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生存する権利は破壊を容認するのか
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言われた通りに翌朝二人で連れ立って出頭すると、喜色満面の主治医に迎えられた。世にも稀有な研究材料が連れ立ってきたわけだから、彼からしてみればまさにカモがネギを背負ってきたとしか思えないのだろう。
二人揃って診察台に座らされ血液検査だの触診だのの後は、別々に連行されて色んな機械に繋がれて実験動物になった気満載の検査検査検査の嵐。人間ドックのたらい回しってこんな感じなのかと思わされる検査量に、腹も空いてきてフラフラしたところで管理官が割って入った。
「ご飯、行きましょうか」
息抜きがてら、と口にはしないながらも軽い目配せで助け舟を出してくれたことが分かる。アイツとも合流してフラリと3人で外に出た。学食よりはいいものを食おうと連れてこられた下北沢の駅近く、ちょっと猥雑な雑居ビルの一階にある台湾料理屋に入る。
死角のない一番奥の角に陣取ると俺たちを壁側に並べて座らせて油断なく目と気を配る。明らかに護衛対象の要注意人物みたいな扱いをされたことは初めてで驚きを隠せないでいる俺とは対照的に、パラパラとメニューを捲っては何食べます?なんて管理官相手に呑気に訊いているのを見て気が抜けた。緊張感とか緊迫感とか無縁のほんわかした空気につい懐かしくなった口許が緩む。
「あなたは何を召し上がりますか?好きなものをどうぞ」
パラパラと軽くメニューを捲ってから、お先にどうぞと差し出される。勿論奢りですから、と制服がわりに羽織ったジャケットを脱いでうっすらと笑った顔はいつもより幼くて、最初の頃より打ち解けてきた関係性を不思議に思った。メニューを受け取ろうと伸ばした手を、遮られて横から掻っ攫われる。
「おい、っ何すん」
「お前は、コレとコレと…それにコレでしょ」
立て続けに指差された料理の写真は確かに俺が常日頃好き好んで食べがちなもので、突然何を言い出すんだという困惑と、よくも覚えてたもんだという感心とが混ざりあって口を閉ざした。チラリと横目で見ればフラットな無表情に見えて若干頬が得意気に緩んでいる。…マウントのつもりかよ…と閉口する俺にじっとりとした眼差しを向けた管理官が小さな声で、分かりやす…と呟いたのを聞き逃さなかったらしい。
にっこりと微笑んだアイツは、目に見えて子供っぽい独占欲丸出しの手を伸ばすと、俺の手を掴んでぎゅうっと握りしめてテーブルの上に置いた。わざわざそんなことしなくてもと呆れる俺に、同情の目を向けた管理官はいっそ見なかったことにするらしく、グラスに並々とつがれた水を呷った。
厨房から漂ってくる香ばしい匂いに腹がきゅうっと鳴って一旦戦線休止。程なく運ばれてきた料理を口に入れた瞬間、思わず呻いた。
「うまっ」
「美味いね」
所謂中華料理なんだろうけど、高級店とも町の中華料理店とも違う、勝手なイメージだけど中華街の横道に逸れたところにありそうな本格中華って感じで、食べたことがありそうでない懐かしさを感じさせる深みのある味だった。好きなだけ頼んでいいですよ、とニヤリと口角を上げながら勧めてくる管理官のお言葉に甘えて、店員さんに中身を確認しながら追加で注文をする。検査がなければビールでも頼みたいところだった。
コリコリしたイカの食感、空心菜のシャキシャキした歯応えとニンニクの絶妙な絡まり具合、うっすら漢方みたいな味のするお粥、何を口に入れても美味かった。黒烏龍で流し込みながら咀嚼して飲み込んでを繰り返して、腹が一杯になるまで夢中になって食べ続けた。久し振りに満たされた食事をした気がした。こんなに味覚を存分に刺激された幸福な食事は一体いつ以来だろうか…と考えて、ハタと気がついた。チラリと横を見れば、品よく箸の先だけを器用に使いながら静かに料理を口に運ぶ白皙の美貌。
…お前か。
俺の精神構造が極めて単純なのか、それともこれも例のfortuneとやらの仕業か。考えても意味がなさそうだし、分かったところで何が変わる訳でもなし、元来、ウジウジと深く思い悩んだり立ち止まったりするのが苦手な俺は早々に思考を放棄した。幸せな方に作用するならそれでいい。
俺の視線に気づいてチラリと流し目だけ寄越した後、また黙々と食事を続ける頬は僅かに緩んでいて、それを見ているだけでじわりと心の奥から蜂蜜色の温もりが溢れ出してくる。本音を言えば昨日までは状況に適応し切れなくて、半信半疑のまま現実味のない閉鎖空間で夢を見ていたような心持ちだった。朝、目が覚めて全て夢だったと云われても信じてしまうほどに。
でも今、こうして傍にいてふと触れる肌から伝わる体温や、空気を震わす声や息遣いを聴いて、確かにそこに生きているんだと実存を感じて、ようやく心が目を開いた。
いつの間にか俺たちの関係性は大きな渦の中に飲み込まれて二人だけでは完結しなくなってしまったけれど、この世で唯一つ明白なものがあるとしたらそれは俺の気持ちが向く行先。矢印は双方向だと思える今が幸せ以外の何だっていうんだ。もう十分だった。
お前がいるから俺がいて、欠けてしまえば失われるだけ。
魂の半身、運命の片割れ、二つの心臓をひとつにまとめあげて曝け出す。それが愛ってやつの真髄だろうか。
こんな高架下の店の片隅で宇宙の真理を感じてるなんて大概脳ミソ沸騰してるなと思いながら、頬杖をついてじっと"俺にとっての世界の根源"を見つめる。
視線が絡まったのに気づいて片方の眉がすっと上がった。白い指先が躊躇いもなく頬に触れて、チリチリと肌が熱を持つ。スローモーションで時が止まる。当たり前みたいに、今までもずっとこうしていたように縮められる距離に箍が外される。ああ、好きだ。閉じ込めていた扉が開く。
二人揃って診察台に座らされ血液検査だの触診だのの後は、別々に連行されて色んな機械に繋がれて実験動物になった気満載の検査検査検査の嵐。人間ドックのたらい回しってこんな感じなのかと思わされる検査量に、腹も空いてきてフラフラしたところで管理官が割って入った。
「ご飯、行きましょうか」
息抜きがてら、と口にはしないながらも軽い目配せで助け舟を出してくれたことが分かる。アイツとも合流してフラリと3人で外に出た。学食よりはいいものを食おうと連れてこられた下北沢の駅近く、ちょっと猥雑な雑居ビルの一階にある台湾料理屋に入る。
死角のない一番奥の角に陣取ると俺たちを壁側に並べて座らせて油断なく目と気を配る。明らかに護衛対象の要注意人物みたいな扱いをされたことは初めてで驚きを隠せないでいる俺とは対照的に、パラパラとメニューを捲っては何食べます?なんて管理官相手に呑気に訊いているのを見て気が抜けた。緊張感とか緊迫感とか無縁のほんわかした空気につい懐かしくなった口許が緩む。
「あなたは何を召し上がりますか?好きなものをどうぞ」
パラパラと軽くメニューを捲ってから、お先にどうぞと差し出される。勿論奢りですから、と制服がわりに羽織ったジャケットを脱いでうっすらと笑った顔はいつもより幼くて、最初の頃より打ち解けてきた関係性を不思議に思った。メニューを受け取ろうと伸ばした手を、遮られて横から掻っ攫われる。
「おい、っ何すん」
「お前は、コレとコレと…それにコレでしょ」
立て続けに指差された料理の写真は確かに俺が常日頃好き好んで食べがちなもので、突然何を言い出すんだという困惑と、よくも覚えてたもんだという感心とが混ざりあって口を閉ざした。チラリと横目で見ればフラットな無表情に見えて若干頬が得意気に緩んでいる。…マウントのつもりかよ…と閉口する俺にじっとりとした眼差しを向けた管理官が小さな声で、分かりやす…と呟いたのを聞き逃さなかったらしい。
にっこりと微笑んだアイツは、目に見えて子供っぽい独占欲丸出しの手を伸ばすと、俺の手を掴んでぎゅうっと握りしめてテーブルの上に置いた。わざわざそんなことしなくてもと呆れる俺に、同情の目を向けた管理官はいっそ見なかったことにするらしく、グラスに並々とつがれた水を呷った。
厨房から漂ってくる香ばしい匂いに腹がきゅうっと鳴って一旦戦線休止。程なく運ばれてきた料理を口に入れた瞬間、思わず呻いた。
「うまっ」
「美味いね」
所謂中華料理なんだろうけど、高級店とも町の中華料理店とも違う、勝手なイメージだけど中華街の横道に逸れたところにありそうな本格中華って感じで、食べたことがありそうでない懐かしさを感じさせる深みのある味だった。好きなだけ頼んでいいですよ、とニヤリと口角を上げながら勧めてくる管理官のお言葉に甘えて、店員さんに中身を確認しながら追加で注文をする。検査がなければビールでも頼みたいところだった。
コリコリしたイカの食感、空心菜のシャキシャキした歯応えとニンニクの絶妙な絡まり具合、うっすら漢方みたいな味のするお粥、何を口に入れても美味かった。黒烏龍で流し込みながら咀嚼して飲み込んでを繰り返して、腹が一杯になるまで夢中になって食べ続けた。久し振りに満たされた食事をした気がした。こんなに味覚を存分に刺激された幸福な食事は一体いつ以来だろうか…と考えて、ハタと気がついた。チラリと横を見れば、品よく箸の先だけを器用に使いながら静かに料理を口に運ぶ白皙の美貌。
…お前か。
俺の精神構造が極めて単純なのか、それともこれも例のfortuneとやらの仕業か。考えても意味がなさそうだし、分かったところで何が変わる訳でもなし、元来、ウジウジと深く思い悩んだり立ち止まったりするのが苦手な俺は早々に思考を放棄した。幸せな方に作用するならそれでいい。
俺の視線に気づいてチラリと流し目だけ寄越した後、また黙々と食事を続ける頬は僅かに緩んでいて、それを見ているだけでじわりと心の奥から蜂蜜色の温もりが溢れ出してくる。本音を言えば昨日までは状況に適応し切れなくて、半信半疑のまま現実味のない閉鎖空間で夢を見ていたような心持ちだった。朝、目が覚めて全て夢だったと云われても信じてしまうほどに。
でも今、こうして傍にいてふと触れる肌から伝わる体温や、空気を震わす声や息遣いを聴いて、確かにそこに生きているんだと実存を感じて、ようやく心が目を開いた。
いつの間にか俺たちの関係性は大きな渦の中に飲み込まれて二人だけでは完結しなくなってしまったけれど、この世で唯一つ明白なものがあるとしたらそれは俺の気持ちが向く行先。矢印は双方向だと思える今が幸せ以外の何だっていうんだ。もう十分だった。
お前がいるから俺がいて、欠けてしまえば失われるだけ。
魂の半身、運命の片割れ、二つの心臓をひとつにまとめあげて曝け出す。それが愛ってやつの真髄だろうか。
こんな高架下の店の片隅で宇宙の真理を感じてるなんて大概脳ミソ沸騰してるなと思いながら、頬杖をついてじっと"俺にとっての世界の根源"を見つめる。
視線が絡まったのに気づいて片方の眉がすっと上がった。白い指先が躊躇いもなく頬に触れて、チリチリと肌が熱を持つ。スローモーションで時が止まる。当たり前みたいに、今までもずっとこうしていたように縮められる距離に箍が外される。ああ、好きだ。閉じ込めていた扉が開く。
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