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生存する権利は破壊を容認するのか
02
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すぐにぶわりと空気が膨らんでキラキラとした粒子がまた飛び交い始めて、管理官の肩がぴくりと動いた。
「お二人共、何か異変を感じますか?具合は?」
「…そんなに違いますか?」
「すぐですね、空気が変わったのが如実に分かりました。ほら」
くいっと曝け出された襟元の花が色濃く湿り出した気がした。見比べるように隣りに視線を移すと、ふわりと空気が揺れて髪を撫でられた。ゆっくりと、何度も、何度も、心を蕩かすような笑みを浮かべて細く骨ばった白木の指先が髪を梳いていく。その度に、ぶわり、ぶわり、と内側から波が押し出されるようにとろみのある琥珀色が世界へ溶けだしていく。境界線が揺らいでいく。
管理官が慌てたように店内を見回した。いつの間にかザワついていた店内が静まり返っている。
その場にいる誰もが恍惚とした表情を浮かべていた。ぼんやりとした表情で虚空を見つめる目尻を緩ませている、まるで白昼夢でも見ているように。
「出ましょう」
焦りを含んだ声で立ち上がる管理官に促され腰を上げる。場の緊迫感を一ミリも汲もうとしないでモソモソと食べ続ける細い腕を軽く引っぱりあげた。
「行くぞ」
「食事中に席を立つなんてお行儀悪くない?」
「フザけてんなよ、ホラ」
強めにもう一度引くと、名残惜しそうに箸をおいて立ち上がった。急かされながら店の外に出ればタクシーが1台停まっている。押し込まれながら乗り込んで、ダラダラと車道を歩く人々の間をすり抜けながら研究棟に帰った。
「……甘いモノも食いたかったなぁ」
場違いとは思いつつも、つい愚痴がこぼれた。せっかく美味い飯を楽しんでいたのに……まぁ、自業自得といえなくもないが、俺だって自らあの事態を引き起こそうと思った訳じゃない。きっとあの店ならデザートも美味かっただろうに、もう行けないのか。
…これから先もどこか外に出る度に、周囲を巻き込みやしないかとビクビクと怯えなければいけないんだろうか。
先が思いやられる。
思わず吐いた溜め息の後で、右手があたたかさに包まれた。空気が変わる。ふわりと微笑んでくれるだけで、胸が軽くなった。
緩く握られていた手が解かれて、伸ばしかけの髪に触れる。冷たい指先がこめかみに向けて髪をかきあげ、そっと耳に着地する。擽ったさに思わず目を細めると、クスリと蝶の羽ばたきほどの小さな声が笑う。
「俺は甘いものはいいや」
「そう?甘いもの好きじゃん?」
好みが変わったのかと尋ねれば、ふるふると緩く笑いながら首を振る。
「"お前より甘いモノ"なんて何処にもないからね」
ぐっ、と喉が詰まった。ひしゃげた蛙みたいな変な音に慌てて両手で口を強く押さえる。でなければ、何か良くないモノが飛び出してきそうだった。
「……ふふ、顔真っ赤」
誰のせいだよ!と叫び出したいのを何とか堪える。ジワジワと体温が上昇して汗が滲み出してくるのが分かる。熱い。アツい。恥ずかしい。バカじゃないの。助手席から軽い溜め息が聞こえてくる。人前で、こんな、公開処刑かよ。
動転する俺を見て楽しそうに目を細めながら、鼻歌でも歌いそうに機嫌の良い顔をする。ホント、バカじゃないの。困る。好きすぎて、困る。
「あまり揶揄わないで下さいますか。少なくとも移動中は」
危険だから、という注釈が聞こえてきそうな軽い警告だった。運転中に何かあったら、と急に我に返る。浮ついていた気持ちがスッと冷えて、周囲を漂っていたピンク色のオーラがしゅっと身の内に引っ込んだ気がした。悪戯が見つかった子供のようにおどけて肩を竦めた後は窓の外ばかり見て黙ってしまった美しい横顔を見つめる俺の右手はずっとあたたかかった。
その後無事に研究棟に着いて管理官が事の次第を担当医に説明してる間中、俺は穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。原因を究明したい気持ちは分かる、またあんなことが起こったらと思えば心配になるのも分かる、でも!
「触れられた時にどんな感触でしたか」とか、「声をかけられるのと触れられるのとでは何が違いますか」とか、「何を思った時にそうなりますか」とか、あまつさえ「性的に興奮しましたか」とか!!
根掘り葉掘り訊かれるのは流石に堪えた。羞恥心とか慎み深さとかどこに置いてきたんだ拾ってきてくれ頼むから!と思いつつボソボソと答える。後ろに管理官もアイツもいるのに!だ!拷問だろ、マジで。
ただ俺がいるだけでその場の空気が変わってしまうことに、困惑と言い知れぬ罪悪感を感じれば、漠然とした不安が足元を濡らしていく。感情を顕わにすることで周囲を巻き込んで悪影響を及ぼすなんて人間兵器みたいなもんで、どこのアニメの世界だよとツッコミたくなる。普通に生きてただけなんだけど、な。
「お二人共、何か異変を感じますか?具合は?」
「…そんなに違いますか?」
「すぐですね、空気が変わったのが如実に分かりました。ほら」
くいっと曝け出された襟元の花が色濃く湿り出した気がした。見比べるように隣りに視線を移すと、ふわりと空気が揺れて髪を撫でられた。ゆっくりと、何度も、何度も、心を蕩かすような笑みを浮かべて細く骨ばった白木の指先が髪を梳いていく。その度に、ぶわり、ぶわり、と内側から波が押し出されるようにとろみのある琥珀色が世界へ溶けだしていく。境界線が揺らいでいく。
管理官が慌てたように店内を見回した。いつの間にかザワついていた店内が静まり返っている。
その場にいる誰もが恍惚とした表情を浮かべていた。ぼんやりとした表情で虚空を見つめる目尻を緩ませている、まるで白昼夢でも見ているように。
「出ましょう」
焦りを含んだ声で立ち上がる管理官に促され腰を上げる。場の緊迫感を一ミリも汲もうとしないでモソモソと食べ続ける細い腕を軽く引っぱりあげた。
「行くぞ」
「食事中に席を立つなんてお行儀悪くない?」
「フザけてんなよ、ホラ」
強めにもう一度引くと、名残惜しそうに箸をおいて立ち上がった。急かされながら店の外に出ればタクシーが1台停まっている。押し込まれながら乗り込んで、ダラダラと車道を歩く人々の間をすり抜けながら研究棟に帰った。
「……甘いモノも食いたかったなぁ」
場違いとは思いつつも、つい愚痴がこぼれた。せっかく美味い飯を楽しんでいたのに……まぁ、自業自得といえなくもないが、俺だって自らあの事態を引き起こそうと思った訳じゃない。きっとあの店ならデザートも美味かっただろうに、もう行けないのか。
…これから先もどこか外に出る度に、周囲を巻き込みやしないかとビクビクと怯えなければいけないんだろうか。
先が思いやられる。
思わず吐いた溜め息の後で、右手があたたかさに包まれた。空気が変わる。ふわりと微笑んでくれるだけで、胸が軽くなった。
緩く握られていた手が解かれて、伸ばしかけの髪に触れる。冷たい指先がこめかみに向けて髪をかきあげ、そっと耳に着地する。擽ったさに思わず目を細めると、クスリと蝶の羽ばたきほどの小さな声が笑う。
「俺は甘いものはいいや」
「そう?甘いもの好きじゃん?」
好みが変わったのかと尋ねれば、ふるふると緩く笑いながら首を振る。
「"お前より甘いモノ"なんて何処にもないからね」
ぐっ、と喉が詰まった。ひしゃげた蛙みたいな変な音に慌てて両手で口を強く押さえる。でなければ、何か良くないモノが飛び出してきそうだった。
「……ふふ、顔真っ赤」
誰のせいだよ!と叫び出したいのを何とか堪える。ジワジワと体温が上昇して汗が滲み出してくるのが分かる。熱い。アツい。恥ずかしい。バカじゃないの。助手席から軽い溜め息が聞こえてくる。人前で、こんな、公開処刑かよ。
動転する俺を見て楽しそうに目を細めながら、鼻歌でも歌いそうに機嫌の良い顔をする。ホント、バカじゃないの。困る。好きすぎて、困る。
「あまり揶揄わないで下さいますか。少なくとも移動中は」
危険だから、という注釈が聞こえてきそうな軽い警告だった。運転中に何かあったら、と急に我に返る。浮ついていた気持ちがスッと冷えて、周囲を漂っていたピンク色のオーラがしゅっと身の内に引っ込んだ気がした。悪戯が見つかった子供のようにおどけて肩を竦めた後は窓の外ばかり見て黙ってしまった美しい横顔を見つめる俺の右手はずっとあたたかかった。
その後無事に研究棟に着いて管理官が事の次第を担当医に説明してる間中、俺は穴があったら入りたい気持ちで一杯だった。原因を究明したい気持ちは分かる、またあんなことが起こったらと思えば心配になるのも分かる、でも!
「触れられた時にどんな感触でしたか」とか、「声をかけられるのと触れられるのとでは何が違いますか」とか、「何を思った時にそうなりますか」とか、あまつさえ「性的に興奮しましたか」とか!!
根掘り葉掘り訊かれるのは流石に堪えた。羞恥心とか慎み深さとかどこに置いてきたんだ拾ってきてくれ頼むから!と思いつつボソボソと答える。後ろに管理官もアイツもいるのに!だ!拷問だろ、マジで。
ただ俺がいるだけでその場の空気が変わってしまうことに、困惑と言い知れぬ罪悪感を感じれば、漠然とした不安が足元を濡らしていく。感情を顕わにすることで周囲を巻き込んで悪影響を及ぼすなんて人間兵器みたいなもんで、どこのアニメの世界だよとツッコミたくなる。普通に生きてただけなんだけど、な。
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