三度目の衝撃。

帯刀通

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反転宇宙

01

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今、冷静になってみれば、勝手に逆恨みされ八つ当たりされた女の子たちも気の毒だし、彼女たちには何の罪もないとは分かってはいる。けれど、何しろ僕のトラウマを否応なしに刺激する存在なのは確かで、付き合いはおろか恋愛対象としても女子を捉えられなくなった僕は、女子を好きになる男子すら忌避するようになった。坊主憎けりゃ袈裟まで、というやつだ。単なる逆恨みだと自己分析は出来ていても、気持ちは割りきれるもんでもない。

人付き合いを避け、孤立し、僕が今いるのは大学の研究室だった。

人も動物も植物も、この世界は雄と雌に分けられて子孫繁栄とかいう幻想に縛られて生きている。そんな世界は真っ平だった。性別という呪縛のない世界に生きていたかった。それで僕が選んだ結果が、宇宙だった。

世界には男女以外にも様々な存在がいて、法則があって、歴史があって、未来がある。宇宙には雄雌も惚れた腫れたも介入しない。そこが心地よかった。

大学を経て更に大学院に進み、今日僕は博士課程を修了する。肩書きは博士。悪くない響きだ。

恋愛なんて、ブラックホールの不思議の前にはそれこそ塵芥に等しい。僕の目の前には人類が何世紀にも渡って研究し続けてなお解き明かせない謎が無限に存在しているのに、僕個人の嗜好や歴史などにかかずらう暇などどこにある。

衣食住が最低限整っていて、見苦しくない程度に外見が整備されていれば、他人というのは割と放っておいてくれるものだ。不快でさえなければ邪魔も排斥もされ難いと、この十数年で学んだ。

もうすぐ三十路を迎える今となっても、相変わらず僕の背は小さく、声は高く、線は細い。だが、すっかりとうが立った男に寄りつく物好きも年々いなくなり、今の僕はひとりで充足している。

同じ種類を数だけ取り揃えた洋服、食事、生活。ルーティーンが決まっている日常は雑音が少ない。

宇宙と文献とPCと、天体望遠鏡と車。これだけあれば僕の人生は万全と言ってもいい。ヒトは要らない。

だから誰にも邪魔されないまま、このまま象牙の塔にこもっていたかったのに。

「先輩」

唯一声をかけてくる、この男だけが不確定な異物。
誰にでも優しく穏やかで控えめながら頼りになる、絵に描いたような"いい奴"であるその後輩は、ぼっちで根暗な雰囲気の無愛想な先輩を憐れんでくれているのか、どんなに冷たく接してもめげずに声をかけてくる。

「先輩」

いかにも親切そうな思いやりに溢れた声で、輪の中に引き入れてくれようとする。…大きなお世話だ。

友達を作りに研究室に来てるわけじゃないから、と突き放しても諦めずに声をかけてき続けること、早幾年。いい加減諦めて欲しいのに。

僕の後を追いかけてきている訳では無いにしろ、ひとつ下の彼は順調に博士課程を邁進している。博士取得後はそのまま研究室に残るつもりの僕にとって、あと最低一年は後輩の彼と代わり映えのしない日常を共有する予定だ。鬱陶しい面倒くさい騒々しい、だけど嫌な奴ではないところが余計に厄介だった。邪険に扱うことも出来ない。

男性的な差別主義者でもなければ、身長差も大してない小柄な彼は威圧感もなくて適当にあしらっても嫌な顔ひとつしない。生粋のいい奴なのだから困ってしまう。彼になびかない僕の偏屈さがますます際立ってしまう結果となった。まぁ、だから何だということもない。

何にも心を動かさなければ、何も起こらない。
不用意に手を突っ込むから刺される。
飛んで火に入る何とやらだ、君子は危うい臭いには近づかない。僕の世界は必要なだけ閉じられていれば心地よい。毎日のルーティンに誰かを組み込む必要はまるでなかった。

しかし惜しむらくは象牙の塔の予算のなさだ。如何せん研究室でしか出来ない作業やら、大学に来ないと見られない文献やら、デジタル化されてない手続きやらが多過ぎる。完全なリモートワークが実現すれば職場としては最高だったが、二十一世紀を過ぎてそろそろふた周りしても僕らはまだまだアナログな世界に生きていた。

かくして夏を間近に迎えた今、試験とレポートの高波が過ぎ去った後には屍となった学部生たちの残骸が転がり、研究室はその後処理に追われていた。

「ねえ、先輩」

二つ離れた席でデータベースの文献を漁りながら声をかけてくる後輩。そろそろ立場が変わって数ヶ月は経つのだから敬称付きの名前で呼べと注意すべきだろうか、と思案していたせいか、じっとこちらを見つめてくる視線に気づけなかった。

「先輩ってば」

ボリュームの上がった声にハッとして顔を上げれば、いつもの人好きのする笑顔が向けられていた。学部生たちを横目に研究に勤しんでいた後輩の姿は余りに僕の視界に馴染みすぎて、そこに居ることにすら気づけないほど景色に溶け込んでいる。

「…なに」

対する僕の反応は十年一日、何も変わらない。チラっと視線を送るだけ、コスパ最強の表情筋は初めて彼と出会ってからおよそ十年になっても一向に変わらない。大丈夫、僕は今日も安定している。

「先輩、ボーッとしてますよ。さっきから同じ書類トントン片してるだけ。どうかしました?悩み事?」

鈍臭い癖に勘がいいこの後輩はほんのちょっとの他人の異変にも目敏く気がついて声をかけてくる。面倒くさいことこの上ないのだが、今の僕の頭の中を占めている案件の方が遥かに面倒くさかった。
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