一夜のお伽草子 -群雄割拠-

七星北斗

文字の大きさ
上 下
2 / 6

1 至極当然

しおりを挟む
 鼻をつんざく鉄錆びのような血の匂いがする。僕は何が起きたのかわからなかった。

「死にたい」

 どうしてこうなった?

 夏休みに僕らは、山へキャンプに来ていた。しかし、気がつけば友達や家族が、右耳のない赤い男に殺された。

「どうして僕だけが、生き残ってしまったのか?」

 僕の名前は鹿我大和かがやまと、高校生である。

 突然の豪雨の中、恐怖で僕は山を転がるように下って行く。

 雨に打たれて体温がどんどん下がり、体が思うように動かなくなった。

「寒い、寒い。誰か助けて」

 体が震え、意識が朦朧とし、足を滑らせて転がり落ちる。あちこち体をぶつけた衝撃で、僕の意識はそこで途絶えた。

「…オニイサン、ネエ、オニイサンって」

 誰かが僕を呼んでいる気がした。

 頭がぼーっとする。僕は珈琲のようなほろ苦い香りで、脳の働きが活性化する。

 ん?珈琲の匂い。暖かい?僕は夢を見ているのかな?

「お兄さん、お兄さん。そろそろ起きなよ」

 近くから誰かの声が聞こえる。僕は重たい目蓋を開けると、そこには子犬を彷彿させる可愛らしさの少女がいた。

「誰!?」

「おー、起きたね。私は山田七やまだなな、喫茶店アイヌの看板娘だよ」

「何の話?ここはどこ?」

「あれ?わからない?ここは喫茶店アイヌの仮眠室だよ」

「喫茶店アイヌ?」

 大和は周りをキョロキョロする。簡素な作りではあるが、清潔なベッドに明るい間取りの暖かい部屋。そして、隅っこのテーブルに置かれた写真立て。

「お兄さん、まだぼーっとしてるね。まあ、無理もないけど、あれだけ大怪我してたんだから」

「そういえば、僕は…警察に行かなきゃ」

 大和は痛む体を起こし、立ち上がろうとした。

「痛っ」

「動いちゃ駄目だよ!肋骨が折れてるんだから」

 七は大和をベッドに優しく寝かせた。

「もし良かったら私達に話を聞かせてくれる?きっと力になれると思うよ」

「だけど…」

「ちょっと待ってね。話したいことがたくさんあるだろうけど、今から大事な質問を聞くよ、お兄さんって珈琲は好き?」

 七は有無言わさぬマイペースさで、その場を収めようとした。

「珈琲は嫌いです」

「ガーン」

 七は大変ショックを受けたようで固まっている。

「何かすいません」

 大和は何故だかわからないが、申し訳なくなった。

「まあ、私も珈琲は嫌いだけどね」

「え!?」

「テヘペロ」

 ウィンクをしながらペロッと舌を出す。七さんはどうやら空気を読めない娘のようだ。

「ならココアは大丈夫だよね」

 大和は一瞬思考が停止していた。

「あ、はい」

「じゃあ、マスターを呼んでくるね」

 七はそういってドアを開くと、部屋の外へトタトタと出て行った。
しおりを挟む

処理中です...