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クララ、上野で不思議な白昼夢を見るのこと
ラノベ風に明治文明開化事情を読もう-クララの明治日記 超訳版第88回 クララ、上野で不思議な白昼夢を見るのこと
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今回分は、杉田家の悲報、内田夫人(勝海舟長女)の大いなる勘違い、クララの買い物術、そして上野で見たクララの不思議な白昼夢の話がメインとなります。
明治12年8月9日 土曜
グラント将軍は長居をし過ぎた!
『もしグラント将軍が早く帰らないと、暗殺されるだろう。資金が逼迫しているからな』
ビンガム公使の元に届いた匿名の手紙にはこう記されていたそうだ。
昨日聞いたのだが、杉田家のおよしさんの赤ちゃんである“かしく”が亡くなったそうだ。
この子は今まで見た日本人の赤ちゃんの中で一番綺麗で、良い子で、色白で、柔和で、しとやかで、整った口と、笑みを湛えた黒い眼をしていた。
私にとても懐いていて、この子を私の養女にしたいと思っていたくらいの可愛い子!
やさしい救世主はその御名によって洗礼を授けられたこのかよわい子羊を、天上の神の寝屋に連れ帰り給うた。
赤ちゃんは脳溢血で急死した。
武さんはウィリイに日本語でこの知らせを書いてよこした。
だが、ウィリイはその手紙がよく読めなかった。
「田中が帰るまで」と思ってポケットに入れておいたが、それを忘れてしまったのだ!
で、昨日の朝になって兄はその手紙を私に投げてよこし「その招待状、読める?」と無造作に聞いてきた。
達筆すぎて読めなかったので、私はその手紙を内田夫人のところに持って行った。
内田夫人は手紙を読み終えて、びっくりしたように仰った。
「オヤ! オヤ! 悲しいお知らせよ! 杉田さんのお家でどなたか亡くなられた」
読み進めて貰った結果、間もなく亡くなったのが「ワガムスメ」だということが分かった。
ウィリイと母はすぐに、お子さんを亡くされたご家族にお悔やみを言いに出かけた。
武さんと武さんのお母様は「柳の下の新しい小さな塚」へお出かけになりお留守だったが、およしさんは家にいて悲しみに気でも狂わんばかりであった。
しかし、気丈に気を取り直して、母が赤ちゃんや武さんにしてあげたことに対しお礼を云った。
およしさんは“カーチャン”のために私が作ってあげた小さな枕を、赤ちゃんの頭の下に入れてお棺に収めたのだそうだ。
ご家族は私たちがお葬式に行くのを待っていたのだそうだ。
だが、なかなか来ないので、武さんと津田氏の二人が、赤ちゃんのために祈りを捧げたとのこと。
曾祖母、祖母、両親、四人の背の高い叔父たちの希望と誇りであったこの小さい花が折り取られてしまうとは不思議なことだ。
しかし「風が吹けば花は散る、しかし、善なる神はすべてを支配し給う」だ。
午後、アディの写真を撮ってもらいに行った。
よく撮れるだろうと思う。
明治12年8月10日 日曜
今朝は教会に行かずに、アディと家にいた。
午後の日曜学校にも行かなかった。
母が私を静かにさせておきたかったのである。
もしかしたら、今週か来週、私たちは日光に行くかもしれないからだ。
今夜はいつにない大きな集会があり、勝家から九人も来た。
勝家のヤシキの人たちがこんなに関心を持っていることは、とても励ましになる。
金沢先生の奥様で、現矢田部夫人お録さんの母上である金沢夫人も出席された。
しかしこの老婦人は話をしていると不愉快になる。
私が云っていることに構わないで、私の言葉ばかり褒めている。
私――「アナタガ、オチカイカラ、ドーゾ、タビタビ、イラシテクダサイ」
近くにお住まいですから、時々おいでくださいね、という私に、夫人曰く。
「マア! ドーモ、ハナハダ、ヨクワカリマスカラネー、サトーサン! マア! ジツニヨク ワカリマスネ!」
全然話が通じていない。
まったくもって不愉快だ。
それで私は「長いことお坐りになってさぞお疲れでしょう、お録さんはどうしておいでですか?」と尋ねた。
答える代わりに、彼女はそばに坐っていた佐藤夫人に小声で、「キレーダネエ!」と云った。
私はうんざりして、気のいい佐藤夫人の褒め言葉を耳にしながら席を離れた。
それから私は、戸口のところでお茶を飲んでいる内田夫人のところへ行った。
杉田武さんから来た手紙を読んで頂いたお礼を云い、赤ちゃんが亡くなったあの方はさぞ悲しんでおいででしょうと云った。
「ええ、皆さんとてもお悲しみでしょう」と内田夫人。
「赤ちゃんは誕生の時から洗礼を受けていたんですよ」
「え? まあね、あの子は弱い子だといつも思っていました。そのせいでなくなったんですよ」
「…………?」
内田夫人の言葉に私は首をしばらく傾げ、ようやく夫人が“洗礼”のことを何かの病気の名前だと思っていることに気づいた。
疋田夫人はそんな姉の無知を恥じて囁いた。
「違いますよ、お夢姉さん。洗礼というのは宗教の儀式で、病気の名前ではないのですよ」
疋田夫人の赤ちゃんは、いつも集まりに来るが今夜は少し難しがったので、私が抱いて、あやしてあげた。
その間にこの子のお母様は津田氏の聖書の講義を聴いていた。
疋田夫人はうちの集会にとても興味を持っているようだ。
真理を知り、キリストを救い主として受け入れるよう、神が導き給わらんことを祈る。
明治12年8月13日 水曜
今日、母と上野に行き、大木の下や名公の墓所の涼しい陰で遊んだ。
上野は美しいところで、神々が住むにふさわしいところだ。
私たちは精養軒に行き、ボーイに「スズミ」<涼を求め>に来たのだと云うと、一番涼しいところだと云って、大広間に案内してくれた。窓と窓との間においてある丸いテーブルに坐って、私たちは本を読んだり、美しい景色を愛でながらレモネードを飲み、ケーキを食べた。一方には庭があり、手入れの行き届いた芝生に、華やかな花壇が生気を与え、向こう側の公園と下方の静かな池を見下ろすところに東屋があった。
もう一方には、大きな胴の大仏が瞑想にふけるごとくに眼を下に向け、祈るが如くに唇を半ば開いて静かに坐し、すべてのものを見下ろしていた。
仏像の頭の金の光背が午後の日ざしを受けて光っていた。
庭の裾のところ、ゆるやかな坂を下りて行ったところには池が。
澄んだ銀色の水をたたえ、周囲の岸にはとても小さな日本家屋が立ち並び、真ん中に島があって、ひと続きの反り橋を渡って行くと、海の神である弁天様の社が立っていた。
それは鮮やかな赤い色に塗られ、屋根の先がそり返っていて、金の飾りが光っていた。
近くにはほのかな色合いのピンクと白の蓮の花が、まるで美しい人魚が女王様の宮殿を見上げているように咲いていた。
そしてこちらへ吹いてくるそよ風は、お寺から笙と笛とひちりきの音を運んで来た。
その調べは、遠くから、蓮の息吹きに乗って銀色の池を越えて一団と甘美に聞こえた。
それは美しい情景だった。
向こうには無数の家と塔のある町があるが、池から立ちのぼる霞が掛かり遠くから微かに見え、未来の夢の幻のように見えた。
右側には、窓枠を通して薄暗く涼しい森が壮大な古い絵のように見えた。
そよ風は老木を敬うように葉の一枚一枚にそっと触れて通り過ぎて行き、無数の虫が高く低くすだき、その荘厳な絵が虫の生命で生き返ったように思われた。
つややかな羽と、ぎらぎらした黒い眼をした鴉が一羽近くの枝にとまり、悲しい非音楽的な声で感情を吐露し、永遠に過ぎ去った過去を悔やんでいるようだった。
去年の秋の古い落葉が散り敷き、春の新芽が出ている土の香りの漂うところに、十五メートル以上もある、見事な檜が高く真っ直ぐに聳えるさまは実に荘厳。
木々は極めて接近して生えているので、辺りは薄暗く涼しい木陰となり、ビロードの絨毯を敷いたような地面にちらほらと陽の光が射し込み、聳え立つ杉の木の黒々とした幹の上に、やわらかな、明るい陰を投げていた。
これらの森の木立の間を通して、古い、そして古いが故に荘厳な寺が垣間見えた。
石畳の歩道が寺まで続いており、その両側には、石灯籠が並んでいた。
多分何百年も前のもので、それを寄進した諸侯の名前と紋と、寄進の年月日が刻み込まれていた。
ここに大昔の貴族たちが詣でたのである。
この境内には、大名より下の位の者は入ることは許されなかった。
それは将軍ご自身が、いつもお参りに来られるところであり、古い巨木の暗い陰に、王侯のように立派に埋葬されているところだからである。
「!」
私は夢を見ているのだろうか?
うろたえた私の眼の前を通り過ぎて行ったのは何だろう?
静々と影のような行列は、灯籠の間の広い路を進む。
陽の光がさし込み、強い光線が寺の紋と、進んでくる行列の煌めく槍先に当たってきらきら光った。
ぎらぎらした眼、堅く結んだ唇、浅黒い、ひげのない顔が中央の駕籠を取り巻いており、御簾がおりていて中の高貴なお方を隠していた。合図があり、行列が止まると、ノリモノの担ぎ手は止まり、肩から静かに棒をおろし、土下座した。
一人の背の高い、日焼けした武士が、近くに立っていた集団の中から出て来て、剣を鳴らし、勇ましい歩調でノリモノに近づいた。
彼の目は鋭く、髪は後ろに梳かし、後ろで一つに結んでいた。
着衣は高価な錦織の絹であったが、上に光った鋼鉄の胴鎧をつけていた。
サムライは御駕籠のそばに、うやうやしくひざまずいて、お辞儀をし、静かに御簾を上げた。
すると、立派なお姿が立ち上がり、出て来られた。
その黄色がかった顔色の面長なお顔、かすかに下がった眼、とがった口、わずかに曲がった鼻、細い眉毛。
わたしはその人物が徳川最後の将軍、慶喜サマだということがすぐ分かった。
将軍は目映い出で立ちで、豪華に、衣擦れの音を立てて、進み出られた。
長く垂れた袖を手早く持ち上げ、シャクビョーシ<位階を示す板片>を握り、おだやかな眼差しを、まわりでお辞儀をしている人々の上に投げかけ、お供を従えて歩み去られた。
殿様の前後を堂々たる足取りで進む勇ましい家来たちとは正反対に、将軍の歩みは、ゆっくりと静かであった。
私の窓の向かい側を、眼を上に向けて高い木のてっぺんの方を見上げ、静かに瞑想のうちに歩かれる。
金色の太陽は、木々の間から上向きのお顔に光を落とし、このおだやかな貴人の長い、引きずる礼服はきらきらと光った。
供の者たちは無言で、頭を垂れ、厳粛な顔をして歩く。
一方将軍の刀持ちは美しく可愛い若者で、周囲の綺麗な眺めを見て微笑を浮かべている。
行列は寺に着く。
寺の境内には、この方の先祖方の遺骨が埋葬されているのだ。
白衣をまとい頭を丸めた僧たちが出て来て行列を迎え、将軍がお立ちのところで、一人一人お辞儀をする。
間もなく、震えるような笛の音、ひちきりの鋭い苦吟の音、オルガンのような笙の柔らかな楽の音につれて、将軍はゆっくりと立ち上がった。
震える手で懐から真っ白い紙を取り出し、その紙の中から何かの粉を取り出して、ゆっくりと前に進み、装飾が施された祭壇の前でくすぶっている香炉のところまで行く。
ここで深々とお辞儀、いや、うやうやしくひざまずき、敬虔な面持ちで、炭火の上にその粉をまく。
煙が立ち、上の金色の蓮華の方にのぼって行く。
かすかな香りが立ちこめ、大木で隠されている私の方にまで漂って来る。
慶喜様は、偉大なる死者の前に身を伏し、低いむせび泣くような音楽はお声を消し去る。
荘厳な静けさが、すべてのものをつつみ、虫さえも鳴きやむ。
霧は私と遠方の集団との間にゆっくりとおりて来るらしく、彼らは益々ぼやけ、ついに鮮やかな色彩のままで私の視野から消え去る――
――部屋の中の動きにはっとして、私は白昼夢からさめた。
眼をこすり、急いで寺の方を見る。
そこにはいつものように、誰もおらず、あたりは静まり返っている。
僧も貴人もおらず、ただ二人の普段着を着た男が、木立の中を歩いて行く。
そして「ここはなんと古いところだろう」と云いながら通り過ぎる。
魔法は解け、私は過去をのぞき込んでいたことに気がつく。
明治12年8月16日 土曜
天気のよい八月の暑さと日射しにも負けず、私は忠実に図書委員としての仕事についていた。
しかし、先ずあの明白なる必需品「食事のための何か」を探しに開拓使に行かなければならなかった。
成功するかどうか疑わしかった。
というのは、近頃は絶対に何も買えないことが多かったからだ。
そこで私は役人を「口車に乗せ」てみようとした。
この方法は決して軽蔑すべきものではない。
私は女中をつれてヤクショへ出かけて行った。
うわべは控え目に見える若いレディに、深い企みが隠されていることを、そこの厳しいお役人が知ったら、なお一層いやな顔をするだろう。
私はまず役人のうち誰かが目を上げてくれるまで、慎ましやかに待つことにした。
何しろ西瓜と“とうもろこし”がかかっているので、じっと待っていた。
それから尊大な役人たちの一人一人にお辞儀をし、暑さの話を少ししてから吉沢郷党氏と話し始めた。
話題は果物を缶詰めにして保存するという彼の趣味についてである。
この件については、今まで何度も母が彼に助言をしたことがある。
吉沢氏は最後に私が使っている料理の本の名前を聞き、それを書いて下さいと云った。
私はうわべは喜んでいるような顔をして書いてあげた。
それから後で英語が分かるという感じのいい男の人と話を始めた。
間もなく吉沢氏曰く。
「アナタハ、キョウハ、ナンニモイリマセンカ?」
私は無造作に答える。
「サヨウ、ルーバーブ(食用大黄の葉柄のことだ)アラバ、スコシ カイマショウ」
こんなふうに買いやすいものから始めて、控え目に自分の欲しいものを要求する。
「ハイ、ハイ、ルーバープ、タクサンアルダロウ。コーン、イリマセンカ? イル? サヨウデスカ。
コレ! ダレカ! コーン! ジッポンモッテオイデヨ!」
二人の屈強な男が立ち上がり吉沢氏の命令を遂行する。
ついにルーバーブの茎を十本と、とうもろこし十本が、私の足元に置かれた。
とうもろこしは無理かも知れないと思っていたので吉沢氏にお礼を云って、それとなくとうもろこしを調べて見た。
やはり思ったとおり「かさかさで黄色い」鞘葉に入っていた。
そこで私はこれを持って来てくれた人に静かに云った。
「このとうもろこし、よくないですよ。馬食用にしかなりませんよ。
おいしいスイート・コーンを持って来て頂戴!」
その人は役人を伺うように見ていたが彼が頷くとすぐに、今度はとてもおいしそうなとうもろこしを十本持って来た。
次に私は西瓜を頼んだ。
しかし吉沢氏は首を振って云う。
「まだ畑に西瓜は一つも熟していないのです。うそでないことは私が保障します」
でも、ちょうどその時。
「ヘイ、だんなさん、おいいつけの西瓜です」
用務員が、どぎまぎしている主人の前に、ピンクの冷たい西瓜を大きな盆にのせて持ってやって来ると、ドサリと下に置いた。
「……………………」
「……………………」
しばらく互いに見つめ合ってしまってから、吉沢氏は驚いたように云った。
「ああ、そうそう思い出しました。西瓜を試食することになっていたのです。
お嬢さん、一切れ如何ですか? コガタナがありますからお切りくださって」
私はにっこり笑って切り返す。
「ありがとう。でも、母が病気で開拓使のメロンを食べてみたいと申しますので、これ私、いただいて行きます。
さあ、おハル、フロシキを持っておいで」
仰天している吉沢氏の前で、私は落ち着き払ってフロシキを広げた。
ついに彼は大声で云った。
「おやめください。そういうご事情なら立派な西瓜を差し上げましょう。
――おい、一番大きな西瓜を持ってきてくれ!」
目的物の他に三個のまくわ瓜まで獲得して、私は大得意で退出した。
外交とはまさにこのことだ。
【クララの明治日記 超訳版解説第88回】
「上野でのクララの白昼夢。まるで“実際に見てきたかのような”描写でしたわね」
「まがりなりにも小説家志望だっただけのことはあるよね。
私なんて最初に軽く読み流したときには、実際の光景かと思っちゃったくらいだもの。
多分実際に見聞きしたことのある人たち――うちの父様や大鳥氏などからそれまで色々聞いた話をもとにして書いてるんだろうけど」
「周囲の光景に関しては、クララが見たそのままだったのでしょうけれど、それでもよく描写できていますわ。
丁度今の、現実の季節にもピッタリで、趣がありますし」
「上野公園、昨今では随分と俗化が進んでしまったけど、百五十年前にはクララが白昼夢としてみた光景が普通に繰り広げられていたんだよね。
今でも一部雰囲気は残っているので、この記述を見ながらゆっくり散歩してみるといいんじゃないかな?」
「そんな幻想的な光景から一転、開拓使での買い物についてのやりとりは、現実この上ありませんけれど」
「まるでコントだよね、吉沢氏とのやりとりは。タイミングもピッタリ!」
「この時以外のクララの買い物の描写でも分かりますけれど、まだこの当時の日本での商取引においては、正札取引は少数派で、現在でも諸外国のバザールではごく普通の、値引交渉を交えての取引が普通だったようですわね」
「この場合、取引相手が政府機関である北海道開拓使なんだから最初から値札なんてなかったろうし、そもそも一般の日本人だと売ってることさえ知らなかったんじゃないかな?
というか、クララの日記のこの描写がなければ、開拓使がたとえ外国人向けであろうと、野菜や果物の販売やっていたなんて思いもしないわけで。
この件については一度詳しく調べてみると面白いかも?」
「そもそも、北海道を開拓するのが目的の開拓使が東京にもあった、ということ自体、世間一般には知られていないと思いますわよ」
「本部が東京にあったのは、現在の官公庁の在り方から見てもごく普通だし、野菜や果物を育てていたのは、北海道で栽培するのに適したものを見極める、という意味があったんだろうねー」
「そう云えば、以前このコーナーでも少し取り上げた開拓使女学校も開拓使の直轄でしたわね、森有礼夫人や大鳥姉妹も通っていらした」
「うん、そう。ちなちに何故開拓使が女学校なんかを開設したかといえば、今の時代から考えるとトンデモ目的なんだけど『北海道在籍者と結婚させること』だったり」
「なんですの、それは!?」
「いやいや、本気で大鳥圭介氏や黒田清隆氏は、北海道に進んで渡り開拓に勤しむ男たちには、実際に彼らの仕事を支えられる教育ある妻が必要である、ひいてはそれが北海道の子弟の教育に繋がる、と考えていたみたい。
とまあ、そんな“コブつき”目的の開拓使女学校だけど、それと引き替えに授業料は完全無料!
明治初期に、優秀な外人教師から直接教えを受けて無料なんだから、それなりに“代償”は必要だったわけ」
「……個人的には極めて納得できませんけれど、それで納得して入学した女生徒の意志を一概に否定する権利は誰にもありませんわね。。。」
「ちなみに、大鳥家のひなさん&ゆきさん姉妹は、莫大な違約金を積んで退学してるけどね!」
「一体どういう了見ですの、大鳥氏は!?」
「おひなさん、クララの日記からも垣間見られるように、スゴイ性格してるからねぇ~。
お父様の云う事なんて聞きやしなかったみたいで。
ちなみに違約金は二人合わせると、政府高官である大鳥氏の年収の半分くらいだったみたい。
実質上の開設者なんだから、踏み倒せそうなものだけど、律儀に払うのが大鳥氏らしいかも?」
「そう云えば、森有礼夫人も何か在校中にトラブルがあったとか?」
「うん、こっちのほうが有名な話だよね。いわゆる“広瀬常結婚問題”。
傍目からは面白いと云えば面白いけど、中身はトンデモ話だから、また機会を改めて」
明治12年8月9日 土曜
グラント将軍は長居をし過ぎた!
『もしグラント将軍が早く帰らないと、暗殺されるだろう。資金が逼迫しているからな』
ビンガム公使の元に届いた匿名の手紙にはこう記されていたそうだ。
昨日聞いたのだが、杉田家のおよしさんの赤ちゃんである“かしく”が亡くなったそうだ。
この子は今まで見た日本人の赤ちゃんの中で一番綺麗で、良い子で、色白で、柔和で、しとやかで、整った口と、笑みを湛えた黒い眼をしていた。
私にとても懐いていて、この子を私の養女にしたいと思っていたくらいの可愛い子!
やさしい救世主はその御名によって洗礼を授けられたこのかよわい子羊を、天上の神の寝屋に連れ帰り給うた。
赤ちゃんは脳溢血で急死した。
武さんはウィリイに日本語でこの知らせを書いてよこした。
だが、ウィリイはその手紙がよく読めなかった。
「田中が帰るまで」と思ってポケットに入れておいたが、それを忘れてしまったのだ!
で、昨日の朝になって兄はその手紙を私に投げてよこし「その招待状、読める?」と無造作に聞いてきた。
達筆すぎて読めなかったので、私はその手紙を内田夫人のところに持って行った。
内田夫人は手紙を読み終えて、びっくりしたように仰った。
「オヤ! オヤ! 悲しいお知らせよ! 杉田さんのお家でどなたか亡くなられた」
読み進めて貰った結果、間もなく亡くなったのが「ワガムスメ」だということが分かった。
ウィリイと母はすぐに、お子さんを亡くされたご家族にお悔やみを言いに出かけた。
武さんと武さんのお母様は「柳の下の新しい小さな塚」へお出かけになりお留守だったが、およしさんは家にいて悲しみに気でも狂わんばかりであった。
しかし、気丈に気を取り直して、母が赤ちゃんや武さんにしてあげたことに対しお礼を云った。
およしさんは“カーチャン”のために私が作ってあげた小さな枕を、赤ちゃんの頭の下に入れてお棺に収めたのだそうだ。
ご家族は私たちがお葬式に行くのを待っていたのだそうだ。
だが、なかなか来ないので、武さんと津田氏の二人が、赤ちゃんのために祈りを捧げたとのこと。
曾祖母、祖母、両親、四人の背の高い叔父たちの希望と誇りであったこの小さい花が折り取られてしまうとは不思議なことだ。
しかし「風が吹けば花は散る、しかし、善なる神はすべてを支配し給う」だ。
午後、アディの写真を撮ってもらいに行った。
よく撮れるだろうと思う。
明治12年8月10日 日曜
今朝は教会に行かずに、アディと家にいた。
午後の日曜学校にも行かなかった。
母が私を静かにさせておきたかったのである。
もしかしたら、今週か来週、私たちは日光に行くかもしれないからだ。
今夜はいつにない大きな集会があり、勝家から九人も来た。
勝家のヤシキの人たちがこんなに関心を持っていることは、とても励ましになる。
金沢先生の奥様で、現矢田部夫人お録さんの母上である金沢夫人も出席された。
しかしこの老婦人は話をしていると不愉快になる。
私が云っていることに構わないで、私の言葉ばかり褒めている。
私――「アナタガ、オチカイカラ、ドーゾ、タビタビ、イラシテクダサイ」
近くにお住まいですから、時々おいでくださいね、という私に、夫人曰く。
「マア! ドーモ、ハナハダ、ヨクワカリマスカラネー、サトーサン! マア! ジツニヨク ワカリマスネ!」
全然話が通じていない。
まったくもって不愉快だ。
それで私は「長いことお坐りになってさぞお疲れでしょう、お録さんはどうしておいでですか?」と尋ねた。
答える代わりに、彼女はそばに坐っていた佐藤夫人に小声で、「キレーダネエ!」と云った。
私はうんざりして、気のいい佐藤夫人の褒め言葉を耳にしながら席を離れた。
それから私は、戸口のところでお茶を飲んでいる内田夫人のところへ行った。
杉田武さんから来た手紙を読んで頂いたお礼を云い、赤ちゃんが亡くなったあの方はさぞ悲しんでおいででしょうと云った。
「ええ、皆さんとてもお悲しみでしょう」と内田夫人。
「赤ちゃんは誕生の時から洗礼を受けていたんですよ」
「え? まあね、あの子は弱い子だといつも思っていました。そのせいでなくなったんですよ」
「…………?」
内田夫人の言葉に私は首をしばらく傾げ、ようやく夫人が“洗礼”のことを何かの病気の名前だと思っていることに気づいた。
疋田夫人はそんな姉の無知を恥じて囁いた。
「違いますよ、お夢姉さん。洗礼というのは宗教の儀式で、病気の名前ではないのですよ」
疋田夫人の赤ちゃんは、いつも集まりに来るが今夜は少し難しがったので、私が抱いて、あやしてあげた。
その間にこの子のお母様は津田氏の聖書の講義を聴いていた。
疋田夫人はうちの集会にとても興味を持っているようだ。
真理を知り、キリストを救い主として受け入れるよう、神が導き給わらんことを祈る。
明治12年8月13日 水曜
今日、母と上野に行き、大木の下や名公の墓所の涼しい陰で遊んだ。
上野は美しいところで、神々が住むにふさわしいところだ。
私たちは精養軒に行き、ボーイに「スズミ」<涼を求め>に来たのだと云うと、一番涼しいところだと云って、大広間に案内してくれた。窓と窓との間においてある丸いテーブルに坐って、私たちは本を読んだり、美しい景色を愛でながらレモネードを飲み、ケーキを食べた。一方には庭があり、手入れの行き届いた芝生に、華やかな花壇が生気を与え、向こう側の公園と下方の静かな池を見下ろすところに東屋があった。
もう一方には、大きな胴の大仏が瞑想にふけるごとくに眼を下に向け、祈るが如くに唇を半ば開いて静かに坐し、すべてのものを見下ろしていた。
仏像の頭の金の光背が午後の日ざしを受けて光っていた。
庭の裾のところ、ゆるやかな坂を下りて行ったところには池が。
澄んだ銀色の水をたたえ、周囲の岸にはとても小さな日本家屋が立ち並び、真ん中に島があって、ひと続きの反り橋を渡って行くと、海の神である弁天様の社が立っていた。
それは鮮やかな赤い色に塗られ、屋根の先がそり返っていて、金の飾りが光っていた。
近くにはほのかな色合いのピンクと白の蓮の花が、まるで美しい人魚が女王様の宮殿を見上げているように咲いていた。
そしてこちらへ吹いてくるそよ風は、お寺から笙と笛とひちりきの音を運んで来た。
その調べは、遠くから、蓮の息吹きに乗って銀色の池を越えて一団と甘美に聞こえた。
それは美しい情景だった。
向こうには無数の家と塔のある町があるが、池から立ちのぼる霞が掛かり遠くから微かに見え、未来の夢の幻のように見えた。
右側には、窓枠を通して薄暗く涼しい森が壮大な古い絵のように見えた。
そよ風は老木を敬うように葉の一枚一枚にそっと触れて通り過ぎて行き、無数の虫が高く低くすだき、その荘厳な絵が虫の生命で生き返ったように思われた。
つややかな羽と、ぎらぎらした黒い眼をした鴉が一羽近くの枝にとまり、悲しい非音楽的な声で感情を吐露し、永遠に過ぎ去った過去を悔やんでいるようだった。
去年の秋の古い落葉が散り敷き、春の新芽が出ている土の香りの漂うところに、十五メートル以上もある、見事な檜が高く真っ直ぐに聳えるさまは実に荘厳。
木々は極めて接近して生えているので、辺りは薄暗く涼しい木陰となり、ビロードの絨毯を敷いたような地面にちらほらと陽の光が射し込み、聳え立つ杉の木の黒々とした幹の上に、やわらかな、明るい陰を投げていた。
これらの森の木立の間を通して、古い、そして古いが故に荘厳な寺が垣間見えた。
石畳の歩道が寺まで続いており、その両側には、石灯籠が並んでいた。
多分何百年も前のもので、それを寄進した諸侯の名前と紋と、寄進の年月日が刻み込まれていた。
ここに大昔の貴族たちが詣でたのである。
この境内には、大名より下の位の者は入ることは許されなかった。
それは将軍ご自身が、いつもお参りに来られるところであり、古い巨木の暗い陰に、王侯のように立派に埋葬されているところだからである。
「!」
私は夢を見ているのだろうか?
うろたえた私の眼の前を通り過ぎて行ったのは何だろう?
静々と影のような行列は、灯籠の間の広い路を進む。
陽の光がさし込み、強い光線が寺の紋と、進んでくる行列の煌めく槍先に当たってきらきら光った。
ぎらぎらした眼、堅く結んだ唇、浅黒い、ひげのない顔が中央の駕籠を取り巻いており、御簾がおりていて中の高貴なお方を隠していた。合図があり、行列が止まると、ノリモノの担ぎ手は止まり、肩から静かに棒をおろし、土下座した。
一人の背の高い、日焼けした武士が、近くに立っていた集団の中から出て来て、剣を鳴らし、勇ましい歩調でノリモノに近づいた。
彼の目は鋭く、髪は後ろに梳かし、後ろで一つに結んでいた。
着衣は高価な錦織の絹であったが、上に光った鋼鉄の胴鎧をつけていた。
サムライは御駕籠のそばに、うやうやしくひざまずいて、お辞儀をし、静かに御簾を上げた。
すると、立派なお姿が立ち上がり、出て来られた。
その黄色がかった顔色の面長なお顔、かすかに下がった眼、とがった口、わずかに曲がった鼻、細い眉毛。
わたしはその人物が徳川最後の将軍、慶喜サマだということがすぐ分かった。
将軍は目映い出で立ちで、豪華に、衣擦れの音を立てて、進み出られた。
長く垂れた袖を手早く持ち上げ、シャクビョーシ<位階を示す板片>を握り、おだやかな眼差しを、まわりでお辞儀をしている人々の上に投げかけ、お供を従えて歩み去られた。
殿様の前後を堂々たる足取りで進む勇ましい家来たちとは正反対に、将軍の歩みは、ゆっくりと静かであった。
私の窓の向かい側を、眼を上に向けて高い木のてっぺんの方を見上げ、静かに瞑想のうちに歩かれる。
金色の太陽は、木々の間から上向きのお顔に光を落とし、このおだやかな貴人の長い、引きずる礼服はきらきらと光った。
供の者たちは無言で、頭を垂れ、厳粛な顔をして歩く。
一方将軍の刀持ちは美しく可愛い若者で、周囲の綺麗な眺めを見て微笑を浮かべている。
行列は寺に着く。
寺の境内には、この方の先祖方の遺骨が埋葬されているのだ。
白衣をまとい頭を丸めた僧たちが出て来て行列を迎え、将軍がお立ちのところで、一人一人お辞儀をする。
間もなく、震えるような笛の音、ひちきりの鋭い苦吟の音、オルガンのような笙の柔らかな楽の音につれて、将軍はゆっくりと立ち上がった。
震える手で懐から真っ白い紙を取り出し、その紙の中から何かの粉を取り出して、ゆっくりと前に進み、装飾が施された祭壇の前でくすぶっている香炉のところまで行く。
ここで深々とお辞儀、いや、うやうやしくひざまずき、敬虔な面持ちで、炭火の上にその粉をまく。
煙が立ち、上の金色の蓮華の方にのぼって行く。
かすかな香りが立ちこめ、大木で隠されている私の方にまで漂って来る。
慶喜様は、偉大なる死者の前に身を伏し、低いむせび泣くような音楽はお声を消し去る。
荘厳な静けさが、すべてのものをつつみ、虫さえも鳴きやむ。
霧は私と遠方の集団との間にゆっくりとおりて来るらしく、彼らは益々ぼやけ、ついに鮮やかな色彩のままで私の視野から消え去る――
――部屋の中の動きにはっとして、私は白昼夢からさめた。
眼をこすり、急いで寺の方を見る。
そこにはいつものように、誰もおらず、あたりは静まり返っている。
僧も貴人もおらず、ただ二人の普段着を着た男が、木立の中を歩いて行く。
そして「ここはなんと古いところだろう」と云いながら通り過ぎる。
魔法は解け、私は過去をのぞき込んでいたことに気がつく。
明治12年8月16日 土曜
天気のよい八月の暑さと日射しにも負けず、私は忠実に図書委員としての仕事についていた。
しかし、先ずあの明白なる必需品「食事のための何か」を探しに開拓使に行かなければならなかった。
成功するかどうか疑わしかった。
というのは、近頃は絶対に何も買えないことが多かったからだ。
そこで私は役人を「口車に乗せ」てみようとした。
この方法は決して軽蔑すべきものではない。
私は女中をつれてヤクショへ出かけて行った。
うわべは控え目に見える若いレディに、深い企みが隠されていることを、そこの厳しいお役人が知ったら、なお一層いやな顔をするだろう。
私はまず役人のうち誰かが目を上げてくれるまで、慎ましやかに待つことにした。
何しろ西瓜と“とうもろこし”がかかっているので、じっと待っていた。
それから尊大な役人たちの一人一人にお辞儀をし、暑さの話を少ししてから吉沢郷党氏と話し始めた。
話題は果物を缶詰めにして保存するという彼の趣味についてである。
この件については、今まで何度も母が彼に助言をしたことがある。
吉沢氏は最後に私が使っている料理の本の名前を聞き、それを書いて下さいと云った。
私はうわべは喜んでいるような顔をして書いてあげた。
それから後で英語が分かるという感じのいい男の人と話を始めた。
間もなく吉沢氏曰く。
「アナタハ、キョウハ、ナンニモイリマセンカ?」
私は無造作に答える。
「サヨウ、ルーバーブ(食用大黄の葉柄のことだ)アラバ、スコシ カイマショウ」
こんなふうに買いやすいものから始めて、控え目に自分の欲しいものを要求する。
「ハイ、ハイ、ルーバープ、タクサンアルダロウ。コーン、イリマセンカ? イル? サヨウデスカ。
コレ! ダレカ! コーン! ジッポンモッテオイデヨ!」
二人の屈強な男が立ち上がり吉沢氏の命令を遂行する。
ついにルーバーブの茎を十本と、とうもろこし十本が、私の足元に置かれた。
とうもろこしは無理かも知れないと思っていたので吉沢氏にお礼を云って、それとなくとうもろこしを調べて見た。
やはり思ったとおり「かさかさで黄色い」鞘葉に入っていた。
そこで私はこれを持って来てくれた人に静かに云った。
「このとうもろこし、よくないですよ。馬食用にしかなりませんよ。
おいしいスイート・コーンを持って来て頂戴!」
その人は役人を伺うように見ていたが彼が頷くとすぐに、今度はとてもおいしそうなとうもろこしを十本持って来た。
次に私は西瓜を頼んだ。
しかし吉沢氏は首を振って云う。
「まだ畑に西瓜は一つも熟していないのです。うそでないことは私が保障します」
でも、ちょうどその時。
「ヘイ、だんなさん、おいいつけの西瓜です」
用務員が、どぎまぎしている主人の前に、ピンクの冷たい西瓜を大きな盆にのせて持ってやって来ると、ドサリと下に置いた。
「……………………」
「……………………」
しばらく互いに見つめ合ってしまってから、吉沢氏は驚いたように云った。
「ああ、そうそう思い出しました。西瓜を試食することになっていたのです。
お嬢さん、一切れ如何ですか? コガタナがありますからお切りくださって」
私はにっこり笑って切り返す。
「ありがとう。でも、母が病気で開拓使のメロンを食べてみたいと申しますので、これ私、いただいて行きます。
さあ、おハル、フロシキを持っておいで」
仰天している吉沢氏の前で、私は落ち着き払ってフロシキを広げた。
ついに彼は大声で云った。
「おやめください。そういうご事情なら立派な西瓜を差し上げましょう。
――おい、一番大きな西瓜を持ってきてくれ!」
目的物の他に三個のまくわ瓜まで獲得して、私は大得意で退出した。
外交とはまさにこのことだ。
【クララの明治日記 超訳版解説第88回】
「上野でのクララの白昼夢。まるで“実際に見てきたかのような”描写でしたわね」
「まがりなりにも小説家志望だっただけのことはあるよね。
私なんて最初に軽く読み流したときには、実際の光景かと思っちゃったくらいだもの。
多分実際に見聞きしたことのある人たち――うちの父様や大鳥氏などからそれまで色々聞いた話をもとにして書いてるんだろうけど」
「周囲の光景に関しては、クララが見たそのままだったのでしょうけれど、それでもよく描写できていますわ。
丁度今の、現実の季節にもピッタリで、趣がありますし」
「上野公園、昨今では随分と俗化が進んでしまったけど、百五十年前にはクララが白昼夢としてみた光景が普通に繰り広げられていたんだよね。
今でも一部雰囲気は残っているので、この記述を見ながらゆっくり散歩してみるといいんじゃないかな?」
「そんな幻想的な光景から一転、開拓使での買い物についてのやりとりは、現実この上ありませんけれど」
「まるでコントだよね、吉沢氏とのやりとりは。タイミングもピッタリ!」
「この時以外のクララの買い物の描写でも分かりますけれど、まだこの当時の日本での商取引においては、正札取引は少数派で、現在でも諸外国のバザールではごく普通の、値引交渉を交えての取引が普通だったようですわね」
「この場合、取引相手が政府機関である北海道開拓使なんだから最初から値札なんてなかったろうし、そもそも一般の日本人だと売ってることさえ知らなかったんじゃないかな?
というか、クララの日記のこの描写がなければ、開拓使がたとえ外国人向けであろうと、野菜や果物の販売やっていたなんて思いもしないわけで。
この件については一度詳しく調べてみると面白いかも?」
「そもそも、北海道を開拓するのが目的の開拓使が東京にもあった、ということ自体、世間一般には知られていないと思いますわよ」
「本部が東京にあったのは、現在の官公庁の在り方から見てもごく普通だし、野菜や果物を育てていたのは、北海道で栽培するのに適したものを見極める、という意味があったんだろうねー」
「そう云えば、以前このコーナーでも少し取り上げた開拓使女学校も開拓使の直轄でしたわね、森有礼夫人や大鳥姉妹も通っていらした」
「うん、そう。ちなちに何故開拓使が女学校なんかを開設したかといえば、今の時代から考えるとトンデモ目的なんだけど『北海道在籍者と結婚させること』だったり」
「なんですの、それは!?」
「いやいや、本気で大鳥圭介氏や黒田清隆氏は、北海道に進んで渡り開拓に勤しむ男たちには、実際に彼らの仕事を支えられる教育ある妻が必要である、ひいてはそれが北海道の子弟の教育に繋がる、と考えていたみたい。
とまあ、そんな“コブつき”目的の開拓使女学校だけど、それと引き替えに授業料は完全無料!
明治初期に、優秀な外人教師から直接教えを受けて無料なんだから、それなりに“代償”は必要だったわけ」
「……個人的には極めて納得できませんけれど、それで納得して入学した女生徒の意志を一概に否定する権利は誰にもありませんわね。。。」
「ちなみに、大鳥家のひなさん&ゆきさん姉妹は、莫大な違約金を積んで退学してるけどね!」
「一体どういう了見ですの、大鳥氏は!?」
「おひなさん、クララの日記からも垣間見られるように、スゴイ性格してるからねぇ~。
お父様の云う事なんて聞きやしなかったみたいで。
ちなみに違約金は二人合わせると、政府高官である大鳥氏の年収の半分くらいだったみたい。
実質上の開設者なんだから、踏み倒せそうなものだけど、律儀に払うのが大鳥氏らしいかも?」
「そう云えば、森有礼夫人も何か在校中にトラブルがあったとか?」
「うん、こっちのほうが有名な話だよね。いわゆる“広瀬常結婚問題”。
傍目からは面白いと云えば面白いけど、中身はトンデモ話だから、また機会を改めて」
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