電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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4章 第4部 それぞれの想い

194話 救いの手

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 現在レイジはとおるごと身投げしたため、高層ビルから落下しているところ。そしてこのまま下の湖に叩きつけられ、強制ログアウトするしかない状況であった。だが上を見上げると、突然カノンが姿が。確か彼女は先程まで遠くの方で戦っていたはず。なので駆けつけようにも到底間に合わないのだが、カノンはそこにいた。まるでレイジを助けるために、空間そのものを飛んできたかのように。

「お願い! 手を伸ばして!」
「ッ!? カノン!?」

 レイジは差し出されたカノンの手を、つかもうとする。
 現在レイジと同じく落下中のカノンだが、彼女はルナのように風に乗ることができる。なのでカノンの手をつかめさえすれば助かるはず。
 だがつかもうと伸ばした手が、ふと止まってしまった。

(――黒い炎……)

 自分の伸ばした手に視線を移すと、まだかすかに黒い炎の残り火が宿やどっていたのだ。 

(――こんなオレに、カノンの手をつかむ資格なんて……)

 彼女の手はけがれのない希望に満ちた手。しかしレイジはそれとは真逆。闘争に染まり破壊しかとりえのない手だ。その事実はもはやアーネストや透との戦いで、嫌ほど思い知らされている。そんなどうしようもない手が、カノンの手をつかんでいいのか。ふとそんな想いがよぎり、ためらってしまったのである。

(――ああ、そうだ。変わり果てたオレじゃ、もう昔のように彼女の手をとれはしない)

 今だレイジのむねには、果てのない闘争の炎が燃えさかっているのだ。なのでまだ透と戦っていた時の状態のまま。守る剣を捨て、破壊の剣に取りつかれてしまった久遠くおんレイジ。そこにカノンが知っている久遠レイジは存在しない。

(――ははは……、こんな狂い狂った姿、カノンだけには見せたくなかったのにな……)

 心の中で自嘲の笑みを浮かべるしかない。
 そして伸ばそうとしていた手を戻し、目をつぶった。これでいいのだ。彼女の騎士になれなかった自分に、お似合いの末路。これ以上夢をみるわけにはいかないのだから。
 あきらめた瞬間、力が一気にけていく。疲れていたため、意識も途切れていって。

「っ!?」

 だが突然、ちゅうをさまよっていたレイジの手に、あふれんばかりのぬくもりが。そして下から大気が押し寄せてきて、気付けば落下が止まっていた。
 ハッとなって目を開けると、カノンがレイジの手をつかんでいる姿が。

「大丈夫。怖がらなくていんだよ……」

 カノンは優しくほほえみ、さとしてくる。そして万感の思いを込めて、レイジに告げた。

「レージくんがどんな姿になろうとも、私は離れたりなんかしない。キミの手をこうやってとり続けるから……」
「――カノン……」

 その天使のような慈愛に満ちたほほえみが、レイジの傷ついた心を次々にいやしていく。
 気付けばレイジの胸の中の果てしない闘争の炎に、あたたかい光が差し込んでいた。

「本当にいいのか? こんなオレで……」
「もう、当たり前のこと聞かないでくれるかな。レージくんは、レージくんでしょ? 私の幼馴染であり、かけがえのない大切な人。それ以外になにかあるのかな?」

 レイジの問いに、カノンは一切の迷いなく答え得意げにウィンクしてくる。

「――それはそうだけど……」
「だから行こう! レージくん! 二人で一緒に!」

 そして彼女はとびっきりの笑顔で、レイジの不安を吹き飛ばしてきた。

(――ははは、こんなのこばめるはずないじゃないか……。彼女が受け入れてくれるのならオレは……)

 もはや反則だと、心の中で笑わずにはいられない。
 この展開は今のレイジにとって、心の底から望むもの。もはやあまりに都合が良すぎるため、夢といっても過言ではないほどだ。なので許されるのなら、受け入れる以外の選択肢はなかった。カノンと一緒にいられるという未来を。

「――ああ、そうだな。二人で一緒に……」

 そんなカノンに、レイジも笑顔でこたえるのであった。







「――大丈夫ですか!? ――気を確かに持って!」
(――誰かの声が聞こえる……)

 朦朧もうろうとする意識の中、誰かの声が。

(――ボクは確か、あのビルから落ちて……)

 とおるは状況を飲み込もうとする。
 今いるのは湖の浅瀬あさせ。誰かに肩を貸してもらい、よろよろと歩いていた。
 一人で歩こうと力を入れるが、身体は疲労感と先程の戦闘のダメージで思い通りに動いてくれない。しかも意識はなかなかはっきりせず、気をゆるめればそのまま倒れてしまいそうであった。

「――ふぅ、なんとかきしにたどり着けました。今下ろしますね」

 肩を貸してくれていた少女は、透を優しく地面に寝かせる。そして座って、心配そうに透をのぞき込んできた。

(――女の子? あれ? こんなこと前にも一度……)

 ぼやける視界に映る少女を見ていると、昔の出来事が脳裏に。
 あれは六年前、透と妹のさきが離れ離れになってしまった時のこと。透は橋から川に落ち満身創痍まんしんそういになっているところ、とある少女に助けられたのだ。あの時も岸まで引き上げられ、こうやって心配されていたはず。

(――あっ……)

 同じ状況であったおかげなのか、かつての記憶を鮮明に思い出す。
 それはあの時助けてくれた少女の姿。助けるため必死だったせいか、全身ずぶ濡れに。それでもかまわずに透を心配してくれていた。
 今まではうっすらとしか覚えておらず、顔の輪郭りんかくもぼやけていた。しかしここにきてはっきり思い出したのだ。

「透! 透!」

(――誰かが手をにぎって、名前を……)

 過去に助けられた少女の姿を思い出していると、名前を呼ばれていることに気付いた。
 そして透の手があたたかいぬくもりに包まれる。どうやら手をにぎってくれているらしい。

「――ルナ……」

 次第に意識がはっきりしてきて、視界に映る少女が鮮明になっていった。ひとみに映るのはルナ・サージェンフォードの姿。
 そこでこれまでのことを思い出す。そう、透が湖に落ちる瞬間、ルナが受け止めてくれたのだ。おかげで透は落下ダメージを受けずに済み、そのまま二人は湖の中に。そしてルナが透をかついで岸まで運んでくれたのだろう。

「――助かったよ……、ありがとう……」
「――よかったです……、間に合って……。――あとのことは私にまかせて、透はゆっくり休んでいてください」

 ルナは透の手をにぎる手にギュッと力を込め、慈愛に満ちたほほえみを向けてくれる。

「ハッ!?」

 その直後、透の脳裏に再びあの時の少女の光景が。

「なにやら事情があるみたいですね。わかりました。私がなんとかしてみせますので、安心してください」

 確か六年前助けてくれた少女もこうやって手をとり、慈愛に満ちたほほえみを向けてくれていたはず。
 そしてルナの姿と六年前の助けてくれた少女の姿が、完全に一致したのだ。

(ルナがあの時の、女の子?)

 これまで助けてくれた少女の顔は、あいまいにしか覚えていなかった。そのためルナを見ても、似てるかもしれないといった感想しか。だがその姿を鮮明に思い出した今は違う。あの時の少女には、今のルナの面影おもかげが色濃くあったのだ。

「――はは……、そうか……。ボクが探していた少女は、ルナだったんだね……」

 まさかこんなに近くに、探していた女の子がいたとは。思わず笑ってしまう。
 あの時彼女が助けてくれたから、今の透がいるのだ。治療するだけでなく、新堂しんどう家に預けて居場所まで作ってくれた。どれだけ感謝しても足りないほどであり、ずっと恩返ししたいと思っていた相手。それこそルナ・サージェンフォードだったのだ。

「――透……、もしかして思い出したのですか?」

 透の確信の突いた言葉に、ルナは目を大きく見開き戸惑いながらたずねてくる。
 この反応。やはり透の答えは当たっていたようだ。

「ルナたちも無事だったんだね」

 だがその感動の再開は、すぐにおわってしまう。
 声の方に視線を移すと、風に乗ってゆっくり降りてくる二人の男女。

「――カノン……」
「――レイジくん……」

 なんと久遠レイジとカノン・アルスレインが、再び透たちの前に立ちはだかったのだ。
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