財団の魔の手からのがれられ、新堂しんどう家で新たな人生を始められた。あの被験者時代では想像もできないほどの、自由な日々を。その恩はこれまで幾度となくふくれ上がっていたのだ。それは咲を自由にしたあとその少女を見つけ出し、恩を返そうと計画していたぐらいに。
 だからこそその少女に似ているルナを、よけいに助けたいと思ってしまうのだろう。彼女は今苦しみ助けを求めている。六年前の透のように。ならば力を貸さずにはいられない。あの少女がしてくれたのと同じく、今度は透が。

「――はは……、これは正直、困ったね。咲だけでも手一杯だというのに、そこにルナまで……。まあ、できる限りのことはやってみようかな。ルナの力になるって約束したことだしね。――うん? ルナから通話?」

 手をぐっとにぎりしめ納得していると、ルナからの通話が。
 基本クリフォトエリアやアビスエリア内は、外部との正規の通信手段はとれない。だがここはシティゾーンなので、ほかの例外どうようこのように通話ができるのであった。

「ルナ、どうしたんだい?」
「透、少しお話したいことが。保守派の、お父様のやろうとしていることについて……」

 通話に出てみると、ルナが深刻そうな口調で伝えてくるのであった。

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