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未分化の願い
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「…僕の、地雷を踏み抜かなければいい、ただそれだけですよ。簡単なことでしょう?されて厭なことはしない、寝た子を起こせば泣き喚くのは当然じゃないですか」
表面上は至極上機嫌に見えるその裏で、本心は何を企んでいるのか。懐疑的に眉をひそめる管理官の気持ちが手に取るように分かる。だが、コイツの云うことにも一理あるどころか、本音そのものだと思った。
「僕はですね、」
「コイツって」
奪い取った主導権に一瞬、不快感と好奇心がないまぜになった顔をしたのに頷いてみせて、絡まった指を何度かタップした。
「コイツって案外簡単なんですよ。頑固で負けず嫌いで性格は暗くネジ曲がってるし、オタクで粘着質で執念深いし、頭良くて理性的かと思えば結構はっきり好き嫌いが顔に出るし、割と感情ダダ漏れっていうかガキっぽいところもあって」
「…まだ続くの?」
いいから黙っとけ、と膝を叩いた。不服そうに尖らせた口唇が堪え切れずに弧を描く。そんな嬉しそうな顔してんなよ、お前が俺のこと分かってるように、俺だって他の誰よりもお前のこと分かってるつもりだからさ。
「それでも分別は弁えてるし、自分から攻撃したりもしません。そもそも周囲に興味関心がないし、自分に係わる物以外はどうでもいいとすら思ってる。自分のことすら時々どうでもいいって思ってるような奴なんです」
目を閉じてうんうんと頷いてるのを見ると、今のところ正解なんだろう。そんなコイツが激昂する理由なんて単純で、もはやいい年した俺たちは世界を滅ぼす悪役に憧れてるわけでもなきゃ、世界を救うヒーローになりたいわけでもない。もっと言えば、自分たちのチカラにすら興味も関心もない、手に余る厄介モノくらいにしか思ってないのが本心だった。こんなチカラ、望んでいなかった。
「だから、俺たちの望むことはただひとつ。普通に生きていたいんです」
自分の大切なものが侵害されない限り、穏和で平和的な状況を好むのは当然だ。わざわざ火種なんて起こしたくないし、より多くの人が幸せになる最大値を探すのもやぶさかじゃない。善良な一市民としての役割を全うするくらいの偽善は持ち合わせてる。
「特権も地位も財産も要らない。勿論検査や採取、それ以外に必要なことも可能な限り協力します。住む場所や護衛だなんだも目をつぶります。だから、俺たちにフツーの人生をください」
何も特別なことなんて必要ない。
ただ、好きな人と生きて死んでいく自由を願っているだけだ。
「俺はflowerだから、もう大した寿命も残されてないと思いますけど」
隣りでぐっと空気が縮こまったのが分かった。flowerの寿命は発現してから少なくて十年、長くても人生の折り返し前には寿命が尽きると一般的には知られている。今この瞬間にさえ、生命のカウントダウンは始まっている。
「生きてる間は、俺の身体を実験に使うなり何なりしてもらっていいです。死んだら献体してもいい。だけどせめて、それ以外の残りの時間は、ごくごくフツーに同世代の人間が日々を生きるように生きていたいんです」
大学に通って研究して、論文書いて、バイトして、そんな当たり前の日常。もしかしたら講師から助教や准教授、果ては教授なんていう晴れがましいキャリア、あるいは全然違う、会社員なんていう道もあったかもしれない。そういうの全部、今まで築き上げてきた努力のその先まで全て明け渡しても構わないから、ただ。
「コイツと当たり前の人生を過ごしていたいんです」
簡単で、何の変哲もない、誰もが胸に抱く素朴な願いがどれほど重い価値を持つか、その尊さを俺たちはもう知っている。刻一刻と削られていく生命の最期の瞬間まで、
「愛する人の傍で人生を終わりたい。
本当に叶えたい願いはそれだけです」
膝の上で軽く握り合っていた拳は震えていた。どちらのせいかは分からなかった。
死に至る恐怖、自分の身体が未知のものに変わっていく恐怖、他人の生命を脅かす凶器にもなる恐怖。何一つ先の見えない未来に対する未知の恐怖で、どこを見回しても八方塞がりだ。
使い方次第で善悪両極端に振れる針は俺たち自身が握り締めていて、威力の代償はとてつもなく重い罪になりうる。感謝され守られるとも限らない、未来は誰にも分からないのだから。
それでも俺は生きたいと思った。
許されるなら、生命ある限り、最後の最期の瞬間まで、生きることを諦めたくなかった。叶うなら幸せに、愛する人と共に。
「手綱は委ねてくださる、と?」
「俺たちをどう使うかはそちら次第でしょう」
「引き換えにするのが、そんなにささやかな願いで構わないんですか」
声に滲む憐みは同情ではなく労わりで、この人から見ても俺たちの望みが決して不相応なものではないと分かる。たとえ、どんなにささやかに思えても、
「俺たちにとっては人生そのものと等価なんです」
それは短くて長い沈黙だった。
ぐっと目をつぶって思案すること数十秒、管理官は
「分かりました」
迷いを振り切った笑みを浮かべて、確りと頷いた。
「放し飼いにするには余りに危険な猛犬、いや、フェンリルも真っ青の凶犬かな?でもグレイプニルがあなただというなら、その言葉を我々は信じるしかありませんね」
「いつか訪れる神々の黄昏には威力を発揮するかもしれませんよ?」
「…確かに諸刃の剣ではありますが、あらゆる病理に効果を示すと云われているfortuneを手放すことは国家的損失です。あなた方と敵対する事態は極力避けたいですし、もしそうなった場合我々が滅亡しかねない」
昨日の様子を思い出したのか、寒くもないのにぶるりと身体を震わせて管理官は溜め息をついた。
「攻撃されない限りは協力的でいてくださる、と言うのなら細かいところを詰めていきましょう。あなた方の逆鱗に触れることがないよう、擦り合わせの必要がありますし、これからの我々は運命共同体でもあります」
宜しいですか、と促された凶犬は不服そうに頬を歪ませながらも形ばかりの頷きを見せた。それに、と続けた管理官は今度は俺の方に視線を合わせた。
「あなたは先程寿命が十年程度と仰いましたが、我々の持つ資料にはfortueはその限りではないと示すものも幾つかあります。まだその生態が解明されていない、言わば未知の生命体なんですよ、あなた方は。だから、諦めるのは止めましょう。出来る限りの道を、一緒に探しに行きましょう」
差し出された拳に、空いてる方の拳を再びコツリと合わせる。
繋がれた方の指は不機嫌に踊っていたけれど、NOとは言わなかった。
表面上は至極上機嫌に見えるその裏で、本心は何を企んでいるのか。懐疑的に眉をひそめる管理官の気持ちが手に取るように分かる。だが、コイツの云うことにも一理あるどころか、本音そのものだと思った。
「僕はですね、」
「コイツって」
奪い取った主導権に一瞬、不快感と好奇心がないまぜになった顔をしたのに頷いてみせて、絡まった指を何度かタップした。
「コイツって案外簡単なんですよ。頑固で負けず嫌いで性格は暗くネジ曲がってるし、オタクで粘着質で執念深いし、頭良くて理性的かと思えば結構はっきり好き嫌いが顔に出るし、割と感情ダダ漏れっていうかガキっぽいところもあって」
「…まだ続くの?」
いいから黙っとけ、と膝を叩いた。不服そうに尖らせた口唇が堪え切れずに弧を描く。そんな嬉しそうな顔してんなよ、お前が俺のこと分かってるように、俺だって他の誰よりもお前のこと分かってるつもりだからさ。
「それでも分別は弁えてるし、自分から攻撃したりもしません。そもそも周囲に興味関心がないし、自分に係わる物以外はどうでもいいとすら思ってる。自分のことすら時々どうでもいいって思ってるような奴なんです」
目を閉じてうんうんと頷いてるのを見ると、今のところ正解なんだろう。そんなコイツが激昂する理由なんて単純で、もはやいい年した俺たちは世界を滅ぼす悪役に憧れてるわけでもなきゃ、世界を救うヒーローになりたいわけでもない。もっと言えば、自分たちのチカラにすら興味も関心もない、手に余る厄介モノくらいにしか思ってないのが本心だった。こんなチカラ、望んでいなかった。
「だから、俺たちの望むことはただひとつ。普通に生きていたいんです」
自分の大切なものが侵害されない限り、穏和で平和的な状況を好むのは当然だ。わざわざ火種なんて起こしたくないし、より多くの人が幸せになる最大値を探すのもやぶさかじゃない。善良な一市民としての役割を全うするくらいの偽善は持ち合わせてる。
「特権も地位も財産も要らない。勿論検査や採取、それ以外に必要なことも可能な限り協力します。住む場所や護衛だなんだも目をつぶります。だから、俺たちにフツーの人生をください」
何も特別なことなんて必要ない。
ただ、好きな人と生きて死んでいく自由を願っているだけだ。
「俺はflowerだから、もう大した寿命も残されてないと思いますけど」
隣りでぐっと空気が縮こまったのが分かった。flowerの寿命は発現してから少なくて十年、長くても人生の折り返し前には寿命が尽きると一般的には知られている。今この瞬間にさえ、生命のカウントダウンは始まっている。
「生きてる間は、俺の身体を実験に使うなり何なりしてもらっていいです。死んだら献体してもいい。だけどせめて、それ以外の残りの時間は、ごくごくフツーに同世代の人間が日々を生きるように生きていたいんです」
大学に通って研究して、論文書いて、バイトして、そんな当たり前の日常。もしかしたら講師から助教や准教授、果ては教授なんていう晴れがましいキャリア、あるいは全然違う、会社員なんていう道もあったかもしれない。そういうの全部、今まで築き上げてきた努力のその先まで全て明け渡しても構わないから、ただ。
「コイツと当たり前の人生を過ごしていたいんです」
簡単で、何の変哲もない、誰もが胸に抱く素朴な願いがどれほど重い価値を持つか、その尊さを俺たちはもう知っている。刻一刻と削られていく生命の最期の瞬間まで、
「愛する人の傍で人生を終わりたい。
本当に叶えたい願いはそれだけです」
膝の上で軽く握り合っていた拳は震えていた。どちらのせいかは分からなかった。
死に至る恐怖、自分の身体が未知のものに変わっていく恐怖、他人の生命を脅かす凶器にもなる恐怖。何一つ先の見えない未来に対する未知の恐怖で、どこを見回しても八方塞がりだ。
使い方次第で善悪両極端に振れる針は俺たち自身が握り締めていて、威力の代償はとてつもなく重い罪になりうる。感謝され守られるとも限らない、未来は誰にも分からないのだから。
それでも俺は生きたいと思った。
許されるなら、生命ある限り、最後の最期の瞬間まで、生きることを諦めたくなかった。叶うなら幸せに、愛する人と共に。
「手綱は委ねてくださる、と?」
「俺たちをどう使うかはそちら次第でしょう」
「引き換えにするのが、そんなにささやかな願いで構わないんですか」
声に滲む憐みは同情ではなく労わりで、この人から見ても俺たちの望みが決して不相応なものではないと分かる。たとえ、どんなにささやかに思えても、
「俺たちにとっては人生そのものと等価なんです」
それは短くて長い沈黙だった。
ぐっと目をつぶって思案すること数十秒、管理官は
「分かりました」
迷いを振り切った笑みを浮かべて、確りと頷いた。
「放し飼いにするには余りに危険な猛犬、いや、フェンリルも真っ青の凶犬かな?でもグレイプニルがあなただというなら、その言葉を我々は信じるしかありませんね」
「いつか訪れる神々の黄昏には威力を発揮するかもしれませんよ?」
「…確かに諸刃の剣ではありますが、あらゆる病理に効果を示すと云われているfortuneを手放すことは国家的損失です。あなた方と敵対する事態は極力避けたいですし、もしそうなった場合我々が滅亡しかねない」
昨日の様子を思い出したのか、寒くもないのにぶるりと身体を震わせて管理官は溜め息をついた。
「攻撃されない限りは協力的でいてくださる、と言うのなら細かいところを詰めていきましょう。あなた方の逆鱗に触れることがないよう、擦り合わせの必要がありますし、これからの我々は運命共同体でもあります」
宜しいですか、と促された凶犬は不服そうに頬を歪ませながらも形ばかりの頷きを見せた。それに、と続けた管理官は今度は俺の方に視線を合わせた。
「あなたは先程寿命が十年程度と仰いましたが、我々の持つ資料にはfortueはその限りではないと示すものも幾つかあります。まだその生態が解明されていない、言わば未知の生命体なんですよ、あなた方は。だから、諦めるのは止めましょう。出来る限りの道を、一緒に探しに行きましょう」
差し出された拳に、空いてる方の拳を再びコツリと合わせる。
繋がれた方の指は不機嫌に踊っていたけれど、NOとは言わなかった。
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