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76. クライトゥール家サロンにて
しおりを挟むクライトゥール家へ到着すると、ルーフェスはアンナとエヴァンをリチャードとリリアナが待つ二階のサロンへと案内した。
そこは日当たりの良い広々とした部屋で、扉を開けるとリリアナが勢いよくアンナに飛びついてきたのだった。
「アンナさんっ!!」
「リリアナ様?!」
「聞いたわ、男爵位を継承なさったんですってね、おめでとう!」
「えぇ、有難うございます!」
「貴女との縁が続きそうで、嬉しいわ。」
突然の出来事にアンナは一瞬面食らったが、リリアナからの心からの祝福に、顔を綻ばせると、二人はふふっと笑い合った。
「それで、アンナ嬢はルーフェスの申し出を受けてくれたんだね?」
「あぁ。明日一緒に登城してくれることを快諾して貰ったよ。」
彼女たちのやりとりの裏ではリチャードとルーフェスが明日の事について話し合っていた。アンナと想いが通じ合ってルーフェスはとても嬉しそうにそう話したのだが、そんな兄弟の会話を聞いて、アンナが少し困った様子で口を挟んだのだった。
「その事なんだけど……問題があるの。」
「アンナ?」
「どうしました?」
急に声が上がったのでリチャードとルーフェスが怪訝そうにアンナを見ると、彼女は申し訳無さそうな顔をしていた。
「私、国王陛下に謁見出来るようなドレスを持っていないわ。このような庶民の格好で陛下の御前に出るのは流石に問題でしょう……?」
そう、今まで市井で暮らしていた身なので、アンナがドレスを持っている訳がなかった。だから国王陛下の前に出られるような服が無いと、彼女は困っていたのだ。
しかし、そんな彼女の不安を聞いたリチャードとルーフェスは顔を見合わせると、そんなことかと言わんばかりに苦笑したのだった。
「それならば大丈夫だよ。リリアナに頼んで、アンナ嬢に似合いそうなドレスをいくつか見繕って持って来て貰ってるからね。」
「えぇ。別室に用意してあるわ。その中から着れるものを探して今からサイズ直しをすれば明日には間に合うわ。」
「そ、そうなのですか?それは……有難うございます。」
アンナは、余りにも準備が良すぎるとは思ったが、それは心の中にしまっておいた。多分事前にルーフェスが頼んでおいたのだろうと察したから。
「それじゃあ、早速ドレスを選びに行きましょう?ふふ、アンナさんにはどんなドレスが似合うかしら。」
「……一番安いドレスでお願いします。」
「ダメよ!ちゃんと見て選んで!!」
展開の早さにアンナが戸惑っていると、リリアナは楽しそうに笑って、アンナの腕を引っ張りながら上機嫌で部屋を出て行ったのだった。
令嬢たちが退室すると、部屋にはリチャードとルーフェス、それからエヴァンの三人が残された。その中でエヴァンは一人所在無さげに佇んで居たのだった。
「ごめんね、君が口を挟む余地なく話が進んで戸惑ってるよね。楽にしていいからね。」
「いえ、大丈夫です……」
エヴァンは、なんとなく苦手な人物と、対して親しくない人物の三人で部屋に残されたことに心底困惑していた。しかも、この二人は自分より身分が上で年長者だ……。正直言って居心地が悪いにも程があるのだ。
「部屋に案内させるから、エヴァンは好きに過ごしてていいよ。」
「そんな、好きに過ごしてと急に言われても……。」
ルーフェスからの気遣いにも、エヴァンは困り顔で返事を返すのみだった。ただでさえ展開が早すぎて気持ちの整理がついていってなかったのに、この状況下で自分が何をしていいのか、本当に分からないのだ。
すると、そんな彼の様子に、今度はリチャードがエヴァンに優しく話しかけたのだった。
「そうだ、君は本を読むのが好きだと聞いているから、書架の本を読んでみるかい?ここに居る間は、自由に読んで良いよ。」
それはとても、魅力的な申し出だった。公爵家の所蔵など、普段お目にかかれないような貴重な本もあるに違いないので、この提案にエヴァンは心惹かれた。
「それは……嬉しいです。」
「うん。いいよ、好きな本を自由に読んで。」
「あっ……有難うございます!!あの、本の事もだけど、俺……いえ、私たち姉弟を保護してくれて、本当に有難うございます!!!」
そんなリチャードの心遣いに、今まで立ちすくんでいたエヴァンは少しだけ頬を緩めると、丁寧に腰を折ってお礼の言葉を繰り返したのだった。
「そんなに畏まらなくっていいから。」
リチャードは余りに恐縮するエヴァンを苦笑しながら宥めると、近くに控えていた使用人に、エヴァンを書架へ案内するようにと命じた。それからエヴァンに向かって、「ゆっくり過ごしてね」と言って、彼を送り出したのだった。
こうして、エヴァンも退室して、部屋にはリチャードとルーフェスの兄妹二人だけが残った。
「彼、いじらしくって、なんかいいね。弟が居たらこんな感じかな。」
ソファーに深く座り直したリチャードがしみじみとそんな事を呟いたので、向かいに座るルーフェスは、いささか不服そうに声を上げた。
「ちょっと待て、それじゃあ僕は何だって言うんだよ。」
「そうだな、ルーフェスは弟っていうより……同志って言葉が合うような気がしてね。」
「あぁ……確かにその感覚は何となくわかるよ。」
目の前に血の繋がった弟が居るのにそんな事を言われては腑に落ちなかったが、リチャードのその答えには、ルーフェスも納得した。
双子とは実に不思議なもので、お互いがお互いの半身であるかのような感覚を感じてしまう時があるのだ。
それは、ただの兄弟というより、もっと違う何か特別な繋がりに思えてならなかった。
「……今まで私たちは文字通り二人で一人だったけれども、これからは、リチャードとルーフェスの、一人、一人だね。」
「そうだね、こんな風に二人揃って、堂々とお茶を飲める日が来るとはね、夢にも思わなかったよ。」
リチャードとルーフェスはそれぞれのカップを手に取ると、感慨深げにそれを眺めた。二人揃って普通に過ごせる事が、こんなにも清々ものなのかとその実感を噛み締めていたのだ。
そして少しの沈黙の後、リチャードは大真面目な顔をしてルーフェスに忠告を伝えたのだった。
「……しかし、本当に彼女のお陰だよね。感謝してもしきれないな。お前、振られないように頑張るんだよ。」
「……言われなくても、精進するよ。」
それは、リチャードに言われるまでも無い事であった。
そんな兄の失礼な言葉にルーフェスは少しだけムッとしたが、直ぐに二人は互いに視線を交わすと、顔を見合わせて笑ったのだった。
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