剣士に扮した男爵令嬢は、幽居の公子の自由を願う

石月 和花

文字の大きさ
76 / 86

76. クライトゥール家サロンにて

しおりを挟む

 クライトゥール家へ到着すると、ルーフェスはアンナとエヴァンをリチャードとリリアナが待つ二階のサロンへと案内した。

 そこは日当たりの良い広々とした部屋で、扉を開けるとリリアナが勢いよくアンナに飛びついてきたのだった。

「アンナさんっ!!」
「リリアナ様?!」
「聞いたわ、男爵位を継承なさったんですってね、おめでとう!」
「えぇ、有難うございます!」
「貴女との縁が続きそうで、嬉しいわ。」

 突然の出来事にアンナは一瞬面食らったが、リリアナからの心からの祝福に、顔を綻ばせると、二人はふふっと笑い合った。

「それで、アンナ嬢はルーフェスの申し出を受けてくれたんだね?」
「あぁ。明日一緒に登城してくれることを快諾して貰ったよ。」

 彼女たちのやりとりの裏ではリチャードとルーフェスが明日の事について話し合っていた。アンナと想いが通じ合ってルーフェスはとても嬉しそうにそう話したのだが、そんな兄弟の会話を聞いて、アンナが少し困った様子で口を挟んだのだった。

「その事なんだけど……問題があるの。」
「アンナ?」
「どうしました?」

 急に声が上がったのでリチャードとルーフェスが怪訝そうにアンナを見ると、彼女は申し訳無さそうな顔をしていた。

「私、国王陛下に謁見出来るようなドレスを持っていないわ。このような庶民の格好で陛下の御前に出るのは流石に問題でしょう……?」

 そう、今まで市井で暮らしていた身なので、アンナがドレスを持っている訳がなかった。だから国王陛下の前に出られるような服が無いと、彼女は困っていたのだ。

 しかし、そんな彼女の不安を聞いたリチャードとルーフェスは顔を見合わせると、そんなことかと言わんばかりに苦笑したのだった。

「それならば大丈夫だよ。リリアナに頼んで、アンナ嬢に似合いそうなドレスをいくつか見繕って持って来て貰ってるからね。」
「えぇ。別室に用意してあるわ。その中から着れるものを探して今からサイズ直しをすれば明日には間に合うわ。」
「そ、そうなのですか?それは……有難うございます。」

 アンナは、余りにも準備が良すぎるとは思ったが、それは心の中にしまっておいた。多分事前にルーフェスが頼んでおいたのだろうと察したから。

「それじゃあ、早速ドレスを選びに行きましょう?ふふ、アンナさんにはどんなドレスが似合うかしら。」
「……一番安いドレスでお願いします。」
「ダメよ!ちゃんと見て選んで!!」

 展開の早さにアンナが戸惑っていると、リリアナは楽しそうに笑って、アンナの腕を引っ張りながら上機嫌で部屋を出て行ったのだった。



 令嬢たちが退室すると、部屋にはリチャードとルーフェス、それからエヴァンの三人が残された。その中でエヴァンは一人所在無さげに佇んで居たのだった。

「ごめんね、君が口を挟む余地なく話が進んで戸惑ってるよね。楽にしていいからね。」
「いえ、大丈夫です……」

 エヴァンは、なんとなく苦手な人物ルーフェスと、対して親しくない人物リチャードの三人で部屋に残されたことに心底困惑していた。しかも、この二人は自分より身分が上で年長者だ……。正直言って居心地が悪いにも程があるのだ。

「部屋に案内させるから、エヴァンは好きに過ごしてていいよ。」
「そんな、好きに過ごしてと急に言われても……。」

 ルーフェスからの気遣いにも、エヴァンは困り顔で返事を返すのみだった。ただでさえ展開が早すぎて気持ちの整理がついていってなかったのに、この状況下で自分が何をしていいのか、本当に分からないのだ。

 すると、そんな彼の様子に、今度はリチャードがエヴァンに優しく話しかけたのだった。

「そうだ、君は本を読むのが好きだと聞いているから、書架の本を読んでみるかい?ここに居る間は、自由に読んで良いよ。」

 それはとても、魅力的な申し出だった。公爵家の所蔵など、普段お目にかかれないような貴重な本もあるに違いないので、この提案にエヴァンは心惹かれた。

「それは……嬉しいです。」
「うん。いいよ、好きな本を自由に読んで。」
「あっ……有難うございます!!あの、本の事もだけど、俺……いえ、私たち姉弟を保護してくれて、本当に有難うございます!!!」 

 そんなリチャードの心遣いに、今まで立ちすくんでいたエヴァンは少しだけ頬を緩めると、丁寧に腰を折ってお礼の言葉を繰り返したのだった。

「そんなに畏まらなくっていいから。」

 リチャードは余りに恐縮するエヴァンを苦笑しながら宥めると、近くに控えていた使用人に、エヴァンを書架へ案内するようにと命じた。それからエヴァンに向かって、「ゆっくり過ごしてね」と言って、彼を送り出したのだった。


 こうして、エヴァンも退室して、部屋にはリチャードとルーフェスの兄妹二人だけが残った。

「彼、いじらしくって、なんかいいね。弟が居たらこんな感じかな。」

 ソファーに深く座り直したリチャードがしみじみとそんな事を呟いたので、向かいに座るルーフェスは、いささか不服そうに声を上げた。

「ちょっと待て、それじゃあ僕は何だって言うんだよ。」
「そうだな、ルーフェスは弟っていうより……同志って言葉が合うような気がしてね。」
「あぁ……確かにその感覚は何となくわかるよ。」

 目の前に血の繋がった弟が居るのにそんな事を言われては腑に落ちなかったが、リチャードのその答えには、ルーフェスも納得した。

 双子とは実に不思議なもので、お互いがお互いの半身であるかのような感覚を感じてしまう時があるのだ。

 それは、ただの兄弟というより、もっと違う何か特別な繋がりに思えてならなかった。

「……今まで私たちは文字通り二人で一人だったけれども、これからは、リチャードとルーフェスの、一人、一人だね。」
「そうだね、こんな風に二人揃って、堂々とお茶を飲める日が来るとはね、夢にも思わなかったよ。」

 リチャードとルーフェスはそれぞれのカップを手に取ると、感慨深げにそれを眺めた。二人揃って普通に過ごせる事が、こんなにも清々ものなのかとその実感を噛み締めていたのだ。

 そして少しの沈黙の後、リチャードは大真面目な顔をしてルーフェスに忠告を伝えたのだった。

「……しかし、本当に彼女のお陰だよね。感謝してもしきれないな。お前、振られないように頑張るんだよ。」
「……言われなくても、精進するよ。」

 それは、リチャードに言われるまでも無い事であった。

 そんな兄の失礼な言葉にルーフェスは少しだけムッとしたが、直ぐに二人は互いに視線を交わすと、顔を見合わせて笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

【完結】これは紛うことなき政略結婚である

七瀬菜々
恋愛
 没落寸前の貧乏侯爵家の令嬢アンリエッタ・ペリゴールは、スラム街出身の豪商クロード・ウェルズリーと結婚した。  金はないが血筋だけは立派な女と、金はあるが賤しい血筋の男。  互いに金と爵位のためだけに結婚した二人はきっと、恋も愛も介在しない冷めきった結婚生活を送ることになるのだろう。  アンリエッタはそう思っていた。  けれど、いざ新婚生活を始めてみると、何だか想像していたよりもずっと甘い気がして……!?   *この物語は、今まで顔を合わせれば喧嘩ばかりだった二人が夫婦となり、紆余曲折ありながらも愛と絆を深めていくただのハイテンションラブコメ………になる予定です。   ーーーーーーーーーー *主要な登場人物* ○アンリエッタ・ペリゴール いろんな不幸が重なり落ちぶれた、貧乏侯爵家の一人娘。意地っ張りでプライドの高いツンデレヒロイン。 ○クロード・ウェルズリー 一代で莫大な富を築き上げた豪商。生まれは卑しいが、顔がよく金持ち。恋愛に関しては不器用な男。 ○ニコル アンリエッタの侍女。 アンリエッタにとっては母であり、姉であり、友である大切な存在。 ○ミゲル クロードの秘書。 優しそうに見えて辛辣で容赦がない性格。常にひと言多い。

【完結】辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

処理中です...