【完結】惰性な花姫と世話焼き執事

芹澤紗凪

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6.花姫は救いの手を待つ(こともない)

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「どうして分かってくれないんだ、フラワー!」

王城の一室に、アルベルト王子の苛立った声が響く。
窓には鉄格子、扉には見張りの兵士。そこは、豪華な調度品で飾られた、鳥籠も同然の部屋だった。


ことの起こりは数時間前。
フロラワは広大なリリエンフェルト公爵家の庭園で、ひらひらと舞う珍しい青い蝶に夢中になっていた。
付けられている護衛は庭園の入り口で待たせ、奥まったこの場所を1人で満喫していた。

蝶を追いかけるのに飽きて、木陰でうたた寝でもしようかと思った、その時だった。

「フロラワ様、殿下が緊急でお呼びです」

現れたのは、アルベルト王子の取り巻きである若い貴族たちだった。
彼らは有無を言わせぬ様子でフロラワを取り囲むと、半ば強引に待たせていた馬車へと押し込んだ。そして気づけば、この部屋にいた、というわけだ。

いわゆる、誘拐・軟禁である。
絶体絶命のピンチのはずが、当のフロラワは、ふかふかのソファに体を沈めながら、大きな欠伸を一つ。 

「だって、お話が長くて眠たいのですもの……。それに、このソファ、見た目は良いけど少し硬いわねぇ」

「ソファの話などしていない!」

アルベルトは、全く危機感のないフロラワの態度に我を忘れて叫んだ。「君が再び私との婚約に同意するまで、ここから一歩も出さないからな!」

「えー……。それは困るわ。明日の朝食のパンケーキ、ルイスが特別に焼いてくれるって約束したのに」

「パンケーキだと!? 私の愛よりパンケーキか!」

「ええ、もちろん」

きっぱりと、悪びれもなく言い切るフロラワに、アルベルトはがっくりと膝から崩れ落ちた。話が全く通じない。



一方、リリエンフェルト公爵家は、静かな嵐の渦中にあった。

フロラワの姿が見えないと報告を受けるや否や、ルイスは一瞬で状況を把握した。彼の脳は、瞬時に最も効率的で、最も効果的な「救出計画」を構築し始める。

パニックに陥る侍女たちを「お静かに。フロラワ様はすぐにお戻りになります」の一言で黙らせると、彼は自室で数本の矢を同時に放った。

一本は、公爵――フロラワの父へ。状況の簡潔な報告と、寸分の狂いもない今後の予測、そして完璧な対処法を記した書簡を送る。

一本は、彼の持つ裏の情報網へ。アルベルト王子の取り巻きたちの弱みを、それぞれの父親である大臣や将軍たちの元へ『匿名の善意』として届けるよう指示。

そして最後の一本は、王城内にいる協力者へ。「『花姫』の部屋の前の見張りを、十分後に無力化せよ」と。

全ての準備を終え、ルイスは少しも表情を変えることなく、主人の元へ向かった。
まるで、散歩にでも行くかのような、落ち着き払った足取りで。


「いい加減にしろ、フラワー! 私の何が不満なんだ!」

「別に不満とかじゃなくてぇ……。あら、ルイス?」

フロラワが、アルベルトの背後を指さす。
王子が振り返ると、そこには、いつ入ってきたのか、涼しい顔でルイスが立っていた。傍らには、何故か蒼白な顔をした王宮騎士団長まで控えている。

「ルイス!? なぜここに!見張りはどうした!」

「アルベルト殿下。公爵令嬢略取および不法監禁。もはや言い逃れはできませんな」

ルイスは王子のことなど目に入っていないかのように、まっすぐにフロラワの元へ歩み寄る。

「フロラワ様、お迎えに上がりました。酷い目に遭われましたね。さあ、帰りましょう。屋敷では、あなた様のお好きなミルクプリンを冷やしてありますよ」

「プリン! 早く帰ろ、ルイス!」

さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、フロラワはぱっと顔を輝かせてルイスの手に自分の手を重ねる。

呆然とするアルベルトを置き去りにして、二人は部屋を出ようとする。騎士団長が、深々と頭を下げて道を開けた。

「ま、待て! 私を誰だと思っている!」

「殿下」と、騎士団長が冷ややかに告げる。

「国王陛下よりご命令です。これより謹慎を申し渡す。……お分かりですね? 
あなたは、この国で最も敵に回してはならない方を、敵に回してしまったのですよ」

その言葉が誰を指すのか、アルベルトが気づくことはなかっただろう。

帰りの馬車の中、フロラワはすっかり安心したのか、ルイスの肩に寄りかかって、すーすーと寝息を立て始めた。

ルイスは、その無防備な寝顔を見つめながら、今日初めて、心の底からの深い溜息をついた。今日一日の冷徹な仮面の下に隠していた、燃えるような怒りと心配が、ようやく安堵に変わっていく。

彼はそっとブランケットをかけ直すと、額にかかった一筋の髪を、優しく指で払った。

その指先に、フロラワが「ん……」と甘えるように頬をすり寄せる。

「……ルイス……」

「はい、ここに」

「……来てくれるって、知ってたよぉ……」

とろりとした声で呟かれたその言葉は、ルイスの心臓を射抜くには、十分すぎる威力を持っていた。

彼は言葉に詰まり、ただ、眠る主人の小さな手を、固く、固く握りしめることしかできなかった。
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