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生存する権利は破壊を容認するのか
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その後も結局何だか分からない精密検査とやらを散々受けた挙句に、俺たちに言い渡されたのは、
「隔離…ですか?」
診察室から場所を移して、小さな応接セットだけある個室に通された。正面にある窓にかかったブラインドは閉じられていて隙間から漏れてくる色は深い夜の藍だ。革張りの茶色いソファに腰を下ろし、管理官と向かい合わせに座る俺の隣りには当然アイツがいた。その状況にまだ慣れない俺がいる。
「どう言い繕っても意味がないので率直に言いましょう。あなた方の及ぼす影響の範囲が知れないうちは自由行動は容認出来ないという判断になりました。よって、暫く政府施設に避難していただきます」
思ったより切羽詰まった物言いに、急に緊迫感が忍び寄ってきた。足をすくわれないために、何が出来るだろう。奥歯を食い縛って、腹に力を込めた。
「このまま、ですか?家に帰って用意したりは」
「必要なものは全て此方で揃えます。お二人はどうぞこのまま」
「…授業もあるんですが。研究だって放り出すわけには」
「言い辛いことですが、今日のような事態が研究室で起きた際に危険がないと断言出来ますか?」
痛いトコロを突かれた。
「今日店にいた人たちはどうなったんですか」
「現時点で深刻な影響を受けている方は皆無です。その点はご安心を。ただ慢性の持病があった方の容態が改善していたり、ちょっとした風邪や皮膚疾患なら治っている方もいました」
「それって」
「明らかにあなた方の影響です」
疑う余地もなく断定されて、迷いは消えた。
「たったあれだけの時間、場を共にしただけでこの威力。看過出来ないのはお分かりいただけますね?対処法も何も見えない現在では、あなた方の存在は諸刃の剣です」
歯に衣着せぬ物言いは優しさ故の厳しさだともう知っているから、信頼して預けられる。
「暫く研究棟を行き来して頂きますし、なるべくお二人が外出する際は別行動を取って頂きます」
「断ります」
管理官が最後まで言い終わらないうちにピシャリとハネつけられた要求。
「理由をお聞きしましょうか」
ゆったりと手を組んで気持ち、身体を前のめりに傾けてから軽く眉をはねあげる。言えるものなら言ってみろと語る管理官の表情にも動じず、更に悠然と背中をソファに預ける、ある種傲慢なパフォーマンスは虚勢なのか分からないところがいかにもこの男らしかった。飄々として掴みどころのない柔らかな笑みを浮かべて言い放つ。
「別行動は断ります」
「ですから」
「また離されては堪らない。また僕の知らないところで、勝手に物事が決められていくのは我慢ならない。
これ以上何も、奪わせません」
挑発的ともとれる発言の底に潜む激情を感じ取ったものか、管理官も口を噤む。
「あくまで僕たちは善意であなた方に協力している、違いますか?対処するのはあなた方の仕事であって、僕たちの行動を制限する権利はそもそもないでしょう」
賢さと冷静さを武器にここまで来た男の、剥き出しの本性が垣間見える。
「隔離も護衛も好きにしたらいい、でも」
花が綻ぶように笑えば、目が眩むほどの光が周囲を照らし出した。
「運命は僕に微笑んだ。コイツは僕のものです」
絡め取られた指の熱さが皮膚を通して伝わって、僅かな震えと共に流れ込んでくるどろりとした感情は、言葉に出来ない痛みや悲しみが入り交じって赤く濁っていた。不安や苦しみが手のひらで混じりあって浸透していく。
ポツリ、ポツリと水滴が降ってきた。
雨?こんな室内で?と反射的に天井を見上げて呆気に取られる。部屋全体に広がるモヤモヤとした濃い鼠色の雨雲からワインのように紅い雫が垂らされていた。そんな筈もないのに、ポタリと肌に落ちて染み込んでいくその感触も生々しい。そして染み込んだ先の俺の手のひらが徐々に、干からび始めた。
「う、あ、あ」
真っ先に浮かび上がってきたのは恐怖。
サアッと烈風に巻かれるように室内の温度が下がり、通り過ぎた後の静寂に呼応するようにみるみると失われていく、生命が。
「早くwaterを!」
管理官の切羽詰まった声に一瞬目を見張ってから、この騒ぎの元凶となった男はゆっくりと振り返り、乾いた茎のような俺の指先を口に含んだ。
くちゅり。
染み込んでいく唾液に身体が息を吹き返す。ホッと一息ついて顔をあげれば険しい顔でこちらを睨みつける管理官と目が合った。
「失礼。花を見せて頂けますか」
立ち上がり背後に回り込む彼に見えやすいように首を下げて脊髄の辺りの襟を引き下げる。パシャリと音がして、元の位置に座り直した管理官は口元に手を当てたまま携帯の画面を凝視している。
気を取られている隙に横から伸びてきた冷えた指先がそっと襟に触れて、覗き込まれるとチリチリと皮膚の上で火花が散った。呼応する身体。気持ちに引き摺られるだけで危うい生命線。何が起こっているのだろう。
「これを」
向けられた画面に映っていたのは、
「紅い、花?」
ownerを得たことで百合の形をハッキリと宿した痣は、手のひら大の藍色じみた花だったはずだ。それが今、深い真紅に変わっている。形も記憶していたものとは違っているような気がした。
「先生を呼びましょう。あなた方はここに」
早足で去っていく足音にかなり遅れてばたりとドアの閉まる音。はあっと息を吐いて初めて、空気が重苦しかったことを知る。
「……何なんだよ、ったく」
キャパシティを超える事態が次々に襲いかかってくる。しかも生命の危機に直結する深度と頻度に眩暈がしそうだ。
「いよいよ人外って感じだね。実験動物まっしぐら」
「茶化してんなよ…。こんなん、外に出したら危険だって俺でも分かるわ」
「感情まで抑制されるようになったらどうしようね」
「あながち冗談でもないかもな」
頭を抱える俺の肩を軽く叩き、大丈夫だよと安請け合いする気楽さに幾ら何でもオプティミストが過ぎると睨みつければ、頬をくにっと指先で摘まれた。
「誰にももう、邪魔させないよ」
妙に自信たっぷりに笑う顔は、俺にだけは優しかった。
「隔離…ですか?」
診察室から場所を移して、小さな応接セットだけある個室に通された。正面にある窓にかかったブラインドは閉じられていて隙間から漏れてくる色は深い夜の藍だ。革張りの茶色いソファに腰を下ろし、管理官と向かい合わせに座る俺の隣りには当然アイツがいた。その状況にまだ慣れない俺がいる。
「どう言い繕っても意味がないので率直に言いましょう。あなた方の及ぼす影響の範囲が知れないうちは自由行動は容認出来ないという判断になりました。よって、暫く政府施設に避難していただきます」
思ったより切羽詰まった物言いに、急に緊迫感が忍び寄ってきた。足をすくわれないために、何が出来るだろう。奥歯を食い縛って、腹に力を込めた。
「このまま、ですか?家に帰って用意したりは」
「必要なものは全て此方で揃えます。お二人はどうぞこのまま」
「…授業もあるんですが。研究だって放り出すわけには」
「言い辛いことですが、今日のような事態が研究室で起きた際に危険がないと断言出来ますか?」
痛いトコロを突かれた。
「今日店にいた人たちはどうなったんですか」
「現時点で深刻な影響を受けている方は皆無です。その点はご安心を。ただ慢性の持病があった方の容態が改善していたり、ちょっとした風邪や皮膚疾患なら治っている方もいました」
「それって」
「明らかにあなた方の影響です」
疑う余地もなく断定されて、迷いは消えた。
「たったあれだけの時間、場を共にしただけでこの威力。看過出来ないのはお分かりいただけますね?対処法も何も見えない現在では、あなた方の存在は諸刃の剣です」
歯に衣着せぬ物言いは優しさ故の厳しさだともう知っているから、信頼して預けられる。
「暫く研究棟を行き来して頂きますし、なるべくお二人が外出する際は別行動を取って頂きます」
「断ります」
管理官が最後まで言い終わらないうちにピシャリとハネつけられた要求。
「理由をお聞きしましょうか」
ゆったりと手を組んで気持ち、身体を前のめりに傾けてから軽く眉をはねあげる。言えるものなら言ってみろと語る管理官の表情にも動じず、更に悠然と背中をソファに預ける、ある種傲慢なパフォーマンスは虚勢なのか分からないところがいかにもこの男らしかった。飄々として掴みどころのない柔らかな笑みを浮かべて言い放つ。
「別行動は断ります」
「ですから」
「また離されては堪らない。また僕の知らないところで、勝手に物事が決められていくのは我慢ならない。
これ以上何も、奪わせません」
挑発的ともとれる発言の底に潜む激情を感じ取ったものか、管理官も口を噤む。
「あくまで僕たちは善意であなた方に協力している、違いますか?対処するのはあなた方の仕事であって、僕たちの行動を制限する権利はそもそもないでしょう」
賢さと冷静さを武器にここまで来た男の、剥き出しの本性が垣間見える。
「隔離も護衛も好きにしたらいい、でも」
花が綻ぶように笑えば、目が眩むほどの光が周囲を照らし出した。
「運命は僕に微笑んだ。コイツは僕のものです」
絡め取られた指の熱さが皮膚を通して伝わって、僅かな震えと共に流れ込んでくるどろりとした感情は、言葉に出来ない痛みや悲しみが入り交じって赤く濁っていた。不安や苦しみが手のひらで混じりあって浸透していく。
ポツリ、ポツリと水滴が降ってきた。
雨?こんな室内で?と反射的に天井を見上げて呆気に取られる。部屋全体に広がるモヤモヤとした濃い鼠色の雨雲からワインのように紅い雫が垂らされていた。そんな筈もないのに、ポタリと肌に落ちて染み込んでいくその感触も生々しい。そして染み込んだ先の俺の手のひらが徐々に、干からび始めた。
「う、あ、あ」
真っ先に浮かび上がってきたのは恐怖。
サアッと烈風に巻かれるように室内の温度が下がり、通り過ぎた後の静寂に呼応するようにみるみると失われていく、生命が。
「早くwaterを!」
管理官の切羽詰まった声に一瞬目を見張ってから、この騒ぎの元凶となった男はゆっくりと振り返り、乾いた茎のような俺の指先を口に含んだ。
くちゅり。
染み込んでいく唾液に身体が息を吹き返す。ホッと一息ついて顔をあげれば険しい顔でこちらを睨みつける管理官と目が合った。
「失礼。花を見せて頂けますか」
立ち上がり背後に回り込む彼に見えやすいように首を下げて脊髄の辺りの襟を引き下げる。パシャリと音がして、元の位置に座り直した管理官は口元に手を当てたまま携帯の画面を凝視している。
気を取られている隙に横から伸びてきた冷えた指先がそっと襟に触れて、覗き込まれるとチリチリと皮膚の上で火花が散った。呼応する身体。気持ちに引き摺られるだけで危うい生命線。何が起こっているのだろう。
「これを」
向けられた画面に映っていたのは、
「紅い、花?」
ownerを得たことで百合の形をハッキリと宿した痣は、手のひら大の藍色じみた花だったはずだ。それが今、深い真紅に変わっている。形も記憶していたものとは違っているような気がした。
「先生を呼びましょう。あなた方はここに」
早足で去っていく足音にかなり遅れてばたりとドアの閉まる音。はあっと息を吐いて初めて、空気が重苦しかったことを知る。
「……何なんだよ、ったく」
キャパシティを超える事態が次々に襲いかかってくる。しかも生命の危機に直結する深度と頻度に眩暈がしそうだ。
「いよいよ人外って感じだね。実験動物まっしぐら」
「茶化してんなよ…。こんなん、外に出したら危険だって俺でも分かるわ」
「感情まで抑制されるようになったらどうしようね」
「あながち冗談でもないかもな」
頭を抱える俺の肩を軽く叩き、大丈夫だよと安請け合いする気楽さに幾ら何でもオプティミストが過ぎると睨みつければ、頬をくにっと指先で摘まれた。
「誰にももう、邪魔させないよ」
妙に自信たっぷりに笑う顔は、俺にだけは優しかった。
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