結末

ナカムラ

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結末

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 私は、明日結婚式のため東京に向かう。
今は、とても幸せだ。
 私は、教会で愛の誓いをするほど実は心が清らかではない。
私は、学生時代は、運動神経も良くて勉強も出来た。
 運動神経は、マラソンの大会に出てレギュラーで優勝するほどだ。
 仲間もいっぱいいた。誰も私に逆らえない。私は、とても幸せだった。
 だから、いじめた。なんて気分爽快だ。
学年が変わる度にターゲットを変えていじめてやった。
 問題になりかけたこともあったがその度に先生や監督や親が揉み消してくれたり、法で守ってくれたりした。
そうだろう。私を守っていた方が世の中的に有意義だ。
私の将来を考えてくれたから今がある。
 私には、今その記憶も曖昧だ。
今は、彼女の横にいることが何よりも幸せだ。
彼女の事を守っていこうと思う。
私を大人が守ってくれたように。
 結婚式の当日になった。
多くの参列者が、いや、違う。全ての席が私がいじめた人々で埋まっている。
ウワーッ!!!
 私は、そこで目が覚めた。
夜が明けて、結婚式の当日になった。
なんて素敵な朝だ。
 すると、しばらくして下の階にいる母の悲鳴が聞こえた。
 階段を駆け上がる音が聞こえる。
私は、相手に向かって叫んだ。
「お前は誰だ!」
「覚えていなんだな!人の人生を壊しておいて!」
私は、薄れゆく意識の中で思った。
下手に守られなければ逆に遠回りはしただろうけども、彼女と幸せな人生を遂げられたのでは…。
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