剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
39 / 86

39. 四人の食卓

しおりを挟む

 エミリアの言動にアンナは内心酷く動揺していたが、それを悟られぬように平然を装って、ルーフェスの前によそってきたスープの皿を差し出した。

「パンもあるけど、丸一日何も食べてないんだから、スープだけの方が良いかと思って。でも、パンも食べたかったら言ってね。直ぐとってくるから。」
「有難う。スープだけで大丈夫だよ。」

 ルーフェスは皿を受け取ると、目の前に置かれたスープを嬉しそうに眺めた。それからスプーンで掬って口に運ぼうとしたのだが、自分が三人から注目されていることに気づいて、その手を一旦止めたのだった。

「えっと……。何か僕にありますか……?」
「気にしないで。スープを飲んだ貴方がどんな反応をするかに興味があるだけだから。」

 あっけらかんと言うエミリアにルーフェスは戸惑った。

「そんなに見られると、気にしない……は、流石に無理な気が……」
「気にしない、気にしない。ほら、スープが冷めるわよ?」

 この短時間で何となくエミリアという人物の性格を把握したルーフェスは、仕方なく注目を浴びながらスープを口に運んだ。

「美味しい。」
「本当?!良かった……」

 固唾を飲んで見守っていたアンナはルーフェスが漏らした感想に、嬉しそうな顔をして胸を撫で下ろした。もし微妙な反応をされてたら、きっと立ち直れなかっただろう。

「姉さん、レパートリーは少ないけど、料理は美味しいんだよ。」
「一言多いわよエヴァン。素直に褒めなさいよ。」
「だって、一品だけ食べさせて、料理得意です風に見せるのは詐欺みたいなもんじゃないか……」
「エヴァン?!」
「確かに、エヴァンの言うことも一理あるわね。」
「エミリアまで?!」
「ふふふっ、面白いね。」

 アンナは軽口を叩く弟を咎めるも、直ぐにエミリアからも揶揄されて納得がいかないといった顔をしたので、そんな三人の仲の良いやりとりに、思わずルーフェスも吹き出したのだった。

「もう、笑うところじゃないわ!」
「ごめん、ごめん。でも、作れる品数が少なくても、こんなに美味しい料理が作れるんなら、気にすることないと思うよ。」
「そ……そうかな?」
「そうだよ。アンナのスープはとても美味しいよ。」

 一人揶揄われてご機嫌斜めだったアンナは、ルーフェスの言葉ですっかり機嫌が直った様で、彼女は少し頬を赤らめて嬉しそうな顔をしていた。

「……フォロー上手いね。」

 そんな姉とルーフェスの様子を、よく言うよといった表情でエヴァンは眺めていた。

「本当、中々やるわね。」

 対照的にエミリアは、彼のその機転の良さに感心している。

 するとルーフェスは、自身の対応にそんな評価をくれたエヴァンとエミリアの二人に、にこりと笑って「本心だよ。」と告げたのだった。

「それにしても、こんなに楽しい食事は初めてだよ。基本いつも食事は一人で食べているから味気なくってね。温かいスープをこうしてみんなで食べるのはとても楽しいし、食事も美味しくなるね。」
「それってつまり、場の雰囲気補正がかかってるから美味しいって事なんじゃないの?」
「そうだね。相乗効果で何倍も美味しいね。」

 エミリアがルーフェスに突っ込むも、彼はそつのない相槌を返してくる。

「……ねぇ、それ、どこまでが本心なの?」
「どこまでも本心だよ。」

 エミリアが疑わしい物を見るような目で問うても、顔色を変えずにルーフェスは平然と答えたのだった。

(この男……中々食えないわね……)

 ここまでの会話で、エミリアはある程度このルーフェスという男を把握できたような気がした。


「ねぇ、左手はやっぱりまだ動かせないの?」

 アンナは、ルーフェスの食事を取る様子が気になって心配そうにそう訊ねた。彼は左手をだらんと下げたまま右手だけで食事を取っているのだ。

「うん。右腕はなんとか動かしてるけど、左腕は動かすと傷のところの皮膚が引っ張られるから痛くてまだ無理だね。」

 そう言ってルーフェスは少しだけ困ったような顔を見せた。

「ねぇ、私は見てないんだけど、背中の傷ってそんなに酷いの?」

 彼の動作のぎこちなさから、何となくは想像できてはいるが、エミリアは興味本位からそんな質問を投げかけたのだった。

「僕も自分では傷を見れてないけども……
まぁ、感触的に……かなり酷い?」
「かなりなんてもんじゃないわ。……物凄く酷い?」
「あれは物凄いでも形容が当てはまるような傷じゃないと思うけど……兎に角有り得ないくらい酷い?」

 三者三様に回答するも、いずれも曖昧な表現で具体的な情報ではないので余計に分かりにくかったが、とにかくあり得ないくらいに物凄く酷い怪我である事だけは伝わった。

「よく分からないけど、何となくは分かったわ……。で、そんなんで貴方本当に帰れるの?」
「まぁ、なんとかするよ。それに家に帰れば、治療の当てがあるからね。」

 それからルーフェスは最後に水を一口飲むと、ゆっくりと立ち上がったのだった。

「ご馳走様。とても美味しかったよ、有り難う。それじゃあ、僕はもう行くね。」

 そう言って、彼が一人で出て行こうとするのでアンナは慌てて引き留めた。

「待って、本当に一人で大丈夫?やっぱり家まで付き添おうか?」

 彼の状態はやはり、とても一人で歩けるようには見えなかったのだ。

「有難う、でも大丈夫だから。」

 笑みを浮かべてやんわりとアンナの申し出を断ったが、そこにはどうしても知られたくない事があるといった強い拒絶が隠れていた。

「そう……。でもせめて、馬車乗り場までは送らせてね。」

 アンナはそんな彼の意思を感じ取って、無理に付き添う事は諦めた。代わりに、家から近い所までの見送りを提案すると、ルーフェスは妥協案としてそれを承諾したのだった。


***


 辻馬車の乗り場まではアンナの家からは五分もかからない距離だが、怪我をしているルーフェスを支えながらでは、辿り着くまでにその倍の時間がかかった。

 夜も更けてきたこの時間に馬車に乗る人はあまり居ないので、乗り場の人出は疎らであった。
 馬車の発車時刻まではまだ少し時間があったので、二人は端の方に座れる所を見つけると腰をかけて発車時刻まで少し会話をしたのだった。

「色々と有難う。医者の代金とか、その辺はエンシェントウルフの尻尾を換金したら僕の取り分から引いておいてくれないか。」
「そんなの気にしなくても良いから。」

 アンナはそう言ってルーフェスの申し出を受け流したが、それでは彼が納得しなかった。

「いや、そういう訳にはいかないよ。だってアンナはまとまったお金が必要であの討伐依頼を受けたんだろう?治療費を払ってしまったら元も子もないんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……」

 確かにルーフェスの言う通りなので、アンナは一瞬言葉に詰まってしまった。

「……でも、元はと言えば私が無茶を言わなければ貴方が怪我をする事も無かったのよ。私の責任だから、だから治療費は私が持つわ。……一時的にはその、貴方の取り分から借りる事になるけど……必ず返すわ。」
「アンナ、そんなに責任を感じないで。僕が自分で手を貸すって承諾したんだから。お金の事も気にしないでよ。だって、元々そんなに余裕ないだろう?」
「でもっ……」

 お互いに譲らず、決着がつきそうに無かったので、ルーフェスは何かを言いかけたアンナを手で制すると強制的に議論を中断させたのだった。

「この話はまた今度にしよう?馬車がもう出る。」

 気がつくと辻馬車の発車時刻が迫っていた。
 御者が出発の準備を整えているのが見えたので、ルーフェスはゆっくりと立ち上がると、アンナの方を振り返った。

「ありがとうアンナ。スープ美味しかったよ。また食べたいな。」
「いつでも来てくれていいのよ。」
「有難う。治ったらまた来るよ。」

 そう言って彼は微笑むと、「じゃあ、またね」と言って馬車に乗り込んでいったのだった。

 本当は怪我をしているルーフェスを一人で帰らせるのは心配で、アンナは家まで送り届けたかったのだが、頑なに彼がそれを拒むので、仕方なくここで、彼女は馬車が走り去るのを見送った。

 そうして彼の乗った馬車の姿が小さくなり、見えなくなるまで見届けると、アンナは一人帰路についたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...