電子世界のフォルトゥーナ

有永 ナギサ

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5章 第5部 ゆきの決意

232話 ゆきの答え

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 次の日の朝。レイジがいるのは白神しらかみコンシェルン本部の高層ビル。その重役用の会議室があるフロアの廊下だ。現在会議室内で、ゆき、まもるかえで相馬そうまが話し合っている真っ最中。その間、レイジは恭一きょういち、さらにブリジットと一緒に待っているところであった。
 ちなみにこの話し合いの場をもうけたのはゆき。彼女が話があるとみなを集め、今にいたるという。しかしその内容をレイジはゆきから知らされておらず、聞いても内緒だと言われていた。

「あの時の戦いは本当に大変だったな」
「まあまあ、それは災難でしたね」
「ははは、でもその事態を切り抜けるなんて、さすが師匠」

 狩猟兵団時代の話で盛り上がるレイジたち。

「ブリジット、いくぞ」

 そうこうしていると、会談が終わったのか相馬がやってきた。

「おや、相馬様、お顔がゆるんでおりますが、なにかありましたか?」

 ブリジットの言う通り、相馬の顔にはかすかに笑みが。
 なにかいいことでもあったのだろうか。

「ハハハ、愉快きわまりないことがあってな。なんとゆきのやつ、オレと次期当主候補の座をめぐって戦う気でいるそうだ。さっき相馬兄さんの好きにはさせないと、宣戦布告されたよ」

 いつもクールな相馬にはめずらしく、腹を抱えながら笑う。

「まあ、あのゆき様が?」
(ゆきのやつ、次期当主を目指すことにしたのか)

 事前に知らされていなかったため、ブリジットと同じく驚くしかない。
 なにやら決心したような面構つらがまえだったが、そういうことだったみたいだ。

「ハハハ、笑い死ぬところだったぞ。アポルオンの保守派がバックについているオレと争うなど、無謀むぼうもいいところだ。そもそもあいつが人の上に立てるのかどうか、疑問もはなはだしいのにな。さて、今は気分がいい。バーの方にでも寄って、少し飲むとするか。いい酒が飲めそうだ」

 相馬はさんざん笑ったあと、機嫌がよさそうにこの場を去ろうと。

「かしこまりました」
久遠くおん、ゆきのことを頼んだぞ」

 去り際に相馬がレイジの肩に手を置き、ゆきのことをたくしてきた。
 その時の表情はまるで妹を心配する兄のよう。あとゆきとレイジのこれからの動きに、期待しているふうでもあった。おまえたちなら本当の意味で、白神コンシェルンを守れるかもしれないと。

「――相馬さん」

 そして相馬は去っていく。

「では恭一様、久遠様、ご機嫌よう」

 ぺこりと頭を下げたあと、相馬の後ろについていくブリジット。

「久遠、よくゆきをその気にさせてくれたわね。ほめてあげるわ」

 そんな二人を見送っていると、次に楓がやってくる。彼女は軽く手をたたきながら、賞賛の言葉を。

「いえ、オレはとくになにもしてないですよ」
「ふふ、そんなことないわ。いろいろ心境の変化はあったにせよ、一番の決め手は久遠がいたからのはずよ。もしあの子一人だったら、いつまでも踏ん切りがつかなかったでしょうね。すべてはあんたという心のよりどころが、ゆきに勇気を与えたのよ」

 意味ありげにほほえんでくる楓。

「そういうものですかね」
「ええ、姉であるアタシが言うんだから、間違いないわ」

 楓はほおに手を当て、得意げに笑う。

「ふふ、なにはともあれアタシが駆り出される、最悪な展開にならなくてよかったわ。これからもゆきのサポートをよろしく頼むわね」

 楓は相馬同様、去り際にレイジの肩へ手を置きゆきのことを託してきた。

「ではな、レイジ」

 彼女に続き、恭一も去っていく。

「くおん、待たせたなぁ」

 それから最後にゆきがやってきた。

「ゆき」
「少し話があるから、屋上の方に行こぉ」

 そしてゆきは吹っ切れた表情で、話がしたいと誘ってくるのであった。



 ゆきとやってきたのは、ほかに誰もいない白神コンシェルン本部のビルの屋上。晴れやかな青空が広がり、景色もかなりの絶景。こんなところで休息をとれたら、さぞいい息抜きができることだろう。

「もうかえでねえさんやそうまにいさんに聞いたかもしれないけど、ゆきは次期当主候補に名乗りを上げることにしたんだぁ」

 ゆきがレイジの方に振り返り、決意に満ちた瞳で告げてくる。

「そっか、決心がついたんだな」
「うん、ただ心から納得はしてないけどねぇ。引きこもり気質のゆきが、人の上に立つ代表の仕事とか務まるとは思えないしー。そもそもそんな面倒なこと、ごめんだもん。いくら頼まれたって、絶対首を縦に振らないよぉ」

 ゆきは目をふせ、肩をすくめながら本音を漏らす。

「でも今はそうもいってられないー! ゆきのことよりエデンだぁ! エデン財団上層部のよからぬ実験は、これからもどんどんエスカレートするっぽいし、この先どれだけエデンに被害が及ぶかわかったもんじゃないからねぇ。そこに白神コンシェルンが乗っ取られ、マナまで掌握しょうあくされたらすべてが手遅れになる気がするー。だからやつらに好き勝手させないためにも、ゆきが次期当主になってエデンを守らないとぉ!」

 目をカッと見開き、うでを横に振りかざしながら宣言するゆき。

「すべてはエデンを守るために、あんなにもイヤがってた道を選ぶとはな」
「前にも言った通り、ゆきにとってエデンは特別だからぁ。大切な居場所であり、本当に生きている世界……。守りたいと思うのは当然だろぉ」

 ゆきはむねをぎゅっと押さえ、いとおしげにほほえんだ。
 もはやどれだけ彼女がエデンを愛しているか、一目瞭然であった。

「そのエデンに対する想い。やっぱりゆきはすごいよ。白神家当主に誰よりもふさわしいって、守さんたちが認めていたのもうなずける」
「――そ、そうかなぁ。とはいえ次期当主になろうと思ったきっかけは、もう一つあるんだよねぇ」

 レイジの素直な感想に、ゆきはテレくさそうにほおをかく。そして天を見上げ、かたり始めた。

「もう一つ?」
「エデンには女神の欠片とか、ゆきたちの知らないことがたくさんある。その隠された秘密を知りたいと思ったんだぁ」

 ゆきは腕を空へと天高く伸ばす。それはまるで途方のない何かに、手を伸ばすかのように。

「隠された秘密か」
「うん、昨日のことをとうさんにくわしく聞いたら、この先は次期当主。さらに深淵しんえんをのぞきたければ当主にならないとって言われてさぁ。これは勘だけど、とうさんはゆきが想像してる以上に知ってるんだと思うー。エデンのからくりにー。もしかしたらパラダイムリベリオンについてさえもぉ……」

 彼女は瞳を閉じ、待ち受けているであろう真実に畏怖いふの念を覚えずにはいられない様子。
 確かにこれまでの守の発言には、意味ありげなものが多かった。おそらくかなり根が深いところまで、知っているに違いないだろう。

「まぁ、そういうわけだから、くおんも付き人としてがんばってよねぇ。ゆきが次期当主になれるよう、ブリジットさんや恭一さんぐらいのサポートはしてもらわないとさぁ」

 ゆきは両手でレイジの上着にぎゅっとしがみついてくる。そしてレイジの胸板に顔をとんっとうずめ、テレくさそうに頼ってきた。

「――えっと……、なんか盛り上がってるところわるいが、オレゆきの付き人になるつもりはないんだけど……」
「おい、こらぁ! ここまで乗りかかっておいて、それはないだろぉ! ゆきはもちろん、エデンのピンチでもあるんだぞぉ!」

 申しわけない気持ちで訂正すると、ゆきがつかんでいた上着をグイグイ揺さぶりながらもう抗議を。

「それはそうだがオレにもカノンの件とか、いろいろやることがあるしさ。ゆきはゆきでがんばってもらってだな……。ははは、なーに、ゆきなら大丈夫さ。なにせ世界で五本の指に入るほどの電子の導き手さまだし、その有能っぷりで見事白神コンシェルンを守ってくれ!」

 とりあえず親指を立て、無茶ぶりのエールを送っておく。
 力になってやりたいのは山々だが、これからレイジたちもカノンの件で忙しくなるのだ。それにアリスやカノンのちかいなど、個人的に決着をつけなければならないこともある。彼女にはわるいが、付き人としてずっとそばで支えるのは出来そうになかった。

「ゆき一人で次期当主を目指せるわけないだろぉ! あれはくおんがすぐ隣で支えてくれること前提での、話なんだぞぉ!」
「まあまあ、時々手伝うからさ」

 よしよしと彼女の頭をなで、なんとかなだめようと。

「時々じゃだめだろぉ! ずっとそばでメンタルケアしてもらわないと、んで大変なことになっちゃう! だから助けてよぉ! 友達だろぉ! この白状者ー!」

 だがゆきはヒートアップする一方。涙目で必死にうったえてくる。

「というかくおん、昨日、ついてきてくれるって、ゆきの味方でいてくれるって言ったよねぇ!」
「確かに言ったが、ずっとそばでって意味じゃないからなー、――ははは……。あとさすがにゆきのおりばっかは、ちょっと」
「なんだとぉ! まったくー、くおん、これがどれだけ光栄なことかわかってるー? いづれゆきは白神家当主となり、白神コンシェルンのトップに立つ女だぞぉ! そんなゆきの直属の付き人になれるなんて、普通は泣いて喜ぶ場面なんだからなぁ!」

 ゆきは両腰りょうこしに手を当て、つつましい胸を張りながら豪語してきた。

「大変そうだしずっと支えてやりたい気持ちはあるが、さすがに手が回らなさそうだからな」
「むぅー! いいもん! こうなったらくおんをこのあふれんばかりの美貌びぼうと才能で、ゆきのとりこにしてやるんだからぁ! それで惚れた弱みで尻に敷きまくり、ずっと支えさせてやるー!」

 そしてゆきは胸にバッと手を当て、もう片方でレイジを指さしながら躍起になって宣言を。
 才能に関しては認めるが、美貌についてはノーコメントというしかなかった。

「ははは、できたらいいな。まっ、期待せずに待ってるから、せいぜいがんばってくれ」

 彼女の頭をポンポンして、笑いかける。

「くー、今に見てやがれぇ! 絶対くおんを攻略して、ゆきのものにして見せるもん! 首を洗って待ってろぉ!」

 するとなにやら闘志を燃やし、くやしがりだすゆき。

「こうしちゃいられないー! くおんをメロメロにするため、いろいろ作戦を考え行動に移らないとねぇ! となるとまずはミルクかぁ。ゆきはまだまだ成長期。ナイスバディになれば、くおんも放っておけないはずー! よーし、いけそうだなぁ! さっそくバーで飲んで来よう!」

 ゆきはやる気に満ちあふれながら、あわただしく屋上をあとにする。

「――ははは……、次期当主を目指すに当たり、ほかにやることがあるだろうに……」

 そんなゆきに少しあきれつつも、彼女についていくレイジなのであった。
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