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23. 自覚1

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「アイリス・サーフェス!アイリス・サーフェスじゃないか!!」

記念式典も無事に終わり、レナードとルカスが主催と挨拶を交わしている間アイリスは少し離れた所で二人を待っていたのだが、急に誰かにフルネームで呼び掛けられたのだった。

怪訝に思いながらも、呼ばれた方を向いて声の主の姿を確認すると、アイリスはたちまち固まってしまった。
何故、こんな所でこんな人と会わなければならないのか。

目の前には婚約を断った相手、オーレーン男爵家の嫡男、セブールが立っていたのだ。

「これは、セブール様。ご機嫌よう。」
アイリスはこの男が苦手だった。いや、苦手というより不快に思っていた。
それでも、そんな気持ちは態度に出さずに作り笑顔を浮かべると、淑女の礼で挨拶をした。社交辞令は必要だから。

「こんな所で奇遇だね。王太子殿下の侍女になったという噂は本当だったんだな。」
「えぇ。私もこんな所でセブール様からお声が掛かるなんて、思っても見なかったですわ。」
いや、それはもう本当に、そんな事は考えたくも無かったのだが、何故これが現実で起こってしまっているのか、悪夢も良いところだった。

「父がこの大聖堂の改修には出資しているからね。父親の代理だよ。」
一見すると爽やかで、その甘いマスクは人当たりの良さそうな印象を与えるが、アイリスはこの男の本性を知っていた。
気性が激しく、気に入らない事があると従者に当たり散らすのだ。以前にその場面を目撃してから、彼には本当に最悪な印象しか抱いていなかったのだ。

「そうだったんですね。お父上の代理を務めるなんてご立派ですわ。」
セブールを刺激しないように、アイリスは当たり障りのない言葉を選んで、慎重に会話を続けた。表面的には笑顔をたやさずにしとやかに振る舞ったが、その張り付いた笑顔の下で顔は引き攣って、早くこの場から離れたい一心でいっぱいだった。

そもそも、何故彼に話しかけられたのか不思議だったのだ。
面識はあったものの、二人で会話をした事は今までになかったからだ。

やはり婚約を断った件で何か嫌味を言われるのだろうかと身構えていると、彼の口から出た話題は、全くの予想外の話だった。

「所で、俺は先程偶々舞台袖に居たのだけれども、アレは一体どういう事だったのかな?」
「アレ……というのは……?」
アイリスは表情にこそ出さなかったが、内心真っ青になっていた。まさか、舞台袖でのあの騒動を見られていたとは思わなかったのだ。

「王太子が君に抱きついていたじゃないか。君は王太子とそう言った仲なのか?」
「誤解ですわ!アレは、殿下が少しフラつかれたから支えただけですわ!!」
「そうかな?側近が邪魔でハッキリと見れなかったが、殿下が君に抱きついてるように見えたんだけどな。」
「それは本当に誤解ですわ。」
セブールの発言から、ルカスが壁になったお陰で口付けをしている所までは見られていないという事が分かって、一先ずはホッとした。
しかし、このままでは殿下が侍女に抱きついたなどと言う不名誉な噂が立ってしまいかねないので、どうやってセブールを納得させられるか頭を捻っていると、アイリスの話に耳を貸しそうもないセブールは、一人で何かを納得してアイリスを舐め回すように見ると、頼まれてもいないのに自身の見解を披露してくれたのだった。

「成程ね。君の家は資金難で困っているから父がわざわざ手を差し伸べてあげたというのに、俺との婚約を断ってまで資金援助を求めなかったのは、他にパトロンを見つけたからって事か。」
彼のこの指摘は、全くの的外れとも言えなかったので、アイリスは否定も肯定も出来ずに口籠もってしまった。すると、アイリスのそんな態度を肯定と捉えたセブールは、更に追い討ちをかけるように失礼な言葉を積み重ねたのだった。

「それにしても凄いねぇ。よく王太子なんて大物を引っ掛けられたねぇ。君は清純そうに見えて、実は中々の手練れだったってことだね。」
「……」
何を言ってもまともに聞いてくれそうにないので、アイリスは否定するのを止めてしまった。好き勝手話をさせれば、気が済んでくれるだろうと自身に向けられた酷い言葉は我慢して、ただ笑ってやり過ごした方が賢いと思ったのだ。

(この男の殿下に対する失礼な思い込みは後でルカス様に何とかしてもらおう。殿下に絶対的な忠誠を誓っている彼ならば、このような不届き者きっと権力でねじ伏せるだろうから……)

きっとこう言った輩の対処に慣れているであろうルカスが後で何とかしてくれるだろうと思い、アイリスは自分の事は何を言われても微笑みで受け流そうとしたのだが、次にセブールの口から出た言葉だけは聞き捨てならなくて、アイリスは思わず言い返してしまったのだった。

「しかし清廉潔白な王太子殿下が、まさか、金で情婦を侍らせていただなんて知られたら、さぞや騒ぎになるだろうね。」
自分の事なら我慢できた。しかしレナードを悪く言うのは我慢できなかったのだ。

「誤解ですわ!!殿下はそのようなお人ではありません!!!!」

余計な一言を言ってしまった自覚はあった。
しかし、言ってしまった言葉は今更取り消せないので、アイリスは弁明もせずにセブールの反応を恐る恐る伺った。

するとセブールはアイリスのその一言にみるみるうちに顔を真っ赤にし、その目には怒りの炎がゆらゆらと揺れたのだった。
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