Fleurs existentielles

帯刀通

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生命の代償

05

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俺の決意は、彼女を活かそうとした決断は、緩やかに彼女を死に追いやっていたというんだろうか。いつまでも完成しない花を見つめ続ける日々に彼女は、何を思っていたんだろうか。

「彼がfortuneの可能性が高いとはいえ、相手が分からなければただのownerでしかありません。我々も彼の運命の相手が現れることに長らく期待してはいたんですが、まさかこれ程の威力とは…運命とは空恐ろしいものですね」

お知り合いだとは、と再び呟かれた言葉は今度は深い感嘆を伴って吐き出された。こんな近くに運命の相手が潜んでいたことも然り、それが稀有なflower/ownerの中でも更に稀少なfortuneであるという事実も然り、俺たちはどうやら離れられない運命らしい、お互いがどう思っていようと。

「とにかくfortuneを見つけたからには、放置して差し上げることは出来ません。速やかにparingしていただいてその効能を研究させていただきます。…あなたの本意ではないと思いますがどうぞご理解ください」

不自由の分の特権は保障されているからこその無理強い、もとい強制執行が可能なのだから元より俺に発言権どころか基本的人権すら与えられているのかも怪しい。滅多にない実験動物モルモットが手に入ったとイカれたマッドサイエンティストたちが狂喜乱舞する姿が目に浮かんだ。

「…彼のパートナーは、どうなるんです」

押し殺した声は想像よりはるかに低く、滲み出た怒りで血が沸いている。

「fortuneとしてparingしてしまえば稀少種としてのあなた方二人を優先せざるを得ません。彼女はownerなしのflowerとして投薬されることになります。彼のパートナーとしての権利は失われますが致し方ありません」
「俺が、いるからですか」
「たとえあなたが権利を放棄したとて、彼女の身体はいずれ長く保ちません。強すぎるfortuneの成分に根腐れを起こすのが嫌なら、むしろ解消した方が彼女のためとも言えます。それに…私情を挟んでは、この仕事は出来ません」

吐く息で白く曇った眼鏡の向こう、何を考えているのかは窺えない。彼は管理官としての職務を全うしているだけであり、俺の人生に対する責任など微塵も負っていないのだから冷徹に聞こえて当然だ。職務に忠実である適性を買われてここにいるのだろうから。

「flowerでありfortuneである運命に抗うことも出来ますが、それは即ちあなた自身の人生の終焉を意味します。waterを拒めば枯れる、それがあなたという存在です。更にあなたの生命が失われることで、数多の生命も失われます。大変制限された生活になることは想像に難くない。何やら彼との確執もおありのようですし……それでも、」

口許からハンカチを外して、管理官は小さく笑った。初めて見る笑顔は彼を幼く見せた。

「あなたには自分の人生を選ぶ権利があると、私は思いますよ」

彼の見せた人間らしさに思わず涙が止まった。ふと軽くなった口唇の感触に、今までずっと噛み締めていたことを知る。

「先程の様子を見てもfortuneの威力は凄まじい。受け入れる我々の体制を整えるのには最低でも数日はかかるはず。その間にもしかするとwaterが必要になるかもしれませんが、少なくとも1日は確実に猶予があると考えていいでしょう。たった1日、されど1日です。あなたの人生を決めるための24時間、望むのであれば私が稼ぎ出して差し上げます。さあ、どうしますか?」

自分の生き方は自分で決めろ、と背中を押されている気分だった。彼にとって俺は監視対象の縁もゆかりもない他人で、その生死は実際のところどうでもいいはずなのに。

「どうして、そこまで?」

信用していいものか、隠された意図は何なのか、首を傾げながら訊ねる俺に向かって彼は自分の襟元をぐいっと引っ張って顕わにしてみせた。ワイシャツの隙間から見える小さな痣。花の種類は分からないけれど小さな紫色の可憐な痣は、冷たい仮面の下に隠されたあの幼い笑みと重なって不思議と俺を安心させた。

「ご同類、というわけです」
「…flowerなんですね」
「私はこの職に就いてから発現したクチでして、まあflowerの代弁者として重用されている面もある変わり種なんですよ」
「辛くは、ないですか」

同類の人間を管理し取り締まる側に立つという狭間の苦しみは想像しただけで胸を痛ませた。

「黙殺されるflowerの痛みを伝えることが出来ると考えれば、私のような人間でも役に立つ場面もあります。大きな声では言えませんが…私はflowerの味方でありたいと思ってもいます」

誰もが望んでflowerになる訳でも、その特権を享受することに幸福を感じる訳でもない。出来れば自由に生きたかったと願って枯れていった人たちもいたことだろう。散っていった無数の花たちの無念を乗り越えて俺は、俺の人生を選び取れるだろうか。

俯く俺の肩をそっと揺さぶって、彼はもう一度あの無防備な笑みを浮かべた。

「賭けてみますか?」

未来を、運命を、この手で掴み取るために。

ぎゅっと握りしめた拳を開いて、パァンっと両手で頬を張った。やられっ放しは性に合わない。いつだって自分の人生を切り開いてきたのはこの手だったじゃないか。最後の最後ギリギリまでの悪あがきは得意分野だろ、ビビってんじゃねぇよ俺。ぐっと顔を上げた時にはもう迷いはなかった。

「いただいた1日、決して無駄にはしません」
「…いい顔です」

コツンと拳同士を突き合わせた。パートナーじゃなくたって、俺たちは今、運命共同体だった。
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