【完結】虚ろな聖女の断罪

芹澤紗凪

文字の大きさ
4 / 12

4.聖女の教団

しおりを挟む
王立魔導学園の権威は地に堕ちた。
学園長オルドリッジは全ての役職を辞し、自室に引き籠った。不正を暴かれた教師たちは生徒の信頼を失い、授業は形骸化した。

支配者が消えた学園には、奇妙な静寂と、解放感にも似た無秩序が漂っていた。
そして、その混沌の中心には、常に一人の少女の影が噂された。

「聞いたか? あのサロメ様が、腐った大人たちを断罪なさったそうだ」

「ああ。俺のダチの兄貴がイジメられてたんだが、その相手の貴族が、夜会で突然発狂したらしい。サロメ様にお祈りした、その翌日にな」

サロメ・フォン・ヴァイス。
かつてそう呼ばれ蔑まれていた名前は、いつしか畏敬と崇拝を込めて「サロメ様」と呼ばれるようになっていた。

その状況を作り出したのは、紛れもなくリオだった。
彼はサロメの「最初の預言者」として、彼女のこれまでの行いを「聖譚」として語り、虐げられた者たちを集めていった。

場所は図書館の使われなくなった書庫。蝋燭の灯りだけが揺れるその薄暗い空間は、新たな信仰が生まれる聖域となっていた。

「サロメ様は見ておられる。我々のような、声を持たぬ者たちの苦しみを」

リオの言葉に、集った生徒たちは熱に浮かされたように頷く。
彼らは貴族に虐げられた平民、才能を妬まれた者、不当な扱いを受けてきた者たち。皆、サロメに自分たちの姿を重ね、救いを求めていた。


サロメ自身は、その熱狂の輪から少し離れた場所にいた。

「これが、彼らの願いのリストです」

リオが差し出した羊皮紙には、新たな「裁いてほしい悪人」の名前がびっしりと書き連ねられていた。そのほとんどが、学園の外にいる貴族や役人たちだ。

「その人達は、私の復讐相手ではないわ」

サロメは静かに答えた。救世主になるつもりなど毛頭なかった。

「あなたにとってはそうかもしれません。でも、あなたの行いは、僕たちにとっては希望の光なんです」

リオは真摯な瞳でサロメを見つめた。

「そしてこれは、僕たちからの『供物』です。サロメ様は金品を受け取らないことを知っています。ですので、それぞれの立場でしか知り得ない情報を集めてまいりました。聖女様の奇跡のための、武器にしてください」

彼が差し出したのは、分厚い手紙の束だった。ある者は貴族の屋敷の下働きとして聞き知った密談を、ある者は役所の書庫で偶然目にした記録を、ある者は街の衛兵である父親から聞いた不審な事件の噂を、懸命に書き記したものだ。

金銭には全く興味を示さないサロメだが、その情報の束には価値を見出した。
復讐の、そしてこれからの戦いのための、何よりの武器になる。

何より、自分と同じように理不尽に踏みつけられてきた者たちの痛みが、紙面から滲み出ているようだった。この力を、彼らのために使うのも悪くない。そう思い始めていた。

「…わかったわ」

サロメは、リストの一番上にあった名前を指さした。それは、生徒の親が経営する店を不当に奪った、強欲な商人の名前だった。

「この男に、本当の『渇き』を教えてあげる」

サロメは考えた。



数日後、王都で噂が広まった。
羽振りの良かったはずの商人が、金庫に山と積まれた金貨や宝石を前に「砂だ!全部砂だ!」と泣き叫び、井戸に身を投げたという。 

「聖女様の奇跡だ!」

教団の熱狂は頂点に達した。彼らはサロメを現人神と崇め、さらに多くの「情報」を供物として捧げるようになった。

その夜、サロメはリオが整理した情報の束に目を通していた。貴族のスキャンダル、役人の不正。そのどれもが、彼女の新たな武器となる。

しかし、その中にあった一つの短い報告が、サロメの心の奥底にある古い傷を、かすかに疼かせた。

『数年前、王都から西へ向かう街道で大規模な土砂崩れが発生。当時、ヴァイス夫妻が巻き込まれ死亡したと記録。しかし、現場の修復に携わった父の話では、あれは自然の崩落にしてはあまりに不自然な点が多く、まるで巨大な力で山肌を抉り取ったようだった、とのこと』

ヴァイス夫妻——サロメの両親。その死は、不運な事故だったはずだ。

サロメは、胸のざわめきを偶然だと打ち消し、その紙を脇に置いた。今は、目の前の復讐に集中すべきだ。


だが、彼女はまだ知らない。
その小さな違和感こそが、自らの両親を死に追いやった、この国の最も暗い闇へと続く入り口であることを。


そして、サロメの知らないもう一つの場所。王都の内務省で、一つの指令が発せられていた。

「学園で起きている不審な権力移行と、それに伴う貴族たちの不可解な事件。背後にいると思われる『扇動者』を特定、及び捕縛せよ。対象は『聖女』を名乗る学生とのこと。速やかに、その正体を暴け」

サロメの個人的な復讐は、今、彼女の知らないところで、二つの巨大な流れへと繋がった。

一つは、両親の死の真相へと至る、過去への道。

もう一つは、国家との対決へと至る、未来への道。


物語は、加速していく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

[完]聖女の真実と偽りの冠

さち姫
恋愛
私、レティシア・エルメロワは聖女としての癒しの力を発揮した。 神託を聞き、国の為に聖女として、そして国の王太子の婚約者として、努力してきた。 けれど、義妹のアリシアが癒しの力を発揮した事で、少しずつ私の周りが変わっていく。 そうして、わたしは神ではなく、黒魔術を使う、偽りの聖女として追放された。 そうしてアリシアが、聖女となり、王太子の婚約者となった。 けれど、アリシアは癒しの力はあっても、神託は聞けない。 アリシア。 私はあなた方嫌いではな。 けれど、 神は偽りを知っているわ。

聖女の復讐~私、本当にいいのか確認しましたよね?こうなったのは全て、王太子殿下の自業自得ですよ?~

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女と呼ばれた少女は、愛する人を失った。聖女と呼ばれた少女は、その原因となった王太子に復讐を誓う。 復讐の果てに少女は何を得るのか……。 この物語は、愛する人を失った少女の復讐の物語。 全10話 ※小説家になろう様で掲載していた短編作品を加筆修正した連載版になります。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

運命の秘薬 〜100年の時を超えて〜 [完]

風龍佳乃
恋愛
シャルパド王国に育った アリーリアはこの国の皇太子である エドアルドとの結婚式を終えたが 自分を蔑ろにした エドアルドを許す事が出来ず 自ら命をたってしまったのだった アリーリアの魂は彷徨い続けながら 100年後に蘇ったのだが… 再び出会ってしまったエドアルドの 生まれ変わり 彼も又、前世の記憶を持っていた。 アリーリアはエドアルドから離れようと するが運命は2人を離さなかったのだ 戸惑いながら生きるアリーリアは 生まれ変わった理由を知り驚いた そして今の自分を受け入れて 幸せを見つけたのだった。 ※ は前世の出来事(回想)です

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

「輝きがない」と言って婚約破棄した元婚約者様へ、私は隣国の皇后になりました

有賀冬馬
恋愛
「君のような輝きのない女性を、妻にするわけにはいかない」――そう言って、近衛騎士カイルは私との婚約を一方的に破棄した。 私は傷つき、絶望の淵に落ちたけれど、森で出会った傷だらけの青年を助けたことが、私の人生を大きく変えることになる。 彼こそ、隣国の若き皇子、ルイス様だった。 彼の心優しさに触れ、皇后として迎え入れられた私は、見違えるほど美しく、そして強く生まれ変わる。 数年後、権力を失い、みすぼらしい姿になったカイルが、私の目の前に現れる。 「お久しぶりですわ、カイル様。私を見捨てたあなたが、今さら縋るなんて滑稽ですわね」。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...