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6.花姫は救いの手を待つ(こともない)
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「どうして分かってくれないんだ、フラワー!」
王城の一室に、アルベルト王子の苛立った声が響く。
窓には鉄格子、扉には見張りの兵士。そこは、豪華な調度品で飾られた、鳥籠も同然の部屋だった。
ことの起こりは数時間前。
フロラワは広大なリリエンフェルト公爵家の庭園で、ひらひらと舞う珍しい青い蝶に夢中になっていた。
付けられている護衛は庭園の入り口で待たせ、奥まったこの場所を1人で満喫していた。
蝶を追いかけるのに飽きて、木陰でうたた寝でもしようかと思った、その時だった。
「フロラワ様、殿下が緊急でお呼びです」
現れたのは、アルベルト王子の取り巻きである若い貴族たちだった。
彼らは有無を言わせぬ様子でフロラワを取り囲むと、半ば強引に待たせていた馬車へと押し込んだ。そして気づけば、この部屋にいた、というわけだ。
いわゆる、誘拐・軟禁である。
絶体絶命のピンチのはずが、当のフロラワは、ふかふかのソファに体を沈めながら、大きな欠伸を一つ。
「だって、お話が長くて眠たいのですもの……。それに、このソファ、見た目は良いけど少し硬いわねぇ」
「ソファの話などしていない!」
アルベルトは、全く危機感のないフロラワの態度に我を忘れて叫んだ。「君が再び私との婚約に同意するまで、ここから一歩も出さないからな!」
「えー……。それは困るわ。明日の朝食のパンケーキ、ルイスが特別に焼いてくれるって約束したのに」
「パンケーキだと!? 私の愛よりパンケーキか!」
「ええ、もちろん」
きっぱりと、悪びれもなく言い切るフロラワに、アルベルトはがっくりと膝から崩れ落ちた。話が全く通じない。
◇
一方、リリエンフェルト公爵家は、静かな嵐の渦中にあった。
フロラワの姿が見えないと報告を受けるや否や、ルイスは一瞬で状況を把握した。彼の脳は、瞬時に最も効率的で、最も効果的な「救出計画」を構築し始める。
パニックに陥る侍女たちを「お静かに。フロラワ様はすぐにお戻りになります」の一言で黙らせると、彼は自室で数本の矢を同時に放った。
一本は、公爵――フロラワの父へ。状況の簡潔な報告と、寸分の狂いもない今後の予測、そして完璧な対処法を記した書簡を送る。
一本は、彼の持つ裏の情報網へ。アルベルト王子の取り巻きたちの弱みを、それぞれの父親である大臣や将軍たちの元へ『匿名の善意』として届けるよう指示。
そして最後の一本は、王城内にいる協力者へ。「『花姫』の部屋の前の見張りを、十分後に無力化せよ」と。
全ての準備を終え、ルイスは少しも表情を変えることなく、主人の元へ向かった。
まるで、散歩にでも行くかのような、落ち着き払った足取りで。
◇
「いい加減にしろ、フラワー! 私の何が不満なんだ!」
「別に不満とかじゃなくてぇ……。あら、ルイス?」
フロラワが、アルベルトの背後を指さす。
王子が振り返ると、そこには、いつ入ってきたのか、涼しい顔でルイスが立っていた。傍らには、何故か蒼白な顔をした王宮騎士団長まで控えている。
「ルイス!? なぜここに!見張りはどうした!」
「アルベルト殿下。公爵令嬢略取および不法監禁。もはや言い逃れはできませんな」
ルイスは王子のことなど目に入っていないかのように、まっすぐにフロラワの元へ歩み寄る。
「フロラワ様、お迎えに上がりました。酷い目に遭われましたね。さあ、帰りましょう。屋敷では、あなた様のお好きなミルクプリンを冷やしてありますよ」
「プリン! 早く帰ろ、ルイス!」
さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、フロラワはぱっと顔を輝かせてルイスの手に自分の手を重ねる。
呆然とするアルベルトを置き去りにして、二人は部屋を出ようとする。騎士団長が、深々と頭を下げて道を開けた。
「ま、待て! 私を誰だと思っている!」
「殿下」と、騎士団長が冷ややかに告げる。
「国王陛下よりご命令です。これより謹慎を申し渡す。……お分かりですね?
あなたは、この国で最も敵に回してはならない方を、敵に回してしまったのですよ」
その言葉が誰を指すのか、アルベルトが気づくことはなかっただろう。
帰りの馬車の中、フロラワはすっかり安心したのか、ルイスの肩に寄りかかって、すーすーと寝息を立て始めた。
ルイスは、その無防備な寝顔を見つめながら、今日初めて、心の底からの深い溜息をついた。今日一日の冷徹な仮面の下に隠していた、燃えるような怒りと心配が、ようやく安堵に変わっていく。
彼はそっとブランケットをかけ直すと、額にかかった一筋の髪を、優しく指で払った。
その指先に、フロラワが「ん……」と甘えるように頬をすり寄せる。
「……ルイス……」
「はい、ここに」
「……来てくれるって、知ってたよぉ……」
とろりとした声で呟かれたその言葉は、ルイスの心臓を射抜くには、十分すぎる威力を持っていた。
彼は言葉に詰まり、ただ、眠る主人の小さな手を、固く、固く握りしめることしかできなかった。
王城の一室に、アルベルト王子の苛立った声が響く。
窓には鉄格子、扉には見張りの兵士。そこは、豪華な調度品で飾られた、鳥籠も同然の部屋だった。
ことの起こりは数時間前。
フロラワは広大なリリエンフェルト公爵家の庭園で、ひらひらと舞う珍しい青い蝶に夢中になっていた。
付けられている護衛は庭園の入り口で待たせ、奥まったこの場所を1人で満喫していた。
蝶を追いかけるのに飽きて、木陰でうたた寝でもしようかと思った、その時だった。
「フロラワ様、殿下が緊急でお呼びです」
現れたのは、アルベルト王子の取り巻きである若い貴族たちだった。
彼らは有無を言わせぬ様子でフロラワを取り囲むと、半ば強引に待たせていた馬車へと押し込んだ。そして気づけば、この部屋にいた、というわけだ。
いわゆる、誘拐・軟禁である。
絶体絶命のピンチのはずが、当のフロラワは、ふかふかのソファに体を沈めながら、大きな欠伸を一つ。
「だって、お話が長くて眠たいのですもの……。それに、このソファ、見た目は良いけど少し硬いわねぇ」
「ソファの話などしていない!」
アルベルトは、全く危機感のないフロラワの態度に我を忘れて叫んだ。「君が再び私との婚約に同意するまで、ここから一歩も出さないからな!」
「えー……。それは困るわ。明日の朝食のパンケーキ、ルイスが特別に焼いてくれるって約束したのに」
「パンケーキだと!? 私の愛よりパンケーキか!」
「ええ、もちろん」
きっぱりと、悪びれもなく言い切るフロラワに、アルベルトはがっくりと膝から崩れ落ちた。話が全く通じない。
◇
一方、リリエンフェルト公爵家は、静かな嵐の渦中にあった。
フロラワの姿が見えないと報告を受けるや否や、ルイスは一瞬で状況を把握した。彼の脳は、瞬時に最も効率的で、最も効果的な「救出計画」を構築し始める。
パニックに陥る侍女たちを「お静かに。フロラワ様はすぐにお戻りになります」の一言で黙らせると、彼は自室で数本の矢を同時に放った。
一本は、公爵――フロラワの父へ。状況の簡潔な報告と、寸分の狂いもない今後の予測、そして完璧な対処法を記した書簡を送る。
一本は、彼の持つ裏の情報網へ。アルベルト王子の取り巻きたちの弱みを、それぞれの父親である大臣や将軍たちの元へ『匿名の善意』として届けるよう指示。
そして最後の一本は、王城内にいる協力者へ。「『花姫』の部屋の前の見張りを、十分後に無力化せよ」と。
全ての準備を終え、ルイスは少しも表情を変えることなく、主人の元へ向かった。
まるで、散歩にでも行くかのような、落ち着き払った足取りで。
◇
「いい加減にしろ、フラワー! 私の何が不満なんだ!」
「別に不満とかじゃなくてぇ……。あら、ルイス?」
フロラワが、アルベルトの背後を指さす。
王子が振り返ると、そこには、いつ入ってきたのか、涼しい顔でルイスが立っていた。傍らには、何故か蒼白な顔をした王宮騎士団長まで控えている。
「ルイス!? なぜここに!見張りはどうした!」
「アルベルト殿下。公爵令嬢略取および不法監禁。もはや言い逃れはできませんな」
ルイスは王子のことなど目に入っていないかのように、まっすぐにフロラワの元へ歩み寄る。
「フロラワ様、お迎えに上がりました。酷い目に遭われましたね。さあ、帰りましょう。屋敷では、あなた様のお好きなミルクプリンを冷やしてありますよ」
「プリン! 早く帰ろ、ルイス!」
さっきまでの眠そうな顔はどこへやら、フロラワはぱっと顔を輝かせてルイスの手に自分の手を重ねる。
呆然とするアルベルトを置き去りにして、二人は部屋を出ようとする。騎士団長が、深々と頭を下げて道を開けた。
「ま、待て! 私を誰だと思っている!」
「殿下」と、騎士団長が冷ややかに告げる。
「国王陛下よりご命令です。これより謹慎を申し渡す。……お分かりですね?
あなたは、この国で最も敵に回してはならない方を、敵に回してしまったのですよ」
その言葉が誰を指すのか、アルベルトが気づくことはなかっただろう。
帰りの馬車の中、フロラワはすっかり安心したのか、ルイスの肩に寄りかかって、すーすーと寝息を立て始めた。
ルイスは、その無防備な寝顔を見つめながら、今日初めて、心の底からの深い溜息をついた。今日一日の冷徹な仮面の下に隠していた、燃えるような怒りと心配が、ようやく安堵に変わっていく。
彼はそっとブランケットをかけ直すと、額にかかった一筋の髪を、優しく指で払った。
その指先に、フロラワが「ん……」と甘えるように頬をすり寄せる。
「……ルイス……」
「はい、ここに」
「……来てくれるって、知ってたよぉ……」
とろりとした声で呟かれたその言葉は、ルイスの心臓を射抜くには、十分すぎる威力を持っていた。
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