電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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5章 第1部 白神家の会談

200話 叢雲恭一

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「――はぁ……、とうとうこの日が来ちゃったよぉ」

 ゆきががっくりうなだれながら、大きなため息をこぼす。
 ここは十六夜島にある白神しらかみコンシェルン本部の高層ビル。なんでも今日大事な会談(かいだん)があるとのことで、ゆきと一緒に参加させられるはめになったのであった。現在エレベーターに乗りかなり上の階に。そして会談が行われる重役用の会議室に向かうため、フロアを歩いている真っ最中である。

「ははは、ゆき、さすがにこうなったら、現実を受け入れて腹をくくるしかないぞ」
「ふん、わかってるもん! こうなったら次期当主の件、回避できるように動くまでだぁ!」

 ゆきは両腕を上げながら、やる気をあらわに。
 おそらくここで白神かえでが言っていた、ゆきの次期当主の件がくわしく説明されるはず。これに関してはレイジも無関係ではないといっていい。当主である白神まもるとの取り引きにより、ゆきの仮の専属デュエルアバター使いになったのだ。そのためレイジもこの件に、大きく関わっていくことになってしまったのである。

「おう、そのいきだ。――で、その会談とやらは、指定された会議室に行けばよかったんだよな?」
「うん、普通のとこじゃなく、重役用のねぇ。父さん、かえでねえさん、そうまにいさんとゆきのみんながそろい次第始めるんだってさぁ」

「ほんと、すごいメンツだよな。だけどなんでそんな場にオレまで呼ばれてるんだ?」
「ふっふーん、くおんはゆきの付き人代表だからねぇ!」

 ゆきはそのつつまし胸を張りどこかうれしそうに主張を。

「いや、仮の専属デュエルアバター使いにはなったが、付き人は聞いてないぞ」
「ふっふーん、細かいことは気にしなーい! ほら、会議室まですぐそこだよぉ!」

 レイジの正論を聞かず、ゆきはタッタッタッと先に走って行ってしまう。

「いや、気にするだろ。うん? あそこにいるのは」

 会議室が見えてくると、扉の近くにレイジのよく知る一人の青年が立っていた。

「師匠も呼ばれたんですか?」
「レイジと同じく付き添いという立場でな」

 そこにいたのは楓専属のデュエルアバター使いであり、レイジの師である叢雲むらくも恭一きょういちの姿が。

「むらくもさん、かえで姉さんはもう来てるー?」
「一応、来てるぞ。ただ今はVIP用の部屋を陣取って、お菓子片手にぐーたらやってるはずだ。始まる直前に呼びに来いと、俺に命令してな」

 恭一は頭を抱えながら説明してくれる。

「あー、だからこんなところで待機を。ははは、いろいろ苦労してそうですね」

 大事な会談があるのにもかかわらず、平常運転の楓に苦笑せざるを得ない。そしてそんな彼女に振り回されまくっている恭一に、同情の念を。

「フッ、あいつとは長い付き合いだから、もう振り回されるのは慣れっこだよ」

 軽く笑いながら、肩をすくめる恭一。

「ははは、なるほど。それにしても師匠と会うの、久しぶりですね。楓さんとはちょくちょく会ってるんですが」

 楓とはよく会っているのだが、彼女の専属のデュエルアバター使いである恭一とは最近まったく会っていなかったのだ。楓いわく、いろいろ仕事をこなしているとのことだったが、一体なにをやっているのだろうか。

「最近は楓からのオーダーで、エデンに入りびたっていたからな。あいつの私情はもちろん、守さんが楓に任せた仕事をこなしたりな」
「なんかかえでねえさんって見かけによらず、結構裏でいろいろやってるよねぇ。どんなことをしてるのぉ?」

 ゆきは不思議そうにちょこんと首をかしげる。

「ふむ、そうだな。自分がのちに楽できるよう、コネを作ったりはよくやってるな。まあ、最近は守さん案件。白神コンシェルンやエデンの巫女関係で、動いてることが多いか」
「へぇ、あのかえでねえさんがとうさんのために働いてるのかぁ。自分の利益になりそうなことしか、しなさそうな人だから正直以外ー」
「いや、守さんの件はかなり自分のためだぞ。面倒な立場を回避するための根回しとしてな。だからゆきさんが……、おっと、これは言うべきじゃなかったか」

 驚くゆきに対し、恭一はすかさず訂正を。だが最後の方は失言していることに気づき、言いよどむ。
 しかしゆきにばっちり聞こえていたようで。

「え? もしかしてかえでねえさんが次期当主にならなくていいのってぇ……」
「ごほん、そんなことよりレイジ。しばらく会わないうちに、いい顔つきになったじゃないか。その様子だと自分が求めていたものに、少しは近づけたようだな」

 ゆきがなにかに気づき始めたところで、恭一は突然話題を別の方向へ。うれしそうにレイジの成長を見抜いてくれる。

「ははは、あれからいろいろありましたからね」
「では今度時間があいたときにでも、稽古けいこをつけてやろう。剣(けん)筋(すじ)はもちろん、どれだけウデを上げたか見てみたいしな」

 恭一はレイジの肩に手を置き、笑いかけてくる。

「いいですね。ぜひお願いします。そのときはまだ教わっていない叢雲抜刀陰術の型を、伝授してくださいよ」

 稽古に関しては、レイジにとって願ってもないこと。
 彼の教えは非常にためになるので、力が必要な今ぜひとも受けておきたいところ。まだ教わっていない叢雲抜刀陰術の型もあるため、この機会に伝授してもらいたかった。

「フッ、お前の腕次第だな。せめて本気のオレと、しのぎを削るぐらいまではできてもらわないとな」
「うっ、それはハードル高すぎませんかね……。さすがに本気の師匠と斬り合うのは、まだまだ荷が重すぎるような……」

 これには頭をかきながら、弱気な発言をするしかない。
 というのも恭一はSSランクの上位に位置する、凄腕のデュエルアバター使い。死閃の剣聖の名はダテではなく、今のレイジでは相手になるかどうか。またたく間に切り捨てられるヴィジョンが、浮かんでしまうほどなのだ。

「ねぇ、きょういちさん、話そらしてないー?」

 稽古の話で盛り上がっていると、ゆきがジト目でツッコミを。

「フッ、気のせいだよ。さあ、ゆきさんも来たことだし、俺はそろそろ楓を迎えに行くとするか。ではな、二人とも。またあとで」

 対して恭一はすずしい笑みで、この場を去って行くのであった。


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