7 / 17
7.花姫は密かな噂に耳を澄ます
しおりを挟む
王立アカデミーの、午後の選択授業が終わった後の教室。
生徒たちが三々五々雑談しながら帰りの支度をする中、フロラワは窓際の席で頬杖をつき、早く迎えに来ないかなぁとぼんやり考えていた。
今日のルイスの差し入れは、新作のフルーツタルトのはずだ。
その時、近くの席で令嬢たちがひそひそと交わす会話が、フロラワの耳に届いた。
「ねえ、ご覧になって。廊下にいらっしゃる方、リリエンフェルト様のご執事よね?」
「ええ、ルイス様よ!今日も時間ぴったりにいらしてるわ。なんて素敵……!」
「長身で、いつも冷静で、フロラワ様を見つめる目だけが、ほんの少しお優しいの。気づいてた?」
「わかるー!まさに『完璧な執事』って感じ!しかも、とんでもないイケメン!」
(ふふん)
フロラワは、胸の中で得意げに鼻を鳴らした。そうでしょう、そうでしょう。私のルイスは、世界で一番格好良くて、優秀なのだから。
その事実に、自分のことのように誇らしく、満たされた気持ちになる。
しかし、令嬢たちの会話はさらに熱を帯びていく。
「一度でいいから、あの方にお仕えされてみたいわぁ」
「分かる!『〇〇様、教科書をお持ちします』なんて言われたら、それだけで試験満点取れちゃうかも!」
その言葉を聞いた瞬間、フロラワの胸の奥が、ちくり、と小さく痛んだ。
(……え?)
今まで感じたことのない、奇妙な感覚。誇らしい気持ちの上に、黒いインクを一滴垂らしたような、もやもやとした不快感。
(ルイスが、他の人にお仕えする……?)
想像してみる。ルイスが、知らない令嬢のために教科書を持ち、椅子を引き、微笑みかける姿を。
――嫌だ。
どうしてかは分からないけれど、それは、絶対に嫌だった。ルイスは、私の執事だ。他の誰のものでもない。
フロラワは、自分がむすっとした顔になっていることにも気づかず、唇を小さく尖らせた。
「フロラワ様、お待たせいたしました」
教室の入り口に、噂の当人であるルイスが、涼しい顔で立っていた。その姿に、教室中の令嬢たちの視線が一斉に突き刺さる。
「……」
「どうかされましたか?もしや、今日の講義が難しくてお疲れに?」
フロラワは何も答えず、おもむろに立ち上がると、とてとてとルイスの元へ歩いていく。そして、彼のジャケットの裾を、きゅっと掴んだ。
「……ルイス」
「はい、フロラワ様」
驚いて目を丸くする執事に、フロラワは、周りの生徒たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声で、しかし真剣に、問いかける。
「……ルイスは、私の執事でしょ?」
「……はい?」
「私だけの、執事なんでしょ?」
まっすぐに見つめてくる、真剣な瞳。それは、いつもの眠たげな彼女とは、まるで別人だった。
ルイスは一瞬息を呑んだが、すぐにその意図を汲み取り、彼女の前に跪いた。教室に、小さな悲鳴が上がる。
「当たり前です」
彼は、フロラワの小さな手を、そっと自分の両手で包み込む。
「わたくしは、生涯あなた様だけの執事です。この身も、この心も、全てはフロラワ様のためだけに」
その真摯な声と、迷いのない瞳に、フロラワの胸のもやもやは、嘘のようにすうっと消えていった。代わりに、心臓がとくんと大きく跳ねる。
「……そっか。なら、いいの」
フロラワはぱっと手を離すと、満足そうに頷いた。そして、いつもの調子で、にこりと笑う。
「ねぇ、お腹すいた。タルト、持ってきた?」
「……ええ。もちろん、馬車に冷やしてご用意しております」
あまりの切り替えの速さに呆気にとられながらも、ルイスは立ち上がって微笑んだ。
二人が教室から去っていく。その完璧な主従の姿を見送りながら、先ほどまで噂をしていた令嬢たちは、再び顔を見合わせた。
「……はぁ……、今の、ご覧になった?」
「ええ……!フロラワ様の、あの『私だけの執事なんでしょ?』って……!普段のふわふわした雰囲気とのギャップが!」
「ルイス様の跪き方も、完璧すぎて息が止まるかと思ったわ……!」
一人の令嬢が、恍惚とした表情でため息をつく。
「やっぱり、ルイス様は素敵だけれど……あの完璧な執事が仕えるのは、あの怠惰で美しい花姫様だからこそ、唯一無二なのよね」
「本当に。あのお二人だから、最高なのよ……!」
彼女たちは、お互いに頷き合うと、そっと胸の前で手を組んだ。
フロワラとルイスが織りなす、誰にも邪魔できない聖域。
その尊さを前に、自分たちの小さな憧れなど些細なことだと、彼女たちはよく理解しているのだった。
今日も良いものが見られた、と満足げに微笑む、秘密のファンクラブ会員たちの存在に、フロラワが気づくはずもなかった。
生徒たちが三々五々雑談しながら帰りの支度をする中、フロラワは窓際の席で頬杖をつき、早く迎えに来ないかなぁとぼんやり考えていた。
今日のルイスの差し入れは、新作のフルーツタルトのはずだ。
その時、近くの席で令嬢たちがひそひそと交わす会話が、フロラワの耳に届いた。
「ねえ、ご覧になって。廊下にいらっしゃる方、リリエンフェルト様のご執事よね?」
「ええ、ルイス様よ!今日も時間ぴったりにいらしてるわ。なんて素敵……!」
「長身で、いつも冷静で、フロラワ様を見つめる目だけが、ほんの少しお優しいの。気づいてた?」
「わかるー!まさに『完璧な執事』って感じ!しかも、とんでもないイケメン!」
(ふふん)
フロラワは、胸の中で得意げに鼻を鳴らした。そうでしょう、そうでしょう。私のルイスは、世界で一番格好良くて、優秀なのだから。
その事実に、自分のことのように誇らしく、満たされた気持ちになる。
しかし、令嬢たちの会話はさらに熱を帯びていく。
「一度でいいから、あの方にお仕えされてみたいわぁ」
「分かる!『〇〇様、教科書をお持ちします』なんて言われたら、それだけで試験満点取れちゃうかも!」
その言葉を聞いた瞬間、フロラワの胸の奥が、ちくり、と小さく痛んだ。
(……え?)
今まで感じたことのない、奇妙な感覚。誇らしい気持ちの上に、黒いインクを一滴垂らしたような、もやもやとした不快感。
(ルイスが、他の人にお仕えする……?)
想像してみる。ルイスが、知らない令嬢のために教科書を持ち、椅子を引き、微笑みかける姿を。
――嫌だ。
どうしてかは分からないけれど、それは、絶対に嫌だった。ルイスは、私の執事だ。他の誰のものでもない。
フロラワは、自分がむすっとした顔になっていることにも気づかず、唇を小さく尖らせた。
「フロラワ様、お待たせいたしました」
教室の入り口に、噂の当人であるルイスが、涼しい顔で立っていた。その姿に、教室中の令嬢たちの視線が一斉に突き刺さる。
「……」
「どうかされましたか?もしや、今日の講義が難しくてお疲れに?」
フロラワは何も答えず、おもむろに立ち上がると、とてとてとルイスの元へ歩いていく。そして、彼のジャケットの裾を、きゅっと掴んだ。
「……ルイス」
「はい、フロラワ様」
驚いて目を丸くする執事に、フロラワは、周りの生徒たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声で、しかし真剣に、問いかける。
「……ルイスは、私の執事でしょ?」
「……はい?」
「私だけの、執事なんでしょ?」
まっすぐに見つめてくる、真剣な瞳。それは、いつもの眠たげな彼女とは、まるで別人だった。
ルイスは一瞬息を呑んだが、すぐにその意図を汲み取り、彼女の前に跪いた。教室に、小さな悲鳴が上がる。
「当たり前です」
彼は、フロラワの小さな手を、そっと自分の両手で包み込む。
「わたくしは、生涯あなた様だけの執事です。この身も、この心も、全てはフロラワ様のためだけに」
その真摯な声と、迷いのない瞳に、フロラワの胸のもやもやは、嘘のようにすうっと消えていった。代わりに、心臓がとくんと大きく跳ねる。
「……そっか。なら、いいの」
フロラワはぱっと手を離すと、満足そうに頷いた。そして、いつもの調子で、にこりと笑う。
「ねぇ、お腹すいた。タルト、持ってきた?」
「……ええ。もちろん、馬車に冷やしてご用意しております」
あまりの切り替えの速さに呆気にとられながらも、ルイスは立ち上がって微笑んだ。
二人が教室から去っていく。その完璧な主従の姿を見送りながら、先ほどまで噂をしていた令嬢たちは、再び顔を見合わせた。
「……はぁ……、今の、ご覧になった?」
「ええ……!フロラワ様の、あの『私だけの執事なんでしょ?』って……!普段のふわふわした雰囲気とのギャップが!」
「ルイス様の跪き方も、完璧すぎて息が止まるかと思ったわ……!」
一人の令嬢が、恍惚とした表情でため息をつく。
「やっぱり、ルイス様は素敵だけれど……あの完璧な執事が仕えるのは、あの怠惰で美しい花姫様だからこそ、唯一無二なのよね」
「本当に。あのお二人だから、最高なのよ……!」
彼女たちは、お互いに頷き合うと、そっと胸の前で手を組んだ。
フロワラとルイスが織りなす、誰にも邪魔できない聖域。
その尊さを前に、自分たちの小さな憧れなど些細なことだと、彼女たちはよく理解しているのだった。
今日も良いものが見られた、と満足げに微笑む、秘密のファンクラブ会員たちの存在に、フロラワが気づくはずもなかった。
0
あなたにおすすめの小説
「愛することはない」と言った冷徹公爵様、やり直しの人生は溺愛が重すぎます!~王宮が滅びるのは記憶を隠した旦那様と幸運な息子のせい?~
ソラ
恋愛
王宮の陰湿な包囲網、そして夫であるアリステア公爵の無関心。心身を削り取られたセラフィナは、孤独と絶望の中でその短い一生を終えた。
だが、彼女は知らなかった。
彼女の死を知ったアリステアが、復讐の鬼と化して王宮へ反乱を起こし、彼女を虐げた者たちを血の海に沈めたことを。そして彼もまた、非業の死を遂げたことを。
「……セラフィナ。二度と、君を離さない。この命、何度繰り返してでも」
気がつくと、そこは五年前――結婚三日目の朝。
セラフィナが「今度は期待せずに生きよう」と決意した矢先、飛び込んできたアリステアは泣きながら彼女を抱きしめた。
前世の冷淡さが嘘のように、甘く、重すぎるほどの愛を注いでくるアリステア。
さらに、前世には存在しなかった息子・ノエルまで現れ、セラフィナを苦しめるはずだった敵は、彼女が知らないうちに裏で次々と社会的に抹殺されていく。
アリステアは記憶がないふりをして、狂気的な執着を「優しさ」という仮面で隠し、今度こそ彼女を檻のような幸福の中に閉じ込めようと画策していた。
知っているのは、読者(あなた)だけ。
嘘から始まる、究極のやり直し溺愛ファンタジー!
(本作品はAIを活用して構成・執筆しています)
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
多分、うちには猫がいる
灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
傭兵のコウの家には、いつの間にか猫が住み着いていた。
姿は見えないけれど、多分、猫。
皿を洗ったり、洗濯をしたり、仕事を手伝ったり、ご近所さんと仲良くなったりしているけど、多分、猫。
無頓着な傭兵の青年と、謎の猫のステルス同居物語。
※一話一話が非常に短いです。
※不定期更新です。
※他サイトにも投稿しています。
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
翠月 瑠々奈
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
起きたら猫に!?~夫の本音がだだ漏れです~
水中 沈
恋愛
(猫になっちゃった!!?)
政務官の夫と大喧嘩した翌朝、目が覚めたら猫になっていたアネット。
パニックになって部屋を飛び出し、行き着いた先は夫、マリウスの執務室だった。
(どうしよう。気まずいわ)
直ぐに立ち去りたいが扉を開けようにも猫の手じゃ無理。
それでも何とか奮闘していると、マリウスがアネット(猫)に気付いてしまう。
「なんでこんなところに猫が」
訝しそうにするマリウスだったが、彼はぽつりと「猫ならいいか」と言って、誰の前でも話さなかった本音を語り始める。
「私は妻を愛しているんだが、どうやったら上手く伝えられるだろうか…」
無口なマリウスの口から次々と漏れるアネットへの愛と真実。
魔法が解けた後、二人の関係は…
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる