剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

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16. 一触即発

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「他の奴と組んでるんならば、俺たちともだって組めるだろう?何だったらそいつも一緒でも良いし。」
「そうは言っても私一人で決めれることではないし、他を当たった方が良いんじゃない?」

 他の冒険者達の注目を集めながら、掲示板前でアンナと剣士との押し問答は続いていた。

「そんなこと言わずに、前は一緒に仕事した仲間だろう?」

 その仕事した時に良い思い出がないからこうやって断ってるのに、なんてしつこいのだろうか。一向に引き下がらない男に、アンナはうんざりし始めた。

「とにかく、今組んでる奴にも聞いてみてくれよ。人数が多い方が良いって言うかもしれないだろう?!」

 もう何度繰り返したかさえ分からない問答に嫌気が差しながらも、剣士のしつこい問いかけにアンナが口を開こうとしたその時だった。

 第三者がアンナの代わりにこの剣士に返答したのだ。

「いいや、断るよ。もう彼女に絡まないでくれるかな?」

 アンナと男のやりとりに、第三者であるルーフェスが割って入ったのだ。

「ルーフェス、来てたの?」
「うん。ちょっと前から見てたんだけど、これは助けた方が良いかなって思って。」
「うん。ありがとう。」

 ルーフェスがそばに来てくれて、彼が助けに入ってくれて、アンナは自分でも驚くほどに心が落ち着いたのが分かった。

 そして心強い味方がそばに来てくれた事で勇気付けられたアンナは、剣士に対して曖昧にかわすのを止めて、キッパリと拒絶の意思を表示することにしたのだった。

「どんなに誘って貰っても、私たちは貴方達とは組みません。だからもう私に構わないでください。」

 アンナは剣士と向き合うとじっと目を見て、真摯な態度で深く頭を下げた。

 これでもう諦めてください。

 ここまで言えば流石にこれ以上は構わないで立ち去ってくれるだろうと思ったのだが、しかし、中々思い通りにはいかないものである。

 剣士の男は、ローブの中のルーフェスの顔を見ると怒りの声を上げたのだった。

「なんだよ、結局は顔かよっ!!」
「……は?」

 男の素っ頓狂な発言の意味を直ぐに理解できずに、アンナは思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 剣士の男は、見目の良いルーフェスの顔を見て、アンナが容姿で組む人間を決めていると誤解し余計に激昂したのだ。

「透かした顔して、気に食わねぇな……」
「奇遇だね。僕もお前のこと気に入らないって思ったよ。」

 男はルーフェスの前に出ると、敵意を剥き出しにして睨んだ。
 それに対して普段は穏やかな表情が多いルーフェスも、とても冷ややかな表情で軽蔑の眼差しを相手に返している。

 正に一触即発な空気が漂う中、ギルドに鶴の一声が響き渡った。

「やめないかいあんた達っ!!!それ以上やると出禁にするよ?!!」

 受付のお姉さんが、二人を一喝したのだ。

 ギルドにおいて、受付の彼女には誰も逆らえなかった。なので彼女が仲裁に入ったのならば、もうそこで絶対に喧嘩を止めなくてはいけない。そうしないと、今後彼女にギルドの仕事を受け付けて貰えないから。それは暗黙のルールだった。

「チッ……いけすかない野郎と傷物女なんて二度と誘わねーよっ!!その軟弱そうな男と、よろしくやってろよっ!!!」

 剣士の男は、怒りが収まらないと言った感じで、顔を真っ赤にし捨て台詞を吐き捨ててこの場を去っていった。
 その瞬間、ルーフェスが僅かに動いたのをアンナは見逃さなかった。反射的に彼の腕を引っ張って、彼の行動を止めたのだった。

「ルーフェス駄目っ!!」

 少しでも遅れてたら、ルーフェスは男に掴みかかっていただろう。

「あいつアンナの事まで侮辱したっ!」

 普段の柔らかい雰囲気とは異なり、ルーフェスは明らかに怒っていた。

「アレくらいの悪口、私なら気にしてないから。そりゃ、ちょっと誤解を招く言い方はやめて欲しかったけど……。でも、左腕に大きな傷跡あるのは事実だしね。」

 彼が自分の為に怒ってくるているのだと察して、アンナはルーフェスを宥めようと、「私は大丈夫だから落ち着いて」と笑って見せた。

 そんな懸命な彼女の様子を見て、ルーフェスは頭を振りかぶって大きく息を吐くと、ゆっくりと怒りを鎮めたのだった。

「君は、もっと怒って良いと思うんだけど……」
「そりゃあ嫌な気分にはなるわ。でもギルドで揉めても良い事ないからね。その時だけだから。ちょっと我慢すればおさまるのだからね、受け流さないと。」

 面倒を起こしてギルドでの仕事を失うわけにはいかないので、アンナは今までそうやってずっと、嫌味や悪口をやり過ごしてきたのだ。確かに突き刺さる悪意は胸を痛めつけてはくるが、でも、仕事を失う痛手と比べたらそれ位の我慢は何でもなかった。

「アンナ、君は強いんだね。」
「強くなんてないわよ。ただ、そう処世術が身に付いてしまっただけよ。」
「そういう人を、強かって言うんだよ。」

 そう言って穏やかに笑うルーフェスは、すっかりいつも通りだった。

「それにしてもさっきは驚いたわ。もう少しで手を出していたわよね?」
「それについては、腹が立ったから……ごめん。僕は案外気が短いんだ。……怖いと思ったかい?」
「ううん。普段と大分様子が違ったからビックリはしたけども、でも別に怖くはないわ。」

 アンナのその返答を聞くと、ルーフェスはホッとした様子を見せた。

「良かった。アンナに嫌われるのは嫌だなって思ってたから。」
「そんな、私がルーフェスを嫌いになるなんて無いわよ。」
「それは、嬉しいな。」

 そう言われてアンナはドキっとした。
 きっと彼に深い意味は無いのだろうけど、それでも少し顔が熱くなったのだ。

「と、とにかく、助けてくれて有難うね。」

 意識すると急に恥ずかしくなって、アンナはルーフェスから少し目線を逸らせて、御礼を言った。

「どういたしまして。さぁ、それじゃあ、今日の仕事を決めようか。」

 少しぎこちないアンナに対して、ルーフェスは、いつもと変わらない優しい笑顔で彼女を見つめて、それから掲示板へと視線を移したのだった。
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