魔力が無いから王族とは結婚出来ないのに、王太子殿下が婚約者候補から外してくれません

石月 和花

文字の大きさ
15 / 67

15. 少年の怒り

しおりを挟む
 ロキシード様の命令を受け、少年を押さえていた護衛は手を放したが、自由になったはずの少年は、その場に立ち尽くしたまま動かなかった。

 解放されたという実感が追いつかず、ただ呆然と目を泳がせているのだ。

 そんな少年に向けて、ロキシード様はすっと手を差し伸べ、にっこりと微笑んだ。

「ほら、君。アディの巾着を拾ってくれてありがとう。こちらで受け取るよ」

 その笑顔は、どんな相手にも変わらず向けられる“王子様の微笑み”だった。
つい先ほどまでの鋭い眼光も、冷たい声音も跡形もなく、完璧なロキシード様へと戻っている。

 ――切り替えの早さに、私は思わず戸惑ってしまった。

 上に立つ者として必要な資質だと頭では分かっている。
 けれど、あまりにも自然に、あまりにも滑らかに表情を変えるその姿に戸惑って、私は複雑な顔でロキシード様を見つめた。

 そして――私以上に複雑な顔をしているのは、ほかでもない少年だった。
 警戒と困惑と恐怖が入り混じった瞳で、ロキシード様をじっと見つめている。

「さぁ、巾着をこちらに渡して」

 柔らかな笑みを浮かべたまま差し出される右手。
 けれど少年は、まるで罠を疑う小動物のように身を固くしていた。
 その戸惑いは、傍から見ても痛いほど伝わってくる。

「あ……貴方、ここは逆らわずに巾着を渡した方が身の為ですわよ」

 どうしていいか分からず固まっている少年があまりにも不憫で、私は思わず助言を口にしていた。

 その一言が背中を押したのか、少年はしばらく眉を寄せて考え――
 そして、不服そうに顔を歪めながら、巾着を乱暴に叩き返した。

「これでいいんだろっ!!」

 睨みつけるように吐き捨てる少年。

 だけれどもロキシード様は、まるで気にも留めていないように穏やかな笑みを崩さず、叩きつけられた巾着を受け取った。

 そして今度は私の方へ向き直り、丁寧に一言添える。

「ごめんね、アディ。中を開けるよ」
「え? えぇ、どうぞ?」

 突然の問いかけにびっくりしたし、ロキシード様の意図は分からなかったが、見られて困るものは入っていないので、私は素直に頷いた。

「な、なんだよ! 何も盗ってねぇよ!! 疑ってんのかよ!!」
「疑ってなんかいないよ」

 少年の荒い声を軽く受け流しながら、ロキシード様は巾着の中を探り――さっき買った乾燥チェリーを半分と、数枚の銅貨を取り出すと、それらを少年の手にそっと乗せたのだった。

「ほら、拾った人へのお礼だよ。礼儀だからね」

 ロキシード様は柔らかな微笑みで慈悲を与えた。

 けれども少年は、まるで理解が追いつかないといった顔で固まってしまった。

「……どうして……」

 少年は震える声で呟き、私とロキシード様の顔を交互に見比べる。
 
 無理もない。捕まると思っていたはずが、まさか“お礼”を渡される展開になるなんて、想像すらしていなかっただろう。

「どうして、か……そうだね。どうして彼を許したんだい?」

 ロキシード様は、少年の疑問をそのまま私へと投げかけた。彼が少年を罪人にしなかったのは、私が願ったからで、その理由を私に問うのは当然だった。

 突然の質問に少し驚きつつも、私は素直に自分の心を答えた。

「どうしてって……鞭で打たれるなんて可哀想だから。それに、妹さんがいるのに離れ離れになるのも、かわいそうだと思ったの」
「だ、そうだよ」

 ロキシード様がにこやかに私の言葉を少年へと伝える。
 けれども少年は、その言葉に感謝するでもなく、むしろ顔を歪めたのだった。

「……なんだよ、金持ちが気まぐれで同情かよ……」

 吐き捨てるような声。
 その瞳には、はっきりとした怒りと憎しみが宿っていた。

 こんなにもあからさまな敵意を向けられたのは初めてで、私は言葉を失ってしまった。

 けれどロキシード様は、怯むことなく静かに言葉を重ねる。

「そうだね。でも、その気まぐれのおかげで君は助かったのだから、彼女に感謝するんだね」

 しかし、その言葉も少年の心には届かなかった。

「感謝なんかしねーよ!大体、俺たちがこんな暮らしなのは金持ちのせいなんだからな!!金持ちばっか良い暮らししやがって!!むしろお前たち金持ちが、俺らに感謝しろよっ!!!」

 少年は怒りをぶつけるように叫び、悔しげに顔を歪めると、そのまま背を向け、全力で駆け出していったのだった。

 私は、走り去る背中に何も言えなかった。
 何を言えばいいのか分からなかった。

 そんな中、私の横でロキシード様が小さく呟いた声が聞こえた。

「……ごめんね」

 その声は、風に溶けてしまいそうなほど小さくて、きっと私にしか聞こえていない。

(ロキシード様……どうして謝るの……?)

 王族が平民に謝るなんて、本来あり得ないことだ。
 だからこそ、その一言の意味が分からず、胸の奥がざわついた。

 私は横目でロキシード様を盗み見る。
 彼の横顔は、どこか悲しげで……その理由を知りたいと思ったけれど、聞く勇気は出なかった。

 私は、殿下と二人で遠ざかっていく少年の背中を黙って見送った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。

秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。 「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」 第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。 着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。 「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。 行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。 「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」 「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」 氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。 一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。 慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。 しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。 「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」 これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

処理中です...