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第2章 新婚初夜は蜜色の企み
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いきなり不機嫌になった男に、美園はむっとする。
――腹を立てているのは、私だ。
理不尽な目にあってるのは美園で、高坂はそれに加担する側の人間だ。
彼が腹を立てる意味がわからない。
これ以上、この男に感情的に振り回されるのが嫌で、何でもない振りをするために、美園は部屋着のワンピースを頭からかぶった。それから、高坂の方をくるりと振り向く。
「何故? プライベートの全ても、あなたに管理されるってことかしら?」
いまだ浴室の扉の前に立つ男に、挑発的な眼差しで問いかける。
「別にそんなつもりはありません」
「だったら何? アベルに連絡を取りたいと言っただけで、そんな不機嫌になるの?」
「それを本気で言ってますか?」
真顔になった男が、美園の傍に歩み寄ってくる。
「な、何よ?」
険悪な表情に面食らう。普段の穏やかさしか知らなかったせいか、表情を消した男に、たじろいで美園は、思わず後退る。
高坂はそんな美園をちらりと見やって、美園から半歩の距離で立ち止まった。棚からバスローブを手に取り濡れたままの体に羽織った。
これまでを振り返れば、優しいだけの男じゃないとわかっている。けれど、今までは美園が何か言っても、八つ当たりしても、どこか受け流すような態度だったのに、アベルの話になった途端に、高坂の余裕が消えた。
ーーいきなり何? アベルのことがそんなに気に入らないの? これじゃあ、まるで……
「……嫉妬してるみたい」
思わず声に出して、あり得ないと美園は思う。それが顔に出ていたのか、高坂が瞳を眇めた。
「私が嫉妬したらおかしいですか?」
「……おかしいでしょ」
「それこそ何故? 彼はあなたにとって特別な存在でしょう」
迫る男から少しでも距離を取りたくて、美園はもう半歩後ろに下がろうと思った。
けれど、その前に高坂が美園の体の両脇の棚に手をついて、美園を腕の中に閉じ込める。
近すぎる距離に、ざわざわと胸が騒いで、落ち着かない。
――だから、嫌いだ。この人は、私の感情をかき乱す。
もう忘れたはずの初恋が疼く気がして、たまらなく嫌だった。
――この人は、もう私が知っている人じゃない。
吐息の触れる距離で、高坂を見上げながら、美園は自分に言い聞かせる。
男の濡れた前髪から、雫が滴り落ちてきた。
気付いた高坂が、濡れて乱れ落ちてきた前髪を、邪魔そうにかき上げた。その何でもない仕草に妙な色気を感じて、美園の鼓動がどきりと跳ねた。
「今の私にとって彼の存在は脅威だ」
彼の野心にとって、美園が他の男に向ける情は、どんなものであっても許せるものでないということか。
「……アベルは私にとっては親友よ」
「その言葉を信じられるほど、私に余裕はありませんよ」
美園の言葉に、高坂はかすかに眉を下げ、笑った。揶揄うような声音で、けれど、言葉通りに余裕のない表情を浮かべている男か見せる感情の意味が、美園には理解できない。理解したくない。
「彼はあなたにとって、親友って言葉で片付けられる存在ではないでしょう?」
美園の反応を確かめるように、もう一度確認してくる高坂に、美園は小さく息を呑む。
喉を締め上げられるような息苦しさを感じた。
――彼は何をどこまで知っているの?
疑問が脳裏を過った。美園の過去を何もかも知っているような、高坂の態度が、美園を惑わせる。
――何でこんな会話をしているんだろう?
無意味に緊張して、腹を探りあうような会話は苦手だ。
何が聞きたいのか知らないが、美園は疲れて不意に投げやりになる。ここで意地を張り続ければ、美園が踏み込まれたくない場所まで、高坂が踏み込んできそうな予感がして、怖くなる。
「アベルに連絡を取りたいのは、彼に私の犬を預けているからよ」
ひりつく感覚を持て余した美園は、高坂から顔を背けて、ため息とともにアレックスのことを伝える。
「犬……ですか?」
高坂が拍子抜けしたように声で、確認してくる。
「そうよ。私にとっての家族を彼に預けているの。いつまでここに閉じ込められるかわからないから、引き取りたいのよ」
「そういうことですか……」
何かを考えるような男の言葉に、美園は視線を高坂に戻す。
「ダメかしら? それならそれで、アレックスのことをアベルにちゃんと頼みたいのよ。まさか、閉じ込められると思ってなかったから、今晩預けるだけのつもりだったし」
海外に行く時は長期間預けることもあるし、アベルの部屋にはアレックス用の物が、色々とストックしてある。けれど、エサ代やペットシーツ代など、日々この先かかる経費まであの親友に負担してもらうつもりはない。
引き取れないのなら、それらの費用もアベルに預けておきたかった。
「わかりました。そう言うことであれば、スマートフォンはお返ししますよ。犬も引き取って大丈夫です」
「いいの?」
先ほどの頑なな態度が嘘のように、すんなりと頷いた男に、美園は意外な思いにとらわれる。
「ええ。ただ、彼への連絡は私の前でしてください。犬も私が引き取りに行きます」
何故そこまでするのかと思うが、ここで反抗するほど美園も馬鹿ではなかった。
――今は、アレックスを引き取る方を優先しよう。
「わかったわ。それでいい」
ホッと息を吐いて、美園は高坂の腕の中から出ようと、その手を叩く。高坂はあっさりと美園を解放した。
美園は急いで彼に背を向けると、高坂の腕の中から抜け出し、二,三歩の距離を取る。その美園の背に、高坂が「ああ、そうだ」と声をかけてきた。
「先ほども言いましたが、私は美園さんが、仕事をするのを止める気はありません。今すぐに買い付けに出してあげることはできませんが、ネットショップなどの商品の発送をすることは構いません。総帥の許可も取ってあります」
先ほど、頭の中で思い浮かべていたことを、言葉にされて美園は、びっくりして高坂を振り向いた。
高坂が、美園の仕事に予想外に詳しいことにも驚かされる。
「意外そうな顔ですね」
――そんなに私って、感情が顔を出ているのかな?
先ほどから、高坂は美園の言葉にしない感情や、思いを顔色から読み取っている気がして落ち着かない。
高坂が小さく笑った。
「あなたは昔から素直で、考えていることが顔に出てますよ。そう言うところは変わりませんね」
昔を懐かしむような男の眼差しと言葉が、美園の心をかき乱すことに、この男は気づいているのだろうか――
――腹を立てているのは、私だ。
理不尽な目にあってるのは美園で、高坂はそれに加担する側の人間だ。
彼が腹を立てる意味がわからない。
これ以上、この男に感情的に振り回されるのが嫌で、何でもない振りをするために、美園は部屋着のワンピースを頭からかぶった。それから、高坂の方をくるりと振り向く。
「何故? プライベートの全ても、あなたに管理されるってことかしら?」
いまだ浴室の扉の前に立つ男に、挑発的な眼差しで問いかける。
「別にそんなつもりはありません」
「だったら何? アベルに連絡を取りたいと言っただけで、そんな不機嫌になるの?」
「それを本気で言ってますか?」
真顔になった男が、美園の傍に歩み寄ってくる。
「な、何よ?」
険悪な表情に面食らう。普段の穏やかさしか知らなかったせいか、表情を消した男に、たじろいで美園は、思わず後退る。
高坂はそんな美園をちらりと見やって、美園から半歩の距離で立ち止まった。棚からバスローブを手に取り濡れたままの体に羽織った。
これまでを振り返れば、優しいだけの男じゃないとわかっている。けれど、今までは美園が何か言っても、八つ当たりしても、どこか受け流すような態度だったのに、アベルの話になった途端に、高坂の余裕が消えた。
ーーいきなり何? アベルのことがそんなに気に入らないの? これじゃあ、まるで……
「……嫉妬してるみたい」
思わず声に出して、あり得ないと美園は思う。それが顔に出ていたのか、高坂が瞳を眇めた。
「私が嫉妬したらおかしいですか?」
「……おかしいでしょ」
「それこそ何故? 彼はあなたにとって特別な存在でしょう」
迫る男から少しでも距離を取りたくて、美園はもう半歩後ろに下がろうと思った。
けれど、その前に高坂が美園の体の両脇の棚に手をついて、美園を腕の中に閉じ込める。
近すぎる距離に、ざわざわと胸が騒いで、落ち着かない。
――だから、嫌いだ。この人は、私の感情をかき乱す。
もう忘れたはずの初恋が疼く気がして、たまらなく嫌だった。
――この人は、もう私が知っている人じゃない。
吐息の触れる距離で、高坂を見上げながら、美園は自分に言い聞かせる。
男の濡れた前髪から、雫が滴り落ちてきた。
気付いた高坂が、濡れて乱れ落ちてきた前髪を、邪魔そうにかき上げた。その何でもない仕草に妙な色気を感じて、美園の鼓動がどきりと跳ねた。
「今の私にとって彼の存在は脅威だ」
彼の野心にとって、美園が他の男に向ける情は、どんなものであっても許せるものでないということか。
「……アベルは私にとっては親友よ」
「その言葉を信じられるほど、私に余裕はありませんよ」
美園の言葉に、高坂はかすかに眉を下げ、笑った。揶揄うような声音で、けれど、言葉通りに余裕のない表情を浮かべている男か見せる感情の意味が、美園には理解できない。理解したくない。
「彼はあなたにとって、親友って言葉で片付けられる存在ではないでしょう?」
美園の反応を確かめるように、もう一度確認してくる高坂に、美園は小さく息を呑む。
喉を締め上げられるような息苦しさを感じた。
――彼は何をどこまで知っているの?
疑問が脳裏を過った。美園の過去を何もかも知っているような、高坂の態度が、美園を惑わせる。
――何でこんな会話をしているんだろう?
無意味に緊張して、腹を探りあうような会話は苦手だ。
何が聞きたいのか知らないが、美園は疲れて不意に投げやりになる。ここで意地を張り続ければ、美園が踏み込まれたくない場所まで、高坂が踏み込んできそうな予感がして、怖くなる。
「アベルに連絡を取りたいのは、彼に私の犬を預けているからよ」
ひりつく感覚を持て余した美園は、高坂から顔を背けて、ため息とともにアレックスのことを伝える。
「犬……ですか?」
高坂が拍子抜けしたように声で、確認してくる。
「そうよ。私にとっての家族を彼に預けているの。いつまでここに閉じ込められるかわからないから、引き取りたいのよ」
「そういうことですか……」
何かを考えるような男の言葉に、美園は視線を高坂に戻す。
「ダメかしら? それならそれで、アレックスのことをアベルにちゃんと頼みたいのよ。まさか、閉じ込められると思ってなかったから、今晩預けるだけのつもりだったし」
海外に行く時は長期間預けることもあるし、アベルの部屋にはアレックス用の物が、色々とストックしてある。けれど、エサ代やペットシーツ代など、日々この先かかる経費まであの親友に負担してもらうつもりはない。
引き取れないのなら、それらの費用もアベルに預けておきたかった。
「わかりました。そう言うことであれば、スマートフォンはお返ししますよ。犬も引き取って大丈夫です」
「いいの?」
先ほどの頑なな態度が嘘のように、すんなりと頷いた男に、美園は意外な思いにとらわれる。
「ええ。ただ、彼への連絡は私の前でしてください。犬も私が引き取りに行きます」
何故そこまでするのかと思うが、ここで反抗するほど美園も馬鹿ではなかった。
――今は、アレックスを引き取る方を優先しよう。
「わかったわ。それでいい」
ホッと息を吐いて、美園は高坂の腕の中から出ようと、その手を叩く。高坂はあっさりと美園を解放した。
美園は急いで彼に背を向けると、高坂の腕の中から抜け出し、二,三歩の距離を取る。その美園の背に、高坂が「ああ、そうだ」と声をかけてきた。
「先ほども言いましたが、私は美園さんが、仕事をするのを止める気はありません。今すぐに買い付けに出してあげることはできませんが、ネットショップなどの商品の発送をすることは構いません。総帥の許可も取ってあります」
先ほど、頭の中で思い浮かべていたことを、言葉にされて美園は、びっくりして高坂を振り向いた。
高坂が、美園の仕事に予想外に詳しいことにも驚かされる。
「意外そうな顔ですね」
――そんなに私って、感情が顔を出ているのかな?
先ほどから、高坂は美園の言葉にしない感情や、思いを顔色から読み取っている気がして落ち着かない。
高坂が小さく笑った。
「あなたは昔から素直で、考えていることが顔に出てますよ。そう言うところは変わりませんね」
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