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解放の解法
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「先輩はさ、そっち方面関心なさそうだからこのままでもいっか、って思ってた。誰かに取られる心配もなさそうだし、俺だってまだ一人前じゃないしね。もうちょっとこのままでいっかって、一番近くで見てられたらいいかって思ってた」
ぬるま湯が心地いいのは誰でも一緒で、行動を起こすにはエネルギーが必要だ。消費される心と身体のバランスが取れなければ、消耗して摩耗していくだけ。そうして擦り減らした挙句に猜疑心と敵愾心で凝り固まった塊、それが僕。誰にも懐かない攻撃的なハリネズミを飼い慣らそうとする物好きはいなかった。
「だけどさ、襲われたって聞いて心臓凍るかと思った。つい一週間前まで笑って話してたのにさ、もう二度と会えないかもしれないって思ったら怖くて。何もしないで適当に過ごしてた毎日がどれだけ幸せだったのかって、もう、どうしようもなく会いたくなって気がついたらここまで来てた」
日常からほんの少し目を離した隙に世界が暗転してしまう恐怖。境界線は脆く、安穏とした日々のすぐ側に闇が口を開けて拡がっていることに一度でも気づいてしまえばもう、知らない頃には戻れない。一寸先に潜む衝撃は知ってしまったが最後、未来永劫つきまとう。
彼もまた身をもって恐怖を知り、呪われたかに見えたのに。僕とは決定的な違いがあった。己の怠惰を認め、行動を改めるなんて僕には出来なかった。卑怯で臆病で汚れた自分にはこれがお似合いなのだと、奈落の底から空を見上げて泣いているだけの子供だったのだ。でも彼は違う。
「もう会えないなんてヤダって思った。このまま手の届かないところに行っちゃって後悔するのなんてイヤだって。だって、オレ本当に大事なコトまだ言えてない。先輩に伝えたい、伝えなきゃいけないコト、何ひとつ言えてないんだもん」
温もりが移ってしまえば自分の冷たさを思い知らされる。
触れ合ってしまえば強欲な自我がそれ以上を求め始める。
そんな資格などないのに。
だから距離を置いた。
手の届くところに何もないなら夢など見なくて済む。
希望なんて知らなければ絶望も知らないままで済む。
閉じられた世界は孤独で乾いていたけれど穏やかで凪いでいた。
それだけで十分だったはずなのに。
何年経っても、痛みは拭えなかった。
何でこんなに苦しいのかと思った。
きっと僕は共感して欲しかったのだ。辛かったね、大変だったね、よく一人で頑張ったね、君は悪くないよと誰かに言って欲しかったのだろう。
だが僕の周囲には同じ体験をした人がいなかった。いたのかもしれないが僕は気づけなかった。孤独を分けあえる人がいなかった。
可愛いと言われたり、意に染まぬ行為で傷ついたり、汚されたり追い詰められたりしている人は世の中に掃いて捨てる程いたかもしれないが、僕は見つけられなかった。孤立は深まっていった。
あの日のボクが声を上げていたなら、同じ思いをする人は減らせただろうか。身も知らぬ他人のために自分の情けなく恥ずかしい体験を晒せるだろうか。答えは出ない、今でも。
泣いて喚いて助けてと言えなかった『ボク』が蹲って泣いている。それを無視して、鍵のかかった部屋に閉じ込めたまま『僕』は大人になった。
歪で不安定で怖がりで虚勢を張って、心から人を信じることの出来ない大人になる予定じゃなかった。自業自得と言えばそれまでだ。他人に責任転嫁する弱いヤツと言われても仕方ないとも思っている。
この先の道をどう歩いていけばいいか、どんなに目を凝らしても標識は見当たらなかった。仕事のキャリアは綺麗に引かれたレールの上を歩いていけばゴールが見えている。でも人生とは、よりよく生きるとは、自分らしく生きるとは何だろうと、いつもそこで足が止まる。道も案内板も地図もない光さえも射さない暗い森の中を手探りで歩く日々。たぶん、僕は疲れていたのだ。
そんな僕には眩しすぎたんだ、太陽みたいに笑う彼が。
「ねぇ、先輩」
差し伸べられた手のあたたかさ。握り返すことも出来ない指先をぎゅっと掴まれる。拒めない。ぐっと思いの外強く引っ張られて、優しく抱きとめられる。
「好きだよ、ずっと」
誰かに好きだと云われたことがなかったわけじゃない。
だけど、悉く受け取ることを拒否してきた。僕という存在を脅かすものは何もかもが敵だった。
なのに、どうして彼の言葉だけはスッと胸に届くんだろう。
「先輩がオレのこと好きじゃなくても、興味なくても、笑わなくても、キスもセックスも出来なくても、それでも」
溢れんばかりの光を投げかけて彼は笑った。
「先輩がオレの太陽だよ」
ぬるま湯が心地いいのは誰でも一緒で、行動を起こすにはエネルギーが必要だ。消費される心と身体のバランスが取れなければ、消耗して摩耗していくだけ。そうして擦り減らした挙句に猜疑心と敵愾心で凝り固まった塊、それが僕。誰にも懐かない攻撃的なハリネズミを飼い慣らそうとする物好きはいなかった。
「だけどさ、襲われたって聞いて心臓凍るかと思った。つい一週間前まで笑って話してたのにさ、もう二度と会えないかもしれないって思ったら怖くて。何もしないで適当に過ごしてた毎日がどれだけ幸せだったのかって、もう、どうしようもなく会いたくなって気がついたらここまで来てた」
日常からほんの少し目を離した隙に世界が暗転してしまう恐怖。境界線は脆く、安穏とした日々のすぐ側に闇が口を開けて拡がっていることに一度でも気づいてしまえばもう、知らない頃には戻れない。一寸先に潜む衝撃は知ってしまったが最後、未来永劫つきまとう。
彼もまた身をもって恐怖を知り、呪われたかに見えたのに。僕とは決定的な違いがあった。己の怠惰を認め、行動を改めるなんて僕には出来なかった。卑怯で臆病で汚れた自分にはこれがお似合いなのだと、奈落の底から空を見上げて泣いているだけの子供だったのだ。でも彼は違う。
「もう会えないなんてヤダって思った。このまま手の届かないところに行っちゃって後悔するのなんてイヤだって。だって、オレ本当に大事なコトまだ言えてない。先輩に伝えたい、伝えなきゃいけないコト、何ひとつ言えてないんだもん」
温もりが移ってしまえば自分の冷たさを思い知らされる。
触れ合ってしまえば強欲な自我がそれ以上を求め始める。
そんな資格などないのに。
だから距離を置いた。
手の届くところに何もないなら夢など見なくて済む。
希望なんて知らなければ絶望も知らないままで済む。
閉じられた世界は孤独で乾いていたけれど穏やかで凪いでいた。
それだけで十分だったはずなのに。
何年経っても、痛みは拭えなかった。
何でこんなに苦しいのかと思った。
きっと僕は共感して欲しかったのだ。辛かったね、大変だったね、よく一人で頑張ったね、君は悪くないよと誰かに言って欲しかったのだろう。
だが僕の周囲には同じ体験をした人がいなかった。いたのかもしれないが僕は気づけなかった。孤独を分けあえる人がいなかった。
可愛いと言われたり、意に染まぬ行為で傷ついたり、汚されたり追い詰められたりしている人は世の中に掃いて捨てる程いたかもしれないが、僕は見つけられなかった。孤立は深まっていった。
あの日のボクが声を上げていたなら、同じ思いをする人は減らせただろうか。身も知らぬ他人のために自分の情けなく恥ずかしい体験を晒せるだろうか。答えは出ない、今でも。
泣いて喚いて助けてと言えなかった『ボク』が蹲って泣いている。それを無視して、鍵のかかった部屋に閉じ込めたまま『僕』は大人になった。
歪で不安定で怖がりで虚勢を張って、心から人を信じることの出来ない大人になる予定じゃなかった。自業自得と言えばそれまでだ。他人に責任転嫁する弱いヤツと言われても仕方ないとも思っている。
この先の道をどう歩いていけばいいか、どんなに目を凝らしても標識は見当たらなかった。仕事のキャリアは綺麗に引かれたレールの上を歩いていけばゴールが見えている。でも人生とは、よりよく生きるとは、自分らしく生きるとは何だろうと、いつもそこで足が止まる。道も案内板も地図もない光さえも射さない暗い森の中を手探りで歩く日々。たぶん、僕は疲れていたのだ。
そんな僕には眩しすぎたんだ、太陽みたいに笑う彼が。
「ねぇ、先輩」
差し伸べられた手のあたたかさ。握り返すことも出来ない指先をぎゅっと掴まれる。拒めない。ぐっと思いの外強く引っ張られて、優しく抱きとめられる。
「好きだよ、ずっと」
誰かに好きだと云われたことがなかったわけじゃない。
だけど、悉く受け取ることを拒否してきた。僕という存在を脅かすものは何もかもが敵だった。
なのに、どうして彼の言葉だけはスッと胸に届くんだろう。
「先輩がオレのこと好きじゃなくても、興味なくても、笑わなくても、キスもセックスも出来なくても、それでも」
溢れんばかりの光を投げかけて彼は笑った。
「先輩がオレの太陽だよ」
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