電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

文字の大きさ
215 / 253
 5章 第2部 ゆきの家出

209話 お泊り?

しおりを挟む
「あー、すっきりした」

 濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングの方へと向かう。
 時刻はすでに二十時ごろ。ここはレイジが暮らしているマンションの一室。レイジは現在風呂を出て来たところである。
 するとリビングのソファーの方から、先に風呂に入っていた少女の声が。

「――はぁ……、やっぱりエデン財団のアーカイブポイントを攻略しようだなんて、夢のまた夢だったよぉ」

 水色のパジャマ姿のゆきは、ターミナルデバイスをいじりながらがっくり肩を落とす。
 どうやら学園から出た後の出来事を、改めて思い返してしまったようだ。

「いや、どう考えても無理だろ。あそこの防衛力は、政府側のアーカイブポイントをはるかに超えるとかいうレベルだぞ。もう個人がけんかを売れる領域じゃない」

 クリフォトエリアの十六夜いざよい市にあたる部分。そこにはエデン財団のアーカイブスフィアが保管されている、もはや都市レベルの大きさのアーカイブポイントがあるのだ。エデン財団といえば、世界中のエデン関係の研究者が集う一大組織。そんな彼らのすべてである研究データを管理する場所ゆえ、その防衛の力の入れようはケタ違いといっていい。周辺には常に兵を配置し、襲撃を受けた場合は幾度となく増援が呼ばれまくる。さらにセキュリティゾーンの方も手が込んでおり、大迷宮さながらというウワサも。もはや完全に難攻不落といっていい要塞ようさいであった。
 ちなみにその中は、研究施設が集まった街になっているらしい。なんでも研究員がクリフォトエリアで仕事ができるよう、権限レベル別に解放されているとか。そしてどういう裏技を使ったのか知らないがアーカイブポイントの内部に、さらにアーカイブポイントを設置しているそうだ。こうすることでたとえ内部の人間が裏切ったとしても、守り通せるしくみだとか

「――そうだけどさぁ……。まさかあそこまで、あっけなくおわるだなんてぇ……」
「ははは、あれは傑作けっさくだったな。シティゾーンで人を集めたのはいいが、標的を話した瞬間、みんな一目散いちもくさんに解散してったもんな」

 そう、エデン財団のアーカイブポイントを攻め入るため、ゆきはまず戦力集めからおこなった。これに関してはクリフォトエリアの十六夜市方面のシティゾーンで、ヒマをしている者たちをスカウトしまくったのである。そして広場に大勢の味方を集めたまではいいのだが、そこからゆきの説明が始まると事態は一変。みなあまりに無謀むぼうすぎるとさとり、またたく間に帰ってしまったのだ。結果、これ以上の作戦続行は困難となり、なにもできないままレイジたちは現実に戻るはめになったのである。

「くそぉ、雇った戦力を戦わせてるすきに、ゆきが内部に侵入。電子のみちびき手の力をフルに使い、エデン財団のアーカイブスフィアまでたどり着く作戦だったのにー」

 両腕を上げ、足をバタバタさせながら悔しがるゆき。

「ははは、どう考えても、途中で撃墜げきついされる未来しか見えないがな」
「――うぅ……、まぁ、冷静に考えたら、そうだよねぇ。自分でもどうしてあんな無謀むぼうな考えにいたったのか、不思議なぐらいだもん。やっぱり人間、やけくそ状態になったらダメだよぉ……」

 レイジの正論に、ゆきはぐったりうなだれ反省を。
 その時の彼女はことごとく打つ手を失い、追い込まれていた状態。なので残った最後の希望に、なんとしてもすがりつきたかったのだろう。だからあんな蛮勇ばんゆうにもにた行動をとってしまったみたいだ。

「というか、くおんも止めろよぉ!」

 指をビシッと突き付け、ツッコミを入れてくるゆき。

「いや、なんか見てる分にはおもしろかったし」
「こ、このやろぉ!」
「ははは、まあ、その話は置いといてだ。なんでゆきがうちに居座いすわってるんだ? お前、今日はホテルに泊まるんじゃなかったのかよ?」

 さぞ当然のようにくつろいでいるゆきへ、今さらながら抗議を。
 今朝会ったときはホテルに泊まるつもりといっていた彼女。しかし実際はレイジの家に預けていた荷物を取りに来た後、そのまま居座ってしまったのである。

「えー、だってもう遅かったし、あそこからホテルに行くのめんどくさかったんだもん。だから今日はくおんの家でがまんしてあげるー。ありがたくおもってよねぇ」

 ゆきはソファーに寝ころびながら、なぜか上から目線で主張を。

「――はぁ……、まったく、ずいぶんな言いぐさだな。しかも我が物顔でくつろいでるし」
「わかってるとは思うけど、手を出してきたらただじゃすませないからぁ。そこのとこ、しっかりきもめいじておいてよねぇ」

 あきれていると、ゆきが胸元をガードしてなにやらうったえてくる。
 どうやら若い男の家に泊まることへの危険性は、理解しているみたいだ。だが相手は小学生ぐらいの見た目の少女。さすがに変な気を起こすことなどないだろう。ゆえに無用の心配だと笑い飛ばしてやった。

「ははは、安心しろ。そればっかりは絶対ないからさ」
「むっ、その馬鹿にした態度、むかつくなぁ。ふんっだぁ、今に見てろぉ。すぐにゆづきみたいなナイスバディに成長して、見返してやるんだからぁ! くおん、ミルク持ってきてぇ!」

 そのまったく気にしていないかのような反応に、ゆきは不本意だとほおを膨らます。そして上体を起こし、瞳をメラメラ燃やしながら牛乳を要求してきた。

「――まあ、夢を見るのは自由だもんな」

 まだあきらめずがんばるゆきに、同情の念を覚えずにはいられない。
 さすがにレイジと同い年となると、成長はもうほとんど止まっているだろうに。

「ほれ、それより作業なら、効率的にエデンでやった方がよくないか?」

 レイジはミルクを入れてやり、彼女の座っているソファー前のテーブルに置いてやる。そしてターミナルデバイスを使って作業しているゆきの隣に座り、素直な疑問を口に。

「せっかくくおんの家にいるんだもん。この新鮮な感覚を味わっておかないと、もったいないかなって思ってさぁ。それにここでやってれば、一人寂しいくおんの話し相手になってあげられるしねぇ」

 するとゆきは視線をそらし、髪をいじりながら答えてくる。

「そりゃ、どうも」

 ソファーにもたれかかって姿勢を楽にする。
 今のところとくにやることがないレイジ。そのため作業するゆきの姿を、ボーっとながめるだけに。

(――なんだろう、風呂上りのせいか、ゆきの方からいいにおいが。あと、ほてった身体が、みょうに色っぽく見えてしまうというか……)

 シャンプーの香りだろうか。すぐ隣に座ってしまったせいか、いいかおりが鼻をくすぐってくる。しかも薄着のパジャマからのぞかせる、風呂上り特有のつややかな肌に視線が奪われてしまう。結果、なにやら邪念がレイジの頭によぎってきた。

(――いかん、さっきの会話のせいか、なんか意識しちまってるぞ。落ち着け、オレ……。相手はあのちんちくりんのゆきだぞ……)

 頭を振り、邪念をかき消そうと試みる。
 もはやさっきのゆきの主張を、笑い飛ばせないほどになってしまっていた。もしかすると自分はロリコンだったのかという、変な考えまで浮かんでくる始末。

「なぁに、くおん、さっきからゆきの方をじっと見てぇ? あ、もしかして風呂上がりのゆきにどぎまぎしてるとかぁ?」

 とり乱していると、ゆきが小悪魔っぽい笑みを浮かべてきた。
 どうやらこちらの視線に気づいていたらしい。

「――ははは……、なにバカなことを。そんなはずないだろ……」
「なんか声がうわずってるけどぉ? ふっふーん、もしかして図星ー? そっかぁ、くおんもとうとうゆきの魅力に気づいちゃったかぁ。口ではあんなに言ってたのにねぇ」

 ゆきはレイジの腕をつかみ、わざとらしく小首をかしげてくる。そしてニヤニヤと意地のわるい視線を向けてきた。どこかうれしそうにだ。

「――くっ、オレとしたことが一生の不覚……」
「えへへ、このままだと襲われちゃうかもしれないし、あれでもやるかぁ!」

 悔いていると、ゆきがターミナルデバイスを持ってソファーから立ち上がる。

「あれだと?」
「せっかくのお泊まりなんだし、遊ばないとねぇ! ということでゲームでもやろうよぉ! くおん!」

 それからゆきはゲームタイトルがいくつも映った画面を見せ、テンション高く誘ってきた。

「別にいいが、オレそういうのほとんどやったことないぞ?」
「大丈夫、簡単にできるやつを、ピックアップしてるからぁ! 実はこの前のカノンたちとのお泊りでやってから、対戦ゲームが今のマイブームになってるんだぁ」

 ゆきはやりたくてたまらないご様子。期待に満ちた目でレイジを見つめてくる。
 その姿があまりにほほえましいため、提案に乗ってやることにした。

「まあ、いいだろう。ただしやるからには負けないぞ」
「ふっふーん、ゆきは強いから覚悟しろよぉ。さぁ、ゲームスタートだぁ!」

 こうしてゆきのターミナルデバイスに入っているゲームを、二人でプレイすることに。白熱しながら、夜の時間を過ごすのであった。
 ちなみに結果はレイジの惨敗。せめて一勝だけでもとムキになって何度も挑戦するが、ゆきにことごとく敗れていったという。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨
ファンタジー
普通の高校生として生きていく。その為の手段は問わない。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...