剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

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72. 八年越しの想い

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「終わったわ……」
「お疲れ様、良くがんばったね。」

 いつもの高台のベンチに二人は並んで座っていた。五年間に及ぶアンナの闘いはようやく終わり、彼女は今までの苦難を思い出してその瞳から一筋の涙を流したのだった。

「終わった……本当に、男爵位を取り戻せたんだ……」

 一粒、二粒と、ポロポロと零れ落ちる涙をアンナは止められなかった。

 ルーフェスは、そんな彼女の手を優しく包み込み、それからアンナの頬を流れる涙を指で拭った。

「本当に、良くがんばったね。」

 ルーフェスに優しい言葉をかけられて、アンナの我慢していた涙は堰を切ったように止めどなく溢れ出した。

 両親が亡くなったあの日から、弟と二人生き延びるのに必死だった。それがやっと、本来の身分と帰る場所を取り戻せたのだ。様々な想いが胸に込み上げてきて、自分では制御できない程に感情が昂って、アンナは泣く事を止められなかった。

 そんな泣きじゃくる彼女を、ルーフェスは何も言わずに自分の胸の中に抱き寄せて、アンナが落ち着くまでその背中をさすり続けた。

 何も言葉は無かったが、アンナはルーフェスの優しさに甘えてそのまま暫く彼の胸の中で泣いて、そして気持ちが落ち着いてくると彼女は少し身体を離して顔を上げて、あの事を彼に尋ねたのだった。

「ところで……何であのブローチを、ルーフェスが持っていたの?」

 彼女の身分を証明する決め手となった、国王陛下からの下賜品のブローチは、子供の頃に無くしたはずだった。それを何故、ルーフェスが持っていたのだろうかと、アンナは不思議そうな顔で彼を見つめた。

 するとルーフェスは決まりが悪そうに言い淀みながらも、頭を下げて謝ったのだった。

「それについては……本当にごめんなさい……アンナは覚えていないかも知れないけれど、僕たちは昔一緒に遊んだ事があって、その時に、アンナは生垣にひっかけてこのブローチを落としたんだ。気づいたのは君が帰ってからだし、大切な物だとは分かっていたけど、これを僕が拾ったと知られたら、アンナが庭に来てた事もバレてしまうから、それで……。ごめんなさい、返せずに今まで黙って持ってました。」

 そう言うと、彼はもう一度深く頭を下げた。

「本当は、一人で自由に街に出れるようになった時に直ぐブローチを返そうと思ってあの時の女の子、アンナ・ラディウスを探したんだ。けれど、君は弟と共に行方不明になっていた。悲観的な噂しか聞かなかったけれども、それでも、あの時の女の子がもう居ないなんて信じたくなくて、だから、もし再会出来た時の為に、ブローチは常に持ち歩いていたんだ。」

 そこまで話すと、ルーフェスはアンナの目を見つめて、更に続けた。

「それで、アンナが、僕の探していたアンナ・ラディウスだって事は、割と直ぐに気づいてたんだけど、詮索してはいけない感じだったから、返すタイミングが無くてね……本当にごめん。」

 そんな風に申し訳なさそうに何度も謝罪を繰り返すルーフェスの姿がなんだか面白かったので、アンナはすっかり泣き止むと、彼にふわっと笑いかけたのだった。

「結果的にそれが良い方に転んだのだから、貴方が持っていてくれて良かったわ。」

 そう言ってアンナがルーフェスに微笑みかけると、彼はほっとした表情で微笑み返して、それから徐に立ち上がると彼女の手を取ってひざまずいたので、アンナは突然の行動に戸惑った。

 すると、ルーフェスは真剣な眼差しを向けて優しく語り始めたのだった。

「アンナ……僕の話を聞いて。」
「……はい。」

 いつもとは違う雰囲気に、アンナはドキドキしながら彼を見つめた。

「子供の頃、軟禁されて人との接触が殆どない中で出会ったアンナは、天真爛漫で、とても綺麗で可愛くて、まるで天使みたいだと思ったんだ。」

 自分に向けられる甘い蜜のような言葉に、アンナは耳まで真っ赤にしながらも、彼の目を見つめて、じっと続きの言葉を聞いた。

「あの時君と出会って、僕は救われたんだ。本当に、君と一緒に遊んだ事が楽しくって、また君に会いたいって強く願ったんだ。それが、自由も何も無かった僕の希望になった。いつか絶対自由になって、今度はちゃんとルーフェスとしてアンナと再会したいという
明確な目標が、生きる糧になったんだ。」

 ルーフェスはそこで一度言葉を区切ると、アンナの瞳を熱情のこもった目で見つめる。

「あの時から僕は、君の事が忘れられなかった。ずっと会いたかったよ。」

 そして彼はそっとアンナの手の甲に口付けをすると、その想いを伝えたのだった。

「アンナ、僕は貴女の事が好きです。出来る事ならずっと貴女の側に居たいし、貴女の支えになりたい。どうかこの気持ちを、受け入れてもらえないだろうか?」

 アンナは、彼から告げられた愛の告白に身体が熱くなり、心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。彼も自分の事を想ってくれていたのだと分かると、心の底から幸せを感じたのだ。

「私は……その、貴方と違って子供の頃から特別な感情があったわけではないけれども……私も、ルーフェスの事が好きよ……」

 アンナは顔を赤く染めたまま、なんとかそう返事をするも、恥ずかしさに耐えられず、直ぐに視線を逸らしてしまった。

 するとルーフェスはアンナの返事に、こぼれんばかりの笑顔を見せると、彼女の腕を引っぱって、その身体を自分の胸の中に抱き寄せたのだった。

 アンナは頭が一瞬真っ白になり、自分の身に何が起こっているのか分からなくなったが、背中に回された手が自分を力強く抱きしめてくるので、アンナはそのままルーフェスの胸に頬を寄せると、そっとその背中に腕を回して恥ずかしそうに彼を抱きしめ返した。

「アンナ、有難う。こんなに素敵なことはないよ。」

 ルーフェスが愛おし気に彼女を抱きしめながら耳元に口を寄せると嬉しそうにそう囁いたので、アンナもはにかみながら、その胸の中で小さく「うん……」と、答えた。
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