【完結】優雅に踊ってくださいまし

侍女は踊り狂いたい

るんるんと効果音をつけて今にも踊り出しそうな程に上機嫌なニーナは、大好きな主人の湯浴みの準備のため、廊下を進んでいた。
気を抜くと鼻歌が出そうなのを、クリスティーナの侍女としての矜持で必死に耐える。
にやにやとしそうな頰肉は内側から噛んで何とか誤魔化している。


ーーあ～、お嬢様まじ女神。幸せ…


うっかり行き交ってしまった使用人仲間はニーナの顔を見て、やべえものを見てしまったと言わんばかりに目を逸らしてそそくさと立ち去っていった。

公爵家の使用人達は優しく聡明なクリスティーナが大好きだし、彼女が苦労した期間を知っているからこそ、あまり公にはできないものの、クリスティーナが解放されたことを喜んでいた。

ただ、ニーナの喜び具合にはちょっと恐怖を感じたし、クリスティーナ大好き病を発病した彼女につける薬はない事をよく知っていた。話しかけたら最後。私のお嬢様についての演説が始まり数時間は離して貰えなくなる。クリスティーナの侍女達は全員その傾向があるのだが、ニーナは特に酷い。
被害に合わないためには触らぬ神に祟りなしを地で行くしかないのだ。

ニーナのクリスティーナ大好き病が発症してから今に至るまでの間に、ニーナはクリスティーナのために様々なことを身につけている。使用人仲間達はその鬼気迫るニーナをずっと側で見守ってきたのだ。二人が楽しそうにしているのを、みな微笑ましい気持ちで見ていた。ただたまに怖いんだよなーというだけなのである。

さて、そんなニーナは順調に湯浴みとマッサージの準備を進めながらあの不愉快な五人組を振り返っていた。


ーーあのクソガキ共、私のお嬢様に勝とうだなんて百億光年早いのよ。ふんっ。
ああそれにしたってお嬢様まじ女神。
あんな幼児体型に顔だけ女の一体どこが良かったのかしら。どう考えたってお嬢様のお顔、お体、頭脳、性格に何一つ勝てるものなんてないじゃないの！あの輝くような髪と裸体…ああ幸せ…。


鼻血が出そうになりながら手は止まらない。


ーーそれにしてもお嬢様は本当にお優しいわ。あんな程度で済ませるなんて…。私なら骨の数本をさくっとやってるわ。


手に持っていた石鹸がめしゃっと潰れた。それを横目で確認した同僚がソッとニーナから距離を取り、安全圏を確保する。それにハッと気づいたニーナはまた女神の姿を思い出し、穏やかな気持ちを取り戻した。

このニーナはお嬢様が大好き過ぎて、本当にいろんなことを身につけた。
メイドや侍女としての技能はもちろん、万一遭難したときのため、野外で探せる食料についてはもちろん、怪我や病の治療のために、薬草と医術に関する知識。
お嬢様に危険が迫ったときのために護身術…だけの予定が、師匠が筋の良さを認め、面白半分に色々教えたら暗殺が出来ちゃうくらいになった。暗器はあちこちに忍ばせている。
そしてさらにお嬢様が王妃になるなら諜報もできないとダメよねという謎思考によって、各所に情報屋を忍ばせ、常に最新情報を得られるようにした。もうその手と耳は王都だけでなく、地方にも伸ばしつつある。

清く美しく育っていくお嬢様が心配すぎて常にくっついていたかったのだが、さすがに夜会とか自由に動くわけにはいかない場所がある。
お嬢様が知らないうちに事件に巻き込まれるよりはと、泣く泣く世の不条理と、護身術と、ちょっとした世渡り術について教える事にした。もちろんコッソリだ。そしてこの判断が間違いではなかったと判ったのはあの第一王子アホとの婚約だ。


ーーああ…あの時のお嬢様は本当に素敵だった…。素晴らしくお育ちになってニーナは本当に幸せです…！


クリスティーナはもともと聡明だったが、やっぱり上位貴族だけあって品が良い。やり返す方法もやっぱり品が良い。だから品の良くない方法もちょっとだけ教えていた。そしてその方法はあの悪ガキ共の調教に大いに有効な手段だった。聡明なお嬢様はニーナが教えた方法を応用し、またある時には品の良い仕返しと混ぜる事でより効果の高い仕返しを編み出した。


ーーまあアホだからちょっと離れたらすぐ忘れちゃったんだけど。今頃後悔してる頃合いかしら。後で牢番への聞き取りにいかせよーっと。
ただお嬢様…本当にお強いのよね。私も勝てないのよね…。あんなにお美しいのに強いなんて本当に素敵…。抱かれたい。



やばい侍女は支度を終え、大好きな主人を呼びに行くことにした。