R18『僕に、堕ちて』運命のアルファは先生でした

ああいああこ 【ゆる腐わ女子】

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積み木.1

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 穏やかに時が流れる。

 先生が居ても居なくても、昼休みを数学準備室で過ごす。僕のために鍵は毎日開いている。みんなの好奇心を背に、後ろ手で扉を閉める。
 ただ、勉強を教わる。少し慣れて会話が出来るようになった。それだけだけれど。

 授業をサボるようになった。保健室に行きます、と教師に言い残して、歴史学の空き準備室に顔を出す。
 一五が居るかどうかはわからない。居れば一緒にイヤホンを分けあって音楽を聞いたり、手を繋いで昼寝をする。こっそり持ち込んだゴーを枕にして。

 もちろん優等生は維持。矢野さんに頼んで、田村医師に診断書を作ってもらった。『オメガフェロモンが不安定だから、思春期メンタルも不安定、見守ってね』と書いてあるそうだ。相変わらず田村医師の説明は砕けている。
 その上で、計算してバランス良く授業を抜けている。今のところ、僕の逸脱行為は咎められてはいない。

 時折、一五にくっついてライブハウスにお邪魔する。ストリートの方は護衛しづらいから、と断られてしまうけれど。豹っぽい一五を猫可愛がりするグループの方々とも、知り合いになった。
 僕を大人っぽくするために、放課後矢野さんが迎えにくる。プライベートサロンで磨かれるだけでなく、演奏会や個人美術館、社交の場にも連れ出されるようになった。

 けい兄には……会わせてもらえない。



「失礼いたします」

 吸入薬を深く肺まで取り込んでから、準備室の引き戸をノックする。今日は先生が僕を待っている。

「松流さん、ごきげんよう」

 明るく笑って、大きめの水筒を軽く掲げてみせる。ふわりと淡く揺れるせんせいの薫り。笑顔にはやっと耐性がついた。

「淹れたての方が、美味しいんだけどね」

 少し前から、お言葉に甘えてご馳走になっている。先生が自宅で手ずから淹れた珈琲を。
 ごつい湯呑みに入った真っ黒な水面。カランと響く氷の音。本当は苦くて不得手なはずのブラックを、僕は背伸びして、毎回澄ました顔で飲んでいる。
 そっと両手で包んだ珈琲が、昨日より僅かに甘くなっている。気づいた僕は、心までちょっぴり甘くなってしまう。
 それでも、幼い舌を見抜かれて何だか悔しい。その優しさに素知らぬ顔して、コクリと飲み干す。

 やってきた特別宿題のノートを提出して、新しいものをいただいて。細長いテーブルに並んで、僕は解く。先生は何か作業をする。
 黙ったまま、触れそうで決して触れない二人の距離。全館空調の音が聞き取れる。きっちり閉じた窓の外は、梅雨の走り。雨音は届かない。
 無理やり質問事項を捻り出して、ひと言ふた言。

「ありがとうございました」
「また、明日」

 昼休み終了の鐘の音色が響く前に、準備室を出る。お弁当は別々。チラッと見えた包みは、ベーカリーに勤める番さんの手作りサンド。見たくない。お互いに見えないフリ。
 多分……たぶん、だけれど。せんせいも戸惑っている。



 ちゃんと、放課後。一人で赤い傘を差して裏門の車寄せまで歩く。雨はもう疎らで、蒸した空気の方が地上を占めている。期間限定送迎車の許可はまだ継続している。
 何となく予感はあった。矢野さんが車内にいる。忙しいからだろう、いつも何の連絡も無く現れる。

「そろそろかな、って思ってた。お疲れさまです」
「おかえりなさいませ、松流様」

 紳士の仮面は顔色が読みづらいけれど、いつもよりもご機嫌な気がする。

「今日は何するの?」
「髪を整えようかと」

 僕の襟足の髪を、繊細な手つきで指にくるりと絡ませる。研究室の味見の件以降、僕にキスしたり膝に抱き上げるようなスキンシップを、矢野さんからはしなくなった。でも時々こうやって、自然に僕に触れることはある。きっと無意識なんだろう。

 彼の指を受け入れたまま、運転手に都心へと運ばれる。
 大通りから道一本入った瀟洒なビルの一角、看板の無い美容室。案外狭い店内に入ると、いつものサロンのお姉さまが二人、出張してきている。何だか楽しそうな様子。

「矢野さま、平さまのヘアスタイル、いかが仕上げましょう?」
「項を、晒そうか」
「う……なじ、を?」
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