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4.聖女の教団
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王立魔導学園の権威は地に堕ちた。
学園長オルドリッジは全ての役職を辞し、自室に引き籠った。不正を暴かれた教師たちは生徒の信頼を失い、授業は形骸化した。
支配者が消えた学園には、奇妙な静寂と、解放感にも似た無秩序が漂っていた。
そして、その混沌の中心には、常に一人の少女の影が噂された。
「聞いたか? あのサロメ様が、腐った大人たちを断罪なさったそうだ」
「ああ。俺のダチの兄貴がイジメられてたんだが、その相手の貴族が、夜会で突然発狂したらしい。サロメ様にお祈りした、その翌日にな」
サロメ・フォン・ヴァイス。
かつてそう呼ばれ蔑まれていた名前は、いつしか畏敬と崇拝を込めて「サロメ様」と呼ばれるようになっていた。
その状況を作り出したのは、紛れもなくリオだった。
彼はサロメの「最初の預言者」として、彼女のこれまでの行いを「聖譚」として語り、虐げられた者たちを集めていった。
場所は図書館の使われなくなった書庫。蝋燭の灯りだけが揺れるその薄暗い空間は、新たな信仰が生まれる聖域となっていた。
「サロメ様は見ておられる。我々のような、声を持たぬ者たちの苦しみを」
リオの言葉に、集った生徒たちは熱に浮かされたように頷く。
彼らは貴族に虐げられた平民、才能を妬まれた者、不当な扱いを受けてきた者たち。皆、サロメに自分たちの姿を重ね、救いを求めていた。
サロメ自身は、その熱狂の輪から少し離れた場所にいた。
「これが、彼らの願いのリストです」
リオが差し出した羊皮紙には、新たな「裁いてほしい悪人」の名前がびっしりと書き連ねられていた。そのほとんどが、学園の外にいる貴族や役人たちだ。
「その人達は、私の復讐相手ではないわ」
サロメは静かに答えた。救世主になるつもりなど毛頭なかった。
「あなたにとってはそうかもしれません。でも、あなたの行いは、僕たちにとっては希望の光なんです」
リオは真摯な瞳でサロメを見つめた。
「そしてこれは、僕たちからの『供物』です。サロメ様は金品を受け取らないことを知っています。ですので、それぞれの立場でしか知り得ない情報を集めてまいりました。聖女様の奇跡のための、武器にしてください」
彼が差し出したのは、分厚い手紙の束だった。ある者は貴族の屋敷の下働きとして聞き知った密談を、ある者は役所の書庫で偶然目にした記録を、ある者は街の衛兵である父親から聞いた不審な事件の噂を、懸命に書き記したものだ。
金銭には全く興味を示さないサロメだが、その情報の束には価値を見出した。
復讐の、そしてこれからの戦いのための、何よりの武器になる。
何より、自分と同じように理不尽に踏みつけられてきた者たちの痛みが、紙面から滲み出ているようだった。この力を、彼らのために使うのも悪くない。そう思い始めていた。
「…わかったわ」
サロメは、リストの一番上にあった名前を指さした。それは、生徒の親が経営する店を不当に奪った、強欲な商人の名前だった。
「この男に、本当の『渇き』を教えてあげる」
サロメは考えた。
数日後、王都で噂が広まった。
羽振りの良かったはずの商人が、金庫に山と積まれた金貨や宝石を前に「砂だ!全部砂だ!」と泣き叫び、井戸に身を投げたという。
「聖女様の奇跡だ!」
教団の熱狂は頂点に達した。彼らはサロメを現人神と崇め、さらに多くの「情報」を供物として捧げるようになった。
その夜、サロメはリオが整理した情報の束に目を通していた。貴族のスキャンダル、役人の不正。そのどれもが、彼女の新たな武器となる。
しかし、その中にあった一つの短い報告が、サロメの心の奥底にある古い傷を、かすかに疼かせた。
『数年前、王都から西へ向かう街道で大規模な土砂崩れが発生。当時、ヴァイス夫妻が巻き込まれ死亡したと記録。しかし、現場の修復に携わった父の話では、あれは自然の崩落にしてはあまりに不自然な点が多く、まるで巨大な力で山肌を抉り取ったようだった、とのこと』
ヴァイス夫妻——サロメの両親。その死は、不運な事故だったはずだ。
サロメは、胸のざわめきを偶然だと打ち消し、その紙を脇に置いた。今は、目の前の復讐に集中すべきだ。
だが、彼女はまだ知らない。
その小さな違和感こそが、自らの両親を死に追いやった、この国の最も暗い闇へと続く入り口であることを。
そして、サロメの知らないもう一つの場所。王都の内務省で、一つの指令が発せられていた。
「学園で起きている不審な権力移行と、それに伴う貴族たちの不可解な事件。背後にいると思われる『扇動者』を特定、及び捕縛せよ。対象は『聖女』を名乗る学生とのこと。速やかに、その正体を暴け」
サロメの個人的な復讐は、今、彼女の知らないところで、二つの巨大な流れへと繋がった。
一つは、両親の死の真相へと至る、過去への道。
もう一つは、国家との対決へと至る、未来への道。
物語は、加速していく。
学園長オルドリッジは全ての役職を辞し、自室に引き籠った。不正を暴かれた教師たちは生徒の信頼を失い、授業は形骸化した。
支配者が消えた学園には、奇妙な静寂と、解放感にも似た無秩序が漂っていた。
そして、その混沌の中心には、常に一人の少女の影が噂された。
「聞いたか? あのサロメ様が、腐った大人たちを断罪なさったそうだ」
「ああ。俺のダチの兄貴がイジメられてたんだが、その相手の貴族が、夜会で突然発狂したらしい。サロメ様にお祈りした、その翌日にな」
サロメ・フォン・ヴァイス。
かつてそう呼ばれ蔑まれていた名前は、いつしか畏敬と崇拝を込めて「サロメ様」と呼ばれるようになっていた。
その状況を作り出したのは、紛れもなくリオだった。
彼はサロメの「最初の預言者」として、彼女のこれまでの行いを「聖譚」として語り、虐げられた者たちを集めていった。
場所は図書館の使われなくなった書庫。蝋燭の灯りだけが揺れるその薄暗い空間は、新たな信仰が生まれる聖域となっていた。
「サロメ様は見ておられる。我々のような、声を持たぬ者たちの苦しみを」
リオの言葉に、集った生徒たちは熱に浮かされたように頷く。
彼らは貴族に虐げられた平民、才能を妬まれた者、不当な扱いを受けてきた者たち。皆、サロメに自分たちの姿を重ね、救いを求めていた。
サロメ自身は、その熱狂の輪から少し離れた場所にいた。
「これが、彼らの願いのリストです」
リオが差し出した羊皮紙には、新たな「裁いてほしい悪人」の名前がびっしりと書き連ねられていた。そのほとんどが、学園の外にいる貴族や役人たちだ。
「その人達は、私の復讐相手ではないわ」
サロメは静かに答えた。救世主になるつもりなど毛頭なかった。
「あなたにとってはそうかもしれません。でも、あなたの行いは、僕たちにとっては希望の光なんです」
リオは真摯な瞳でサロメを見つめた。
「そしてこれは、僕たちからの『供物』です。サロメ様は金品を受け取らないことを知っています。ですので、それぞれの立場でしか知り得ない情報を集めてまいりました。聖女様の奇跡のための、武器にしてください」
彼が差し出したのは、分厚い手紙の束だった。ある者は貴族の屋敷の下働きとして聞き知った密談を、ある者は役所の書庫で偶然目にした記録を、ある者は街の衛兵である父親から聞いた不審な事件の噂を、懸命に書き記したものだ。
金銭には全く興味を示さないサロメだが、その情報の束には価値を見出した。
復讐の、そしてこれからの戦いのための、何よりの武器になる。
何より、自分と同じように理不尽に踏みつけられてきた者たちの痛みが、紙面から滲み出ているようだった。この力を、彼らのために使うのも悪くない。そう思い始めていた。
「…わかったわ」
サロメは、リストの一番上にあった名前を指さした。それは、生徒の親が経営する店を不当に奪った、強欲な商人の名前だった。
「この男に、本当の『渇き』を教えてあげる」
サロメは考えた。
数日後、王都で噂が広まった。
羽振りの良かったはずの商人が、金庫に山と積まれた金貨や宝石を前に「砂だ!全部砂だ!」と泣き叫び、井戸に身を投げたという。
「聖女様の奇跡だ!」
教団の熱狂は頂点に達した。彼らはサロメを現人神と崇め、さらに多くの「情報」を供物として捧げるようになった。
その夜、サロメはリオが整理した情報の束に目を通していた。貴族のスキャンダル、役人の不正。そのどれもが、彼女の新たな武器となる。
しかし、その中にあった一つの短い報告が、サロメの心の奥底にある古い傷を、かすかに疼かせた。
『数年前、王都から西へ向かう街道で大規模な土砂崩れが発生。当時、ヴァイス夫妻が巻き込まれ死亡したと記録。しかし、現場の修復に携わった父の話では、あれは自然の崩落にしてはあまりに不自然な点が多く、まるで巨大な力で山肌を抉り取ったようだった、とのこと』
ヴァイス夫妻——サロメの両親。その死は、不運な事故だったはずだ。
サロメは、胸のざわめきを偶然だと打ち消し、その紙を脇に置いた。今は、目の前の復讐に集中すべきだ。
だが、彼女はまだ知らない。
その小さな違和感こそが、自らの両親を死に追いやった、この国の最も暗い闇へと続く入り口であることを。
そして、サロメの知らないもう一つの場所。王都の内務省で、一つの指令が発せられていた。
「学園で起きている不審な権力移行と、それに伴う貴族たちの不可解な事件。背後にいると思われる『扇動者』を特定、及び捕縛せよ。対象は『聖女』を名乗る学生とのこと。速やかに、その正体を暴け」
サロメの個人的な復讐は、今、彼女の知らないところで、二つの巨大な流れへと繋がった。
一つは、両親の死の真相へと至る、過去への道。
もう一つは、国家との対決へと至る、未来への道。
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