転生者ジンの異世界冒険譚(旧作品名:七天冒険譚 異世界冒険者 ジン!)

夏夢唯

文字の大きさ
50 / 57
第1章 転生

45話 準備

しおりを挟む
 ケタール・ゲイズ・ケルン連合軍がリンダル子爵領に攻めてこない理由はもう1つあった。
早朝の襲撃に疲弊してしまった上に食料が足りなくなってしまったのだ。ユリーカから集められるだけ集めたのだが、それでも2万人の量となると簡単に集めることはできなかった。

 食料を調達している間にユリーカに戻ったイーライと負傷したドルク将軍、そしてケルン領軍指揮官・ゲイズ子爵はゲイズ邸に集まって戦略会議を始めていた。

「殿下、戦力的には負けていません。ハニューダに行かせた炎魔部隊をこちらに呼べばという間に片が着きますハニューダに行かせた軍をこちらに回しましょう」

ドルクは片腕をなくしたがポーションによって傷を治癒させ歩けるまで回復していた。

「ドルク、興奮する気持ちもわかるが冷静になれ。リンダル領を攻略しないと次に繋がらないのは分かるが、今無理をするのは危険ではないか? お前の体も心配だ、一度引くのも手だと思うが?」

「北に回した兵が峠を確保して砦を築ければフナイ王立騎士団はこちらに来れなくなります、そうすれば補給が来るのを待ってレノを落とすのも難しくありません」

「フナイ王立騎士団が峠を越す前にダメージを与えたいと思うが、は使えそうか?」

このアントというのは、ミュスカの町を消し去りアラバスタに大被害をもたらしたラージカミカゼアントのことである。イーライはそれを使うことによってフナイ王立騎士団にダメージを与えようと言っているのだ。

「婿殿、今は無理だ。近くに使えそうな使えそうなコロニーがない。それより今夜は屋敷に戻ってやってはくれぬか、娘のユリーカが五月蝿くてかなわん」

「わかりました義父どの。ドルク、あとは任せても良いか?」

 イーライは妻の待つユリーカにある領主の邸宅に戻っていった。妻の名前はユリーカ、父親が娘の名前をこの町につけたのだ。妻に逃げられた父親が甘やかし放題で育てた娘がユリーカであった。
ユリーカは自分の思う通りにならなければ癇癪を起こし、他人が思い通りに動かなければ臍を曲げるといったどうしようもない性格の女だ。あまりにも他人を思い通りにしたいがために、人を操ることができるチャームのスキルを得てしまったほどだ。

 イーライとの出会いはとある貴族のパーティで一人で立っていたイーライを見つけて一目惚れしたユリーカが声をかけたのが最初だった。
その後数度ほど食事をするうちにユリーカのチャームにかかってしまい妻にしてしまったのだ。
イーライは短気でスカした性格であったが他人をどうしようという性格ではなかった、偉そうにしているが実は口ばかりの小心者である。

 今回も他国に進軍して戦争を仕掛けたのはユリーカに操られての行動だ。ゲイズ領が小さく山から出る石が主な産業なのがユリーカは嫌だった。
領を出て王都で暮らし、自分は都会で洗練されていると自負していた。しかし社交界に顔を出した時は爵位や親の領地を引け目を感じていた。イーライがケタールの第一王子だと知った時はこの人しかいないと思ったのだ。

 この男と結婚すればいずれ私は王女、そう思って結婚した。
しかし、結婚してみるとケタールの国土は小さく人口も少なかった。
フナイ王国の王都にある邸宅で生活していた時に感じた大都会での優雅な生活に憧れたがケタール王国は全く違っていたのだ。
ケタール最大の町でもリョーガ領都と人口が変わらず、国の総人口もフナイ王領とリョーガ領を足したほどしかいなかった。
何かにつけ不満を感じ、ついにはイーライを操り父親を巻き込んで戦争を始めてしまったのだ。
今日はリンダル領への開戦の日、夫が持ち帰るはずの良い知らせを屋敷で待っていた。

「ユリーカ、戻ったぞ」

「おかえりなさい、首尾はいかがでした?」

「今日は初日で町の防壁と門に攻撃を仕掛けたが意外と守りが固いようだ。ドルクの阿呆が所詮冒険者と侮って攻撃を仕掛けて負傷した。次に失敗したら将軍の位を剥奪して公開処刑だ。ケルンに待機させている軍をこちらに回して一気に殲滅するしか手がなさそうなんだ。しかし軍を動かすと国境を維持できなるかもしれないから動かしたくないんだ。今の状態で国境を止めて維持させ、その間に軍事力をあげようと思うが、お前はどう思う」

「素晴らしい考えですわ、あなたは全ての国を統べる人です。もし今回失敗したとしてもそれは副官や兵達の力が足りないのです」

「そうだ、俺の作戦通りに兵が動けば負けることはない。しかし今の兵は練度が低く俺の理想とする軍ではない。
だからお父様を連れて先にケタールに戻ってくれないか。俺は将軍達に指示を出したらすぐに戻る」

「わかりました、明日の朝ここから離れます」

「俺はこれから戻って指示を出して来る、朝には戻るから準備をしておいてくれ」

「メイドにさせておきますわ、気をつけていってらっしゃいませ」

ユリーカは館を出て行くイーライの後ろ姿を見ながら手を振って見送った。

 朝早くからリンダル子爵邸は騒がしかった。
朝日が昇る前にケタール・ゲイズ・ケルン連合軍に動きがあったのだ。

見張り台にいた兵が敵陣の微妙な動きに気がつき、状況を伝えにリンダル子爵の元へやってきた。

「布陣していた敵の兵が半数近くに減っています。
夜明け前に北に向かう行軍の音が聞こえたのでそれを調べるように兵を出しましたが、まだ戻ってきていません」

「奇襲をかけようと兵を森や林に隠しているのではないのか?」

「いえ、各門から偵察を出しましたが町の周囲にそれらしき兵はいないようです」

「そうか、他に変化はないか」

「はっ、湖の上をこちらに向かう船団があります。現在は風向きが悪く船足は遅いようです」

「わかった、ケタール軍の増援だろうが、湖の上の敵兵は怖くない。この季節は常に北風が吹いているからこちらが風上になる。近づいて来たら火矢を放てば上陸することはできん。報告ご苦労、引き続き監視を頼んだぞ」

「はい、それでは失礼します」

兵が部屋を出るとリンダル子爵は副官のマイクに問いかけた。

「半数か、マイク、お前なら1万の兵を使って何をする?」

「私なら身動きの取れない敵は放っておいて、王立騎士団がやって来る道を破壊させます。
2000の兵が2万の兵に真正面から攻撃してくるはずがありませんから、攻めるふりをして町に閉じ込めておいてその間に騎士団が通る峠を封鎖しに行きますよ」

「それだな。
領民はすでに山を越えているだろうから心配ないが、峠を潰されると騎士団が入ってこられなくなる。そうなると俺たちは 絶体絶命だ。マイク、ダニエル、400騎を残して峠を越えろ、俺はギリギリまでここに籠城して時間を稼ぐ」

「わかりました、でも危なくなる前に逃げてくださいよ、必ずですよ」

「ああ。昨日の戦いで、若くないのが身にしみるほど分かったからな。無理はしないさ」

そう言いながらもリンダル子爵は命をかけてこの町を守るつもりなのだとジンは感じた。

  (死なすには惜しい人物だ、俺も残ってやれるだけやってみよう。
   いざとなったら転移して逃げればいいし)

ジンは自分も町に残り、時間稼ぎに協力することにした。

「ここには俺も残ります。危なくなったら逃げますから先に全員で峠を越えてください」

「一緒に残ってくれるのか?」

「いえ、俺一人で残ります。一人の方が目立たなくて逃げやすいから逆に子爵様に残られると困ります」

「そうか…」

「はい、別に俺が戦うわけじゃありませんから心配いりませんよ」

「戦わない? って、どうするんだ?」

「魔法で擁壁の周囲を凍結して逃げます。空気が凍るほど冷たくするので誰も近寄れなくなります。凍らせたら敵軍が来る前には脱出するので先に行ってください」

「・・・」

  (俺の思惑はバレバレか、ジン君に任せてみるか)

「わかった、やばそうだと思ったらすぐに逃げろ。無理は禁物だからな」

「大丈夫です、自分1人の方が周囲に気を使わなくて良いので楽なんですよ」

「それなら急ごう。
マイク、西門の兵を集めて出発しろ。俺は東門に一度戻ってから出発する。ダニエルは兵を連れて俺についてこい、ベルは俺と一緒に殿を頼む」

 ジンは全ての兵が町から出たのを確認すると、町を防衛する作業を始めた。外壁の周囲に氷の壁を作り誰も入れないようにするとその外側を一気に凍りつかせる。

『ブリザード』

 制限を解除しているので町の周囲は地面に触れただけで凍りついてしまうほど低温になった。その温度はマイナス220度、酸素でさえ凍りついてしまう温度だ。寒さで町の周囲にはダイヤモンドダストが舞いはじめ、地面は極低温の凍土となり触れた物を一瞬で凍りつかせた。防壁の上に立つ事ができなくなるほど寒くなるとジンは湖畔へと転移したのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!

霜月雹花
ファンタジー
 神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。  神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。 書籍8巻11月24日発売します。 漫画版2巻まで発売中。

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...