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4章 第4部 それぞれの想い
197話 透の宣言
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ここは十六夜市の海ぞいにある、大きな広場。すでに星々が輝く夜となり、周りに人はほとんどいない。なのでとても静かであり、波の音が響いているだけ。辺りは月明かりや街灯でそこまで暗くなく、海の方も神秘的な青白い光を反射してきれいであった。
そんな中、ルナは海をながめながら、物思いにふけっていた。
(ああ、あの時のことは、今でも鮮明に覚えている)
ルナはかつての記憶をたどる。それはまだ付き人の長瀬伊吹と出会っていない時のこと。
川沿いにいるのはボロボロの男の子と、そんな彼を助けようとする女の子。あれは六年前の九歳のルナが父親に連れられ、アポルオンのパーティーに参加した日。その帰り道に起こった出来事である。
如月透をみつけられたのは完全に偶然。あの時気分が沈んでおり、少し一人になりたかった。なのでお付きの者たちを無理やり帰らせ、一人で堤防沿いを歩いて宿泊先に戻ろうとしていた。そこで気づいたら、川沿いに男の子が倒れていたという経緯だ。その時周りに誰もおらず、お付きの者たちも先に帰してしまったため助けられるのはルナ一人。その責任感にかられ、無我夢中で助けにいったのである。
(今思い返しても、あの時の私の行動力はすごかったですね)
そう、あの時のルナの行動力は、本当に驚くほどのもの。
透に助けると宣言したあと、次期当主としての権力を最大限使い彼の安全確保に奮闘したのだ。しかも当主である父親にばれないように極秘で。もし父親の力を借りたらもっと簡単にできただろう。しかし透がアポルオン関係の事件に巻き込まれていた場合、父親が彼を見過ごさない可能性が。なのでルナの知るところだけで、事態を収集しなければならなかったのである。
公的な治療施設を使わず、さらに今後生きていくための居場所を作るまで。信頼できる者に無理を言って手配させ、なんとか実現にこぎつけたのであった。
(だけどそうさせた理由がまさか、私を見てくれたからだなんて……。ふふ、単純にもほどがありますね)
かつての自分の心情に思わず笑ってしまう。
(でも、あの場合仕方有りませんよね。だって彼の瞳に映るのは、まぎれもない私だった。サージェンフォード家など関係なく、ルナという女の子を見てくれた。こんなこと今まで初めてだったんですから……)
ルナには一つの苦悩があった。それは誰もが本当の自分を見てくれないこと。というのもみなの目に映るのはルナという女の子ではなく、いつもサージェンフォード家の人間なのだ。それは八歳のころ次期当主に決まってからさらに強くなり、ルナの心にいつも影を落としていたのである。
実を言うとこの時落ち込んでいたのは、まさにこの件。アポルオンのパーティーで誰も自分を見ていないことを改めて痛感し、孤独感にさいなまれ一人思い悩んでいた。そんなときに透と出会い、そして彼はルナを見てくれたのだ。
(あの時のうれしさといったらもう……。舞い上がりすぎて、彼のためならなんでもしてみせるぐらいの気持ちでしたね)
あの時透は、ルナがサージェンフォード家次期当主など知るよしもない。偶然その場に居合わせた女の子としか思っていなかったはず。ゆえにこの時ルナは不謹慎だが、心の底からうれしかったのである。やっと本当の自分を見てくれたと。だからこそあそこまで透の保護から、居場所づくりまでがんばれたのだ。
(あれ以来、透は私の中で特別な存在になっていた。初めて自分を見てくれた男の子。彼のその後の報告を、よく楽しみにしたものです。――ふふ、まったく、改めて考えてみると、私ちょろすぎな気がしますね。これではまるで恋する女の子みたいではありませんか)
これまであまりに無意識だったため気付けなかったが、よくよく考えてみると自分がどれだけ彼を特別視していたのかがわかる。ただルナという普通の女の子としてみてくれただけで、ここまで心を奪われることになるとは。自分のちょろさに、笑わずにいられなかった。
(でもこの想いは、まぎれもない私だけのもの。なにもないと思っていた私にも、ちゃんと確かなモノがあった。ふれるだけで、こんなにも心をあたかくしてくれる想いが……)
胸を両手でぎゅっと押さえながら、その想いをかみしめる。
そう、今まで父親の言いなり通りで、ずっと生きてきた。そのため自分の意志などなく、お人形のようといわれてもなにも反論できないほど。自分だけの確かなものを探しても、ほぼすべてに父親が関わっているのだ。これもすべて盲目的に生き過ぎたツケなのだろう。カノンにヒントをもらうまで、自分にはなにもないと絶望していたものである。だがそこにようやく公明が。透を想う気持ち。まるで恋する女の子のようにういういしいこの感情。そこに父親は関係ない。純粋に自分だけのものと、言い切れることに気付けたのだ。
(たぶんこの想いの延長線上に、自分が羽ばたける答えがある。一人では無理だけど、透が支えてくれるならいつかたどり着けるはず。だってその答えは、彼と一緒に夢見る未来だと思うから……)
透はルナをルナだと実感することができる特別な存在。彼のことを想うだけで、これまでなんだったのかレベルの様々な感情が湧き出てくるのだ。その勢いは透と一緒なら、どこまでも前に進めると思えるほど。信じられないぐらい、勇気が湧いてくるのである。だからこそルナが答えを見つけるには、如月透なしではありえない。一人ではすぐ自分を見失ってしまうだろうが、彼がそばにいてくれるならその心配はないはず。
それにこれは予感だがルナの答えはきっと、透に関係あるものになる気がするのだ。自分だけだとこれまでの生き方のせいで、なかなかピンとこないだろう。しかしそこに透が関わるなら、心から力になってあげたいと想うはずなのだから。
「ルナ、お待たせ」
物思いにふけっていると、声が聞こえた。
振り向くと、透が歩いてくる姿が。実は彼とはこの場所で、待ち合わせをしていたのであった。
透はルナと合流する。
先程の戦いから現実に戻り、彼女に少し話せないかとたずねていたのだ。するとルナがこの海ぞいの広場での待ち合わせを、提案してきたのである。
「透、お疲れさまでした。上層部との会談の件、さらには私のわがままにまで付き合ってもらって」
「はは、気にしないでくれ。ルナの力になるって言ったからには、これくらい当然のことだよ。それより一つ聞いていいかな?」
透はルナのお礼に笑顔で応え、聞きたかったことをたずねた。
「それは六年前のことですか?」
「――やっぱり、あの時の助けてくれた女の子は、ルナだったんだね」
六年前のことを知っているということは、やはりルナが透を助けてくれた女の子だったということ。やはり透のたどり着いた答えは、正しかったようだ。
「はい、気分転換にと川辺を歩いていたところ、流れ着いてきた透に遭遇したんです。ふふ、あの時は本当にあせりましたよ。これまで多くの経験を積んで動じることがなかった私ですが、さすがに想定外の出来事。しかも周りにいた大人は無理やり帰らせていたため、助けられるのは私一人だけときた。もう、助けるのに必死で、なりふりかまっている状況ではありませんでしたよ」
ルナは当時のことを、瞳を閉じ感慨深そうにかたってくれる。
「そうか。あの時のルナのがんばりで、ボクは命拾いしたんだね。もしキミが近くを通らなかったら、どうなっていたか……。まさに命の恩人だ」
「――えっと、それはさすがに大げさかと……。私が見つけなくても、きっとほかの誰かが助けていたはずですし」
「いや、あの場合ルナじゃなきゃ、どのみちアウトだったよ。助かってもエデン財団に連れ戻され、自由を失っていたはずだ。だからどれだけ感謝しても足りないぐらいなんだ。助けてくれただけでなく、保護して居場所まで与えてくれたルナに……。おかげでこの六年間、本来ありえなかった夢のような日々を過ごしてこれた」
戸惑いぎみに否定するルナへ、透は心からの感謝を口に。
確かにほかの人が助けてくれる可能性も、十分ありうる。だがそれでは普通に病院へ運ばれ、エデン財団に連れ戻される未来しかなかった。そう、透が本当の意味で助かるには、ルナ以外だめだったのだ。助けて、さらに居場所まで用意できる彼女でしか。ゆえにこの恩は、ルナが思っている以上に大きいのである。
「だから……、ありがとう……。ずっとこの言葉を、あの時助けてくれた女の子に言いたかったんだ。その願いが今ようやくかなったよ」
そして万感の想いを込め、ありがとうの言葉を告げる。
透にとってこの言葉を伝えることは、咲を助けるのと同じぐらい叶えたかったことだったのだ。
だがここで予想外のことが。
「――透……、感謝するのは私の方かもしれません……」
なんとルナが透の手をとり、逆に感謝の言葉を伝えてきたのだ。
「え? それってどういう……」
「ふふ、私がほしかった答え。それが六年前透と出会ったおかげで、見えてきた気がするんです。あの時透が家がらなど関係なく、ルナという女の子を必要としてくれた。そのことがなにもなかった私に、羽ばたけるに値する想いを抱かせてくれたんです」
ルナは透の手にぎゅっと力を込めながら、みずからの想いを告白してくれる。
その内容は彼女にとって、とても大事なことなのはわかる。ただその具体的な内容まではわからなかった。
「――意味がよくわからないんだけど……?」
「――も、もう、透、そこは察してください。これ以上口にしたら、恥ずかしさのあまり大変なことになるんですから……」
純粋な疑問に、ルナは顔を真っ赤にさせてそのままうつむいてしまう。
彼女の反応を見るに、どうやら詮索するのはまずいようだ。
「――えっと、ごめん」
「ゴホン、まとめますとカノンとの戦いで、私なりに答えが得れたということです」
「本当かい! それならよかったよ」
「ええ、ですがまだあいまいで、確信にせまれるほどではありません。なので透、保守派の動向を探るのと並行して、もう少し答え探しを手伝ってもらえませんか。あなたと一緒なら、いえ、透だからこそ見つけられる気がするんです!」
ルナは迷いのない瞳で見つめ、問うてくる。
そんな彼女のお願いに対し、透の答えは決まっていた。
「もちろん。ルナが前に進むために必要なら、よろこんで手を貸すさ。一緒に保守派の件、そして答え探しを頑張ろう」
「透、なにからなにまで、ありがとうございます。これからも頼りにさせてもらいますね!」
とても心強いと、満ち足りたようにほほえむルナ。
「そうだ。ちょうどいい機会だし、一つ宣言させてほしい」
透はあることを伝えるために、彼女の前にひざまずく。
一応透はルナの騎士ということらしいので、それらしく振舞おうとしながらだ。
「え?」
「ルナ、ボクは騎士としての責務。そして救われた恩を返すためにも、キミの力になることをここに誓う。だからこれから困ったことがあったら、なんでもいってくれ。ルナ・サージェンフォードの名に懸けて、全力で成し遂げてみせるから」
そして透はみずからの覚悟を告げる。騎士として、なによりかつて助けてくれた恩人の力になるために。
「――透……」
「えっと、どうしてもこの想いを口にして、確かなものにしたかったんだ。はは、でも、少し大げさ過ぎて、引かれてしまったかな?」
彼女を見ると、今だ彼女は目を見開き固まっていた。
かっこよく決めてみたのはいいが、もしかするとはずしてしまったのかもしれない。なので立ち上がりながら、苦笑してごまかそうと。
「いえ、そんなことありません。あまりのうれしさに、言葉を失ってしまって……。ぐすん……」
するとルナが我に返ったのか、本当のことを教えてくれる。
ただ問題は、彼女の瞳が潤んでいたということだ。どうやらあまりの感動に、うれし泣きをしてしまったらしい。
「え?!? 泣くほどなのかい!?」
「ッ!? はずかしいので見ないでください。こうなったのも透のせいなんですからね」
ルナははずかしさのあまりか、ガバッと透の胸板に顔をうづめだす。そして透の上着をぎゅっとにぎりしめながら、恨みがましそうに抗議してくるのであった。
透はあれからすねるルナをなだめ、しばらくおしゃべりしたあと解散することに。そして今は帰宅中。夜の道を一人歩いて行く。今日はいろいろありすぎたため、正直疲れていた。しかし疲労感よりも、満足感の方が勝っていたといっていい。今まで探していた六年前助けてくれた女の子と再開でき、さらに咲の情報も手に入ったのだ。これまでほとんど進展がなかった分、晴れやかな気持ちであった。
(咲、やっとあの時助けてくれた女の子に、出会うことができたんだ。だから兄さんは、恩を返すためにも少し寄り道させてもらうよ)
心の中で咲にかたる。
透はこれからも引き続きルナの力になるつもりだ。彼女には返しきれない程の恩がある。助けてくれただけでなく居場所までくれ、透に普通の人生を歩ませてくれた少女。そんな彼女が困っているのを、見過ごすわけにはいかない。恩返しの意味も込めて、ルナの力にならなければ。それにこのことはずっと夢見ていたことの一つでもある。もし咲を助けられたあとは、六年前助けてくれた女の子を探し出し、恩を返そうとずっと思っていたのだ。なのでこの状況、当初の予定と順番が少し違うが願ってもないことであった。
(だけどいつか必ず迎えにくから、待っててくれ)
咲のことを想いながら、心の中で宣言を。
彼女がエデン財団上層部、しかもアンノウンのところにいることがわかった。思っていたところより最難関の場所だが、やることに変わりはない。咲を自由にするためなら、相手がアンノウンであろうと戦ってみせよう。
「うん? 柚姉?」
決心を奮い立たせていると、軍服を着た女性が進行方向に立っているのに気付く。
「透、どうやら元気そうね。執行機関に連れられて、すごく心配してたんだから」
柚葉は透の方へ歩み寄り、優しく笑いかけてくれる。
そこにいたのは透の姉のような存在、新堂柚葉。まだそんな日はたっていないのに、いろいろあったせいかすごく久しぶりに思えてしまう。
「はは、なんとかうまくやれてるから、安心してくれ。それよりなにか用かい?」
「ええ、この前言えなかったことをね」
そういって柚葉は透の真横まで歩いてきた。周りに漏れるのを心配してなのだろう。まるで極秘の案件というかのように。
そして彼女はすれ違いざまに告げる。普段の姉のようではなく、軍人新堂柚葉中尉として。
「如月少尉、軍からの命令よ。あなたにはアポルオン側の情報を、軍に流してほしいの」
「え? それって……」
予想外の命令に、透は自身の耳を疑うしかなかった。
そんな中、ルナは海をながめながら、物思いにふけっていた。
(ああ、あの時のことは、今でも鮮明に覚えている)
ルナはかつての記憶をたどる。それはまだ付き人の長瀬伊吹と出会っていない時のこと。
川沿いにいるのはボロボロの男の子と、そんな彼を助けようとする女の子。あれは六年前の九歳のルナが父親に連れられ、アポルオンのパーティーに参加した日。その帰り道に起こった出来事である。
如月透をみつけられたのは完全に偶然。あの時気分が沈んでおり、少し一人になりたかった。なのでお付きの者たちを無理やり帰らせ、一人で堤防沿いを歩いて宿泊先に戻ろうとしていた。そこで気づいたら、川沿いに男の子が倒れていたという経緯だ。その時周りに誰もおらず、お付きの者たちも先に帰してしまったため助けられるのはルナ一人。その責任感にかられ、無我夢中で助けにいったのである。
(今思い返しても、あの時の私の行動力はすごかったですね)
そう、あの時のルナの行動力は、本当に驚くほどのもの。
透に助けると宣言したあと、次期当主としての権力を最大限使い彼の安全確保に奮闘したのだ。しかも当主である父親にばれないように極秘で。もし父親の力を借りたらもっと簡単にできただろう。しかし透がアポルオン関係の事件に巻き込まれていた場合、父親が彼を見過ごさない可能性が。なのでルナの知るところだけで、事態を収集しなければならなかったのである。
公的な治療施設を使わず、さらに今後生きていくための居場所を作るまで。信頼できる者に無理を言って手配させ、なんとか実現にこぎつけたのであった。
(だけどそうさせた理由がまさか、私を見てくれたからだなんて……。ふふ、単純にもほどがありますね)
かつての自分の心情に思わず笑ってしまう。
(でも、あの場合仕方有りませんよね。だって彼の瞳に映るのは、まぎれもない私だった。サージェンフォード家など関係なく、ルナという女の子を見てくれた。こんなこと今まで初めてだったんですから……)
ルナには一つの苦悩があった。それは誰もが本当の自分を見てくれないこと。というのもみなの目に映るのはルナという女の子ではなく、いつもサージェンフォード家の人間なのだ。それは八歳のころ次期当主に決まってからさらに強くなり、ルナの心にいつも影を落としていたのである。
実を言うとこの時落ち込んでいたのは、まさにこの件。アポルオンのパーティーで誰も自分を見ていないことを改めて痛感し、孤独感にさいなまれ一人思い悩んでいた。そんなときに透と出会い、そして彼はルナを見てくれたのだ。
(あの時のうれしさといったらもう……。舞い上がりすぎて、彼のためならなんでもしてみせるぐらいの気持ちでしたね)
あの時透は、ルナがサージェンフォード家次期当主など知るよしもない。偶然その場に居合わせた女の子としか思っていなかったはず。ゆえにこの時ルナは不謹慎だが、心の底からうれしかったのである。やっと本当の自分を見てくれたと。だからこそあそこまで透の保護から、居場所づくりまでがんばれたのだ。
(あれ以来、透は私の中で特別な存在になっていた。初めて自分を見てくれた男の子。彼のその後の報告を、よく楽しみにしたものです。――ふふ、まったく、改めて考えてみると、私ちょろすぎな気がしますね。これではまるで恋する女の子みたいではありませんか)
これまであまりに無意識だったため気付けなかったが、よくよく考えてみると自分がどれだけ彼を特別視していたのかがわかる。ただルナという普通の女の子としてみてくれただけで、ここまで心を奪われることになるとは。自分のちょろさに、笑わずにいられなかった。
(でもこの想いは、まぎれもない私だけのもの。なにもないと思っていた私にも、ちゃんと確かなモノがあった。ふれるだけで、こんなにも心をあたかくしてくれる想いが……)
胸を両手でぎゅっと押さえながら、その想いをかみしめる。
そう、今まで父親の言いなり通りで、ずっと生きてきた。そのため自分の意志などなく、お人形のようといわれてもなにも反論できないほど。自分だけの確かなものを探しても、ほぼすべてに父親が関わっているのだ。これもすべて盲目的に生き過ぎたツケなのだろう。カノンにヒントをもらうまで、自分にはなにもないと絶望していたものである。だがそこにようやく公明が。透を想う気持ち。まるで恋する女の子のようにういういしいこの感情。そこに父親は関係ない。純粋に自分だけのものと、言い切れることに気付けたのだ。
(たぶんこの想いの延長線上に、自分が羽ばたける答えがある。一人では無理だけど、透が支えてくれるならいつかたどり着けるはず。だってその答えは、彼と一緒に夢見る未来だと思うから……)
透はルナをルナだと実感することができる特別な存在。彼のことを想うだけで、これまでなんだったのかレベルの様々な感情が湧き出てくるのだ。その勢いは透と一緒なら、どこまでも前に進めると思えるほど。信じられないぐらい、勇気が湧いてくるのである。だからこそルナが答えを見つけるには、如月透なしではありえない。一人ではすぐ自分を見失ってしまうだろうが、彼がそばにいてくれるならその心配はないはず。
それにこれは予感だがルナの答えはきっと、透に関係あるものになる気がするのだ。自分だけだとこれまでの生き方のせいで、なかなかピンとこないだろう。しかしそこに透が関わるなら、心から力になってあげたいと想うはずなのだから。
「ルナ、お待たせ」
物思いにふけっていると、声が聞こえた。
振り向くと、透が歩いてくる姿が。実は彼とはこの場所で、待ち合わせをしていたのであった。
透はルナと合流する。
先程の戦いから現実に戻り、彼女に少し話せないかとたずねていたのだ。するとルナがこの海ぞいの広場での待ち合わせを、提案してきたのである。
「透、お疲れさまでした。上層部との会談の件、さらには私のわがままにまで付き合ってもらって」
「はは、気にしないでくれ。ルナの力になるって言ったからには、これくらい当然のことだよ。それより一つ聞いていいかな?」
透はルナのお礼に笑顔で応え、聞きたかったことをたずねた。
「それは六年前のことですか?」
「――やっぱり、あの時の助けてくれた女の子は、ルナだったんだね」
六年前のことを知っているということは、やはりルナが透を助けてくれた女の子だったということ。やはり透のたどり着いた答えは、正しかったようだ。
「はい、気分転換にと川辺を歩いていたところ、流れ着いてきた透に遭遇したんです。ふふ、あの時は本当にあせりましたよ。これまで多くの経験を積んで動じることがなかった私ですが、さすがに想定外の出来事。しかも周りにいた大人は無理やり帰らせていたため、助けられるのは私一人だけときた。もう、助けるのに必死で、なりふりかまっている状況ではありませんでしたよ」
ルナは当時のことを、瞳を閉じ感慨深そうにかたってくれる。
「そうか。あの時のルナのがんばりで、ボクは命拾いしたんだね。もしキミが近くを通らなかったら、どうなっていたか……。まさに命の恩人だ」
「――えっと、それはさすがに大げさかと……。私が見つけなくても、きっとほかの誰かが助けていたはずですし」
「いや、あの場合ルナじゃなきゃ、どのみちアウトだったよ。助かってもエデン財団に連れ戻され、自由を失っていたはずだ。だからどれだけ感謝しても足りないぐらいなんだ。助けてくれただけでなく、保護して居場所まで与えてくれたルナに……。おかげでこの六年間、本来ありえなかった夢のような日々を過ごしてこれた」
戸惑いぎみに否定するルナへ、透は心からの感謝を口に。
確かにほかの人が助けてくれる可能性も、十分ありうる。だがそれでは普通に病院へ運ばれ、エデン財団に連れ戻される未来しかなかった。そう、透が本当の意味で助かるには、ルナ以外だめだったのだ。助けて、さらに居場所まで用意できる彼女でしか。ゆえにこの恩は、ルナが思っている以上に大きいのである。
「だから……、ありがとう……。ずっとこの言葉を、あの時助けてくれた女の子に言いたかったんだ。その願いが今ようやくかなったよ」
そして万感の想いを込め、ありがとうの言葉を告げる。
透にとってこの言葉を伝えることは、咲を助けるのと同じぐらい叶えたかったことだったのだ。
だがここで予想外のことが。
「――透……、感謝するのは私の方かもしれません……」
なんとルナが透の手をとり、逆に感謝の言葉を伝えてきたのだ。
「え? それってどういう……」
「ふふ、私がほしかった答え。それが六年前透と出会ったおかげで、見えてきた気がするんです。あの時透が家がらなど関係なく、ルナという女の子を必要としてくれた。そのことがなにもなかった私に、羽ばたけるに値する想いを抱かせてくれたんです」
ルナは透の手にぎゅっと力を込めながら、みずからの想いを告白してくれる。
その内容は彼女にとって、とても大事なことなのはわかる。ただその具体的な内容まではわからなかった。
「――意味がよくわからないんだけど……?」
「――も、もう、透、そこは察してください。これ以上口にしたら、恥ずかしさのあまり大変なことになるんですから……」
純粋な疑問に、ルナは顔を真っ赤にさせてそのままうつむいてしまう。
彼女の反応を見るに、どうやら詮索するのはまずいようだ。
「――えっと、ごめん」
「ゴホン、まとめますとカノンとの戦いで、私なりに答えが得れたということです」
「本当かい! それならよかったよ」
「ええ、ですがまだあいまいで、確信にせまれるほどではありません。なので透、保守派の動向を探るのと並行して、もう少し答え探しを手伝ってもらえませんか。あなたと一緒なら、いえ、透だからこそ見つけられる気がするんです!」
ルナは迷いのない瞳で見つめ、問うてくる。
そんな彼女のお願いに対し、透の答えは決まっていた。
「もちろん。ルナが前に進むために必要なら、よろこんで手を貸すさ。一緒に保守派の件、そして答え探しを頑張ろう」
「透、なにからなにまで、ありがとうございます。これからも頼りにさせてもらいますね!」
とても心強いと、満ち足りたようにほほえむルナ。
「そうだ。ちょうどいい機会だし、一つ宣言させてほしい」
透はあることを伝えるために、彼女の前にひざまずく。
一応透はルナの騎士ということらしいので、それらしく振舞おうとしながらだ。
「え?」
「ルナ、ボクは騎士としての責務。そして救われた恩を返すためにも、キミの力になることをここに誓う。だからこれから困ったことがあったら、なんでもいってくれ。ルナ・サージェンフォードの名に懸けて、全力で成し遂げてみせるから」
そして透はみずからの覚悟を告げる。騎士として、なによりかつて助けてくれた恩人の力になるために。
「――透……」
「えっと、どうしてもこの想いを口にして、確かなものにしたかったんだ。はは、でも、少し大げさ過ぎて、引かれてしまったかな?」
彼女を見ると、今だ彼女は目を見開き固まっていた。
かっこよく決めてみたのはいいが、もしかするとはずしてしまったのかもしれない。なので立ち上がりながら、苦笑してごまかそうと。
「いえ、そんなことありません。あまりのうれしさに、言葉を失ってしまって……。ぐすん……」
するとルナが我に返ったのか、本当のことを教えてくれる。
ただ問題は、彼女の瞳が潤んでいたということだ。どうやらあまりの感動に、うれし泣きをしてしまったらしい。
「え?!? 泣くほどなのかい!?」
「ッ!? はずかしいので見ないでください。こうなったのも透のせいなんですからね」
ルナははずかしさのあまりか、ガバッと透の胸板に顔をうづめだす。そして透の上着をぎゅっとにぎりしめながら、恨みがましそうに抗議してくるのであった。
透はあれからすねるルナをなだめ、しばらくおしゃべりしたあと解散することに。そして今は帰宅中。夜の道を一人歩いて行く。今日はいろいろありすぎたため、正直疲れていた。しかし疲労感よりも、満足感の方が勝っていたといっていい。今まで探していた六年前助けてくれた女の子と再開でき、さらに咲の情報も手に入ったのだ。これまでほとんど進展がなかった分、晴れやかな気持ちであった。
(咲、やっとあの時助けてくれた女の子に、出会うことができたんだ。だから兄さんは、恩を返すためにも少し寄り道させてもらうよ)
心の中で咲にかたる。
透はこれからも引き続きルナの力になるつもりだ。彼女には返しきれない程の恩がある。助けてくれただけでなく居場所までくれ、透に普通の人生を歩ませてくれた少女。そんな彼女が困っているのを、見過ごすわけにはいかない。恩返しの意味も込めて、ルナの力にならなければ。それにこのことはずっと夢見ていたことの一つでもある。もし咲を助けられたあとは、六年前助けてくれた女の子を探し出し、恩を返そうとずっと思っていたのだ。なのでこの状況、当初の予定と順番が少し違うが願ってもないことであった。
(だけどいつか必ず迎えにくから、待っててくれ)
咲のことを想いながら、心の中で宣言を。
彼女がエデン財団上層部、しかもアンノウンのところにいることがわかった。思っていたところより最難関の場所だが、やることに変わりはない。咲を自由にするためなら、相手がアンノウンであろうと戦ってみせよう。
「うん? 柚姉?」
決心を奮い立たせていると、軍服を着た女性が進行方向に立っているのに気付く。
「透、どうやら元気そうね。執行機関に連れられて、すごく心配してたんだから」
柚葉は透の方へ歩み寄り、優しく笑いかけてくれる。
そこにいたのは透の姉のような存在、新堂柚葉。まだそんな日はたっていないのに、いろいろあったせいかすごく久しぶりに思えてしまう。
「はは、なんとかうまくやれてるから、安心してくれ。それよりなにか用かい?」
「ええ、この前言えなかったことをね」
そういって柚葉は透の真横まで歩いてきた。周りに漏れるのを心配してなのだろう。まるで極秘の案件というかのように。
そして彼女はすれ違いざまに告げる。普段の姉のようではなく、軍人新堂柚葉中尉として。
「如月少尉、軍からの命令よ。あなたにはアポルオン側の情報を、軍に流してほしいの」
「え? それって……」
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